2.密やかな満足感


 その日からたびたび、お嬢さまが私を見に来るようになりました。陽に当たって光る産毛うぶげに包まれた白いほおをもりあげ、高い透明な声で楽しそうに笑います。それほどに私のあざを気に入っていると思うのは私のうぬぼれでしょうか。でもおもしろいもの、楽しいものとして見られるのは初めてのことで、それが私の胸をおどらせるのです。


 お嬢さまがまぶしく見えるのは、お嬢さまの体の中からはなたれる光で輝いているせいかもしれません。私をまっすぐ見るお嬢さまのまなこは、そうでなくては説明のつかない明るさをもって私の目にうつります。

 可愛らしい声を聞くたび、見世物にでるヘビ女や小人はこんな心持ちなのだろうか、いやいや、こんな可愛らしい顔に白い花びらの手をしたお嬢さまに笑われる、むずがゆいようななんとも言えない気持ちは知らないだろうと、ひそやかな満足感で私の胸はふくらみました。


 そうなのです、お嬢さまが小さな白い手を口にあてて笑う姿を見ると、自分の顔が笑われているのに胸がくすぐられ、私でよければ笑ってくださいと言いたくなり、高く澄んだ声で『カブラ』と呼ばれると、頭がカッとするような居ても立っても居られない気持ちになるのです。


 お嬢さまの恐ろしいほほえみは私をしばりつけて自由をうばうのに、それが少しも嫌に思えませんでした。


「カブラ、今日のひるげに赤いカブのお漬物が出たわね。食べたの?」

「はい、いただきました」

「うふふふ、まるで自分で自分を食べるみたいね。おまえの顔より、少し色が悪かったけど。そうだわ、皮をはいで一緒に漬けたらお漬物の色も良くなるんじゃないかしら?」


 このような物騒ぶっそうなものいいをされても、どうしたらお嬢さまの気に入るへんじをできるだろうということだけで頭の中がいっぱいになります。

 ご機嫌をそこねないように当たりさわりのないことを言いますと「ちっともおもしろくないわ」と棒でつつかれ、そのようなことも駄々をこねられているようで可愛らしいのですが、つまらないと言われ続けると飽きられてしまいそうで怖くなるのです。


「皮をはいでしまいますと、私は『カブラ』でなくなります」

「あら、おまえは『カブラ』を気に入っているの?」

「はい。お嬢さまにいただいた名前ですから大事に思っております」

「うふふ、カブラなんて変な名前を大事に思うなんて馬鹿みたいよ。ふふふふ」


 私に変な名前をつけて、それを大事にする私を馬鹿と笑うお嬢さまはとても楽しそうで、ああよかった笑っていただけたとほおが熱くなりました。



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