第9話 婚約式と変わった未来。


 翌日、私とオズさんは迎えに来た王宮馬車に乗り王宮へと向かっていた。



「……大丈夫かしら」


「何がだい?」


「私、認めていただけるかしら」



 静かな馬車に2人はキツい。話したことあまりないのにどう話すべきか分からず私は自分の話をした。



「私は……元々遊女の娘です。なのに王様に認めて貰えるか心配で」


「大丈夫だよ、シーナ。過去は変えられないが今、シーナは頑張っているんだから自信を持ちなさい」


「はい……」



 自信を持てと言われても緊張もあって手が震えている。なんかヘマしたらどうしよう、だって王様だよ?  

 まぁ、そういうとこに嫁ごうとしているのは私なんだけど……。



「オズ公爵、シーナ嬢。ようこそいらっしゃいました。わたくし、執事を務めておりますリキと申します。よろしくお願いいたします」


「こちらこそ、オズと申します」



 執事と名乗ったリキという男性は黒の執事服に左には家紋のバッチがある。これ、王族の……。


「シーナ・アーロンと申します。よろしくお願いいたします」


 私は急いで膝を折りおじぎをする。



「シーナ様! 私なんかにお辞儀は無用ですぞ。国王陛下とレナード殿下がお待ちですよ、ご案内します」





 ***



「やぁやぁ、オズくんにシーナちゃん。いらっしゃい」



 ドキドキと緊張しながら玉座に行くと、酔っ払いのような人が座っている。でもそこに座っているということはこの日が国王さまか。



「シーナ嬢、オズ公爵。先ほどですね、陛下はお酒を飲んでしまい……」


「お酒なぁんて飲んでませんよぉ」



 国王陛下ってこんな人なんだ……。



「リキ、いいかな」


「えぇ。いいですよ」



 リキさんと一言話したオズさんは、陛下のところへズカズカと歩いていき手を振り上げた瞬間……バチィーーンと音がした。


 え……。お、オズさん!?

 今、国王様にビンタした……よね? えっ、どうしよう! 



「あっ、あの……お父様っ」


「─︎─︎シーナ様」



 私が冷や汗が出て来そうになっていると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえて後ろを振り向く。



「ぁ……レナード殿下……」


「そんなに心配しなくても大丈夫。陛下はいつもあんな感じなので」


「えっ……いや、でも父が……」



 殴ってしまったし……! さすがにやばいんじゃ?



「あぁ、それも大丈夫」


「な、何が大丈夫なの……っ」



 私はヒヤヒヤしながらレナード様に聞くが、レナード様は「大丈夫だから」と言うばかり。



「……父上! またお酒を飲んでしまったのですね」


「あっ、レナードじゃないか! もう来たんだねぇ……聞いてくれ、またオズに殴られたんだよぉ」



 ……!? 

 今、またって言ったよね? これ、初めてじゃないの!?



「それは、仕方ないことでしょう? 今日は、わざわざ来てくださったんです。なのに朝から飲酒だなんて……」


「だ、だって。お酒がないと、うまく話せないというか……なんというか。レナード怖いなぁ」


「いつも堂々とお話しされているではないですか……」



 レナード様は陛下と言い争いを始めているが、陛下はのほほーんとしていて聞いていない様子だ。



「それはそれ、これはこれなんだよ。知ってるだろぉ……俺、人見知りというか誰かと話すの苦手なんだよ〜」



 えぇ……! 人見知り? 話すの苦手?

 国王様が……?



「国王陛下、話はこの辺にしてレナード殿下とシーナ嬢の婚約式をしましょう」



 リキさんがそう言うと「そ、そうだな」と国王様は頷き、咳払いをした。




「─︎─︎それでは、殿下。誓約書を確認の上サインをお願いします」



 その後、聖職者立ち会いのもと婚約式は順調に進んでいた。



「あぁ」



 レナード様は、迷うことなく名前をすらっと書いていき指印をした。



「ありがとうございます、それではシーナ嬢。サインを」



 レナード様がサインした上に書かれた誓約文を読むと私もペンを走らせ名前を書き、指印をする。



「それでは、陛下。陛下もサインを願います」



 国王様は、ペンを静かに取り音は立てず丁寧に書く。



「オズ、あとはお前だよ」


「あぁ……ありがとうございます」



 オズさんはペンを受け取り、紙に向かったが一度私を見る。



「シーナ、いいんだな? これで、お前の人生は大きく変わるんだよ」


「えぇ、お父様」


「そうか……わかった」



 すると再び、オズさんは紙にペンを走らせた。



「おめでとうございます。これで婚約成立されました」



 聖職者がそう言うと部屋から出て行く。それを見送った国王様が口を開く。



「シーナ嬢、少しだけ話をさせてもらいたい」


「は、はい……」


「ありがとう。レナードから聞いただろうか? レナードは、私のめかけの子どもだと」



 妾って、愛人ということだよね? 現実世界にいる時、小説を読んで出てきた言葉だ。その時は分からなくて辞書をひいた記憶もある。



「はい、レナード様から聞きました」


「……妾、いやキキとはずっと恋仲だった。好きで、将来は結婚の約束もしたんだ。だけど、キキは公爵家の侍女として働いていてしかも遊女だった。そんな彼女を妃に迎えることは次期国王だと言われている私は先代国王や王妃に反対され出来なかった」





 国王様にそんな過去が……。



「妾にしたものの、中々会いに行くことができなかった。理由は、レナードの瞳だ」


「瞳……」



 そう言われてハッとする。レナード様の言葉を思い出した。



「紫の瞳は昔から呪いの色とされている。昔から紫の瞳を持つ男児が国を滅ぼしたと言い伝えがあった。だが、私は信じておらず彼女に会いに行った一度だけだが……キキが亡くなり、レナードを宮殿に迎えると妾の子ということだけで辛い想いをさせてしまった」


「そう、なんですね」


「俺は今の立場上、レナードの味方になることも後ろ盾にもなることができない。今も宮殿の従者や侍女は仕方なくここにきていると思われている。だから、シーナさん、レナードの味方でいて欲しい」



 国王様の瞳は真剣で、本当にレナード様のことを愛していてキキさんのこと大好きだったんだなと感じ取れる。



「もちろんです、私がレナード様を守ります。幸せにします」


「はっはっはっ……守るのは、レナードの役目だ。シーナさんは頼もしいなぁ」


「あっ、すみませんっ……」


「いや、褒めているんだよ。シーナさんがレナードこの子のもとに嫁いでくれるなら俺も安心だ」




 ***


「シーナ様、今日はありがとう」


「えっ、いえ。こちらこそありがとうございました」



 あの後、私とレナード様は部屋から出た。そして、今は以前にも来たお屋敷に来ていてお茶をいただいている。



「シーナ嬢、今後の予定だが」


「はい、お父様から聞きました。この王宮で結婚式まで過ごすんでしょう?」



 王族に嫁ぐ者は王宮で半年間花嫁修行をしなくてはいけない。それは昔からある風習で、これまでの妃様も皆そうしてきたことだ。

 だから必然的にレナード皇子に嫁ぐ私も王宮でお勉強をしなくてはならない。



「あぁ……古くから伝わる風習だ。私としたら、すぐにでも夫婦になりたいんだが」


「私もです。ですが、この国のことや王宮での作法は私も知らなくてはなりません。それに近くに居られるんです、それだけでも嬉しいです」



 王宮に住むということは今よりレナード様の近くに居られるということだ。それだけで心が弾み、頬が緩んでしまう。



「そうだな、俺も嬉しいよ……シーナ」



 レナード様はそう言い手首を掴んだ。そして引き寄せると頬をキスを落とした。



「楽しみに待ってる。愛してるよ、シーナ」



 



 そして、1週間後。私は─︎─︎……



「シーナお嬢様! とてもお似合いですわ!」


「そ、そう? これ派手ではないですか?」



 パステルピンクのサテン生地で作られたプリンセスラインのドレス。花嫁道具の一つにオズさんが用意してくださったものの一つだ。



「いいえ! 美しいお嬢様に本当にお似合いですっ!」


「ありがとう」


「惚れ直しちゃいますよ!」



 ふふーん、と鼻歌交じりで私の髪を結う侍女は今日でお別れ。オズさん曰く、公爵家の侍女を連れて行くわけにはいかないらしい。



「……今日までありがとね」


「えっ」


「これでも感謝しているのよ」



 私、松本瑠奈がシーナ嬢に転生する前はルゥ情報によるとすっごく酷かったらしい。侍女や従者には我儘放題で、思い通りにならないと癇癪かんしゃくを起こしていた。もっとひどい時は、暴力を振るうこともあったんだから。


 それで、よく私の側にいてくれたよなぁ。



「私も楽しゅうございました。それにこれが仕事ですもの、当たり前です」



 すると、ドアがトントンと叩かれる。ドアの向こうから「シーナ嬢、王宮から迎えが参りました」と聞こえた。



「はい、今行きます」



 私は、立ち上がると侍女は荷物を持つ。そして部屋を出ると、そこにはミリアが立っていた。



「……ミリア、お元気で」



 立っているだけの彼女に一言、そう言うと何も言わずに去って行った。あの子が嫌味も言わずに立ち去るなんて……もしかして、これ未来が変わったの?


 私もレナード様も処刑されないで済むのかしら……。





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