第6話 森の散策デートに行きます。
公爵家を出てレナード様が乗ってきた馬車に乗り込み出発し、数分で精霊の森に到着する。
「シーナ嬢、足元お気をつけください」
レナード様は先に降りると手を差し出す。私はその手をとり、一歩ずつ降りた。
「レナード様ありがとうございます」
「いえ、行きましょう。この先に大きなりんごの樹があるんですよ、そこへ向かいましょう」
レナード様が言うりんごの樹がある方へ歩いて向かった。
「シーナ嬢は、こういうところ初めて?」
「ええ……初めてです」
多分初めてだと思う。平民の時はきっと公園なんて来ないだろうし公爵家に来てからはあの“シーナ”がこんな静かな場所に来るなんて思えない。
「そっか、でも意外だったなー」
「え? 何がです?」
「シーナ嬢はてっきり注目される場所が好きなのかと思っていて……あなたは綺麗だから」
「きっ、綺麗って……何を言っているのですか! もう……レナード様はお世辞ばかりですね」
この人は私を“可愛い”とか“綺麗”だとかお世辞ばかり言う……言葉一つ一つが私の心をドキドキさせるのだ。
「誕生会の時にお会いした時に凜としていてとても素敵な女性だと思ったんですが、今もとても素敵です。可愛さが更新されています」
可愛さの更新ってなに? 聞いたことないんですけど……。
「あ、りがとうございます?」
「シーナ嬢、少し待っていてくださいね」
「えっ」
レナード様は私を置いてりんごの樹の方へ走っていくとりんごを2つ持ってやってきた。
「シーナ嬢、どうぞ」
「いいんですか……これ」
「ええ、大丈夫です。ここの管理人が了承しているので」
管理人さん? そんな人、見当たらないんですが……。
「ここのりんご、甘いですよ。僕はりんごのファンなんです」
レナード様は何故か寂しそうにりんごを見つめると齧り付く。シャキシャキと音を立てる噛む音を聞いて私もそのまま齧り付いた。
「……美味しい、レナード様美味しいですね。ふふっこんな美味しいりんご初めて食べました」
瑞々しくて甘い。現実世界のリンゴとは少しだけ違うんだけど……不思議なくらい安心する優しい味だった。
「あの、レナード様。私のことはシーナとお呼びください。皆さん、お嬢様と呼ぶのですがご存知の通り真のお嬢様ではないのです」
「そうですか、ではシーナさんとお呼びします。僕のこともぜひレナードとお呼びください。皇子と呼ばれるのも様と呼ばれるのも好きじゃないのです」
皇子様なのに好きじゃないんだ……皇子として生まれても嫌な人いるわよね。現実世界でも、御曹司なのにそういう呼ばれ方は好まないから隠していた人もいたくらいだし……。
「わかりました、レナードさん。よろしくお願いします」
「ありがとうございます、嬉しいな。シーナさんに名前で呼ばれるのは嬉しい。特別感があるから」
レナードさんは本当に嬉しそうにりんごを齧る。鼻歌が聞こえてくるんじゃないかなって言うくらいに。
「レナードさん、聞きたいことがあるんです……レナードさんは王族なのになぜあんな宮殿の離れにあるお屋敷に住んでいらっしゃったんですか」
前訪れた時、疑問に思ったのだ……王族でしかも皇子なのになぜあんな追いやられるような屋敷に住んでいるのだろうと。
「……まだそれは、お答えできません」
レナードさんは傷ついたような表情をして申し訳そうにそう言ったけど、完全に拒絶をしているようだった。暗い雰囲気になってしまい、この空気を変えたくて何かいい話がないか考えるけど、そういうの苦手な私には考えても出てこない。
うーん……何を言ったらレナードさんが喜んでいただけるのか。
「あのレナードさん、次どこかにお出かけに行く時は……何か作ります」
「……え、また会ってくださるんですか?」
「はい、そのつもりだったんですが……やっぱりダメですか?」
もしかして、私のイメージが全く違うくて引かれたのかもしれない。今回限りにしようと、思っていたのかもしれない。
「いえっ、そんなことありません! 会いたいです、毎日でも」
「……っ! 毎日は……あなたの生活に支障が出るのでは?」
「あはは、そうですね。流石に毎日はシーナさんも生活に支障が出てしまいそうですしやめときます」
「はい、レナードさん。レナードさんは好きな食べ物はなんですか」
料理をするんだったら、彼の好みも聞いておかなくては……何が好きで何が嫌いかを。
それから2日経ったエリー夫人が公爵家にやってくる日─︎─︎……
「ごきげんよう、エリー夫人」
「ごきげんよう、シーナ様。体調が優れないと伺ったので心配でしたのよ」
「っあ、はい。おかげさまでとても元気になりました」
先週一週間は寝込んでいたため、エリー夫人の淑女教育も休んでいた。だから会うのはレナードさんに求婚された日以来だ。思い出すだけで顔がほてるのがわかる。顔が真っ赤に染まっているに違いないわ。
「ふふ、レナード皇子のおかげかしらね?」
「そ、そう言うわけじゃ……レナードさんにはよくしていただいていますが」
「あら、あの方のことを“レナードさん”なんて呼ぶような間柄になったんですね!」
「そうじゃなくて……っ」
エリー夫人はひとりで興奮したように微笑んでいて自分の世界に入っているようだった。そんなんじゃないのに……。
『僕はシーナさんを愛しています』
帰り際、そう言って帰っていった彼のことを思い出して再び体の中が熱くなって行くのがわかった。エリー夫人がいるのに何を考えているのよ……今日はお勉強の日なのに。
「私、シーナ様と恋の話ができて本当に嬉しいわ!」
「ま、まだ恋って段階じゃ」
「何を言っているの? レナード皇子、昨夜連絡も入れずに突然訪問してきて言ったんですよ」
エリー夫人はふふっと笑い「俺は、今までで一番幸せだ」とレナードさんに似せた声で言った。
「そして続けて『彼女と出会わせてくれてありがとう!』とも言っていたわね」
う、嘘でしょ……そんなキャラでした? しかも昨日の夜って、遅くにレナードさんからの手紙が届いた日だ。
「それで、手作りのお弁当を持ってお出かけするんですよね?」
「えっはい。明日……」
「作るものは決まってるんですの? やっぱりサンドイッチですか?」
サンドイッチ? レナードさんはサンドイッチが好きなの? この前聞いた時は、特別好き嫌いはないって言っていたのに……。
「レナード皇子、言わなかったのね? 主人が言っていた通りですわ、レナード様はあまり自分のことを言わないみたいで……サンドイッチのことも主人に聞いて」
「伯爵様が?」
「はい。きっとシーナ様が作ったものならなんでも喜ぶと思うのですが……大好物のサンドイッチなら、もっと喜ぶんじゃないでしょうか」
確かにそんなに好きなら嬉しいよね。サンドイッチか……そうだサラダたっぷりのサンドイッチにしようかな。現実世界で人気だった厚焼き卵サンドもいいかも。フルーツサンドもいいかもしれない。
ふふっ、楽しくなってきたなあ。作るのがとても楽しみだ……。
エリー夫人が帰った後、私は厨房に籠り明日のサンドイッチの具の試作品を作っていた。
「お嬢様! 新鮮な野菜手に入りましたよ、後卵も!」
「まあ、ありがとう。美味しそうね」
「ええ、そりゃあ皇子にお作りするんですものいい食材でなくては」
確かにそうよね。レナードさんは皇子なんだから毒見係がいるわよね? 誰に味見をしてもらおうか、それともレナードさん側から来てくださるかしら……。
試作品は料理長に味見してもらおう。
「料理長、厚焼き卵サンドです。どうですか?」
私は厚焼き卵のサンドに、トマトとキャベツのサンド、フルーツとクリームサンドを作り料理長に味見をしてもらい合格をもらった。そして翌朝、お昼前にやってきたレナードさんは今日もかっこいい。
***
「あそこに座りましょうか」
レナードさんと以前と同じ精霊の森にやってきた私たちは、りんごの樹よりも奥にある小池がある場所まで来ていた。
「レナードさん、あの……サンドイッチを作ってきたんです。一緒に食べましょう」
「サンドイッチですか!?」
レナードさんは先ほどとは違うとても歓喜に満ちた瞳で目を輝かした。瞳だけで嬉しさが溢れている。
「はい、たくさん作りました」
バスケットを開けて見せると「とっても美味しそう……」と言ってレナードさんは座る場所に敷物を敷いてくれてそこに並んで座る。
「食べてもいいですか?」
「はい。お口に合うといいですが……」
レナードさんはサンドイッチの一つを口に運ぶ。
「とても美味しいです。僕、こんな美味しいサンドイッチは初めてです」
「大袈裟ですよ、私は具を作ってパンで挟んだだけです」
「それでも……とても美味しいです。あなたが作ったからかな」
……なんでこの人は、こんな恥ずかしいセリフをサラッと言えるのだろうか。やはり皇子だからか? そういった教育でも受けてるんだろうか……女を落とす方法でも勉強したのか?
「どうかしましたか?」
「いえ、何もないです」
レナードさんは本当に幸せそうに食べるなあ……作った甲斐があった。早起きしてよかった。
その後も彼はパクパクとサンドイッチをほとんど平らげた。
「本当に美味しかったです、シーナさん。ごちそうさまでした」
「いえ、喜んでいただけて嬉しいです」
レナードさんは立ち上がり背伸びをすると「せっかくですし、少し散策しましょうか」と私に言うと手を差し伸べた。
「そうですね、歩きたいです」
「じゃあ行きましょうか……そういえば今日は言っていませんでした」
「何をですか?」
「今日もシーナさんは可愛いね、今日も好きだよ」
な、な、な……! そんなことわざわざ面と向かって言わなくてもいいです!
「……今日もお世辞ありがとうございます」
「だからお世辞じゃないって言っているだろう」
「いえ。私が可愛いはずはありません。そんなこと言ったら、レナードさんはかっこいいです。それにその瞳も」
レナードさんの瞳は紫色だ。それは宝石みたいで……。
「……見るな」
「……っ、レ、ナードさん?」
「君もこの瞳を罵るんだろう? 気持ちが悪いよな、
災いの、瞳……?
「ま、待ってください……っそんなことありません!」
レナードさんは以前のように拒絶をした。いや、以前よりも体が叫んでいる気がした。そんな彼が怖くて私は俯いてしまうけど、でもこれだけは伝えたくて声を震わせながら伝えた。
「……私はレナードさんの瞳、宝石のようで綺麗で……好きです」
「……は?」
「ごめんなさい、私……いつもそうなんです。人の気持ちを察することできなくて」
これは、現実世界でも言われていた。少しは人の気持ちに敏感になれ、って。
異世界で違う人に転生しても変わらないんだな。
「私、行きますね」
私は彼を置いてきた道をひとりで歩いた。さっきまでは本当に楽しかったな……。もう、部屋に篭ろう。
篭っていれば誰にも迷惑をかけないし、気に触ることを言って傷つけることはないのだから。
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