第10話 王宮の生活
王宮・とある邸宅。
「……本日、レナード様の婚約者様がいらっしゃるんですって?」
「はい。そうでございます」
シーナが王宮に向かっているその頃、その王宮にある妃様の邸宅ではお茶会が開かれていた。
「ねぇ、レイ。婚約者様は誰が付くんですの?」
「新人の侍女と騎士が1名ずつでございます」
「ふふっ、それはお可哀想に……普通なら侍女は3人いるのに。それに騎士が1人だなんて、守れるのかしら?」
「皆さまとは待遇が違うのです。あの皇子の婚約者様ですもの、仕方がないのです」
レイという女性は、「お任せください」と言いお茶会を出た。彼女の頭にあるのは、排除することだけ。
***
「シーナ嬢、もうすぐですよ」
公爵邸を出発して数時間、移動する馬車から見え始めたのは宮殿。
「シーナ様、到着いたしました」
「えぇ、ありがとう」
そして私たちが向かっているのはレナード皇子が住んでいる屋敷とはずっーと奥にある邸宅……というか小屋?
「……あからさまな感じ」
歓迎なんてしてません、と言うような屋敷ね? レナード様のお屋敷もそんな感じだったけど……うーん。
「いらっしゃいませ、シーナ様」
屋敷から出てきたのは小柄でまだ幼い感じのメイド服を来た少女だった。
「私、本日からシーナ様付き侍女になりましたアンナと申します」
「私はシーナ・アーロンよ。よろしくね、アンナ」
アンナに案内されてお屋敷に入る。屋敷の中を一部屋ずつ案内された。
「─︎─︎こちらがシーナ様のお部屋になります」
「へぇ……」
「侍女長様に、お掃除と食事はご自分でなさってくださいとのことで」
普通のお嬢様なら耐えられないんだろうけど、私は人生2度目。残念ながら、料理も掃除もできる。
「分かったわ、アンナ。申し訳ないんだけど食材ってあるかしら」
「あっ、はい! それはありますっ」
「そう、良かった」
食材が有ればなんとかなる。前世でもやっていたし、公爵家でエリー夫人に教えていただいたから。
そうだ、野菜も作ってみようかな。自給自足してみようかなぁ。
「……それではシーナ様、何か有ればお呼びください」
「ありがとう、アンナ」
アンナが出て行った後、ドアを見つめると「はぁ……」と盛大なため息を吐く。
「シーナ」
「……!? ルイスお兄様!」
入ってきたのはルイス・アーロン。私の義理の兄だ。
「お兄様がなぜ?」
「俺は、王宮騎士というのは知っているよな? 元々は第1皇子の専属だったんだが、指名されてシーナの騎士になることになった」
「第1皇子?」
「あぁ、俺はシーナ付き騎士に任命されたんだよ」
マジかぁ……。まさか、お兄様が専属騎士になるだなんて。
「だから、よろしく……シーナ様」
そして、数日経った頃。
「ふぅ……やーけた!」
オーブンの鉄板に乗っているクッキーとカップケーキを取り出して皿に並べた。
「シーナ、クッキー焼いたの?」
「あっ、れ、レナード様っ!」
レナード様は厨房に顔を出す。たまにやってきてくれる彼は、私の行動パターンを理解しているのかすれ違ったことがない。
「俺も食べていい?」
「はい、もちろんでございます! 椅子、これ使ってくださいっ」
私は近くに置いてある椅子を運び、レナード様の前に置いた。
「ありがとう、それにしても君の邸宅は毎日パーティーのようだな」
「えっ? そうですか?」
「そうだよ。毎日、皆に料理を振る舞っているのかい?」
「だって、なんだか懐かれちゃって……あはは」
レナード様の言う『皆』とは、ご飯を食べに来る騎士の人たち。始めの数日は、レナード様が会いにきてくれていて来客なんておらず屋敷はシーンとしていた。
だが、ある日ルイスお兄様が怪我人を連れてきたことから始まる。
『シーナ! こいつちょっと訓練中に足を……少し庭で休ませてほしい』
『それはいいけど、あっ! 屋敷の中に入って!』
怪我人を外で休ませるわけにもいかず、私はお兄様と一緒に彼を中に案内した。
『シーナ、氷水あるか? 熱が少しあるんだ』
『分かりました、すぐに。あっ、お兄様お腹空いてない?』
『いや、俺は寄宿舎に戻らなくては』
そう言ったお兄様だが、『ぐぅ〜』とお腹の音が響き渡り「ご、ご馳走になる」と言ったのだ。
私はお兄様が彼を看病している間に3人分のご飯を作る。怪我人の彼は、お粥を作った。
『えぇ!? い、いただけませんっ……こんないい食事』
『ルイスさんも食べるから一緒に食べましょう?』
『は、はい……わかりました。いただきます』
彼の名はジョウン。田舎町に住む、平民として育った見習い騎士らしい。田舎の家族を養う為に王宮に来ていて、休むわけにはいかなくて体調が悪くても来たと言っていた。
『あっ、そうだわ! 体調が悪いならここで休んでいきなさいよ。ゲストルーム空いているし、これからも来ていいわよ』
『えっ、いや。そんなことできませんっ!』
私が押し切ったことで泊まることになり、その後もご飯を食べに来たりして……そしたら知らない間に騎士さんが沢山来るようになってしまった。
「シーナ、退屈じゃないかい? それに食事も」
「大丈夫よ。レナード様も知っているでしょう? 数年前は貧乏暮らししていたのよ? 食材があるだけマシよ」
「そうか」
普通のお嬢様ならこんな暮らし耐えられないだろうけど、私は大丈夫。衣食住が整っていればなんとかなるものなのだ。
「安心してください。私、レナード様に沢山会えてとても幸せですから」
「君は俺を喜ばせる天才だな」
レナード様は、そう言うとクッキーを一枚口に入れた。
「美味しいよ、シーナ……あ、そうだ」
「……? なんですか?」
「一緒に観に行かないか? 今、人気らしくて」
これってデートのお誘い!?
「最近、授業大変だろ? 息抜きも大切だ」
「そうですね! 楽しみです」
レナード様とお出かけなんて、王宮にきて初めてだ! 久しぶりのお出かけだから何着て行こうか迷うなぁ。
「また会いに来るよ」
そう言ってレナード様は、私の額に優しく口付けをする。
「はい、レナード様」
レナード様は微笑み、この邸宅を出て行った。出て行ってからも私の心臓はずっとドキドキと高鳴っていた。
レナード様が出て行き、すぐ。私の教育係の女官がやってきた。
「では、本日はオーウェン国の歴史を学んでいただきたいと思います」
「はい」
オーウェン国の歴史はまだまだ浅い。この国が作られてまだ300年であり、まだ発展途上の真っ最中である。初代国王陛下のロニー様は元々は移住民だった。だが、友人を戦争で失った彼は平和な国を創りたいと思ったのがきっかけらしい。
歴史については、王宮に来るまでルゥに教えてもらったんだけど……。
「そして、次期国王陛下である─︎─︎」
「それは俺のことかな?」
えっ!? 私と彼女が振り向くとキラキラのオーラを出している宮廷服を着た男性と女性が立っていた。それにすぐ私はと彼女は頭を下げた。
「皇太子殿下、なぜこちらに……?」
「弟の婚約者がどういう子なのか見に来たんだ」
この人が第1皇子のジョバンニ様なの? というか、私に会いにわざわざこんな邸宅に!?
「そうでしたか……」
「お邪魔だったかな? 授業中だった?」
「ただいま終わったところなので、私はお暇しようとしていたんです」
女官は、急いで片付けをするとすぐに出て行ってしまった。私はどうすればいいか分からず、使用していない椅子を二つ持ってお二人が座れるようにセットした。
「シーナちゃん、だよね? こんにちは」
「は、はいっ……シーナです。あっ、お茶淹れますね!」
まずお茶、だよね。お湯沸かさなきゃ……!
「シーナちゃん、いいのよ。本当にレナード様を射止めた相手を見にきただけなのよ、ね? ジョバンニ様」
「あぁ、突然の訪問すまないね。第1皇子のジョバンニだ。そしてこちらが私の妃、マリーだ」
マリー妃は、立ち上がり膝を折る。
「はじめまして、あのレナード様が一途に想っている姫様はどんな方なのかなと思っていたのよ。会えて嬉しいわ」
「わ、私も嬉しいです。ご足労ありがとうございます」
「レナード様が惚気るはずね! 可愛らしい方だわ」
話し方や仕草で純粋なお姫様なんだと感じる。確かマリー妃は、隣国の姫君だったはず……悪など知らず可愛がられて育ったんだろうなぁ。
「そうだ、シーナちゃんはとても料理がお上手だと伺ったのだけど食べさせていただきたいの! いいかしら?」
「えっ、私の料理なんて庶民のご飯と言いますか……簡単なものしか」
「でも、騎士様方も食べにいらっしゃるんでしょう? 是非食べたいわ」
どうしよう……料理人みたいな素敵な料理は作れないし、材料もそんなにない。でも、将来王妃になるお方だから断るなんてできないし。
「あの、あまり期待しないでください……今から作ります!」
「楽しみにしてるわ」
「はい……それまでゆっくりしていてください!」
私は腕まくりをすると厨房に向かった。
◇◇◇
ジョバンニは一体、どこに行ったんだ……。
俺はシーナの邸宅を出てから報告しにジョバンニを探している。かれこれ、1時間くらい。終わったらまたシーナの邸宅に行こうと思っていた。
「……そうそう! 今、婚約者様のところにジョバンニ様とマリー妃様がいらっしゃったのよ」
婚約者様ってシーナのことだよな? そこにジョバンニがいるのか? 何をしに?
「え!? 嘘ぉ〜あんな娘のとこに用事でもあるのかしら」
「そんなあるわけないでしょ〜? ジョバンニ様もなんであの瞳の皇子に肩入れしてんのか理解出来ないわ」
また言ってる。
好きだな、よく悪口が出てくるよな。
「本当にねぇ、あの娘も何しても傷ついた様子ないし。やっぱり遊女の娘は気が強いのかしらぁ」
「絶対そうよ! 前にね、お茶に眠り薬入れたのよ。その翌日言ったの『よく眠れました、ありがとう』って。もしかしたら殺されてたかもしれないのに」
眠り、薬って……。一歩間違えたら、殺人になるんだぞ。
「え〜!? 仮にも公爵令嬢なのにねぇ」
女官たちは声をあげて笑っている。なぜ、笑えるんだ……! この王宮は……狂っている。全て派党争いによって。
俺は狂いそうなくらい怒りに震えたが、感情を見せたくなくて拳を握るだけで留まった。
「……俺の婚約者に何か用ですか?」
「あっ、レナード様! ごきげんよう! ではっ!」
俺が声を掛ければ動揺してサッサとどこかへ走っていった。苛つきが隠せないまま、俺はシーナの邸宅へ向かう。近づくと、明るい笑い声が聞こえてきた。
早く、癒されたい……。
「おぅ、レナード……いらっしゃい」
「ジョバンニ、なぜいらっしゃるのですか?」
「シーナちゃんに会いにきたんだ、それにご馳走をしてもらえたよ。とても美味しかった」
ジョバンニはマリー妃と「な?」「美味しかったよね」と楽しそうに話している。
「シーナ」
「は、はい。なんですか?」
「どうして言わないんだ。女官たちから嫌がらせされていたことを」
シーナは俺の口からそんな言葉が出て来るとは思わなかったのか目を見開く。
「……迷惑はかけたくなかったんです」
「薬、盛られていたことあるのにか?」
「はい。私の中で留めておくつもりでした」
シーナがそう言うと、反応したのはジョバンニだ。そしてジョバンニは口を開く。
「それは本当なのか……?」
「女官たちが話していたので事実です」
「もしそうなら見逃すわけにはいかない。対処する」
俺はジョバンニの言葉に安心するが、「やめてください!」と大きな声で叫んだのはシーナだ。
「私のことに時間は割かなくて大丈夫です。もしそれをしたら、レナード様に迷惑がかかります」
「シーナ、何を言って」
「大丈夫です、幸い私は死んでないですし」
シーナは「えへへっ大丈夫ですよ」と笑った。だが、ジョバンニは黙り込み何かを考え込んでいる。
俺としたら早く処罰して欲しいところだが、そういうことは彼に任せた方が良いに決まっている。
「そうだな、今は波風立てるのは良くない。シーナちゃん、この邸宅内には騎士のカイルしか入れないようにしよう。君の義理とはいえ兄なら安心だ」
「はい、わかりました」
「だが、侍女や女官は入れないように。教育係にはマリーを出入りさせよう」
ジョバンニは、もうすでに彼の中で決定事項をツラツラと話した。それにシーナは納得すると、彼らは帰っていった。
***
「レナード様、黙っていてごめんなさい」
ジョバンニ皇子とマリー妃様が帰ってから私はレナード様とお茶をしていた。
「怒ってない。ただ自分が許せなかっただけだ」
「ありがとうございます、レナード様。私なんかのために」
「俺はシーナが好きだ、好きな人が危険な目に遭っていることが許せないだけだ」
「レナード様……」
レナード様は私の頭を撫でると唇にキスを落とした。な、なっなんで……キスなんか。
「お姫様はウブで困る。結婚したら、キス以上のことするんだから」
「そ、そんなこと今言わなくても……!」
「ははっ……本当に可愛いな、君は」
この人は殺し文句ばかり言うなぁ。この顔に甘いセリフなんて言われたら私の心臓は破裂しそうだよ。何回破裂しそうになったか……本当に。
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