美しい世界

数日後、またあのひと達が来た。どうやらもう退院だそうだ。

「こっちこっち!」

僕は6歳くらいの男の子に引っ張られて外に出た。そこには目を見張る光景が広がっていた。凄い。こんな綺麗な世界があるんだ。空は目に染みるような青で白い糸を引いた飛行機が飛んでいる。空は明るくて、とても眩しかった。こんな経験は初めてなのに、なぜかとても落ち着く光景だった。思いがけず涙が溢れる。

「お兄ちゃん、ないてるの?」

「あー、ごめんごめん。なんでもない」

「今日ね、ママがね、そら兄ちゃんが好きなハンバーグ作ってくれるんだって!」

「――何で名前知ってるの?」

「えっ、あたりまえじゃん、お兄ちゃんなんだもんっ!」

「僕が?お兄ちゃん??」

嘘だ。僕に弟なんていた記憶がない。

「うんっ、ぼくお兄ちゃんにずぅーーーーっと会いたくてきのうはどきどきしてぜんぜんねれなかったもん! ね、ママ」

キラキラ輝く目を向けられたその女のひとは少し困った顔をしていた。

「…うん」

それからヒソヒソ声で僕にこう言った。

「あの、話すと長くなるのでまた後日ゆっくり話しますから」


 ハンバーグは、美味しかった。

「ねぇねぇねぇ、ママー今日はお兄ちゃんと寝たいー!」

「えぇー、でもお兄ちゃん今日退院したばっかじゃん」

「別に僕は構いませんよ」

この子の隣ならゆっくりできそうだし。

「そう?じゃ、りく、ここに敷布団敷いてあげて」

「はぁーい!」

テキパキと布団が敷き詰められ、リビングはふかふかのベットルームになった。

「りく、お兄さんの寝る邪魔しちゃダメだからね」

「わかってるよぉ」

よっぽど嬉しいのか男の子は布団の上をきゃっきゃと言いながらコロコロ転がっている。

「何かあったら横の部屋まで来てね、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 

 しんと部屋は一瞬静まったけれど、それはすぐに壊された。

「お兄ちゃん、ねむい?」

「ううん」

「ぼくも!」

「じゃあ」

男の子はにっといたずらっぽい顔をした。

「秘密のお話しよっ!」

「秘密?」

「パパとママにはないしょだよ」

時計は11時を指していた。

「りくくん寝なくていいの」

「今日はとくべつだからいいの」

「うーん…じゃあなんかお兄ちゃんが僕に聞きたいことある?」

「じゃあ、一応聞いておくけど、あの人たちはりくくんのパパとママなんだよね」

「うん」

「じゃあ、僕は君のお兄ちゃんなの」

「さっきも言ったじゃんーお兄ちゃん面白くなぁい」

そう言いながらも男の子は小さく笑った。可愛いなぁと心の底から思えた。こんな可愛い子が実の弟だったらさぞ嬉しいだろう。

「じゃ、次はぼくのばん!」

「お兄ちゃんが住んでたせかいってどんなだったの?」

「え?」

「ようせいさんとか神さまとか天使さんとかいたんでしょ?」

「いないよいないよ」

「じゃあどんなの?」

「うーん……もっと寂しい感じかな。白黒。こんなに色鮮やかじゃない」

「白黒 !?」

「そう。だから今日外に出てびっくりしちゃって」

「ぼくもびっくりしちゃった」

そう言ってまたケラケラと笑った。不思議とこの子と話していると顔がほぐれていく感じがする。

「ちょっとまってて」

そう言うと、男の子はそうっと分厚い本を持ってきた。

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