第十三話 図書館幻想

 それから、二人でやったこと。


 その一 ベチョベチョの服を脱いでシャワーを浴びる。

 その二 水着に着替える。二人ともスク水。これしか持ってない。

 その三 家中の雑巾とバケツを集める。

 その四 廊下の大掃除開始。

 その五 せっせ、せっせ、せっせ、せっせ。

 その六 せっせ、せっせ、せっせ、せっせ。

 その七 せっせ、せっせ、せっせ、せっせ。

 その八 せっせ、せっせ、せっせ、せっせ。

 以下同文。


 そのうち、せっせが脳内でゲシュタルト崩壊を起こし始める。


 後片付けには三時間もかかった。

 古新聞でベチョベチョをかき集めてはバケツに移す。その後を雑巾でふき取って、最後に除菌スプレーを撒く。

 妖怪の後片付けなんて気持ち悪いし、途中で腰は痛くなるし、散々だった。


 床、壁、天井。全部ふき取って、やっと終わったと思った途端に力が抜けた。水希ちゃんと一緒に、べったりと座り込む。


「……ショウが剣で刺した蜘蛛はフーって消えたけど、この人はこのままだね」

「たぶん、実体を消すにもそれなりの能力チカラが要るんだよ」

「で、これはどうするの?」

 ベチョベチョの新聞紙でいっぱいになったバケツは大小六個。水希ちゃんがうーん、と悩んだ末にゴミ袋に詰め込んでいく。


「燃えるゴミの日に出そう!」

「そんなことして、大丈夫なの?」

「火というのは、宗教的にも浄化の意味があるからね。大丈夫だよ……たぶん」

 二人とも、お化けの浄化は生まれて初めてだけどね。


 破られた水希ちゃんの部屋のドアは、仕方がないから綺麗な包装紙で両側から塞いだ。でもお母さんたちが帰ってきたら、理由に関わらず怒られるのは目に見えているなぁ。


 すべてが片付いた後、お腹がペコペコだったけど、まずはもう一度お風呂。

 私の制服も水希ちゃんの部屋着も悲惨な状態で、でも洗濯機に放り込む気にはならなかった。本当ならこれも燃やしたほうが良いのかもしれないけど、さすがに制服じゃそうはできない。でも他の洗濯物とはやっぱり別に洗いたいし、あのスライムを集めたバケツや雑巾も同じ。だから全部お風呂に持ち込んで、何から何までを洗った。

 水希ちゃんの提案で全部にお塩を振りかけることにして、来ていた服は一番最後に漬け置き洗い。


 あらかた片付けて、最後に自分たちの身体も洗う。

「あー、きゅうくつだった!」

 水希ちゃんがスク水を脱ぐと、目の前で胸がボヨ~ンって飛び出して、思わずたじろぐ。

 あらためて実物を間近で見るとかなりやばい。


「先、あったまっていい?」

 湯船に浸かった水希ちゃんが、ホゥっとため息をついた。

 一緒にお風呂に入るのなんて何年ぶりだろ。どうしても水希ちゃんの身体に目がいっちゃう。

 それにしても羨ましいなぁ……お肌もきれいだし、湯気の中にスベスベツヤツヤのメロンが二つ浮かんでるみたい。

 そういえば、水希ちゃんのお母さんも胸は大きい。でもって、うちのお母さんはそれほどじゃない。

 ってことは、これはすでに遺伝子レベルで差がついているのか?


 妖怪メリベ(名付け親:水希ちゃん)に美味おいしくない人間と認定されたショックに、従姉の悩殺ボディが追い打ちをかける。

 とりあえず、制服を脱いだら穿いてたパンツがピンクのレディースで、屋根にぶら下がったとき誰かに見られたとしても、これなら女子高生の威厳は保たれたかな、とそれだけは安心した。

 そういえば、左の手首に赤いあざができていたけど、どこで付いたんだろう?


 お風呂上りに一息ついて晩ご飯だけど、もう何も作る気がしないし、カップ麺を食べて今日は終了。

 二人で布団にもぐりこんだら、あっという間に睡魔が襲ってきて、また翌朝までぐっすりと眠った。


 翌日は日曜日で、水希ちゃんと今後についての対策会議。


「図書館に行くの?」

 私の質問に水希ちゃんが頷く。

「そう。ネットで入手できる情報はあくまで無料のものだから限られるし、CANBASEでそれとなく質問してみたけどやっぱり役には立たなかった。有料の情報で昔のこととなると、まずは書物からよね」

 市立図書館は歩いて十分ほどだから、二人で行ってみることにする。


 外に出ると、隣のおばさんが玄関の掃除をしていたので、ペコっと挨拶をする。おばさんは、私たちを見ると近寄ってきた。

「ちょっと、アオイちゃん」

「あ、はい」

「昨日、お宅で何かあった?」

 二人とも、一瞬無言。

「大きな声が聞こえたんだけど、大丈夫だった。叫んでたでしょ?」


 言葉に詰まった私の代わりに、水希ちゃんがすかさず進み出る。

「あーすみません。あの、ゴ●ブリが出て、ちょっと騒いじゃって……てへへ」

「そうなの?」

「はい。しかも大きなのが三匹も! 二人とも大騒ぎであっちこっち追いかけまわして。でも退治しました。お騒がせしてすみません」

 頭を下げる彼女を見習って私もペコリ。

 またあの嫌な名前を聞いて、ショウのことが思い出されてモヤモヤしたけど、仕方ない。


 その返事で納得したかは分からないけど、隣のおばさんとはそれでおしまい。余計なことを聞かれないうちにさっさと退散。


「……昨日みたいなことがあると、そのうち隠せなくなるよね?」

 歩きながらぽつりと口に出す。そんな私を励ますように水希ちゃんが言った。

「そのためにも、早くあの三人の謎を解き明かさなきゃね」


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


 市立図書館は三階建てで、一階が企画展示室をかねたホールと児童図書のコーナーで、二階、三階が一般図書になっている。正面入り口から入ると、一回ではこの町の歴史に関連した展示をやっていた。私はほとんど興味ないけど、水希ちゃんはへえーとか唸って見回してる。


「ねぇ、そんなことしてる場合じゃないよぉ」

 恨みがましく彼女を促して二階に上がると、とにかく参考になる本がないかと二人で探しに行く。あらかじめ図書館のサイトでピックアップしていた本を見つけると、片っ端から運んで閲覧コーナーの机にドサドサと積み上げていった。

 

 それから二時間あまり。お昼もとうに過ぎたころ、私たちはギブアップした。


 ない。なーんにもない。

 伝奇、伝説、アジアを中心とした外国の逸話、伝承、歴史の図書などからそれっぽいのをあらかた探して読んでみたけど、あの三人の名前はもちろん、おじいさんが言っていた古墳とか霊玉とか、そういうものの情報は皆無。一般に広がってはいないみたい。

 もちろん、妖怪が玉になったとか、妖怪から玉をもらったとかという言い伝えはいくつもあるんだけれど、どれもあの三人とは結び付かなかった。


「やっぱり、一般に伝わっているものには載ってないかぁ……」

 水希ちゃんがため息をつくと、ポケットから三つの玉が入ったあの革袋を取り出した。私も引きずられて、袋を見ながら椅子の背にどさっと身体をうずめる。

 とりあえず、読み終えた本はもとにもどすことにして、ほかにも手掛かりになりそうなものがないかを探しに行く。書架に何冊目かの本を返していると、私の脇を女の子がパタパタとすり抜けて行った。


「こら、走るな!」

 後ろから聞き覚えのある声がして、振り向くと同い年くらいの男の子が立っている。

「あれ……柴咲?」

「あ……矢口」

 一組の男子だった。

 といっても同中おなちゅう出身で、高校でクラスが分かれたけど、中学では三年間とも同じクラス。


「久しぶりじゃん」

「そうだね……あれ、妹?」

 さっきの女の子が、向こうの書架の陰からこっちを覗いてる。

「一番下の妹」

「一番下? 何人いるの」

「三人。すぐ下が中二で、次が小五、で、あれが今年から小学校」

 ちょっとうんざり気味な顔。

「へー。兄妹多いね」

 書架越しにこっちを見ている女の子に目を向けた。でも向こうは目が合った途端にさっと隠れる。

「可愛いじゃん」

 つかの間、今自分に起きている災厄を忘れる。

「どこがだよ。おれが図書館行くって言ったらついてきた。ジャマなんだよなー」

「あ、妹のお供で来たんじゃないんだ?」

「ちげーよ。俺の用事だよ」


「学校のお友達?」

 後ろから水希ちゃんが近づいてきた。 

「こんにちは」

 矢口を見てニッコリ笑う。


「……あ、こんにちは」

 矢口が一瞬ポケっとして、そしてその眼が水希ちゃんの胸で釘付けになったのを、私は見逃さなかった。

 まったく。これだから男ってヤツは……


「お、お姉さんか?」

「従姉だよ」

 我知らず言葉がぶっきらぼうになる。私の白い視線を感じてか、矢口が急に慌てだした。

「あ……じゃ、おれ行くから。またな」

 慌てて妹の後を追いかけていく後ろ姿に、水希ちゃんがふうん、と鼻を鳴らすと私を見た。

「予期せぬ出逢いとか?」

「は? 何言ってるの。ちがうよ!」


 二人で、何冊か新しい本をもってまた閲覧コーナーに戻る。でもあいかわらず望み薄な気配。そうしているうちにも目の端にちらちらと矢口と妹の姿が映る。

 お兄ちゃんと一緒がうれしいのか、ついぴょんぴょんと跳び跳ねる妹を矢口がずっとたしなめてる。

 途中で、こら、チサトって声がした。ふうん、チサトちゃんね。

 面倒くさがりながらもきちんとお兄さんとしてするべきことをしていて、なんだか見ていて気持ちがいい。

 今の私には水希ちゃんがすごく頼りになっているけど、兄妹がいるっていうのはやっぱり心強い時もあるんだろうな、なんて思いながら、二人がエスカレーターで一階へと降りていくのを見送った。


 翌日の月曜日、現国の授業中にふと窓の外を見ると、校庭では一組が体育の授業中だった。列を作って座っている男子が、四人ずつのグループになって短距離を走る。


 あ、矢口だ。

 スタート前からほかの男子や脇で見ている女子の生徒に声援を送られていた。へぇ。あいつ結構人気あるんだな。見ているうちに、クラウチングからお尻が上がって、先生のホイッスル。ダッシュ。

 早いな、あいつ。

 そういえば中学の時から体育が得意だったっけ。確かサッカー部だったはず。

 そのままぶっちぎりで一着になって、笑っている矢口の横顔がなんだか眩しい。ふいにファミレスで聞いたリナとカオリンの会話が頭に浮かんでくる。


 ――そういうのって、ある日突然変わるって気もしない


 ――普段と違うところを知ると、ちょっと評価高くなるかも


 なんだ? 

 ま、まさか私、矢口にトゥンクしたのか? 自分の感情に答えが出なくて思わずドキッとしたとき、ポコン、と丸めた教科書で頭をぶたれた。

「いてっ」

 いや、痛くはないけど、反射的に口をついて出る。


「お前の教科書は一組の男子なのか? 柴咲」

 机の横で、現国の太田先生がしかめっ面をしている。


「ちっ、ちがいますぅ!」


 叫ぶ私に、プーっと周りの生徒がみんな噴き出していた。

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