第十四話 JKはラブコメ漫画のユメを見るか?
水希ちゃんの勧めで、しばらくアルバイトは休むことにした。
あの三人のことはまだ手掛かりが掴めないし、妖怪メリベの女の人がどうやってこの家を探り当てたのかもわからない。まぁ、あのファミレスから後をつけられていたんだろうけど、学校はともかくとして、無暗に出歩けばそれだけリスクが高まるってことには間違いない。
バイト代も手に入らなくなるなんて、がっくり。
二人には、学力の低下著しく、夏休みに補習とならないよう学業に身を入れねばってことにしたけど、そう言ってしまった手前、放課後も遊ぶことすらできない。でも水希ちゃんからは、私と一緒にいると周りも巻き添えになるかも? と怖いことを言われたから、クラスメイトのためを思ってもこうするのが一番だけどね。
火曜日、水曜日と、表面上は穏やかな日々。ただ、心のうちは相変わらずざわざわ、ざわざわと波打ってる。と思っていたところに、
キターッ キタキタキター!
『ヴェル・フレアがCANBASEのイメージ・キャラクターに就任』
しばらく前から噂が流れていたんだ。
思わず飛び上がりそうになる。おっと、一応校則では校内でのスマホ操作は禁止だった。ま、それほど大っぴらにでなければ、先生たちもほとんどスルーだけどね。
アンクとザッドを見て久しぶりに心が弾む。
とりあえず、今日はそのまま平穏に過ごした。
「アオイー、帰ろうよ」
下校時刻になって、カオリンが声をかけてきた。リナも一緒。
二人ともこの間の女の人(メリベ)のことをその後どう思ってるのかわからないけど、とりあえず表面上は今までと同じ。
三人で玄関まで来て、二人がシューズロッカーから靴を出して履き替えて、一足遅れて私もロッカーを開けて……
すぐ閉めた。
――なんだ、今の?
「どしたの?」
リナが訊いてくる。
「忘れ物した(ほぼ棒読み)」
「いいよ。ここで待ってるよ」
うっ、でもこれは……ちとやばい気がする。
「あ、じゃ、先フラッペ行ってて。追っかけるから」
いつも立ち寄るドリンクスタンドの名前を出してごまかすと、何も訊かれないうちにさっと身をひるがえして教室へ戻る……と見せかけて、廊下の先で一分間待機。
周りの子たちにおかしいと思われない程度に、そろりそろりと玄関に戻る。
よしよし、二人は行っちゃったみたい。もう一度ロッカーを少しだけ開けると、中をのぞき込む。
やっぱりある。目の錯覚じゃない。
靴の上に、真っ白な封筒。
赤いハートマークで封がしてある。
努めて冷静に、バッグのファスナーを開けると、一番上にあったノートを取り出した。ぱっと開いて、ちょっと授業でやったところの確認をするような素振りをして(場違いなことは承知のうえ)、近くに誰もいないことを確かめて、素早く封筒をノートに挟み込んだ。
誰かのいたずら? だって今の世界にこんなことある? もしやリナとカオリンか? この前から変な行動をとってる私に仕返しとか? としたら、どこかでのぞき見してるのか。
思わず周りを見回したけど、それっぽい感じはない。
と、とにかく、このままだといろんな意味でヤバい。早く対策を練らねば。
二人に待ち合わせと言ってしまった以上、行かないとならない。慌てて追いかけると、待ち合わせのスタンドにつく前に、並んで歩いている二人を見つけた。
とすると、二人の可能性は薄い。
「あ、アオイ」
「ゴメン、今日は急用ができた。帰らなきゃ」
「そうなの?」
「あ、でも駅までは一緒に、ね」
二人ともちょっと探るような目つき。
「ちょっとぉ、こないだから何なん? アンタ」
リナがふくれっ面になる。そりゃそうだろうな。思いっきりキョドってるもんね。
「何かあるなら話してよ。私たちにも」
カオリンは優しい。でもお言葉に甘えて……なんて状況じゃないんだ。はぁー、秘密を抱えることがこんなに辛いなんて。
「ホントに、別に何でもないから。今日は従姉から帰ってきてって言われて……そういうこと」
「従姉って、河合先輩のこと?」
そう、水希ちゃんは私たちが通っている高校の卒業生なんだ。
「そ、そうだよ。手伝ってほしいことがあるんだって」
背中に変な汗をかきながら、ひきつった顔で笑う。親友たちよ、頼む。いまはこれで納得してくれ。
どうにかごまかしながら、駅前で二人と別れると、私だけが電車に乗ってやっと帰ってきた。
水希ちゃんは大学でいない。二階の自分の部屋に飛び込むと、まずはバッグからあれを取り出す。
机の上において改めて眺めたけど、これはまさしくアレだ。マンガに出てくるあの、つまり、ラ、ラ、ラ●レター。
キャーッ! 恥ずかしくてとても口に出せないっ!
ホントにこんなことってある。夢じゃないよね。
封筒の表には、はっきりと「しばさきあおいさま」って書いてある。
……でも何で、全部ひらがな?
ま、それは良いとして、赤いハートマークのシールをなるべく破かないようにそーっと封を開くと、セピア色のレターペーパーが折りたたまれて入っていた。
開く前にそのまま見つめる。落ち着け、落ち着け、私の心。
白い封筒。
赤いハートマークのシール。あまりにもガチ。
頭の半分ではまだ悪戯だと思ってるけど、それは開いたときにやっぱりリナやカオリンがおバカなことを書いていたら、という結果にショックを受けないようにだった。
あざとい。
深呼吸をして、四つ折りのレターを広げる。
横書きで文字が書いてあった。悪戯じゃなさそうだけど、と思った時、一番下の名前が目に飛び込んできた。
――矢口 和也
え?
えっ? ええーっ? や、矢口?
ちょっと……これは、どういうこと?
だって、そんな素振りなかったよね。この間、たまたま図書館で会って、そりゃ普段と違う姿を見て、もしかしたら、ちょっと、その、なんだ、つまり、○×△? したかもしれないけど、でもさ、それでこの展開ってアリ?
改めて文面を読む。
突然のお手紙、おゆるしください。
しばらく前から、あなたのことがずっと気になっていました。
男らしく素直に言えば、あなたともっと親しくなりたいと思っています。
もし、お話を聞いてもらえるなら、六月二十日の午後四時に、旧校舎裏の噴水まで来てください。
お待ちしています。
矢口 和也
……なんだ、これ?
読み返しているうちに、ビミョーな感じがしてくる。
文字は男子らしく丁寧だけどちょっといびつで、矢口の書く字は知らないけど、本人が書いてるっぽい。
でも文面が、なんていうの? 矢口にしてはよそよそしいっていうか、これじゃいつも遠くから見てました的な、私と矢口の今までの間がらとはちょっと違うっていうか。
でも、あえて手紙を書くとこうなるのかな?
六月二十日って、明日じゃない。午後四時。放課後に、旧校舎裏? 行ったことはないけど、噴水なんかあるんだ。
――どうしよう。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
なんて言ってるうちに翌日の放課後。またもリナとカオリンには適当にごまかして、単独行動。
男子から、呼ばれたたずむ、校舎裏
詠み人 アオイ
ファミレスでの会話がまた聞こえてくる。
――もしそういう事態となったとき、われわれ三人としては友情をとるか愛情をとるか?
スマソ。思いっきり後者を取ってるよ。私は。
て言っても、いまだに半信半疑だし、あの手紙が悪戯じゃないという確証もない。もちろんそんなことをされるいわれはないし、イジメに遭っているわけでもないけど。
それにしても、旧校舎の裏なんて来るの初めて。
普段使っている校舎と比べて確かに古臭いし、外壁も所々剥げたり崩れたりしている。地面からツタが這い上ってて、普段は誰も来ないから雑草が生い茂っていて足元も悪い。
噴水だって、どんなのかと思ったら、人工池の中に昔は水が吹き上がっていたんだろうなって思える石の台座が遺っているだけ。もちろん動いてないし、池の水もどんより濁ってて、底なし沼みたいであまり近寄りたくない。
だいぶ陰気な雰囲気だなぁ。もうちょっとムードのあるところ選んでくれてもいいんじゃないの?
そろそろ虫も出てくる季節だしさ、こんな所にいたら蚊に喰われちゃうよ。
でも、矢口が本当に来るのか、そりゃさ、ちょっとは期待してるけど、もし来たらそれはそれで今後の私の生活が大きく変わるわけで、あの三人の他にそんなことまで抱え込むというのは、どうしたらいいのか、なんだか頭の中がごちゃごちゃしてきた。
フーっとため息をついた時、草を踏む足音がして振り返ると……
――矢口がいた。
うわぁ、ホント? ホントに? 嘘じゃないの。
「っきき、来てくれて、あ、ありがと」
矢口の声が上ずってひっくり返ってる。なんて言っていいのか分からずに黙ったままの私。とその時、ふっと一番大事なことを思い出した。
もしここで告られたら、私なんて返事するんだ?
そう、昨日からずっと悩みっぱなしでまだ答えが出ていないんだ。どうしよう!
「ったた、たん刀ちょくにゅうに、っいい言わせてもらうね」
矢口も恥ずかしいのか、変な声のまま続ける。私のほうは何を言われるにしても準備不足で足元もおぼつかない
思わずギュッと目をつむる。
ドキドキバクバク 静まれ! 私の心臓!
そして、矢口の声が聞こえた。
「っれれ、霊ぎょくって、な、何? いい今、どこにあるの?」
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