第七話 正体と告白の時間

 ――自然から生まれた。

 

 電気の人が言った言葉に、水希ちゃんはしばらく考え込んでいたけど、探るような眼をしてこう訊いた。

「つまり、あなたたちは、精霊ってこと?」


「む、まぁそういう言い方もできるが……」

 なんだか歯切れが悪い。

「違うの?」


 横でチャラ男が呆れたように笑い出した。

「相変わらずだな、お前さんは」

「なん、何を言う、おれはっ」

 ムキになる電気の人を無視して、こっちに顔を向ける。

「そうじゃないんだ。こいつの言いたいことは」

 さっきまでのタラし顔とはちょっと違う表情だった。


「君の言う言葉には、多分に我らを高尚なものと解釈する意味が含まれているように思う。だが、我らも所詮はさっきの奴と同じ。人とは相いれぬものであることに変わりはない」

「もう少し詳しく説明してくれます? さっきの蜘蛛やあなたたちについて」

「うん、いいよ」

 チャラ男が頷くと話し始めた。


「この世に命を持つ者は二通りいる。古くから存在し純粋に生きるという目的のために生き続けるものと、自他の存在を理解し、自我をもって他者よりも自分にとっての価値観を優先した行動が自由にできるものだ」

「前者が植物や虫や魚なんかで、後者が私たち人間ってことかしら?」

「おおむね合っているかな」

「それで、前者から生まれたのがあなたたちで、後者から生まれたのがさっきの妖怪。要するにスピリットとデーモンの違いってこと?」

 さすがは大学生。キチンと話が進んでってる。


「そういうことだね。言い方を変えれば、それも一つの進化と言える。原始より生き続けるものから次の世代へと生まれたのが我らで、人というものの心から生まれ進化した存在が奴らさ」

「でも形態から見ると、自然から生まれたあなたたちのほうがずっと高位の存在で、進化の進んだ私たちから生まれたものはずいぶん低級に見えるけど」

 水希ちゃんが自虐的なディスりを入れて返す。


「君らの進化はあくまで分岐、分類の果てのものだからね。この世の原理から見れば極小さな一つの流れに過ぎない。それでも、君たちは生き物としては進化の最頂点にいる。この世の支配者であることに間違いはないよ」

 チャラ男も、真面目な顔をするとすっごいインテリに見えて来る。メガネ似合いそう。


 水希ちゃんが、ふうんと頷きながら、でもちょっと意地悪そうな眼でチャラ男を見た。

「だけど、あなたたちはスピリットでも、私たち人間から生まれたものは、他者に害悪を成すものと言ったほうがよさそうね。だったら妖怪というよりの概念に近いわね」

「察しがいいね。聡明なは、俺は好きだよ」

 そう言って、チャラ男が思わせぶりに嘲笑わらう。


「つまり君らは、進化の果てに自分たちに不要なものを無意識のうちに捨てていくことができるようになった。うらみ、ねたみ、そねみ、憎しみや苦しみ、そういったよこしまな気が捨てられ、集まると奴らのようなものになるのさ」

「なるほどね。遠回しに気を遣ってくれているようだけど、結局デーモンは私たち人間の悪い心が生み出したものってことなのね」


「そういうことだ」

 突然、赤い玉の人が断言するみたいに言った。

「すべて邪悪なものはお前たちから生まれる」


 みんなシーン。


「まったく……相変わらず頭の中まで溶岩でできてるな、お前は」

 チャラ男がため息をつく。


「でも、さっきこちらの方は、もう来たか、って言ってたわね」

 水希ちゃんが電気の人を見た。

「ああいうのがここに来るって知ってたの? そもそも何でここに来たのかしら。あの蜘蛛の目的は何だったの?」

 その質問については、ちょっと気まずい沈黙があった。


「うーん……まぁ、呼ばれるんだよね。似た者同士が」

 苦笑いしながらチャラ男がつぶやく。

「呼ばれる?」 

「邪なもの同士、惹かれあうと言うべきかな」


「奴らの狙いは、俺たちを喰うことだ」

 赤い玉の人がつっけんどんに言った。私と水希ちゃんの顔つきが変わる。


 ――喰う。


 え、やだ、どういうこと?


「強いものが弱いものを取り込むということだ」

 電気の人が、場を取りなすかのように言う。


「気の集まりは大きなものが強い。強いものは弱いものを襲い吸収する。そうすればさらに強大になれる。だから、近くに同類を見つけるとそいつを喰おうとして寄ってくる。これも極めて自然な話だがな」

「じゃ、あなたたちを自分に取り込もうとしてここに来たってこと?」

 水希ちゃんが眉をひそめる。

「そういうことだ。まぁ、あんな雑魚に、俺たちをどうにかする力なぞありはしないが」

 電気の人がうなずいて続ける。

「我らは、なるべく気づかれないよう、自分の気もあまり強く発していない。だがそれを弱いものと勘違いする奴がたまにああして寄って来る」


「ちょっ、ちょっと待ってよ!」

 と、叫んだのは私。

「じゃ、あなたたちが呼び寄せたのと同じじゃない! こっちも一緒に襲われたんだよ。この家に何かあったらどーしてくれるのっ?」


「俺たちの封を解いたのはお前だ」

 赤い玉の人の言葉に、ぐっ、と詰まる。

「お前たちはさっきの奴が見えていたな。そっちの女はここにいるので俺たちの気を受けているだけかもしれんが」

 水希ちゃんに顎をしゃくった後、視線が私に向く。


「お前は、おそらく俺たちの封を解いたことも関係しているはずだ。あるいは、俺たちがいなくなっても、ああいうやつが寄って来るかもしれん」


 ええー! マジ!


「さっきの蜘蛛は、普段はどうしているの?」

 水希ちゃんの質問に電気の人が答える。

「小さく弱い者は、ただ彷徨っているだけがほとんどだ。同類に出会えばどちらかが吸収する。それを繰り返し、だんだんと大きなものとなる。ある程度の奴らは棲み処を定め、お互い干渉し合わないようにもなるがな」

「あれが見えない普通の人にも何か悪い影響があるの?」

「見える見えないは、奴らの力に関係ない。見えない者でもあれに触れれば影響を受ける」


「でも、今まで私たちの周りに妖怪なんていなかったよね? 水希ちゃん」

 うなずきあう私たち。でも電気の人が否定した。

「見ないだけで影響は受けていたかもしれん。病になる、事故に遭う、不運に見舞われる……そういったことが奴らの力で起きていたともいえる」

 それって、つまりタタリとかノロイとかっていうこと? やだなぁ。


「種類は? さっきのは蜘蛛みたいだったけど。他の形もあるのかしら」

「住んでいる場によって形は様々だな。おおよそ己の住む地に適した形になっていく。それともう一つ。さっきの奴はほんの小ものだ。我らを餌と間違えるほどの愚か者だ。だがもっと利口で力の強いものもいる。そういう奴に出会うと厄介だ」


「人を殺して、魂魄を取り込む奴らもいるぞ」


 赤い玉の人の言葉に、ゾクリとする。


「おいおい、女の子を怖がらせるなよ」

 チャラ男がたしなめた。でも赤い玉の人は平然としてる。

「本当のことだ。隠してどうする」


「昔から語られる妖怪の概念ってあながち間違っていないわね。私たちから生まれても、邪悪なものは他者に悪影響を与える。で、あなたたちも特別私たちを助けたりもしない。神様みたいに、時には干渉するけど、それは決して私たちのためだけじゃない。だから祟ったり罰を当てたりもする。こういう解釈でよいのかな?」

 水希ちゃんが自分に言い聞かせるみたいに言う。


「まぁそうだけど、神や精霊なぞというのもおこがましい。俺たちも所詮は妖の一種だよ」

 チャラ男が、もとのタラしに戻ったように微笑む。


「あなたたちの扮装や言葉を聞いていると、日本というよりアジア大陸の出身のようにも思えるわね。唐とか韓という国名なら分かる?」

「詳しくは話せないけど、まぁその辺りの者を模した格好だと思ってもらっていいだろうね」

 その言葉に、水希ちゃんもにっこり。


 で、私はと言えば、話を聞きながら夕べ出会ったおじさんの言葉を思い出していた。


 ――ナントカ…コフン…リョウイ…サンビキ


 うろ覚えで何のことか分からないけど、最後のサンビキって「三匹」じゃないのかな? とすると、やっぱりこの人たちはあのおじさんと関係があるんだと思う。

 コフンっていうのは「古墳」?


「ね、ねえ、あなたたちは、玉になってから今までどこにいたの?」

「……それは我らにも分からん」

 答えたのは電気の人。


「どこかの古墳に入れられたとか……」

「古墳? なんだそれは」

「え、昔の人なのに知らないの?」

 あれっと思った私に、水希ちゃんが言った。

「古墳というのは現代人から見た言い方だもの。えーと、墳墓と言って、つまり王様や統治者のお墓ね。土を盛り上げて山のような形にした、為政者を称える意味を込めた大きなお墓のこと。知ってる?」

「分かるが、なぜ我らがそんなものに入る?」

 あちゃ、だめだこれ。

「じゃ、あなたたちを入れていたあの袋の持ち主は?」

「そんなものは知らん」

 と、赤い玉の人。


 この人がずっと不機嫌で不愛想なのは、たぶん玉にされたことを他の二人より根に持っているからじゃないのかな。そして、その元凶っていうのは……

 冷汗をかきそうな気分でチャラ男に目をやる。向こうが気づいてまたタラし顔で微笑んだ。

 やっぱり、絶対コイツだ。


「だ、け、ど」

 と、水希ちゃんが立ちあがった。

「いずれにせよ、あなたたちはこのアオイに封印を解いてもらったんだから、この子がマスターなのよね?」

 言い聞かせるように三人を見回す。

「それに、あなたたちが封印された理由を聞いていないし。さっきの感じだと、やっぱり誰かに封じ込められたんでしょ? それならアオイは、あなたたちの恩人でもあるわよね」

 初めのころと打って変わって、ずいぶん大人びた言葉でかなりの説得力がある。さっきまでのあのキラキラまなこも、もしかしたら三人を油断させるためだったのかな。

 

「でも言葉が通じるのは助かるわ。皆さんのことをもっとよく知りたいし。文字や数字はどうなのかしらね。あれって読める?」

 水希ちゃんが壁のカレンダーを指さす。今は六月。チャラ男がしゃべりだした。

「書いてあることは分かる。数だ。日にちを表しているから暦だな。一から三十。我らの知る暦とは違うが、これを一括りとして今は六の月。どうかな?」


「すごいわ。大当たり! これなら生活に支障はなさそうね」


 へ? 生活?

 水希ちゃんの言った言葉が、私にはすぐに理解できなかった。

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