4.私だけはきっと忘れません


 おつとめに上がりまして半年もたつと、お屋敷ではたらく使用人たちともなじみになりました。お嬢さまが私ばかりぶつおかげで嫌がらせが減ったと遠慮がちに感謝され、いつになく親切を受けております。と、言いましてもご機嫌をそこねないように、お嬢さまのようすを教えてくれるだけなのですが、私にとってその話は値千金あたいせんきんの値打ちがありますからありがたく思っておりました。


 そうして聞くうち、お嬢さまに許嫁いいなずけがいることを知りました。これを聞いた私の驚きはいかばかりか、表に出さぬよう必死にこらえましたが、こころ内は夏の嵐のようでした。お嬢さまのまなざしにさらされる幸運を手にしたものがいるのです。でもそれは仕方のないことでした。代々続く大店おおだなのお嬢さまに幼いうちから許嫁いいなずけがいるのは珍しい話でもありません。はなから私には関係のない話なのです。


 許嫁いいなずけは十離れた年上の親類の方で、今はよそのお店で修行をしていると聞きました。番頭ばんとうになればこちらに戻り、お嬢さまが十八になるのを待って祝言しゅうげんを上げるそうです。

 嵐がおさまった私は、許嫁いいなずけの方がお嬢さまを大事に想う優しい方であるように祈りました。可愛らしいお嬢さまと夫婦になる幸福を十分に承知したその方に、お嬢さまを幸せにしていただけるようにと。


 そのころになってもお嬢さまは私を見て笑ってくれるでしょうか。いいえ、人の顔を見て笑うのは子供らしい遊びです。娘らしくなるころには私など見向きもしなくなるでしょう。それを思えば胸が痛みますが仕方のないことです。同じお屋敷の中にいられるだけで、これまでの思い出だけでも私には十分すぎる幸福だと思い直しました。そのときがくるまでにお嬢さまのほほえみを、私を呼ぶ声をしっかり焼き付けようと、かたくかたく心に誓ったのです。


 お嬢さまが忘れてしまっても誰も覚えていなくても、私だけはきっと忘れずに、美しいこのときを何度も思い出すでしょう。





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