第7話 言葉の傷跡
◇ ◇ ◇
「あー……やってしまった……」
「だな、馬鹿だなお前」
俺は王宮の敷地内にある人気のない小屋で王族であり、王位継承権一位である第一皇子のジョバンニと向かい合い話をしていた。
「俺は傷つけてしまった……」
「そうだな、完全に傷つけてしまったようだ。マリーはどう思う?」
「えぇ、ジョバンニ様と同じ意見でございます。たとえ、瞳のことを言われて言葉や態度で傷つけてはいけません。それに、シーナ嬢はあの日から部屋から出てこないと聞きました」
ジョバンニの妃であるマリーは、彼の隣に座り紅茶を一口飲んだ。
マリーの言う通りだ……俺は愛している人を傷つけてしまった。
……って、え?
「……部屋から出てこない、とはどういうことだ?」
「あら、レナード様ご存知ではなかったの? 侍女が噂していたのよ」
「マリー……俺はどうすればいいのだろうか」
俺はどうすればいいのかわからない。女性を好きになったのは初めてすぎて分からなすぎる。
「それは……毎日通い、誠心誠意謝られたらいかがでしょう? 私が思うに傷つけられたから部屋にこもっているわけではないと思いますよ」
「じゃあ、なんで……それに会わせて貰えるか分からない」
「公爵家に尋ねてもないのに何を言っている。レナードは一生死ぬまで会えないな」
それはごもっともな意見だ。
「まあ俺には関係ないことだ、レナードが彼女と婚約しようがしまいがどっちでもいい」
そりゃそうだ、ジョバンニには関係のないことだ。
「……俺は戻る、そろそろ戻らないと母上がうるさいのでな」
「ああ」
ジョバンニは、マリー妃を連れ小屋から出る。小屋のドアを閉める前に彼はこちらを一度向き言った。
「後悔だけはするなよ、大切ならどんなことをしても手放すな。……俺から言えるのはこれくらいだ」
そう言ってジョバンニは、小屋を出て行った。
「……シーナ」
君に会いたい。
君の声が聞きたい。
君の笑顔が見たい。
……それに彼女が言った言葉が耳に残っている。
『私はレナードさんの瞳、宝石のようで綺麗で……好きです』
─︎─︎自分の瞳のことを、あんな風に言われたのは初めてだった。
俺の瞳は、ヴァイオレットアイだ。皆が恐れる呪いの色だ。
『……いい? レナード、あなたはその目を隠して生きていきなさい』
『母さん、なんで? なんで隠さなきゃいけないの?』
『あなたが幸せになるためよ』
それは俺がまだ王宮に住む前、母と住んでいた平民だった頃に母に言われたこと。
だが、母が亡くなり王宮で住むことになり俺の目を見た使用人や貴族たちは皆、『呪い子だ』『気持ち悪い』などと蔑まれてきた。
だから、人を避けるように壁を作った。家族も大切な人もいらない。
どうせ、いないも同然の皇子だ。結婚もしないと決めていたのに。
「レナード様、どこかへお出かけですか?」
「……あぁ」
……彼女と、出会ってしまった。自分から拒絶したくせに都合が良すぎるかもしれない。
だけど初めてなんだ。一緒に居たいと思い、愛おしいと感じるのはシーナ嬢だけ。
そう彼女のことを思いながら、俺は公爵邸へと向かった。
***
「……シーナお嬢様、朝食でございます」
「あ、ありがとう」
あの日から何日経ったんだろう……あれから私は、この部屋から一歩も出ていなかった。
「……下がってもいいわよ」
「いや、でも……私」
侍女はオロオロしたが、私が「大丈夫だから」と言うと部屋を出て行った。
「はぁ……」
侍女が出て行くとため息が無意識に出た。それと同時に現れたのはメイド姿のルゥだ。
「シーナ、どうかしたのかい?」
「なんて格好してるの……何故メイド?」
ルゥは、メイド姿でクルッと回って「結構似合うでしょ?」なんて言っている。
「まぁ、この屋敷の人に見られたら危ないだろー! だから、メイド姿で来たんだよ。君に未来を見せに来たんだ〜〜」
「え? 未来を?」
「そうだよ? シーナの行動は少しだけ未来を変えたんだ」
未来、変わったのね! もしかして死ななくてもいいってこと!?
ついに、死ぬ運命回避したってことかな。
「私は死ななくて済むの?」
「あぁ、このまま引きこもりしていればな。だけど、死ぬ相手が変わっただけ」
死ぬ相手が変わった? 私ではなくて、犠牲者がいるってこと?
「処刑されるのは、レナード・オーウェン。この国の第6皇子だ」
え……? レナードって……。
「シーナの縁談相手だよ」
「え、なんでレナード様が?」
ルゥがそう言った瞬間、辺りは真っ暗に染まり頭の中に一つの映像が流れ始めた─︎─︎……。
『……シーナ! お願いだ! 話を』
公爵家にやってきたレナード皇子、だが父・オズによって止められる。
だが、彼は諦めず毎日毎日通うようになる。
『レナード皇子、もう諦めてくれないか? こちらとしても迷惑なんだ』
『ですが……っ』
『お引き取りください』
王宮騎士であるシーナの兄・ルイスもが王族の彼を追い払った。
そして、レナード皇子はシーナに会いたいがために公爵家を貶め……国の反逆者として追放更には処刑された。
「シーナ、君のやるべきことわかるね?」
「え、えぇ」
「もう、2回ほど皇子は訪問されているはず。だから、一度部屋から出て彼に会うんだ」
レナード様に会う……? でも、怒っているんじゃ。
「シーナ、君の使命はこの世界の者たちを幸せにすること。君ひとりではない、皆が幸せを感じられるように努力しなさい」
「は、はい……」
幸せになれるように、か……。私に何ができるのか分からないけど、でもまずはレナード様と会うことだよね。
「ルゥ、ありがとう。この世界では、ちゃんと向き合う。せっかく転生出来たんだもの……生まれ変わらなきゃね」
「うん! その意気だよ! 頑張って」
「ありがとうルゥ、私頑張るわ」
そう言うと、うさぎの姿に戻りテーブル上のリンゴを奪いパクッと咥えるといつも通り消えた。
私はプリンを一口食べると「よし!」と気合いを入れて服を着替え、部屋から久しぶりに出た。
「─︎─︎だから、お願いです! シーナ嬢に会わせていただけませんか?」
「レナード皇子、すみません。お引き取り願いますか」
私は廊下を歩き、階段を降りようと一歩踏み出した時先ほどルゥの映像で見た光景を目の当たりにし彼らがいる場所へ向かう。
「……お義父様」
「し、シーナ!! もういいのか?」
「えぇ、おかげさまで元気になりました。ご迷惑をお掛けしました」
オズさんは、一瞬ホッとした表情になるがすぐに「シーナは戻ってなさい」と言った。だが、そこで怯むことはしない。
「いえ、お義父様。一度レナード様とお話をさせていただきます」
「シーナ!? 何を言っているんだ? 傷つけられたんだぞ?」
「……いえ、私がレナード様にとって触れられたくないことを聞いてしまったのでいけなかったんです。だからレナード様が私と話をしたいと言ってくださるのなら、とてもありがたいことですわ」
「だがなぁ……」
オズさんはため息を吐き私の名を呼んだ。
「シーナがそこまで言うのなら、話をする場を設けよう」
「ありがとうございます、公爵様。」
レナード様はオズさんに丁寧にお辞儀をする。そして、私と彼を連れて一緒に人気のある中庭へ向かった。
***
「……お久しぶりでございます、レナード様」
中庭にやってきたのはいいのだが、沈黙が続いた。だから、私から口を開いてみたのだけど。
「シーナ様……先日は貴女様を傷つけ拒絶してしまい申し訳ありませんでした」
レナード様は、思い切り上半身を45度傾けてお辞儀をした。
「頭を上げてくださいませっ! レナード様が悪いわけではございません!」
あれは完全に私が悪い気がする。触れられたくないことを土足で踏み込んだのがいけなかった。
「ごめんなさい、レナード様……」
「いや、僕は嬉しかった。こんな瞳を宝石のようだと言ってくださって……そんな人、初めてだった」
「私はただ、本当のことを言っただけです」
「僕は感謝しています、ありがとうシーナ様」
そう言ったレナード様は先程までの硬い緊張している表情から柔らかい表情に変わり微笑んだ。
「シーナ様、許してもらいたいとは言いません。ですが、もう一度チャンスを頂けませんか?」
「ちゃ、チャンスですか? なんの、でしょう?」
チャンスってなんのチャンスだろう?
「僕を……いや、僕と踊ってくださいませんか?」
「……ぇ!?」
「そんな驚かないでください」
「ふふっ……なんかレナード様って楽しい方ですね、はい。私で良ければご一緒します」
私は、ドレスを摘み膝を折りレナード様にお辞儀をすると彼の手を取りダンスのステップを踏む。
「シーナ様、前よりとても上手になりましたね」
「えぇ!? やはり前は踊りにくかったでしょうか?」
「いえ、そうではなくて。ダンスも、貴女も素敵です」
そう言ったレナード様は、以前よりも爽やかに微笑んだ。その微笑みは、かっこよすぎて破壊力が増している。
……レナード様の方が素敵ですよ、なんてそんなセリフ言えないけど。
ダンスを踊り終わると、レナード様は私の前で屈んだ。
「シーナ様、僕の妃になってくれませんか」
き、きさき? きさきって、あの……? もしや、これはプロポーズ?
「僕の隣で生きてほしいんだ」
「……っレナード様……」
「あああ……! ご、ごめんっ」
え……?
答える間もなく断られた!? もしや、この数秒で後悔された?
「シーナ様があんまりに可愛いから……俺のもんにしたくなってしまったんだ。ごめん、これは聞かなかったことに」
レナード様は、私から視線を外し後ろを向く。私は気になり、彼の顔を覗き込むと耳が真っ赤に染まっているのが見えた。
「……レナード様、私レナード様のことお慕いしています。あの日から今日まで、あなた様のことを考えてました」
「……ぇ」
ルゥに言われたからじゃない。
彼が殺されてしまう運命を回避したいだけではない。
私は心から、レナード様を想っているから今一緒にいる。一緒に踊った。
「レナード様、私で良ければ。よろしくお願いします」
「……えぇ!? それは本当……?」
「本当ですよ、レナード様。こんな嘘言いませんよ」
嘘で彼との結婚を了承するほど、軽くは考えていない。
「だ、だけど俺第4皇子だよ?」
「知ってますよ」
「こんな瞳してるし」
「ふふっ、はい知ってます。とても綺麗で宝石みたいです。私は好きです」
爽やかイケメンに紫色の瞳。素敵な組み合わせだと思う……私には勿体ないよ。
そんな人に求婚されるなんて、日本人の頃なんか得する事したかな。
「私はレナード様の元に嫁ぎます」
私がそう言うと、レナード様は私の手を引きぎゅっと抱きしめた。
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