勇者の真実

勇者の街カルベラ。

カルベラが勇者の街と言われる様になったのは、昔の事。凶暴凶悪な魔物による支配によって陥った、世界の危機を救ったと言われる先祖の英雄を讃えて、人々は勇者と呼んだ。勇者は人々に希望を与えた。魔族を悪とし、魔物を敵とする勇者の教えが現在にまで息づいている。

勇者の一生は明かされていない。それは勇者が次代に復活するであろう魔物の魂を懸念して、自身に封印を施したからであった。そしてその封印は今、解き放たれようとしている。


「偉大なる勇者様。先日より魔物率いる魔王がこのカルベラの街へと向かってきています。どうかお力添えを」


召喚士の手に握られたのは、ソウルリング。勇者の生きる魂を留めておくものである。だが勇者の肉体は当の昔に朽ち果ててしまった。故に肉体の媒介として選ばれたのは、異世界から召喚した一人の人間。古来より異世界から呼び寄せた者には、奇抜な能力が備わっていると言われている。


「アルシアノソールジャーアルシアノソールジー」


斎場の祭壇に寝かせた異世界人へ、ソウルリングに封印された勇者の魂を徐々に送り込んでいく。リングからは光の雪が溢れる。


「きぇーい!!!」


リングからは何も出なくなった。それは魂を全て移しきった事を意味する。

後は勇者の復活を待つのみ。


「ん………んん。むぅ………ここは………どうやら眠りから覚めた様だな。という事は、魔王が復活したという事か」

「勇者様! お初にお目にかかります。私、召喚士の者でございます」

「ほう、お主が。上手くやってくれた様だな。私の魂を使って呼び寄せた片割れは何人いる?」


祭壇から起き上がると、自身に着せられた衣装や体の関節具合を吟味する。そして祭壇の下で跪く召喚士を満足気に俯瞰ふかんした。


「はい、ただいま七人ございます」

「そうか。ならば全員を魔王軍との戦いに参加させよ」

「はっ」


召喚士は暗闇に紛れて姿を消した。





リリィと別れて、早数日経った。現在アルストロメリアにて待機中のホヅミとシュウ。ホヅミは無事だが、シュウの怪我はすぐには治せる者がいなかったために、療養に時間を使っていた。本来であればすぐに治っていたはずだった。治療が長引いたのは、シュウの悔しさのせいだった。魔王ラーミアにいとも簡単に圧倒されてしまったシュウ。頼みのスーパーパワー金剛力も当てられなければ意味もなく。その後のシュウは一言で言うに、荒れていた。

一命を取り留めたゼロやユキはホーミストに残り、復興のために尽力する事となる。火の手が広範囲に亘っていたために、民家や畑はほとんどが焼け尽くされていた。ホーミストは鎖国化を図っているために、己の力で復活を遂げるしかない。自分達がやらねばとゼロもユキも意気込んでいたのをホヅミは覚えている。


「どうも、私は召喚士のケアラと言います。あなたがた勇者を、この世界と異なる世界からお呼びしたのは、私です」


ある日召喚士という者がアルストロメリアへとやって来た。何でも魔王の軍がカルベラという街に迫ってきているために、力添えを戴きにきたとの事だった。いずれ来る魔王の復活に備えて、勇者として異世界からホヅミ達を呼んだのだ。勇者は他にもいる様で、シュウやホヅミを入れて七人。


「今まで一度の連絡にも至らず、申し訳ありません。私共召喚士の方で手違いがありまして、本来であればカルベラに一斉召喚するはずが、時系列も位置もバラバラになってしまいました。ですがこの度、原初の勇者様のご復活により、位置の特定に至る事が出来ました」

「しかし、シュウが勇者の称号を持っていたとはの。通りであれほどの力を持っておる訳じゃ」

「あん!」


どうもアリスはシュウから勇者である事を聞いていなかった様だった。


「どうかお二人共、力をお貸しください」


深々と頭を下げるケアラ。


「けっ! 別に構わねぇぜ。けどよ、どうして俺達をこの世界に呼びやがった。つうか何でわざわざ異世界から呼ぶ必要があったんだ?」


シュウの尤もな意見にホヅミは賛同の意を表する。


「それは、異世界から呼び寄せた者には、特殊で人並外れた能力が与えられると言います。勇者として相応しい能力を備えた者にしか、勇者の荷は負えません」


手当たり次第に異世界から呼び込んだという訳だろう。勇者という役割に選ばれてしまった人間は、シュウの様なタイプの人間でなければいい迷惑だろう。かく言うホヅミも戦いは好きでない。今でこそ魔物との戦いに慣れてきたのだが、それがいきなり魔王との戦いだと言われたら、逃げたい気持ちが募るばかりだ。何より、リリィがいない。ぽかりと空いた心の穴。言い様のない不安感。ずっとリリィの存在に頼りきりだった。リリィがいて当たり前だった。そんな今のホヅミは、この場に立っている事すらも辛いだけであった。


「魔王の軍はカルベラより、東、西、南と分かれて進行しております。中でも南はアンデッドの軍です。浄化魔法を持つホヅミさんに担当していただきたいです」


アンデッドはホヅミにとっては触れるだけでも倒せる魔物だ。だが軍勢となるとやはり不安が大きいホヅミ。


「ホヅミよ。実はの、南の軍の魔王なんじゃが………」


アリスは口を重くして言いづらくしていた。


「偵察隊を向かわせたのじゃ。それでの………南の魔王には、ある者と風貌が似ておる者がおったのじゃ………その」


はっきりとしないアリスに、シュウがイライラを募らせていたのか、早く答える様に促した。


「早く言え」

「分かっておる………ある者とは、リリィの事じゃ」

「リリィが………」


その時、決意めいたものがホヅミの中で芽生えた。

リリィがカルベラの南からやって来る。けれどもしリリィと他の勇者が鉢合わせしてしまえば、戦いになる事は避けられないだろう。


「行かなくちゃ。もうリリィに、誰かを殺させたりしちゃいけない」


リリィは一度ハイシエンス王都を滅ぼしてしまっている。その時の重責に苦しんで、ずっと後悔の念に苛まれていたリリィを傍目から見て知っていた。もう二度と、リリィの苦しんだ顔は見たくない。そうホヅミは思っていた。


「策はあるのか」


ただリリィの元へ行っても無駄だ。説得を試みるつもりでも、リリィに伝わらない可能性もある。それでホヅミには一つ、試してみたい事があった。


「シュウ、お願いがあるの」


ミラージュフォレストを抜けた後、外で待っていたのは黒い外套に全身を包んだ何かだった。


「お待ちしておりました」

「私がこれからあなた様にお仕えする者でございます。さあこちらへ、皆一同お待ちかねでございます」


黒い何かの背後には空間の裂け目が出来ていた。シュウの使う亜空の支配者ジオメトリーグリッドと似ていた。ただ違うのは、今まで感じた事もないほどの禍々しい気配が漂ってきている事だ。


「ささ、私についてきてください」


黒い何かは言うと、空間の裂け目へと体を潜らせる。リリィは緊張と不安を押し殺して、息を飲み込んだ。一歩、空間の裂け目へと足を踏み入れる。暗い靄はリリィの足を飲み込み、その体までもを食らいつくしてしまいそうな程不気味なものだった。

リリィは意を決して、二歩目を踏み出す。空間に全身が飲み込まれた。そう思った瞬間に、視界には地下空洞の様な景色が映った。そこに勢揃いしていたのは夥しい数の魔物だった。


「よっ、待ってたぜ。お前なら来ると思ってたよ」


気さくに話しかける者は、ラーミアだった。


「どうだ? すげぇだろ。こいつら皆、今回の戦争に参加したいって願い出た奴らなんだぜ」


肩をぐるりと抱き寄せて笑いかけるラーミアは、まるでホーミストでの一件を忘れているかの様だった。体も無傷。たった数時間で完治してしまったらしい。


「ま、過ぎた事は気にしねぇからよ。仲良くしようぜ」


ふと、ラーミアの反対側にもう一人誰かがいるのに気づいた。その者は紫紺の羽織を着用していて、髪の毛は伸ばしっぱなしで一度も切った事がないほどに長いものだった。顔にも髪の毛がかかっていて顔もよく見えない。


「二アロ! お前も挨拶しろよ」

「………………」


ラーミアの振りにまるで反応を示さない。


「悪ぃな。あいつああいう奴なんだ」


親指を二アロに向けて言う。


「リリィ様。ではお選びください。魔物達は統制をなし安くするために種族毎に分けて集めております」


黒い何かはリリィの前に出て丁寧な言葉遣いで説明をした。


「まず一つに、ドラゴンの軍勢。こちらは強力なブレスや空中戦を得意としております。二つに、百獣の軍勢。こちらは地に足をつけた戦いを得意としており、種族豊富に所属しております。最後に、アンデッドの軍勢。こちらは言葉通り不死の戦士が勢揃いしております。力量はありませんが、その分肉体が繋がる限り永遠と戦い続けます。どうなさいますか?」

「今日はリリィ、お前の歓迎も兼ねてるんだ。好きなの選べよ」


リリィは高台から魔物達をじっと見渡す。


「それじゃあ、アンデッドで」

「うおおおおおおお!!!!!」


アンデッド達が一斉に湧き上がった。


「では、リリィ様はアンデッドの軍をお率いください」






リリィは飛翔の極意ラウルーネで滑空する。アンデッドの軍を率いて、カルベラの街に進行していた。

もう迷いはない。今までに何度も散々な目にあってきた。信じては裏切られ、信じては裏切られの連続。それはリリィがリリィとしての人生だけに起こった事ではない。全てを思い出した。前世でもその前世でもそのまた前世でも、数々の痛み、悲しみ、苦しみを経験してきた。幸せも全て偽りだ。そう、偽りなのだ。それなのにリリィの心には、何かに締め付けられる様に、怒りを妨げる。

迷いはないはずなのに、どうしてか心苦しいのは、何が原因か。


「ホヅミん……」


不意に口をついて出たその名。唯一残る、幸せの一欠片。リリィが見ないようにしていたきらきらと輝く思い出。ふとそれらが蘇る。だがその記憶を覆い隠す様に、悲惨な記憶が埋め尽くす。眩い光を放ったパネルの一つ一つを塗り潰して、やがては一面が、暗い闇に染まるように。


「リリィーっ!」


ホヅミの声が聞こえた。幻聴が忘れないでと呼び止める様に、リリィの頭で木霊する。


「リリィーっ!」


また真新しいホヅミの声が聞こえた。それは幻聴ではなかった。もしこれが幻聴だとするならば、今進行先にぽつんと立っている姿は幻覚だというのだろうか。いや、そうでは無い。確かにそこに、ホヅミは立っていた。


「ホヅミん……来たんだ」

「リリィ! 馬鹿な真似は止めて! いったいどうしちゃったの!」


リリィはアンデッドの群れを一旦制止した。ホヅミの元へと降り立ち、ホヅミと向かい合う。


「どうもこうもないよ。ボクは今まで、ずっと酷い目にあってきたの。魔物の血を引いてるってだけで、ずっとずっと辛い思いをしてきたの。だから、復讐するの。この手で」


リリィの握りしめた拳には、許せないという強い思いが宿っていた。


「復讐なんて…………そんな………」


ホヅミはリリィの決意の篭った瞳を見て、何も言う事が出来なかった。

説得をしに来たはずなのに、なぜだろうか。リリィの面持ちを見ていると、悲痛に胸が焼けただれそうだ。


「ホヅミん。実はね、ボク今まで何度も生まれ変わってるんだよね」

「それは………どういう事?」

「あの時、ラーミアに思い出させられたの。ボクの前世の全てを。ボクは生まれ変わる度に辛い思いをしてきた」


リリィの突如の告白にホヅミは戸惑いを見せる。それはホヅミの予想を遥かに超える、リリィの辛く重い旅路だ。リリィは何度となく、悲惨な最後を遂げてきていた。


「前の人生では、愛する人に裏切られたわ。ボクが……私が魔物だと知っていて、私と関わって! ………私は売られたわ………一生を奴隷として過ごしたわ……そのまた前の人生では、両親を人間に殺されたわ………更に前の人生では……実験と称してあらゆる拷問を繰り返された………指を潰された事だって、目をくり抜かれた事だって…………あるのよ?」


そう言うリリィの顔は涙に歪んでいた。


「痛かった……助けて欲しかった。何度も何度も助けてって叫んだ……心の中で…………でも誰も………来てくれなかった………」

「リリィ……」

「ホヅミんに分かる?! 来る人生来る人生全部を揉みくちゃにされたボクの気持ちが!」


痛いほどに伝うリリィの叫び。それに呼応して、ホヅミの目からも涙が流れ出していた。


「ボクは復讐する。今まで苦しめられてきた分、全ての恨みを、晴らす。晴らしたいの」


ホヅミは知らなかった。リリィがどれほどの辛い思いを抱えていたのかも。今のリリィにどんな言葉をかけてあげれば良いのか。

ホヅミは自分ばかりが不幸だと過去に思っていた事があった。けれど自分よりも不幸に苦しめられてきた人もいるのだと、今この場で思い知る事となる。


「もしホヅミんが邪魔するなら、例えホヅミんでも」


リリィは掌をかざした。掌には魔力が集中する。今のリリィの魔法であれば、自分など一溜りもないだろう。木っ端の火だ。

ホヅミはリリィの説得を諦めかけていた。そんな時。

トン。

不意にホヅミの背中は叩かれる。


「おいホヅミ。おめぇ友達だろ。良いのかよ、ほっといて」


シュウはホヅミの背後でやり取りをじっと眺めていた。

シュウはホヅミの背中を押すように、限りなく優しい力で、ホヅミの背中を叩いたのだった。


(そうだよ………友達の私が、止めなくちゃ!)

「リリィ、あなたの気持ち、痛いほど………分かるよ。私も今まで生きてきて、ずっと辛い思いをしてきた。リリィ程じゃないかもしれない。だけどね、私はリリィと過ごした日々が幸せだったよ。過去の苦しみも辛みも吹き飛ぶくらいに。その幸せのためなら、何だって乗り越えられるって思った………だから止めるよ………私は、何としてもリリィの事を止めるよ」

「そう………だったら残念だけど…………燃えてもらうよ…………下位火炎魔法ジェラ


するとリリィの掌からは、その体躯の何倍もの大きさに膨らんだ火球が生成される。


「シュウお願い!」

「ああ、亜空の支配者ジオメトリーグリッド!」


リリィの前方には空間の裂け目が現れてその中へと姿を消していったホヅミ。リリィにはそれが逃げたかの様に思えた。だがそこにはシュウが取り残されていた。


「どういう事?」


ホヅミ一人を見失ったリリィ。ホヅミだけを逃がしてシュウが戦うという作戦だろうか。


「入れ替われぇぇぇぇ!!」


リリィが気づいた時には遅かった。頭上から、頭から降ってきたのはホヅミだった。


―――念じ、念じ続けるの。あの時を思い出して。私の固有能力は何のためにあるの。そう、今この時のために、この能力はあるの!


ゴツゥゥゥウウウン!


大きな銅鑼を鳴らしたように、生々しい鈍い音が響く。響き渡ってすぐに乾いて、バタリ、とリリィとホヅミは地面に倒れ込んだ。


「あいたぁーっ」

「痛てててて」


ホヅミはちかちかする視界と激しい痛みを頭に抱えて、ゆっくりと起き上がる。徐々に視界を視認する事が出来るようになっていって、目にした姿を見て口角を持ち上げた。


「もう……心配したんだからね」

「ホヅミん……」


ホヅミの作戦は成功した。再びホヅミとリリィは入れ替わり、二人の争いは避けられた様だ。


「リリィはリリィ。魔王なんて称号捨てちゃえ! ずっと私の友達で、ずっと私の傍にいてよ! 今までが辛かったなら、今までの分。今までが忘れられないなら、忘れられるまで。私と一緒に、幸せに生きよ?」


流れ込んでくる新たなリリィの記憶。それは聞いただけよりも遥かに途方なく、凄まじい鮮烈な記憶だった。


「リリィ…………辛かったね」


ホヅミはリリィの体に入ってとある事を知った。それはなぜ、不死の魔物の軍にしたのか。それはホヅミの事を案じてだったのだ。最後に撃とうとした魔法も、ホヅミに直接当てるつもりもなかったらしい。


「引けぇぇぇ! 魔物達!」


ホヅミはアンデッドの軍に命令する。あるじをリリィとしたアンデッドの軍は、困惑しながらも素直に指示に従いカルベラとは反対の方へと退行していった。



辺りからは魔物がいなくなり、取り残されたシュウに、抱き合うホヅミとリリィ。


「あの……ホヅミん」

「離さないよ……もう………絶対に……」

「その………ごめん」


どうやら頭を強く打って目が覚めたらしい。ついでに嫌な記憶も忘れられたら良いのにと、ホヅミは心で思う。



パチパチパチ。


どこからともなく、ゆったりとした拍手の音が聞こえてきた。


「はっはっは。素晴らしい。実に素晴らしいですね。その様な解決方法もあったのですか」


やって来たのは新調された卸し立ての様な蒼いコートを羽織り、中を軽装の鎧で固めた大柄な男だった。

衣装の整った清潔感のある人間の様に思えたが、何故かホヅミにだけは言い様のない嫌悪感と不快感が背筋を襲うものだった。


「あん? てめぇ誰だ」

「これはこれは申し遅れました。私、先日復活を果たしました………原初の勇者の、ウルス=ジラソウルと申します。お初にお目にかかります」


片足を引いて腕を折る様に一礼をなす立ち振る舞いはまさに、貴族の様に精錬されたもの。貴族自体は見た事はないが、テレビで何度か見かけた事のある様な動作には違いなかった。


「この度は魔王の無力化を図る事に成功し、おめでとうございます。どうぞ、心ばかりのお礼です。受け取ってください」


原初の勇者と名乗る人物からシュウやホヅミに手渡されたのは、刺繍の入ったワッペンの様なものだった。刺繍は積み重なった蛇の頭が一本の剣で串刺しにされた様なもので不気味だった。

するとリリィはホヅミの腕をがしりと掴んだ。震えている様で、ホヅミはリリィの様子を窺う。


「ホヅミん、そいつ……魔人だよ………覚えてる? ホーミストでゼロから話してもらったよね。魔物達を裏切って魔王に仕立てあげた話」


それは確か、魔人と化した人間が人間や魔族や魔物に悪さを働いて、最終的には魔物にその罪を擦り付けたというものだ。


「まさか」

「そう……ボクを………最初のボクを殺した張本人だよ」


ホヅミはリリィの体を通してその記憶を知っていた。道理で背筋に悪寒が走るのだと自分でも納得がいく。


「どうしたのですか? いらないのですか?」


警戒を強めたホヅミとリリィ。成り行きを窺っていたシュウは、二人の様子に気づいて、共に警戒心を持つ。


「ごほっ、ごほっ! ごほごほごほ! ごぼっ!!」


リリィは途端に咳き込みだした。


「げっほ、げほ! げほげほげほ! ぅげっ!!」


シュウも同じ様に咳き込んだ。同時に咳き込む二人の口元と抑えた掌には赤い液体がどっぷりと付着していた。


「リリィ! シュウ!」

「おやおや、どうやら死が迫ってきている様ですね」


あたかも何かを知っているかのように傍観者を気取るウルスは、冷ややかにその様子を見物していた。


「どうして……何で二人とも?」

「存じ上げませんか? ふふふ、では教えて差し上げましょう。君達はなぜ、勇者という称号の下、この世界へやって来たのか………ふふふふふ」


怪しい笑みを浮かべて気味の悪い笑い方をするウルス。


「ごほごほごほっ! ごほっ!!」

「リリィ!!」


リリィの容態は悪化し、リリィはその場で倒れ込んでしまう。


「勇者の称号。それはすなわち、呪いです。魔王の魂を対価に召喚を完全なものとする。魔王を全て倒しきらないと、その寿命は完全とはならない。全員倒しきれなかった時、召喚された勇者は命を支払う。そんな呪いです」

「そんな………」


魔王を全て倒しきらないと死んでしまう。つまりそれは、リリィの体を殺す事を意味する。


「直にこちらの方にも私が召喚した勇者が、あなたを倒しにこちらへとやって来る。この世界での命を繋ぐために、魔王であるあなたを殺しに」

「あん! 上等だ! だったら俺が全員ぶっ飛ばしてやるよ!」


叫び散らすシュウの額には汗が見えた。恐らく今のシュウはまともに戦える状態ではないだろう。そうホヅミには思えた。


「シュウ………一旦離れよう」

「あん!」

「お願いシュウ。リリィを休ませてあげたいの」


シュウは弱り切ったリリィを見て、威勢を鈍らせる。


「ちっ………亜空の支配者ジオメトリーグリッド!」


ホヅミ達三人は離脱を図る。

ウルスは逃がさないと追いかける訳でもない。空間の裂け目を通っていくホヅミ達を嘲笑う様に、背に両手を添えてその場で立ち尽くしていた。

もしウルスの話が本当ならば、魔王であるリリィの命を捧げなければいけないのか。打つ手がないといった状況に追い込まれる。



三人はアルストロメリアに戻り、アリスに事の経緯を説明した。城に戻る頃にはリリィやシュウの体調も回復していて、平然とした姿を見せている。


「まさか……そんな事が………」


アリスは苦悶していた。


「お前は魔王であったな、リリィ……いや、今はホヅミか………召喚での契約の処理について、一つだけ方法がない訳でもない」

「え!? それは、どんな方法ですか?」

「それは、一度魔王としての肉体が死を遂げる事じゃ。そうする事で契約から解放されるだろう」


ホヅミが死ぬ事。それがリリィとシュウの助かる方法であるとのたまうアリスに、リリィは訴えかけた。


「嫌だよ! ホヅミんが死ぬなんて! そうまでして生きたくないよ!」

「まあ聞け、リリィ。そなた蘇生魔法を唱えておったな。あれは使えぬのか」

「使った事はあるけど……でも……成功した事はない」


マリィが死んだ時に、リリィは必死になってかけていた。それが超位蘇生魔法リヴァイバルだ。その時は成功しなかった。けれどふと、ホヅミはその時に発言したリリィの言葉に気を留める。そして自身の過去の記憶と結びつけた。


「魔力供給」

「え?」

「前に賞金稼ぎ組合バウンティユニオンで見たの。リリィの固有能力。あれって、人に魔力を分け与えるって事だよね」


それを聞いた瞬間、リリィの顔は青ざめる。


「それって………ホヅミんだめだよ!ボクの魔法は一度も成功した事ないんだよ!」

「でも、してみる価値はあるよね」

「そんな! 試す様な真似でホヅミんが死ぬなんて、嫌だよ! 成功しなかったらどうするの? ホヅミんずっと死んじゃうんだよ!」


ホヅミはリリィに向き直って、両肩に優しく掴んだ。


「しなくても死んじゃうんだよ………リリィ、私リリィと離れたくないの………だから、ね?」

「そんな! 嫌だよ! 絶対に嫌! もし死んじゃったら………死んだままだったら」

「大丈夫。リリィならきっと上手くいくよ。私信じてるから。リリィの凄いところいっぱい知ってるから。例えそれで死んじゃったとしても、私は何も言わないよ」


と笑いかけるホヅミは、ミラージュフォレストで再開したフォトの様に、温和で優しい安心感のある口調で言う。そんなホヅミの言葉に安心してしまいそうになり、怖くなるリリィ。


「ホヅミん………だめだよ………絶対に出来ないよ」

「リリィ………私を………私達を………助けて」

「無理だよ………」


ホヅミはリリィを強い力で抱きしめた。


「リリィなら出来る」


ホヅミはリリィを信じていた。どんな困難があっても、リリィがいれば乗り越えられる。そんな安心感を与えてくれたのが、リリィだったから。


「私だって死にたくないよ………でも、リリィといられない世界なんて考えられないよ……そんなの、死んでるのと一緒なの……だから」


魔力の流れを認知していたホヅミ。それを分け与える感覚は何となく分かっていた。ありったけの魔力をリリィに流し込む。


「やめて………やめてやめて! ホヅミん!」


じたばたと暴れるリリィを、離れないように強く強く抱きしめる。


「それじゃあ、お願いね」

「ホヅミん!」


ホヅミはリリィを離して、自身の胸に掌をかざした。アリスに目で合図を送り、魔力抑制の結界を解いてもらう。


氷槍の狙撃手アイシクルダーツ


心臓を突き破って現る血に濡れた氷柱。倒れゆく体。仰ぎ見る天井。薄れゆく視界。その僅か数秒でホヅミは、意識を、命を失った。


「あ、ああ、あ」


涙が堰を切りそうになるのを堪え、リリィは心を落ち着かせる。


(ま……まずは……………致命傷の修復を)

下位回復魔法ヒール下位回復魔法ヒール増幅魔法バイリング!」


焦る心が魔法の制御を鈍らせる。ホヅミが死してから一分以内。それまでに治して蘇生魔法をかけなければ二度とホヅミが蘇る事はない。


「よし……次は………超位蘇生魔法リヴァイバル


それから蘇生魔法。


超位蘇生魔法リヴァイバル!」


魔力は足りて、それは発動した。神々しい真っ白な光が、掌からきらきらと降り注ぐ。

時間的には一分は経過しただろう。魔力もほとんど使い果たして、掌からはもう何も出なくなった。だがホヅミは動かない。ぴくりともしない。やはり失敗してしまったのだろうか。


「ホヅミん…………ホヅミん……うぇ〜ん!!!」


ホヅミの胸元で咽び泣くリリィ。その慟哭は王座の間を木霊した。


「ホヅミん?」


不意にリリィの背中を摩るのは、ホヅミの手。ホヅミは目を開けて、リリィの顔をじっと見詰めていた。


「ほーら。成功した」

「ホヅミぃ〜ん!!!」


こうして無事に呪いを一つ解く事が成功した。両手を広げて喜び抱き合うホヅミとリリィ。そんな二人の様子を微笑ましく見守るアリスや近衛兵達。シュウはそっぽを向いてその場から離れていってしまった。

そして訪れる副作用。リリィは血反吐を吐いて倒れる事となる。


「リリィ! 嘘! どうして! 呪いは!?」

「恐らく副作用じゃの。なぁに安心せい。城の医療配備は万全じゃ」

「いやいや、安心出来ないよ! 血吐いてるもん! 嘘でしょリリィ〜っ!」


いつか見た中位回復魔法セラヒールの副作用に似ていた。当然蘇生魔法ならば副作用もあるだろう。そんな事にも気づかなかった自身が愚かしいとホヅミは叱咤する。

その後高熱を出して倒れ込むリリィ。すぐさま緊急治療が行われ、三日は安静との事だった。

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追われかぼちゃと勘当姫 憤怒の灰かぶり @HodumiAndLily81

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