第8話 婚約
「─︎─︎美味しいですっこれ、何というんのですか?」
「良かった、気に入っていただけて……これは、鶏肉の串刺しだと聞きました」
あの後私達は、婚約の約束をした。婚約はまだまだ先で、婚約式をしなくてはいけない……というのは一応王族だかららしい。
そして今は、王都の街をお忍びデート中。
お互い平民の格好をして手を繋いで歩いている。
「次は手芸店だったよね? 何を買うの?」
「刺繍糸を買おうと思ってます」
「そうか、シーナは刺繍が好きなんだな」
現実世界にいた頃はかじる程度だったが、今では趣味化としている。
「はい、とても。だからたくさん糸を購入しようと思いまして」
「へぇ、いい糸があるといいね」
串刺しの串をレナード様は捨てると、私の手を引き手芸店に向かった。
手芸店に着くとたくさん揃ってる道具や布、糸などが綺麗に整頓され陳列されている。
「うわぁ、素敵ですね!」
ついつい興奮してしまってはしゃいでしまう。こういう場所は転生前から私大好きなのだ。
「シーナ様、お決まりですか?」
「えぇ、決まりました。買ってきます」
そう言ってレジまで歩いたのにスッと持っていた糸を奪われてもうレジをしている。早い……。
「はい、どうぞ。さあ行きましょう」
「ありがとうございますっ」
「いえ、ですが、刺繍が完成した暁には見せてくださいね」
もちろん見せるわ。だってあなたの為に作るんですもの……早く図案を考えなくては。
作るのが楽しみ。
手芸店を出ると、もう夕方で空は茜色に染まっていた。
「シーナ様、今日はありがとう。楽しかった」
「こちらこそ、楽しかったです」
なんだか、幸せだなぁ……としみじみ思う。こんな風に感じるのは初めてかもしれない。
『次は水族館に行きたい!』
『ん、いいんじゃない?』
『パンケーキ食べたいな』
『なんでもいいよ』
あっちの世界では、私が決めて彼は『なんでもいい』と言って私任せだった。もうあの時には私は見えてなかったのかな……。
そう思ったら急に悲しくなって、顔が歪む。
「シーナ様? どうかしました?」
「えっ、いや……ちがうんです」
「それじゃあ何故泣いているのですか……?」
泣いてる……? 目元を触れると本当に濡れているのが分かる。
どうしよう、レナード様の前なのに泣いて……。
「ご、ごめんなさい。なんでもありません」
「何かしてしまいましたか?」
否定しようと口を開くもレナード様の優しい声と言葉がスッと心の中に入ってきて何も言えずそれがまた涙を誘った。
「大丈夫です、ありがとうございます……」
「いえ、僕はシーナ様に笑っていて欲しいだけです。それに大切なあなたを守りたいと思っているのですよ」
「レナードさん……」
レナード様は私の頬に触れると涙を拭き取った。
「そうだ、新しいごはん屋さんができるんだけどまた一緒に行かない? 一緒にごはん食べよう」
「はい、行きたいです」
「良かった〜じゃあその日のごはんはそこにしよう」
ごはん屋さんの話を振るとそこはレナード様の友人が営むお店らしくてその話をする彼は楽しそうでなんだか可愛かった。
それだけでキュンとしてしまった私は重症かもしれない。
***
「─︎─︎シーナ、彼とはどうだ?」
「えっ……」
帰宅してすぐ、夕食を家族で食べているといきなりオズさんにそう聞かれた。
「ぁ……えっと、レナード様はとても優しくて……いつもかっこいいです」
私は数時間前に一緒にいた彼を思い出して思わず体が熱くなる。
「いや、そういうことを聞いているんじゃない。上手くいっているのか聞いているんだ」
「あっ、すみません。はい、上手くいっていると思います!」
上手くいってると思うけど……本当に優しいし、甘い言葉囁いてくれるし。
「そうか、それなら良かった」
「オズ様はヤキモチを妬いていらっしゃるのよ、シーナ」
え、ヤキモチ……?
アリアさんは、ふふっと笑い微笑んだ。
「そ、そうじゃない……ただ、心配だっただけだ」
「ふふ、そうですか……? オズ様も可愛らしいですね」
「なっ! アリアだって、さ、寂しいだろ? 娘のシーナが嫁ぐんだから……」
アリアさんは「そうですねぇ」と言うと、フォークを置いて口を開いた。
「私も寂しいですが、シーナが幸せならそれでいいとその想いの方がつよいのです」
「そうか、まぁシーナ。俺もシーナが幸せなら言うことはない」
「ありがとうございます、お義父様」
私が微笑むと、その逆で斜め前にいるミリアがこちらを睨んでいるのが見える。まあ悔しいんだろう、平民出身の私が王族になるんだから仕方ないか。
「ああ、ミリアも男爵と仲良くしているかい? 二回会っているんだろう」
「あ、ええ……とても優しいですわ」
「そうかそうか、ミリアも縁談が決まって嫁に行ってしまったら寂しくなるな」
オズさんはナプキンで口元を拭いた。
「あなた、ルイス様がいるじゃないですか? ルイス様がお嫁さんを貰えば寂しくないですよ」
「そうだな、ルイスには早く騎士団から抜けて公爵家で当主の仕事をして欲しいんだがね」
「そうね。でもルイス様はご立派ですわ、さすがあなたの息子ですこと」
アリアさんとオズさんは楽しそうだ。もうすぐここにレナード様が加わるんだと思ったら嬉しくて自然と笑みが溢れた。
食事が終わりすぐ、大量の贈り物が届いた。それは公爵家当主・オズとシーナ宛だった。
「……これは王室からだ。シーナ」
【親愛なる公爵家シーナ様】
封筒には綺麗な字でそう書かれていて相手はレナード様だとすぐに分かる。
「ドレスがたくさん……良かったわね! シーナ」
「こんなに沢山……?」
プレゼントの山の中の1番下にある箱の中には一枚の便箋が入っていてそれを見る。
【愛するシーナ様、こちらはあなたに。私が選びました。良かったら夜会にて着てください】
「まぁ! レナード様はセンスがいいのね!」
「そうですね……でもこんなに沢山いいのかしら」
「シーナを想っている証よ! まぁ、可愛いわぁ」
アリアさんは、私よりも興奮しっぱなしで「この色素敵ね」と沢山のドレスを見て言っている。
「シーナ、茶会ではどれを着るの? 私はね、このパープルいいと思うんだけど」
「紫……可愛いです」
紫はレナード様の瞳の色だ。きっと、これは彼からの恋文だと感じた。
「私、これにするわ。お母様」
私は茶会で彼の瞳の色のドレスを着て、彼の隣に立ちたい─︎─︎……。
「シーナお嬢様? お荷物どちらに運ばれますか?」
「私の部屋でいいわよ……って言いたいところなんだけど、少し多いわね」
私は引っ越したのかな、というくらいに木箱が積み上げられている。これを全て入れたら部屋が埋まっちゃう……。
「そうですね、どうしましょうか?」
「んー……やっぱり私の部屋に運んでくださる?」
「はい、わかりました」
侍女はそう言うと、従者に声を掛けて山積みの荷物を私の部屋に全て運び込んだ。案の定、部屋の中はレナード様からの木箱で埋まったんだけど。
「大丈夫ですか? お嬢様……これじゃ埋もれてますよ?」
「大丈夫よ、今からゆっくり片付けるから」
「えっ? ひ、1人でですか!?」
そりゃ1人だよ。だってあなたもうすぐ帰る時間だし……。
「えぇ、あなたはもうすぐ時間でしょう? 早く帰らなくていいの?」
「あぁっ! そうでしたっ……あの、もし何かありましたらベルで鳴らしてくださいねっ」
「ありがとう、お疲れ様」
彼女は若そうに見えて一児のママさん。家で待ってる子の為にも早く返してあげなくては……それにまたレナード様からの熱い恋文が入っていたら恥ずかしい。
彼女が出て行くと私は腕捲りをして、大きな箱の蓋を開けた。
「……これは、食料だよね?」
箱の中には砂糖や塩、小麦粉などのほとんど焼き菓子が作れそうな材料が箱いっぱいに入っている。そして、ドレスや部屋着が数着あり本も沢山入っていた。
「刺繍糸まで……! これめちゃくちゃ高いんじゃ?」
皇子様はスケールが大きすぎる。確かに、小麦粉沢山欲しいって言ったけど……言ったのを後悔しそうだ。
「シーナ様、こんばんは」
そう言った声の方を見ると夕方まで一緒にいたレナード様がいた。
「れ、レナード様……どうしたんですか?」
「内緒で来た」
内緒で……?
まさか内緒でここまで来たってこと、だよね?
「君に会いたくてね。そう考えたら、ウズウズして眠れなくて来てしまった」
「それ不味いんじゃないですか? 皇子のあなたが内緒でいなくなったら大捜索ですよ」
「何言っているんだい? 俺を心配する人なんていないさ。だから大丈夫」
レナード様はそうおっしゃるけど、心配されるに決まってる。
「まぁまぁ、そうだ。国王が明日楽しみだって言っていたよ。君に早く会いたいと」
「えぇ!? そんな、恐れ多いですよ……!」
私に会いたいだなんて、社交辞令だよね?
「ついに明日は婚約式の顔合わせなんだと思ったら嬉しくて、早く結婚したい」
「ふふっ気が早いですよ」
考えないようにしていたけど、明日は国王様と会うんだ……国王様に認めてもらわなければ結婚はできない。
これは王族だけではなく、貴族も婚約式というものがある。婚約する為には本人たちの意思とサインの他に互いの当主の了承のサインが必要らしいから。
「楽しみだね」
レナード様はそう言うけど私の心臓はバクバクと音を立ててうるさい。
「シーナ様、好きです」
そんなことを不意打ちで言うから私はいつもドキドキしてレナード様に聞こえちゃうんじゃ? と心配で仕方ない。
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