おはなし

退院してから一週間ほどたった。赤崎一家で

りくくんを学校に送り出してからは近くの喫茶店に向かった。香ばしいコーヒーの香りが緊張を緩める。

 「ご無沙汰しています。体調の方はいかがですか」

 「あぁ、元気ですよ。こっちの生活にもようやく慣れてきたところです」

 「そうですか」

 男のひとは何故か辛そうな表情をした

 「で、おはなしって」

 「私があなたをここに連れてきた件です」

 その言葉を聞いた瞬間、またあの日の恐怖が襲ってきた。カップを持つ手が震えている。ずっと気になっていたが、やっぱり本当に聴くとなると怖い。

 「私は、あなたを誘拐した訳ではないんです」

 「――――は?」

 意味がわからない。あれは紛れもなく誘拐だ。

 「私たちは国から指令を受けたんです。十八歳の誕生日にあの子を戻してやれと」

 「戻す?一体何を、だって僕は」

 「あなたは、ここの人間なんです」

 「――え?」

 「あなたは産まれてすぐ、現在の地球をよりよくするという地球ミライプロジェクトの為、思春期を一○○○年後の世界で過ごしたらどんな人間になるのかを実験するため、高校生を卒業するまで隔離された一○○○年後の世界に送られてたんです」

 「でも僕まだ十六ですけど」

 「ご両親がお金で期間を縮めてくれたんです」

 別に縮めてくれなくてもよかったのに。あっちの世界の方が幸せだった。

 「じゃあ僕の母は」

 「残念ですが、実母じゃありません」

 「父は?友達は?先生は?」

 男はただ首を横に振るだけだった。

 「――嘘、ですよね」

 「そんな嘘誰が信じるんですか。一〇〇〇年後の世界ってそんなアニメみたいな話」

 「笑わせないでください」

 ずっと黙っていたもう一人の男が一枚の書類を差し出した。

 『アカザワ ヨウイチ は アカザワ ソラ の生物的父親であると判定できる 父親肯定確率 99.9999%』

 そして写真付きのカードを差し出した。

 「俺は赤澤 陽一でこっちが赤澤 茜。お前の両親だ。」

 「本当にごめんなさい。なにもしてあげられなくて…本当は私たちあなたを二人で育てたかったの。でもあの知らせが来てもう抵抗しようがなくて…」

 「何度国を憎んだか…本当にお前もあっちの世界で育ててくれた人も悪くない」

 女のひとはその場で泣き崩れた。

 「辛いよね…でも、嘘じゃ…ないんです」

 「嘘だ。じゃああの母の言葉も?友達との時間も?父との日々も」

 「全て人工で、架空のものです」

 「お気持ちは痛いほどお察ししますが、どうか、どうか、私たちをお許しください」

 僕の心はもう空っぽになってしまった。そして僕はその場から逃げ出した。

 

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