第九話 プロジェクト・ブラッド
「ねぇ……水希ちゃん」
「んー?」
キッチンのテーブルに、向かい合って座る水希ちゃんと私。
「あのぉ……さ、本当に、こんなことしてていいのかな?」
目の前には大きなお皿いっぱいのギョーザ。炊き立てのご飯。卵のスープに、お漬物もあるし、野菜と春雨のサラダも作った。絵に描いたような晩御飯。ただ一つ違っているのは……
私の背後のリビングに、妖怪とかが三人いることです!
「いいじゃない。食事は生きる基本よ。まずは腹ごしらえしないと」
水希ちゃんがギョーザを取ると、ラー油とお酢たっぷりのお醤油につけた。アーンと口を開けてほおばる。
「ん~、やっぱりここの『手作りモチ皮ギョーザ』は美味しいねぇ」
平気な顔でギョーザをバクバク食べてるけど、私はさっきっから背中に恨みがましい視線を感じて、食事どころじゃない!
あの三人はずっとソファーに座ったまま。特に話をするでもなし、黙って食事をする私たちを見てる。その視線が痛いんだってば。
「お腹空いたよねー」
水希ちゃんのその一言で、夜八時過ぎになってやっとご飯の支度を始めて、今は九時を回ったところ。
途中で一度、ハクだけが近づいてきてキュウリやトマトを切ってる私の手元をのぞき込んだ。
「やっぱりいいねぇ。お料理してると、いかにも女の子って感じだよ」
あの笑顔がすぐ横にある。息がかかりそう。
もー、相変わらず近いって(汗)
「そ、そういう、女はこうだって決めつけるのは、いまセクハラって言うんだからね。料理は必ず女がするものってわけじゃないんだから」
「ふうん……じゃ、僕がそれ斬ってあげようか?」
こっちの目をのぞき込みながらニッコリ笑う。あれ? なんか親切。
「おいっ、やめろ!」
背後からジンとショウの声が飛んできた。びっくりして水希ちゃんと一緒に振り向く。二人がものすごい顔でこっちを見てる。
「な、なに?」
「野菜くらい、かまわないだろ?」
「お前の『斬る』は油断できん」
三人とも何を言ってるのかわからなかった。そのときは。
ちなみに彼らを食事に誘ったけど、必要ないって言われた。
見た目が私たちと一緒だから同じ生き方なのかと思ったら、やっぱり違うらしい。
まず、人の姿でいる限り食べたり飲んだりもできるけど、それは嗜好のようなもので、そもそも空腹も覚えないし食事を摂るということ自体が無いらしい。口から食べたものは消化されるんじゃなく、そのままどっかに行っちゃうんだって。
まあね。あのイケメンたちがトイレに行くところはあまり見たくない気もするけどさ。
疲れたら眠るらしいけど、それも毎日じゃないし、仕事もないし学校もないし、特にすることもないから、結局はいつもフワフワしているみたい。鬼太郎の歌そのものだよ。
何でもできる
ていうか、何のために生きてるんだろう? 水希ちゃんは精霊とか神さまっぽいことを言っていたけど、存在する目的がないっていうのも、何か変。
「ところでさ、あの人たち、今夜はどうするの?」
ひそひそ声で水希ちゃんに訊いた。
「そうだねぇ……客間にでも寝てもらおっか」
「何言ってんの。あの三人が仲良く一つの部屋に入ると思う?」
ほんとに、困った。
水希ちゃんの指示で、三人に名前を付けたら、確かに三人とも私の言うことは聞くようなそぶりを見せた。でもマスターって言っても何ができるのかさっぱり分からない。
「ごちそうさまでした。さてと、後片付けしちゃおうか」
水希ちゃんに急かされて、私たちは並んでシンクの前に立った。うちは対面型キッチンじゃないから、リビングの三人には背を向けた格好。
水希ちゃんが、いつもと違ってやけに激しく水を出しながら洗いものをする。
「アオイ、もう一度あの三人が出てきた時のことを聞かせて。あ、小声でいいから」
ザーザー音を立てる水しぶきに消されそうになりながら、私は理科室のことを話した。
一通り終わったところで、水希ちゃんがこっちを見る。
「なるほどね」
私の身体を上から下まで見回しながら考えてる。
「その膝が、ぶつけたって傷ね」
「そーなの。もう最悪……」
「そのバンソーコーはもうはがしても平気?」
突然訊かれてキョトンとする。
「え? あ、お風呂入るから?」
「あー、そういうのとちょっと違うけど」
なんだ? とりあえず同意した。
「うん、まぁ、大丈夫だと思うよ。もう血は止まっt」
水希ちゃんが口に人差し指を立てたままウィンクする。うん? また何か企んでるな。
やっと水道を止めると、水希ちゃんに促されて冷蔵庫の陰に行く。
膝を出すと、保健室で貼られた大っきなカットバンをはがした。もう血は止まっていたし傷も治りかけてる。
でも水希ちゃんは、私の膝よりカットバンに興味があるみたい。裏が赤く染まったそれをしげしげと見た後、小物入れからハサミを出すと、リビングの三人から隠すようにして、真ん中から二つに切った。
片方を私に差し出すと、小声でポショポショポショ。
脳内に電流が走る!
二人で頷きあうと、セロハンテープでカットバンを裏返しに掌にくっつけた。もちろんあの三人には知られないように。
水希ちゃんがニコニコしながらリビングの三人を振り向く。
「あの、ちょっと皆さんにお話しがあるんですけど」
しれっと言う。ホント、役者だなぁ。
「ジンさん、ハクさん、協力してもらえますか」
返事も待たず、ソファーの後ろから二人の脇に回った。私がチャラ男のハクの方。水希ちゃんは炎のジンの横。
いぶかしんでいる二人に向かうと、顔を見合わせて深呼吸。
「何をするのかな?」
ハクの声も無視して、せーっの! 二人同時に相手をつかむ。すかさず私が叫んだ。
「もどれっ!」
あっ! という表情のジンとハク。
と思ったら、二人とももういなかった。ソファーの上に、赤い玉と銀の玉が転がってる。
やったー!!!
「……おい」
ボー然とした残る一人。電気のショウ。
腰を浮かせた彼に、すかさずかけよる私たち。
「まて、何をする!」
「大丈夫よ。理屈が分かったらまた出してあげるから」
左右を挟まれたショウに、水希ちゃんが迫る。
「そ、そういう問題ではない!」
「あなたは真面目で紳士みたいだから、女の子に手荒な真似はしないわよねぇ?」
血の付いたカットバンを手に、獲物を追い詰めた水希ちゃんの笑顔。
「ま、まて!」
「アオイ、やれ!」
私がばっとショウの腕をつかむ。
「もどれ!」
叫ぶと同時に、掴んだ手から彼が消えた。
三つの玉を拾うと、あの袋の中にもどす。口を縛ってテーブルの上に置いて、じっと様子を見ていた。壁の時計とにらめっこしながら五分くらい経ったけど、特に何もない。
やれやれ。
フーっと深いため息をついて、私も水希ちゃんも、ソファーに身体をうずめる。
水希ちゃんが、ふ、ふ、ふ、と笑い出した。私もだんだん我慢できなくなる。緊張が解けた途端に襲ってくる意味不明の可笑しさだ。
ぶーっ、と吹き出すと終に大声で笑いだした。
「は……はは……アッハハハハハハ!」
今までの反動で、二人で笑い転げる。
「やっぱりねー。アオイの血で封印が解けたのよ。乾き始めていたから不安だったけど、上手くいったじゃない」
水希ちゃんが笑い涙を流しながら言う。
「でも、赤い玉には確かに血が付いたけど、あとの二人は?」
「袋に戻すときに付いたんでしょ。そして袋の中で一緒になって赤い玉にもまた血が付いた。でも袋に入っていたから家に帰って来るまでは保たれていて、ここでアオイが袋を開けたから効力も弱まって、飛び出した」
確かに。理科室の机の上から拾った時に付いたのかもしれない。それで巻き付いていた紐が消えた。
「だけど、脱いでた笠や帽子までなくなってるわね。この辺の論理はまた訊いてみなくちゃね」
水希ちゃんが、辺りを見回しながら言う。
「え? また出すの! あの人たち」
「出さなきゃだめでしょ。まだ何も解決していないんだから。せっかくアオイがマスターになったんだし」
「ジョーダン! 私はいいよー。もう要らないよ、こんなの」
慌てて否定する。
「じゃ、どうするの?」
「博物館かどっかに渡して保管してもらう」
と、ドキッパリ。
でも水希ちゃんは難しそうな顔をした。
「それは、もう少し様子を見てからがいいわ」
「えぇっ! どうして? 早く厄介払いしちゃおうよ」
水希ちゃんが真面目な顔でため息をつく。
「さっきあのジンって人が言ってたでしょ。もしかしたら、今度はアオイを狙って好からぬものが寄ってくるかも知れないって」
そういわれて黙り込む。
「不本意とは思うけど、アオイはもう巻き込まれちゃったんだよ。あなたが霊玉の禁を解いたのが偶然だとしても、これからのことはきちんと考えて行動しなきゃ。それに……」
と、いったん言葉を切る。
「夕べ出会ったおじさんが関係しているということにも気づいてるんでしょ?」
その言葉に、うつむきながらうなずいた。
「そのおじさんは、あの三人のことをアオイに託した。普通の女子高生に理不尽で無責任だけど、それしかなかった。だとしたら、やっぱりアオイが見た男の人たちも関係しているんだと思う。とにかく私たちの身の安全を最優先に考えなきゃ」
なんだか怖くなってきた。そんな私を元気付けるかのように、水希ちゃんがパッと明るい声になる。
「まぁ、とにかくとりあえず今夜は眠れるよね。お風呂入って、明日からのことはまた後で考えましょ」
「水希ちゃん、今日は一緒に寝てくれる?」
「もちろん! その袋も変化がないように見張っとこうね」
水希ちゃんがキッチンから保存用バッグを持ってくる。革袋をいれてファスナーを閉めると目の前でぶらぶらさせた。
「これで良し!」
そんな水希ちゃんを見ながら、私は、三人とも息ができなくて苦しくないかな? なんて変なことを考えてた。
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