第十一話 来たのは誰かな

 家に帰ったとき、玄関のドアを開ける前に思わず後ろを振り向くと、誰かいないかと念入りに探していた。

 もう夕方。赤くなった太陽が辺り一面を斜めに照らしてる。道路に伸びる塀や門柱の影。玄関わきの植え込みの影。それと重なる私の影。


 あのファミレスの後、変な顔の二人にはしどろもどろでごまかした。でも、あの女の人の姿が私にははっきりと見えた。そして二人には見えていない。

 女の人の笑った口元。

 明るい陽の光の下で起こったことなのに、そこだけが突然違う世界になってしまったかのような、何とも言えない違和感。


「た、ただいま」

 リビングに入ると、水希ちゃんがノートパソコンをのぞき込んでいた。

「おかえりー」

 振り返りもせずに言う。一生懸命に調べ物をしているみたい。

 昼間のことを言おうかどうしようか、立ったまま悩んでた。だってあれが何なのか、自分の気持ちをどう説明したらいいのか、分からなかったから。


「どうかしたの?」

 立ちっぱなしの私に気づいた水希ちゃんが、怪訝な顔を向けてくる。

 

「あ、あのさ……」

 やっぱり話したほうがいい。

 向かいのソファーに座ると、ファミレスであったことを話した。水希ちゃんは黙って聞いていたけど、話が終わると真面目な顔で言った。

「やっぱり、あのジンって人の言ったことが現実になってるのかも」

「……それって、私が狙われるってこと?」

「もしその人が本当にアオイにしか見えなかったとしたら、いままで見えなかったものが見えるようになった、ということだよね」


 どさっとソファーにうずまる。

「どうしよう?」

 水希ちゃんも黙って考え込んでる。

「魔よけのおふだとか、どこかにないかなぁ?」

「あの三人の話じゃ、そんなものが効くとも思えないけどね」

 そういわれても、あの三人をまた出すというのは、正直したくないんだ。

「水希ちゃんの方は、何か分かったことはある?」


 ノートパソコンに目を戻しながら、水希ちゃんが話し始める。

「あの三人の格好からして、日本ではなくアジア大陸、中国や朝鮮半島の感じだよね。そのあたりの人を模したと言ってたし」

「じゃ、中国とか韓国から来た人たちってこと?」

 でも、水希ちゃんは頭を掻きながらうーん、と唸りだした。

「そこが分からないのよ。アオイが遇ったおじさんは古墳って言ってたんでしょ? 中国だとしたら古墳とは言わないと思うんだな」


 あぁ、確かに。世界史で習った気がするけど、ナンタラ陵とかカンタラ廟って言うんだよね。


「その辺は、目下調査中」

「調査ってどうやって?」

「ネット検索もしてるけど、あとは大学の友達とか。CANBASEでつながっている人たちにも知ってることがないか訊いてるよ」

「え、まさかあの三人のことも!」

「いやいや、そういう危ないことは秘密にしてるから、大丈夫」

 ホッと胸をなでおろす。


「でも……不思議な人たちだよね。いろんな意味で」

 同意を求めるように私は言った。水希ちゃんもうなずく。


「人間の姿でしかも服まで着てたし、玉に戻したら脱いだ帽子や笠まで消えたということは、あれも実態を持っているんじゃなくて、そう見せかけているだけじゃないのかな」

「見せかけてるだけ?」

「言葉が通じたけど、日本語を話しているわけじゃないって言ってたでしょ。要するに、私たちには日本語に聞こえるし、人間の姿だったり服や笠を身に着けているように見えるし、触ってもその感覚があるけど、本当は全部彼らが作り出したものがこちら側にそう伝わってきているだけ。こう考えれば理屈は合うよね」


 フーン。やっぱり妖怪だけあって私たち人間を騙すのは得意ってことか。


 ――ピンポーン


 突然のドアチャイムの音に、会話が止まる。

 無言で顔を見合わせた。一昨日からのことに、やっぱり気を抜けないという思いが強い。


 水希ちゃんが立ち上がると、インターホンの前まで行った。

「……はい」

 用心深く返事をする。

「お届け物ですー」

 宅配便だった。やれやれ。


 玄関で荷物を受け取った彼女が、両手で段ボールを抱えながらもどってくる。キッチンのテーブルに包みを置くと、私に笑う。

「アオイのお母さんからだよ。桃だって。もうそんな時期か」


 お父さんとお母さんが引っ越したのは長野県で、私たちが二人で住み始めてから、心配なのもあってか、物産のいろんなものを送ってくれる。

「少し置いといたほうがいいし、冷蔵庫で冷やしておこうね」

 といって箱を開けようとしたときだった。


 ――ピンポーン


 またチャイムが鳴った。

 宅配便のすぐ後で、二人とも気が緩んでたんだと思う。インターホンには出ず、水希ちゃんは、はーいと返事をすると、そのまま玄関に行った。

 ガチャンとドアを開ける音。

 一拍おいて、水希ちゃんのくぐもった声。


「あの……どちら様?」


 なんだろう? 私も腰を上げて廊下に出てみる。

 玄関を覗き込んだところで、水希ちゃん越しに、開いたドアの前に立ってる人が見えた。


「み、水希ちゃん! そのひと」

「え? このひと、なに?」

 昼間の、あの女の人だ!


 水希ちゃんが私を振り向いたとき、その人がユラ~って感じで玄関から中へと上がってきた。

「ちょ、ちょっと!」

 止めようとする水希ちゃんの腕をスルンと抜けると、そのまま廊下を歩いてくる。

 えっ、なんで? なんでこの家を知ってるの?


 女の人が、ワンピースをふわふわゆらゆらさせながら進んでくる。とらえどころがないって感じ。

 逃げたほうが良いのかな。でも目的が分からないし、それに、もしかしたら普通の人間かも知れない。断りもなく土足で他家よそんちに上がり込むのがフツーと言えればだけど。

 この時は、まだ私も判断力がなかったんだ。


 女の人はそのまま私の前まで来ると立ち止まった。また口元だけで笑う。

 何? 何か私に伝えたいことがあるとか、まだ無防備にそんなことを考えてた時だった。


 その人の口が、いきなりカパぁ~って開いた。大きく、大きく、どんどん大きく。

 顔も頭もめくれかえって、ぐんぐん広がって、廊下の幅いっぱいのお椀みたいになる。

 そのお椀がこっちに向いて、ふにゃふにゃゆらゆらしながら近づいてくる。


「うわわわわぁっ」

 変な悲鳴を上げて、廊下からリビングに逃げ込む。お椀アタマの人もゆらゆらしながら追ってくる。

 キッチンを抜けてグルっと廊下に戻ると、水希ちゃんと一緒に階段を駆け上がった。

 二階から下をのぞく。お椀アタマがピンクのワンピースまでグニャグニャになって、這いずるように階段を上がってくる。

 ヒエエっ!

 二人で水希ちゃんの部屋に駆け込むと、慌ててドアを閉めた。


「なに!? あの、ヤマトメリベみたいなヒト!」

 水希ちゃんもハァハァ言ってる。

「わっかんないよっ! ってか、ヒトじゃないでしょ、あれ!」

 このドアに鍵はない。水希ちゃんが手近にあった雑誌をドアの下に押し込む。ストッパーにするつもりだ。


「あれがアオイの言ってた人? 知り合いじゃないよね?」

「オバケの知り合いなんか、いないよっ!」

 いきなりドアがベインっと揺れた。外から体当たりしてるみたい。何度もベイン、バインっと揺れる。ドアノブもガチャガチャガチャッ!

 二人でドアを抑える。体に振動が伝わってきて、このドア一枚外にあれがいるかと思うと、ものすごく気持ち悪い。

 水希ちゃんが脇に立ってたポールハンガーを握ると、さかさまに倒して脚をドアに当てた。

 先が壁際の本棚にとどいてつっかえ棒になる。

 これでしばらくは大丈夫かも。


「水希ちゃん、どうしよう?」

「こうなったら、あの三人にお願いするしかないよ」

 ううー、やっぱりそうなるかぁ。

「とにかく玉から出さないと」

「まってまって、せめて一人だけにして!」

「って言われても。だいいち私じゃだめだよ。アオイじゃないと封印を解けないし!」

「でも、あの袋は? 玉は?」

「キッチンのテーブルの上! あそこまで行かなきゃ」


 それって、どうやって行くの? この状況で。

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