美女が野獣?

焼けつく空気は呼吸の度に肺をひりひりと震わせる。地に散る火花の香りを嗅いで、立ちはだかる巨獣の咆哮をこうむった。吐き出される業火に野原は悲鳴をあげ続けている。天を覆う暗雲から降り注ぐ冷たい雨を嘲笑うかの様にその勢いは止まない。


「ヘルドラゴン。U《ウルトラ》クラスだっけか。どんなに強かろうが、この俺の敵じゃない」

「グルルル」


だる様な熱気は炎を身に受けず共、体力を奪っていく。酸素を全て激しく燃焼し尽くす程の勢いで燃え広がる火炎。この戦いが長引くと自分が窒息してしまう可能性がある。様子見をしている時間はないと、左半頭に角を携えた半人半魔の異形は踏み込んだ。


灼陽の幻影カゲロウ

「グルルル、ガボォー!!!」


再び吐き出される業火に直撃する異形は、ヘルドラゴンの見ていた幻。熱によって生まれた陽炎かげろうだった。


「固有能力、感電」

「グギャオオオオ!!」


ヘルドラゴンの懐に入り手を触れると、異形から流れ出る一筋の閃光せんこう。それは瞬く間にヘルドラゴンの体を包み込み、その動きを止めた。


「あとはゆっくり殺るだけだな。魔力具現リアライズ!」


詠唱と共に空へと突き出した手刀の周りを覆うように、高密度な目に見えない魔力が放出される。魔力を鋭く刃物の様に形状を整え、その切っ先をヘルドラゴンに向けて振り下ろした。


「グギャアアアオオオオ!!!!」


痛がるヘルドラゴンの首元からはドス青黒い血が夥しく噴出する。ヘルドラゴンの血は神経毒であると、カラナという魔物から聞いていたので、異形は地面を一つ蹴って数メートル先まで後退した。


「危ねぇ危ねぇ。あの血に当たるといけないんだっけか。にしてもこうもあっさり倒せるんじゃ、つまんねぇな。チートの果てってやつか? ていうか、もしかして俺この世界で最強なんじゃね?」


悶え苦しむヘルドラゴンを他所に、異形は楽しげに独りごちている。それに見兼ねて、遠目で待ち構えるカラナが叫ぶ。


「何をしているのですか? 早くとどめをさしておやりなさい。人間ならまだしも、魔物であるヘルドラゴンに苦痛を与える筋合いはないはずです」

「はいはい分かりましたよ(るっせーよ。俺は元々魔物じゃねぇーんだよ。魔物がどうなろうが知ったこっちゃねぇ……ふっ、まあそれは人間もか)」


ヘルドラゴンの首は太く、一度では仕留められなかった事をかえりみて、異形は再度空へと腕を振りかざした。次は一刀両断出来る様に、力を込める。


「死ね」

「ギャォ!! ……………」


振り下ろされた魔力の手刀はヘルドラゴンの巨大な胴体と頭部を切り離し、ヘルドラゴンは息絶いきたえた。


「お見事。素晴らしい! 目まぐるしい成長ですね。まさか魔人となった者の力がこれ程とは……いえ、少し違いますか。魔人になった異世界の者と言うべきですかね。この勢いであれば王女を連れ去る事も容易い」


異形の背後から手を叩いて笑顔に向かってきたのはカラナだ。


「言っときますけど、俺はその王女とか興味無いんで。穂積の野郎ぶっ殺すだけなんで」

「分かってますよユウジ。期待しています」


満面の笑みを向けるカラナを、本当に分かっているのだろうかと、怪訝に覗くユウジであった。





シュウが得ていた情報を元に、次の目的地へと身を乗り出すホヅミとリリィ。何でもその目的地付近で、遠目で人影が異形のものに変化する様子を見た者がいるそうだ。今回はその者の話を窺い、及び調査にあたる腹積はらづもりだ。


「グギャオオ!」


現れ出たのはコモドドラゴンだ。牙を剥き出しに今にも襲いかかってきそうである。シュウはすかさず攻撃の構えに転じるが、拳を腰に作ったまま微動だにしない。


「どうしたのシュウ?」


ホヅミはシュウの様子に違和感を持ち訊ねる。


「何でもねぇ」


見ればシュウの拳は震えていた。

シュウはソルムとの一件で、今まで湧いた事のない感情に縛られていた。今までは魔物を見つければ容赦のない鉄拳制裁で応じていたのだが、心ある魔物を見た事によって、躊躇いを生じてしまっていた。


「ちっ、余計なもんが過ぎりやがる」


するとコモドドラゴンはシュウの隙をついて飛びかかった。だが隙をつかれたからといって反応出来ないシュウではない。コモドドラゴンの攻撃を不自然な体勢で躱しつつ、鋭い拳をその腹に埋めて天高く殴り飛ばした。


「よし決めた。攻めてきたら殺す」


そう言葉と拳を胸にかかげて、先を進むシュウである。





プエラ村。三人が村へと入る直前、シュウの胸に飛び込んできた一人の少女がいた。歳はホヅミやリリィと同じくらい。だがそれに似つかわしくない程の大きな胸を持ち、シュウの体に押しつけていた。


「お願いします旅のお方! どうかお助けください!」


端正な顔立ちで、綺麗な褐色の肌色をしていた。長い黒髪は線の入る程に手入れされており、靡く度にきらきらとした何かが零れ出る様だ。ヘアアクセントには花柄の押し花を、よく見れば化粧が施されている。一言で表すならば、美少女。


「そごのあんだ! その女捕まえでおいでけれ!」


ホヅミにはどこかで見た光景だ。それは以前、リリィが中位回復魔法セラヒールによる副作用にて倒れた際の出来事。ゴズとかいう訳の分からない竜人ドラゴニュートのせいで、リリィが生贄代わりにされた一件だ。恐らく奥に位置する開け放たれた木造檻の中へ入れられる直前に逃げ出したのがこの美少女だろう。


「お願いします! お礼なら何でもします。だから、だからお助けください!」


必死に食い下がるようにシュウへと抱きつく美少女。シュウはそんな美少女の肩をそっと離して、後ろのホヅミ達にやると、シュウは一人村の中へと入っていく。結界を通ったシュウは固有能力が使えない。だがシュウは敢えてそれを狙っての事だ。

これより粛清しゅくせいが始まる。


「うぎゃぁぁぁぁああああ!」

「痛い痛い痛い痛い! やめでげろぉ〜」

「どわぁいやぁああああ!」






事が収まり、シュウ達三人は村の臨時会合に出席していた。目の周りに青丹あおたんや額にたんこぶ等を作って胡座をかく大勢の男達が、村の講堂に揃っている。シュウは素の力で、何十人もの村人を捩じ伏せていたのだった。そこには筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした大人もいたというのにと、ホヅミは驚きが収まらない。


「で、てめぇら寄って集って、いったい何をしようとしてたんだ? 事と次第によっちゃ、アルストロメリアの名にかけて見過ごさねぇ」

「そ、それは……」


村人達の中の指揮者と思われる中年の男性がシュウの様子を窺いながら訥々とつとつと話し始める。

何でもシュウに飛び込んできた美少女は、今月に捧げる生贄の一人であるという。生贄は毎月魔物に捧げるために用意しているのだという。十年程前から住み着いた魔物のせいで村は大飢饉だいききんに晒された。魔物の討伐をと賞金稼ぎバウンティを雇おうものなら、賞金稼ぎバウンティは返り討ち。もちろん魔物の怒りを買う事になって、その年の村は大飢饉に晒されたのだ。見れば今この場の会合に出席している者には若い女が少ない。ほとんどが男で、後は年老いた女性が集まっている。


「勘弁してけろ。その娘差じ出ざんだら、オラだぢ食い繋げねぇべ」

「シュウ様、お助けください。お礼なら何でもします。魔物に捧げるくらいなら、この身シュウ様に喜んで捧げます」


シュウは目を瞑って何かを考えるかの様にしばらく黙りこくる。誰もがシュウの発言を待ち息を呑んだ。





「…………で、何でこうなるわけ?」


美少女の行動にあてられてか、美少女にほだされたのか。何の魂胆こんたんかは分からない。ホヅミがシュウから手渡されたのは封魔錠スペルオフと首輪のついた鎖のリードだった。懐かしいひんやりとした金属の感触。そして懐かしい、悪趣味なシュウの冷たいきょう


「あの、シュウさん? これは? どうしてまたこんな事するのかな?」

「うるせぇ。生贄は黙ってろ」


その返しにホヅミはカチンと頭に来る。


「まあまあ、少しの我慢だよ。それに良い案だとボクは思うな」


ホヅミを宥める様にリリィは言う。


「そんな事言うなら、リリィがつけてみたら! すっごい嫌な気分だよこれ!」

「そうは言ってもね。封魔錠スペルオフでホヅミんから出る魔物の力を抑えて、敵を安心させようって作戦じゃん」


への字口に不満を顔に表して、ホヅミは大きく溜め息をついた。


「それならせめて、リードだけでも何とかならなかったの? 何で檻に入れないの?」


観念した様に訊ねるホヅミ。それには後ろにぞろぞろと連れた村人達も疑問の様で、この作戦を提案したシュウの方に全員が視線を注いだ。


「んあ? …………………………決まってんだろ。檻の方が無駄な労力削ぐからだよ」

(今の間は何だ! 今言い訳考えたろこいつ!)


ホヅミは心で突っ込んだ。



数分歩くと、村長と思われる老人が村人達を全員返した。どうも目的地へと到着したらしい。そこは切り立った崖。崖の先から魔物が現れ出るそうだ。


「何だ? あんたは帰らないのか?」

「えぇ、何故、今から現れる魔物とは、生贄とワシとしかお会いになりませんからなぁ。さあさあ。あなたがたも早くお隠れになってください」


シュウはホヅミのリードを木に括りつけると、リリィと共に木陰に身を潜めた。

ホヅミは村長と二人きりになる。バクバクと大きく早く鳴る鼓動に耐えながら、刻々と流るる時を過ごしていく。だがいつまで経っても魔物はやってこない。ホヅミは痺れを切らしてその場に座り込んだ。

村長はというとじっと崖の先を見据えて突っ立っている。ホヅミは続く均衡状態で晴れない心を紛らわそうとそんな村長に会話を持ちかけた。


「あの、村長。魔物っていつ来るんでしょうね」

「…………もう、来ておるよ」


と言う村長の言葉の意味が理解出来ずに首を傾げるホヅミ。


「今日はまた一段と……じゅる……美味しそうだ」


村長は体の向きを変えずにホヅミの方へとゆっくり首を振り向かせる。それは人では有り得ない方向を向いても止まらず、体に対して百八十度回転した。垂涎し怪しく笑う村長の目は赤く染まり、人はでない事を表している様だった。


「うそ……魔物だったの?」

「お前魔物の血を引いてるな? しかも強力な魔物の。然るに人間の血と上手く均衡の取れている。こんな餌が引っかかるなんて。へへ。ただの小娘じゃないか。これでいちいち面倒な立ち回りをして人間を取り込まないで済むぜ。へへ」


その様子を見たシュウとリリィは木陰から飛び出てきた。シュウは咄嗟にホヅミの封魔錠スペルオフと首輪を砕いてホヅミを自由にする。


「まさかてめぇが魔物だったとはな」

「へへ、違うな。俺は魔人だ。元人間の。この体はプエラ村の村長を殺して作った着ぐるみさ。おかげでよく俺の正体を隠すのに役立ってくれたよ」


魔人は村長の皮を破いて、中から真の姿を現した。それは半人半魔。左半身は完全に魔物と化している。巨大な鉤爪に腕や脚をを覆う毛皮の剛毛。額には後頭部にまで続いた角。そのおどろおどろしさは日本でいう赤鬼の如く。もう半身は若い男の体をしていた。


「さて、いただくとするか。三人まとめて」




その戦いの決着は一瞬の内についてしまった。魔人が弱かった訳ではない。シュウが強過ぎたのだ。魔人は体中がシュウの猛攻によって腫れ上がり、見事なおたふく顔で木に括り付けられていた。


「おいてめぇ、これから尋問する訳だが」

「ひぃいいっ!」


早く火を吹きたいと唸る拳を掌に収めて、にやりと邪悪に笑むシュウに怯え、悲鳴を漏らす魔人。


「答えなかったら答えないでいい。今すぐ俺の鉄拳の餌食だ分かったか?」

「はいぃぃいい!! 何でも聞いてくださいませ!」


その様子を傍目から見るホヅミとリリィは苦笑いだ。きっと本職が拷問官の方が似合っているシュウに向けて、呆れと難色を示していた。


「まずはだ」


シュウの尋問が始まる。

魔人の方はシュウに恐れをなしてか長広舌にすらすらとあらましを話してみせた。その饒舌っぷりに生への執着がホヅミとリリィには見て取れる。



シュウの尋問によると、まずリリィの体、つまり魔物の血を引いているホヅミに対して抱いた興味についてだ。いちいち人間を取り込まないで済むとも魔人は言っていた。それはすなわち、魔物の血を引いた者を取り込む事で何かが解決されるという事だ。

魔人が言うには、自身がまだ完成系でないとの事。魔人として完成するには、とある遺伝子を取り込まなければならない。それまでは人間を定期的に取り込まなければ、魔の血に支配され完全な自我のない魔物、もしくは体の崩壊を招いてしまうのだという。

そしてとある遺伝子というのは、結合αと結合β。αは魔物の血を引いたハーフなどが持っているもので、魔人としての完成には一つ取り込むだけで事足りるそうだ。だがβは複数取り込む必要がある。βはハーフでも何でもないただの魔族の遺伝子。これを取り込み徐々に魔人化するための体を整えるのが普通だそうだが、今ここにいる魔人は魔人化を急いでしまったために、月一に人間を取り込まなくてはいけなくなったそうだ。


「ありがとよ、魔人のおっさん」

「ひぇぐっ!?!?」


一つ副産物としてとある情報も仕入れていた。それはシュウにとっては取るに足らない事だろう。捲し立てる魔人によってぽつりと話された事柄だ。それはリリィの生まれる確率だ。通常魔物の血は人間には濃すぎて、子供の生まれる事はなかなかないのだと言う。例え宿ったとしても、些細な負担でもかけようものなら即流産。そんな中でリリィを出産する事が叶ったのだ。つまりリリィの母と父は愛し合っていたという事。分かりきっていた事だが、やはり事実証拠として知る事が出来たのは思わず嬉しく、リリィの口は綻ぶ。


「何にやけてんだよお前」

「まさか、リリィにもシュウと同じ趣味が!?」


プエラ村へと戻る最中、二人は空を仰ぎ見て背伸びをするリリィに、互いに似た様な視線を送る。


「そんなんじゃないよ」


リリィは爽やかに、どこか寂しそうに呟いた。



プエラ村に戻ると、肩を竦めて今か今かと脅える村人達が、村の外で固まっていた。そこへとシュウ達三人が姿を現したところで、皆驚いた顔で崇めるように平手を合わせた。例の美少女はというと、この村の古風には似合わない調子で一目散にシュウへと駆け寄ってきた。


「シュウ様ぁ! お待ちしておりましたぁ!」


容赦なくその豊満な体をシュウに押しつける。それにはシュウは足を止めてなかなか村に入ろうとしない。


「シュウ様、あはんっ」


随分とシュウは懐かれた様で、それを傍目から見るホヅミとリリィは何となく癪に障る所存しょぞんだ。


「シュウ? 早く行ってよ。後がつかえてるんだから」


村の入口は広いのだからシュウ達を追い越して行けばいいものだが、ホヅミは敢えてシュウをいびる様に伝える。


スーパーパワー金剛力

「ぐぎゃあああああ」


ほとばし血飛沫ちしぶき。突然の出来事に村人達やホヅミにリリィは唖然とする。


「な、なぜ……分かった……」

「冷たすぎんだよてめぇの肌は……まあ村長のフリしてた魔人を見て気づいたんだけどよ」


大きく通した風穴から腕を離して、遺体を蹴り飛ばし隅にやるシュウ。目が追うばかりで、言葉が追いつかないシュウ以外の者は、しばらく立ち尽くしていた。





プエラ村を出た三人は次の村を目指していた。何でもそこでは、失踪事件が起きているところだという。このご時世、失踪事件のほとんどは奴隷売買によるものだが、目的はその奴隷売買をする者達だ。エピルカの一件もあり、アリスから前もって調査の命令が下っている。

次の村までは遠い。半日ちょっとで到着するところではない様だ。気づけば辺りは夕方になっていた。


「そろそろ野宿の準備が必要だ」

「そうだね! んじゃボク食料採ってくるよ」

「ああ、なるべく人喰い林檎以外のものな」


言ってリリィと分かれるホヅミとシュウは、自ずと割り振られる薪集めを担う事となった。


「ねぇシュウ。シュウの魔法ってどこにでも行ける魔法なんでしょ? 何でそれ使わないの?」

「俺の魔法は知ってる空間にだけ及ぶ。記憶した空間、または目に見える先々にしか飛べねぇ」

「ふーん」


お互いの事を知っておくことは重要だ。これからの旅路で互いにカードを把握しておけば、この先いかなる未知の遭遇をしたとしても、対処しやすいからだ。

そんな会話をしながら、二人は薪集めに勤しむ。


「そういえばさ、何でスーパーパワーが金剛力になった訳?」

「は? う、うるせっ……そっちの方がかっけぇだろ」

(あーなるほどね。前に私が言ったこと気にしてたんだ)


そうこうしている内に夜を迎える。指定の場所に戻ると、遅いよと待ちぼうけしていたリリィが食料の山を抱えて待っていた。今回は人喰いなる奇妙なものは採ってきていない様で二人は安心する。薪を集めてリリィが火炎魔法。三人は焚き火を囲んで腰を下ろした。


「まあ俺一人ならいちいち野宿する必要なんてねぇけどな」

「こらシュウ。そういう事言わないの」


とリリィがシュウの失言を叱る。



三人は食事を終えると、明日に向けて睡眠を図る。この睡眠が重要で、誰か一人見張りをつけて交代交代で眠る必要があった。


「俺はいい。次の村で眠る」


とシュウは言うので、ホヅミとリリィは立て指で順番を決める。

もう忘れたよって方に説明。

立て指とは、5本の指で「せーのっ」と掛け声をし、立てた指の数が多い方が勝ち。同じ数だと引き分け。同じ指の数は以降出せない。全部引き分けだと最初から。

シュウは物珍しげに尻目でいちいちリリィ達の方を確認していたが、勝敗が決まると見向きもしなくなる。ホヅミはそんなシュウが気がかりで勝負に集中出来なかったのか、いとも簡単に敗北を喫してしまった。



ホヅミはすやすやと眠りこける。リリィは焚き火が消えかかっては薪を継ぎ足し、それでも火が弱まれば火炎魔法をかけ直していた。湿気の多い薪も混じっていて、異世界慣れしていないホヅミのミスだろうとリリィはクスりと笑う。


「おい」

「おいじゃなくてリリィ。名前で呼んでよ。ホヅミんの時はホヅミなのに何でボクだけそうなのさ」

「…………」


シュウは女の子の下の名前を呼び捨てにするのが気恥ずかしかった。乱暴でがさつなシュウだが、そういったデリケートな面もある。


「り………リリィ……おめぇは……こいつと二人ん時、ずっと見張りをしてたのか?」

「それってどういう意味?」

「初めて会ったこいつは、とても戦えた様子じゃなかった。だったらお前といた時、野宿での見張りはお前って事じゃねぇのか?」


結局お前に戻ってるじゃんとリリィは突っ込みたかったが、それでも初めは名前で呼んでくれたので認可にんかした。


「確かにそうだけど。それがどうかした?」

「……いや………」


シュウが心で思っていた。前はどうあれ今は人間の体だ。リリィが元の体の時よりも動けないのは見なくても分かる。しかも見るからにひ弱な体でだ。心配以上に尊敬の意さえシュウの中には芽生えていた。


「ホヅミんには言わないでよね? 見張りの事」


こうして夜の一時は過ぎていく。やがてはホヅミが目を覚まし、交代でリリィが眠りに入った。今ではホヅミも十分な戦力だ。見張りくらいは何て事もないだろう。

シュウは少し、長めな視線をリリィの寝顔に送っていた。





夜が過ぎ、肌寒い朝を迎える頃、シュウとホヅミはうとうととしていた。だがそんな眠気も吹き飛ばす程の騒々しい声が、シュウの腕輪につけられた宝石のオニキスから轟く。


「シュウよ! 緊急事態じゃ! シュウよ!」

「何だ?! どうした!」


それには傍で寝ていたリリィも目が覚めて、眠たい目を擦っている。


大洪雹だいこうひょうじゃ! 急ぎ戻れ!」

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