第八話 君たちの名は。

「ちょっと、水希ちゃん!」

 眉をひそめて袖を引っ張る。


「生活ってどういうこと? まさか、この人たちと暮らすなんて言わないよね?」


「あら、だってここに居るんだから仕方ないじゃない。それに、霊玉から出したのはアオイなんだから、あなたにもマスターとしての責任があるわよ」

「いやいやいや! 私はこの人たちに元の場所に帰って欲しいんだってば」


「俺はもう元に戻るつもりはない」

 赤い玉の人が言い放った。

「私もだ。というよりお前は戻れ。召し取る」

 電気の人がチャラ男をにらむ。


「ねぇ、そういえば獲物とか、召し取るとか、この人は犯罪者なの?」

「そうだ。こいつは……」

 言いかけた電気の人をチャラ男が遮る。

「おいおい、よしてくれよ。ここに至って仲間割れか?」

「だれが仲間だ!」

「ストーップっ!」

 私は椅子から立ち上がった。

「トラブルはごめんて言ったでしょ。ケンカするなら、もうあの玉にもどって!」


 そういう私を、電気の人が探るように見る。

「それにしても、おまえ……本当に戻せるのか? 我々を」

 ギクっ!

「!そ、そうよ。だって封印を解いたのも私なんだから」

 ちょっと声が上ずる。本当は私だって何で解けたのか分からないんだよな。

「じゃ、試しにこいつをやってみろ」

 そう言ってチャラ男を指さした。

「おい、冗談はよせ」

「こいつの言うことは気にするな。お前たちの世でいう罪人だ。早くやれ」

 うっ、まずい。

 理科室で赤い玉の人に触ったら戻ったけど、でもどうしてかは分からない。いまやれって言われてもできないし、それがばれたら、きっと私の言うことも聞かなくなっちゃう。

「で、でも、おとなしくしてるのなら、その……別に無理やり戻すとはいわないけど……」

 と、ごにょごにょごにょ。


 言い訳したけど、明らかに疑いの目で見られてる。どうしよう、と思っていたら、水希ちゃんが手を広げてその場をなだめてくれた。

「まあまあ、元に戻すのはちょっと待って。封印が解かれたのは偶然かも知れないけど、何となく、もうステージが変わっちゃってる気がするのよね」

 やれやれ、助かった。

 でもステージが変わったってどういうこと?


「ところで、罪人って言われてるけど、あなたは何をしたの?」

 水希ちゃんがチャラ男に訊いた。

「俺を咎人とがびと呼ばわりするのはコイツだけだよ。そもそも俺たちに罪や罰の概念は通用しないさ。あやかしなんだから」

 平然と言い返したけど、それを聞いた赤い玉の人の顔つきがみるみる変わった。


「っ!きさま……やはり殺す!」

「だめ、だめぇ!」

 水希ちゃんと私が慌てて止める。


「ケンカはやめて。協力し合わないと先に進めないわ」

 水希ちゃんがたしなめるように言う。

「こんな奴らと組む気はない!」

「そう言わないで。だいいち、あなたたちには戻るべき場所があるの? それがどこか分かってるの? この時代のこの国で」

 その質問は、ずばり的を射たものだったみたい。赤い玉の人が思わず黙る。


「もうその霊玉とかに戻ることは望んでいないんでしょう? と言っても、ここは見ての通りあなたたちの知っている時代ともまるで違います。今はおかしな行動をとればあっという間に世界中に広がるし、騒ぎになればあなたたちにも不都合が出るわ」

 彼女が、立て板に水の如くしゃべりだす。

「もし何かの理由で霊玉に封じ込められたのだとしたら、ここで問題を起こせばまたその誰かによって玉に戻されちゃうわよ。そうなったらもう私たちにもどうにもできないわ」

 すごい。グイグイ押してる。


「あなたたちがよみがえったことにも、きっと何か理由があるんじゃないかな。だからここは過去の私怨は脇に置いて、まずはあなたたちが望む結果となるように協力が必要なの。そのためにも、私たちの言うことを聞いてくれる?」


 不安そうな私の顔を見て、水希ちゃんが言った。

「アオイも冷静に考えてみて。この人たちが収まるところに収まるためにも、もっと調べなくちゃならないことがたくさんあるわ。それに、昨夜の一件も気になるし、さっきの蜘蛛みたいなのが今度は私たちを狙ってくるかもしれないんでしょ? しばらくはこの人たちにいてもらった方が安全よ」

「それは、分かるけど……」


 はぁ~ やっぱりこのアブナい三人と一緒に暮らす気なの? そんなことできるの? 周りに知られたらどう説明するの? お父さんやお母さんには?

 そう言いたいけど、でも私にもほかに名案は思い付かないし。


「じゃ、これでみんな納得したわね。とにかく、今までのことはいったん脇にどけて、最善の策を見つけましょう」

 完全に水希ちゃんのペース。でも少し落ち着いてきた。こうしてみると、やっぱり私よりもずっと大人で、責任感があって、何より私を護ってくれてる。初めのころのあのおチョーシな態度も、もしかしたら三人を油断させるためだったのかな?


「とにかく、どこの誰かってことだけど、その前にまずは名前よね。改めてお名前を教えてほしいわ」

 そう言ったものの、三人とも相変わらずだんまり。


「ねえ、どうしてそんなに名前を言うのが嫌なの?」

 私が訊いた。

 彼らではなく水希ちゃんが答える。

「つまりね、名前というのは自分自身を表すから、名前を知られるということは、自分の正体を知られるということと同じなの。得体の知れないものから、理解できるものに変わる。それって、自分たちが相手に管理されちゃうってことになるのよ。それは分かるんだけど、でもこのままじゃなぁ」

 と言いかけて

「あ、そうか!」

 閃いたように水希ちゃんが声を挙げた。

「自分で言えないなら、それぞれ別の人の名前を言いなさい。三人が順番に言っていけばお相子でしょう?」


「なんだ、それは?」

 電気の人がびっくりしたように声を挙げた。

「だから、三人で順に相手の名前を言うの。これならいいでしょ。アオイ、命令してみて?」

 ええー、またワタシ?

 

「アッハハハ!」

 突然笑い出したのはチャラ男。

「おい、どうやらこの二人は、俺たちより上手の様だぞ」

 ソファーにふんぞり返って後の二人を見た。

「いずれにせよ禁封を解いたのはその娘だ。我らは最低限の礼を尽くさねばならん」

 なんだかんだ言ってこの人が一番話が通じるけど、これも世渡り上手の手段としてだと思う。


「ご協力ありがと。じゃ、あなたからでいい? あ、その前にちょっと待ってて」

 水希ちゃんがリビングを飛び出すとパタパタ二階に上がっていって、しばらくして戻ってきた。手にはメモ帳とボールペン、それに分厚い漢和辞典。


「じゃ改めて、そちらの方のお名前を教えてくれる? 正真正銘のよ。分かってるわよね」

 水希ちゃんが赤い玉の人に右手を向けた。

「こいつの名前は、ジンライガイだ」

 チャラ男が答える。

「ジンライガイ……音で聞こえるということは、私たちが使う文字にも表せるのよね? この中からイメージに合う字を拾うとしたらどれ?」

 水希ちゃんが漢和辞典を指さして赤い玉の人に訊いたんだけど。

「知らん」

 まぁ、このリアクションは何となくわかってたよ。


「ちょっと拝借」

 チャラ男が辞典をパラパラとめくった。

「なるほど」

 パタンと閉じるとテーブルに載せて、その上に左手を置く。右手でボールペンを持つとメモにペン先を当てた。

 え、どうなるの、これ? 私と水希ちゃんが身を乗り出して覗き込む。


 見ているうちにペン先が動きだした。すらすらと文字が書かれてく。

「これで良いんじゃないか。なぁ?」

 ニヤニヤ笑いながら赤い玉の人に見せた。メモに書かれたのは


 ――燼磊嵬


 何これ? 読めないけど、ヤバそうな名前。

 確かに、ヒとかイシとかオニっていうのがこの人のイメージにぴったりだけど。

 本人はチッっていう感じで仏頂面のまんま。否定しないところを見ると、合ってるんだろうな、これ。

「ふうん。じゃ、ジンライガイさん、こちらの方のお名前を言って」

「……コリャクショウ、だったな」

 電気の人の名前を、チャラ男がまた書いていく。なんでもできるんだなぁ、妖怪って。


 ――虎靂将


 ふーん。これはなんか分かる気もする。

「じゃ最後にこの方は?」

「ハクソウコウだ」

 電気の人がうんざり顔で言う。


 ――伯爪江


「なるほど。こういう字になるのか」

 チャラ男は自分で書いて感心してる。こっちを見て微笑んだ。

「それじゃ、どうぞよろしく。アオイちゃん、ミズキちゃん」


「うん、OK。でも、そろって難しいし呼びづらいわね……アオイ、ちょっと」

 水希ちゃんが私を呼ぶ。キッチンの隅に行くと耳元でひそひそ囁いた。むむ、そう来るか、でもこの状況では致し方なしと私がしぶしぶ頷く。

 三人を振り向いた。緊張緩和と、それにちょっと勿体つけて咳払い。


「では、貴方たちに新しい名前を授けます」


 うん? という顔でみんなが見る。余計な話が始まらないうちにすかさず私は宣言した。

「貴方の名前はジン」

 赤い玉の人を指さす。続いて電気の人に向ける

「貴方はショウ」

 最後にチャラ男に向けた。

「貴方はハク」

 三人が顔を見合わせる。


「これからは、今告げた名前を自分のものとして、私に従いなさい。それと、ここにいる河井水希の言うことにも私と同様に従うこと。そして、今後三人でのいがみ合いやケンカは一切禁止! これが主の命令です」


 思った通り、三人とも呆気に取られてる。でもここは、名付けることで三人の管理がもっとできるようになるっていう水希ちゃんの言葉を信じるしかない。


 私の脇で、水希ちゃんが笑顔で言った。

「三蔵法師とお供の三妖怪みたいね」

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