5.お嬢さまのほうが恐ろしい


 ある日のことです。その日やってきたお嬢さまは私の顔を見ても、いつものように笑ったりせず不機嫌そうに形の良い眉を寄せておりました。


「つまらないわ、カブラ。おまえはおもしろいことの一つもできないんですもの」


 とうとうお嬢さまに飽きられてしまったかと、自分でも知らなかった大きな悲しみが胸をふさぎます。お嬢さまのおもしろいことは、足をもいだ虫をながめたり棒でぶったりすることのほかにあるのでしょうか? それは私にもできることなのだろうかと、くよくよ考え出した私をお嬢さまは奥の奥まで見通しそうな鋭い目で見つめます。そんな目で見られては私の浅ましい考えが知られてしまうようで、思いつきがあちらこちらでぶつかり合い、いっそうなにも言えなくなりました。


「カブラになっているところは、さわったらカブラみたいなのかしら?」


 そう言ったお嬢さまは、ひどいことをおっしゃるいつもの顔でほほえみ、白い花びらのような手を私の顔に向かって伸ばしました。おどろいた私があとじさりますと、それはそれは意地の悪いほほえみで命令します。


「ジッとしてなさい、カブラ」


 冬の空のように突き刺さる冷たい言葉で、私の体は石でできた犬のように固まりました。指の一本も動かせず目を閉じることもできず、近づいてくるお嬢さまの小さい手を一心不乱いっしんふらんに見つめます。白い肌に桜の花びらをのせたような爪の可憐かれんさに、私に向けられた意地の悪いほほえみに、恐ろしい法術をかけられたごとく自由をうばわれました。体どころか心までもお嬢さまからそらすことができません。


 お嬢さまの指先があざのある私のほおにふれました。さわったらうつりそうだのなんだのと言われ、手ぬぐいも貸してもらえない私になんの恐れもなく。もしかするとお嬢さまのほうが私のあざなどより、よほど恐ろしいからなのかもしれません。

 お嬢さまは、ふれられているほおのほかすべてを見失ってしまった私にかまわず、柔らかな指先であざのあるほおあざのないほおをつつき、つまらなそうに息を吐きました。


「同じじゃないの。なんてつまらないんでしょう」


 ふれられてなにか熱いような気持と、つまらないと言われてスウと冷える気持ちが私の中でまざり、胸がうるさくさわいで一つも言葉がでてきません。それでも、つまらないと言ったお嬢さまに、これ以上あきれられたくない私は必死で頭をめぐらせます。なんとかしなくてはと頭に汗がにじむほど焦ったあまり、口にしていいか考える前にふと思ったことが口から出てしまいました。


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