美女と野獣

白く薄い霧のかかったそこは、人をほとんど知らない山中の林の中。一歩足を踏み出す事に気力が削がれ、ホヅミ達の体力を奪っていく。気圧も低いのだろうか、呼吸一つでも気持ちが悪くなる一方だ。


「まあ、分かってたんだけどね。やっぱりきつい」

「大丈夫。ホヅミんも直に慣れるよ」


鬱蒼とした木々の間々をシュウが先導し、宛てどなく彷徨っている様な状況にホヅミには思える。同郷であるシュウが異世界での山道に慣れているというのは、自身との不思議な差を感じてしまうというものだ。


「うおりゃ!!」

「キェェェエエエエイイイイ!!」


鶏の首を絞めた様な悲鳴が轟く。この様な山中であれば、魔物は顕著に棲息しているとシュウは言う。ひっきりなしに襲いかかる魔物達は、シュウが乱暴に振り回した拳で簡単にされ、粉砕ふんさいされてしまっていた。


「もうそろそろ抜けるぞ」


転移からほとんど口を利く事のなかったシュウからの気遣いだ。シュウやリリィに着いていくのが精一杯なホヅミは前方を確認しようがなかったが、リリィの目には木々の先に舗装路を見る。


「ぷはぁっ! やっとまともな道だぁ」


晴れやかに力みを取る溜め息は小刻みに震える。漸く一息つけるなどという勘違いは甘かった様で、へたり込むホヅミを置き去りにシュウは先を進む。


「シュウ! ちょっと待ってよ。まだホヅミんが」

「んあ? ちっ」


リリィがシュウに声をかけると、思いのほか足を止めてくれた。


「ホヅミん大丈夫?」

「ううん。ごめん、ちょっと休ませて」

「分かった。シュウ! 少し休憩!」


ホヅミは以前山道を歩くコツをリリィから教えて貰っていたのだが、それを駆使しても出鱈目でたらめに凸凹とした山道を歩くというのはホヅミに過労かろうを強いていた。それにシュウはリリィよりも歩く速度が早い。分かっていた事だが、今までどれだけリリィに気を遣われていたかが改めて浮きりになっていた。


「ちっ……少しだけな」


シュウは素直に休憩の申し出を受け入れた。以前ホヅミが共に旅をした時はまともに休憩を入れてはくれなかったのに、これは仲が深まった証拠だろうかとホヅミは推し量る。いや、リリィの言う事を聞いているのだから、もしすればリリィとの関係に何か目まぐるしく発展があったのかもしれない。



ホヅミ達は舗装路の脇で一箇所固めに休憩を取る事にしていた。ホヅミはへとへとでどかんと遠慮なく腰を緑土りょくどに下ろしていた。シュウは足がなまるからと座らずに一本の木へと背を預けている。リリィはというと小腹が空いたとの事でこの場から離れ自身の食料調達に向かっていた。


「ったくよ、あいつはとんだ食いしん坊だな」

「坊って呼び方止めてよ。私もリリィも女なんだからさ」

「んあ? …………おめぇ女なのか?」


その不意打ちに、ホヅミは緩んでいた体に力を込める。


「そ、そそそ……それは……どういう………」

「いやだってよ、あいつの体男だろ? それじゃあおめぇも男って事じゃねぇのか?」

「ひゃっ!」


思いもよらない暴露に、ホヅミは穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだ。何とか誤魔化すための口実を作らねばと脳みそをひたすらねる。


「あ、えっと……えっとえっと………あはは、そうだよ、ぼ、ぼぼぼ、僕男なんだよねぇ……ででででもぉ、この体で男らしくしたら……へ、へへへ、変だよね? だから敢えて、私にしてるっていうか………あはは」


ホヅミは日本という冷たい世界で誰から与えられた訳でもない思想を、その身をもって散々と他人から植え付けられてきていた。男は男らしく、女は女らしく、もちろんホヅミの様に性へ違和感を持つ者は文字通り除け者。そんな古くさい慣習に囚われて、思わずシュウも自身をゴミの様に扱ってきた人間と同じではないかと警戒心を抱いてしまった。


「ふーん」


シュウは男だ。ホヅミは多く、男に虐められて生きてきた。ホヅミは男であるシュウに恐怖を覚えていた。だがそれすらも、慣習に囚われているのだろう。ホヅミは自分で言って置いて、虚しく不快な気分に苛まれていた。


「まあ良いけどよ」


シュウは何かを見透かした様な目線をホヅミに向けるが、ホヅミはにもかくにも誤魔化し笑いを続けるしかなかった。嫌われたくない。例えシュウの本質が、自分を虐めてきた様な嫌な人間だったとしても、ここで嫌われたら異世界での生活は台無しだ。リリィにも迷惑をかけてしまう。


「ごめんごめん。遅くなっちった」

「キュュイイイイン!!!」


リリィが戻ってきた。だがリリィよりも、そのリリィが抱える二つの異形に、シュウもホヅミも畏怖いふする。


「お、おめ………それ人喰い林檎りんごだろ。何てもの持ってきてやがんだよ」

「な、何あれ」

「どうしたの二人共? 美味しいよこれ。はい、二人の分」


と差し出される一つ目の赤い人喰い林檎はギザギザの歯を剥き出しに垂涎し、目つきを鋭くして唸っている。今にもシュウとホヅミに飛び掛かってきそうだ。


「食べないの?」


屈託ない問いかけにシュウはいかにも呆れた様な引き攣り顔で、ホヅミを見る。


「おい、こいつ……いつもこんなんなのか?」

「知らない……こんなリリィ知らないよ」

「どうしたのさ二人共ぉ〜」


リリィの口元に見えるのは人喰い林檎の赤い果汁なのか血液なのか。怪異を手ににんまりと笑うリリィは、二人には不気味に見えた。


「食べないの? じゃあボクが食べるね。あーん」

「キュュイイイイン!!!!!」


小さな断末魔がリリィの口の中で不協和音ふきょうわおんを奏でる。それを見ていた二人の顔は段々と青ざめていくのであった。



三人は休憩を終えて、舗装路を一頻ひとしきり歩くと、シュウが足を止める。思わぬシュウの突然の行いに、リリィとホヅミは首を傾げた。


「魔物だ」


その一言を耳に、二人はシュウの先を見据える。白い霧のせいで最初は何も見えなかったが次第にそこには影が浮き出て、異形を形作っていく。


「あれはソルム?」


リリィが言う。


「ソルムって?」

「ソルムっていうのは、ウルガルフの亜種で、普段は単独で行動しているの。クラスはHハイクラス」


ウルガルフというのは以前リリィとの旅路で遭遇した事があった。狼を人型にした様な魔物だ。それらの群れを束ねるのがボスウルガルフ。それはホヅミは見た事がない。ウルガルフがCクラス、ボスウルガルフがAクラスと聞いていたホヅミには、いきなりのHハイクラスで驚きの限りだ。Cを束ねるのがA。それを考えるだけでも想像がつく。ソルムとはきっと信じられないほどに強い魔物なのだろう


「おっきい」


それは人間など簡単に握り潰してしまえそうな程に巨体であった。ただどこか戦意を感じられない。見れば体中に青血の滲んだ包帯が巻かれていた。立ち止まるソルム。シュウは身構えて応戦しようとするが、ソルムに襲撃の様子はない。


「クォォオン」


ソルムは吠えた。すると舗装路を逸れて林の中へと姿を消していったのである。巨体の魔物らしからぬ悲しい遠吠え、そう三人には感じられて、益々持って三人は分からないでいた。


「ん? もう一体来やがる………なっ!? こ、この気配は!」


シュウの顔つきは険しいものへと変わる。それはもうこの中で一番よくシュウを知るホヅミ自身、今までにないくらいに。


「あいつは!?」


霧に浮かび上がるのは先とは打って変わって小柄な影だ。てくてくとこちらへ向かって歩いてくるのが分かる。


「まさか!?」

「そうさ、そのまさかさ。よぅぉう、おめぇら、ひ、さ、し、ぶ、り、だなぁ」


ふとシュウは身構えるのを止めた。普通な足取りで何の力みもなく小柄な影に向かって歩いていく。


「あれってあの時見た奴じゃない?」


リリィがホヅミに流すと、ホヅミは影によく目を凝らす。すると見覚えのあるフォルムが目に見えてきた。それは犬の耳に豚の鼻に猫の胴体。

ああ、あいつだ。あの猿だ。


「坊ちゃん、それに嬢ちゃん達。覚えているかい? 俺の名はイアツカンだぜ? ふぅーっ!」

「ふんっ!!!!!」

「ぎょぇぇええええ!?!?」


シュウの気合いの入った蹴りはイアツカンのふところもろ入る。蹴り上げられたイアツカンはそれはそれはどこまでも、どこまでも高く遠く、飛ばされていくのであった。





ホヅミ達が訪れた村は、ロックという名の閑静かんせいな村だ。まるで日本の山奥にある廃村の様に、竪穴たてあな住居をした木造建築が並んでいる。中央には共同で使用するのか、大きな畑があり、野菜の葉が元気に土から伸びていた。

シュウの調べによるとロック村では過去に一度魔物化の一例があったらしい。その真相を突き詰めるべく、三人はやって来た訳だ。


「やったよ! 通れた!」


リリィの話によれば、リリィの体は瞳が赤く変わっている時に魔力が昂るらしい。血の色も赤紫へと変貌する。そんな時に結界を通ろうとしようものなら弾かれてしまう。なので今回アリスから贈られた封魔珠スペルカットを手にかけ、聞いた通りにする。両手で数珠を挟む様にして、神社でお祈りをする時の様に念を込めながら、結界の境界線を越える。すると弾かれる事無く無事に通られた。

村へと入る一行。余所者がやって来たと珍しいもの見たさに村人達が集まる。余程人の訪れない村なのだろうか。


「まずはどうするかな………とりあえずここのおさを探して……」


ブツブツと魔法を唱えるかの様に呟きつつもシュウは辺りを見渡す。高齢そうなのお爺さんを見つけるとつま先を向けて歩き出した。


「あんたがここの長か?」

「いかにも、私がこの村の村長でございます」

「俺達はアルストロメリア王国からの任務でこの村にやって来た」


アルストロメリアの紋章が刻まれた腕輪を、シュウは見せつける。


「おお、これはこれは、アルストロメリア王国の遣いの者ですじゃな。ええ、ですが、しかし、この様な辺鄙な村にいったいどういったご要件でございましょう?」


肉付きのないよぼよぼの体を小刻みに震わせながら、両手を広げて歓迎の意を表明する村長。シュウは続ける。


「過去に起こった魔物化の事件について詳しく聞きたい」


村長は皺だらけの顔に更に皺を浮かべて、難問を投げかけられたかの様に唸る。


「魔物化……確かにこの村では五十年程前にその様な事件が起きておる……だがそれならば、ワシよりも彼女に聞くのが良いじゃろう」


と村長はとある方角を指す。その先には古びた母屋おもやがあった。


「あそこにはシアという者が住んでおる。彼女は魔物化する前の者と友人関係にあったのじゃ。魔物化する直前の現場に居合わせておる」

「そうか。ご協力感謝する」


シュウは村長の指した母屋へと向かっていった。ホヅミ達もそれに続こうとするが、途中リリィが野菜に釣られて食指しょくしを伸ばしており、ホヅミが笑ってその場を紛らわしながらリリィのフードを引っ張っていく。





それはとある昔話。

昔昔、ある所に仲睦まじい夫婦がいました。

幸せなその二人には一人の子供が誕生しました。子供はすくすくと育ちとても魔法が上手になっていきました。子供は村のとある女の子ととても仲良しになりました。しかしある日突然魔物が現れて、女の子は殺されかけました。子供は何とか女の子を守ろうと力を出しました。するとその手は大きな鉤爪かぎづめと変化し魔物を一網打尽にしました。母親は子供を守るために村人達の前で自身が魔物であると自白しました。父親も自分も魔物と言い張りますが、母親は自身の手を鉤爪と変えて皆に見せびらかしたのです。父親にはそれが出来ませんでした。人間だったからです。母親、そして子供まで処刑されてしまいました。怒った父親は妻が何をしたと、子供は魔物から皆を守っただけだと怒り狂いました。怒って怒って、ついには自身の体を魔物へと変えて反撃しました。けれどたくさんの人間達から攻撃を受けた父親はその場でぐったりと倒れてしまいました。とある家族の幸せはこうして壊れてしまったのです。


「最初から父親も魔物であったと言う者もいますが、私はこう思うのです。魔物というのはなぜ生まれるのか。魔物は何かを強く恨み憎み怒りを覚えた者がなる成れの果てなのだと」


シアは視線を落とし、編み物をこなしながら、皺の新しい口元を柔らかく動かす。

三人はシアという遍歴の女性の家に訪れていた。年齢と性別、重要参考人である以外には情報がなかったが、家の隅々には様々な形状をした草が、幾つも並ぶざるに揃えられている。その事から恐らく、薬草などに精通する薬師くすしか何かだろうと三人は見当をつけていた。


「すっ……何て悲しいお話なの」


啜り泣くリリィ。シュウやホヅミの面持ちもあまり良いものではなかった。

三人はシアから五十年前のお話を聞かせて貰っていた。シアの話し方はまるで魔物よりもこの村にいた村人を非難している様に三人には窺えた。


「あんたは恨んでいるのか? 村人を」

「……魔物は殺して当然と言われています。けれど魔物にも生きる権利はあって、魔物にも心はあると思うのです。魔物の力で、私を助けてくれたハンの様に」


過去を懐かしむシアは悲しくも穏やかな目をしていた。


「何を戯けた事を」


後ろからの介入に三人は振り向いた。


「心配をして来てみれば……この恥知らずめが。魔物は生かしてはいかぬのじゃぞ? それが例え元人間であったとしても。魔物になってしまった者を悼んで苦渋に命を奪う決断を下した我らの痛切な想いを何じゃと思っとる」


下手に回っていた先程までとは違い、強気な村長だ。怒りを露に重たい瞼をこじ開けて小さく鋭い目をシアへと向ける。


「遣いの方々、申し訳ない。彼女の話には少し偏りがあってですね…」


村長は誤解を解くかの様にさとしていく。


「何せ昔話ですからな。今となっては物語に過ぎませぬ。どうでしょう皆さん。今日はこの村にお泊まりになっては」


そうして三人はシアの家を後にする。ロックの村には宿屋等の経営はなく、村長の家へと停泊する事となった。村の長というだけあるからどれだけ立派な建物だろうかと期待するホヅミだが、他の軒とは変わらぬ竪穴たてあな式の木造建築を更に二倍も三倍にもしただけの大きさだ。来客の際にはよく重宝ちょうほうされているらしい。


「狭いところですが、どうぞおくつろぎになられてくださいじゃ」

「ほんとに狭ぇな」

「ちょっとシュウ!」


軽率な言動をするシュウに、ホヅミは耳打ちで注意を促す。だがシュウは何とも思っていないらしい。


「ほっほっほ。気にしないでくだされ。王国からいらっしゃったのじゃ。この様な田舎の村など、狭苦しくとも当然じゃ」


村長は腰を叩いて謙遜けんそんの態度を取る。


「それでなのですがじゃ。こういった頼み事は何分差し出がましいと恐縮なのじゃが、どうか聞くだけでも聞いて下され。実は最近、この村の付近で魔物の遠吠えが聞こえてくるのじゃ」


そう話を切り出す村長の皺だらけの顔には、険しさが目立つ。それにはシュウに続いて二人も眉を顰めていた。


「それは魔物なのか?」

「魔物ですじゃ。村の者が狩りに出かけた際、岩山の洞穴ほらあなからソルムという魔物が出てきおって、遠吠えをしておったそうじゃ。」


ソルムという言葉に、三人は心当たりがあった。ソルムは犬と同様鼻が良く利く。近くで村人が目撃したのであれば、すぐにでも気づかれて襲われてしまいそうなものだ。村人は無事だったのだろうかと、村長の話を遮ってシュウが問う。


「目撃した村人は無事だったのか?」

「そうじゃ。おかしな事にソルムは村の者を襲わなかった。目線まで合ってしまったらしいのじゃが、何故じゃろうな。放っておいても迷惑なのでな、賞金稼ぎバウンティ組合ユニオンに討伐依頼をしようと思うたのじゃが、この村は見ての通り寂れた村じゃ。雇い金など到底……」


シュウは眉間に皺を寄せて村長を睨みつける。村長はすぐに失言をしてしまったと気づいて慌てて訂正を試みた。


「ああいやいや、もちろんあなたがたにはそれ相応のお礼はするつもりじゃ。金銭は無理じゃが、畑にある作物さくもつをたんと持っていってくだされ」


と聞いたリリィは喜んでいた。リリィは食事のない期間が長かった分なのか、ずっとお腹を空かしている様だ。



三人はそれから食事にありつく事になる。村長は来客に料理を施し慣れていたために、質素ながらも立派な筑前煮ちくぜんにを作ってきた。村で取れた作物や山菜なども用いているようだ。肉類などは見られなかったが、十分に三人の舌とお腹を満足させていた。


「「ごちそうさまでした!」」

「……ごちそうさま」


遅れて小さく言うシュウ。食事の決まりである始終挨拶には慣れていない様で照れ隠ししていた。

食事を終え冷え込む夜、村長を含めた四人は囲炉裏いろりだんを取る。ホヅミとリリィで仲良く話し込むもので、取り残されたシュウと村長は異世界での世間話にふけり始める。時にリリィやホヅミがシュウに話を振ったりして、会話の流れをおかしくするが、時はしっかりと過ぎていた。


「さて、そろそろお開きの様じゃの。囲炉裏はこのままにしておきます。お布団のご用意を」

「クォオオン」


皆一同に息を止めた。静寂する夜中は立ち上る孤独な遠吠えに鳴動する。


「今のは!」


リリィの一言で一同は息を吹き返した。


「確かにありゃあソルムの声だな」


シュウは立ち上がると、藁暖簾を潜って外へと出ていく。それを見たホヅミとリリィもシュウの後に続いた。


(ん? あいつは……)


シュウは視界の全体を見渡す際に端に捉えた一つの影。月の薄い明かりに照らされるのみであったが、その影は間違いもしないシアの影だ。シアは村の門番の目を盗むようにしてこそこそと村の外へと出て林の中へと身を隠す。


「あれってシふむっぐ!?」


名前を言おうとしたホヅミがシュウに口を塞がれる。ホヅミはシュウの右手を振りほどこうとするが、頬を鷲掴みにするその力はどうにも出来ない。


「あいつか?」


シュウは後ろへ振る。するとひょいっと布団を抱えたままの村長が暖簾をくぐり、そのいかめしい表情で頷いた。


「そうですじゃ。毎度毎度気味が悪い。それに住み着かれては村の者がおどおどするばかりじゃ」


それを聞くとシュウは満月か彼方かなたを見据えてに歩き出す。


「行くぞてめぇら」


見向きもしないで語るシュウの背中を追従するホヅミとリリィの二人。

シュウは魔物感知が出来る。遠吠えと共に動き出した様に見えたシアを追う事は出来ない。けれどもしかすれば、ソルムとシアの間に何か関係があるかもしれない。昼間に見たソルムの体中に巻かれた包帯は第三者が施さなければ不可能に近い。一匹狼の魔物であるソルムが、まさかシアと繋がりがあるとは思えないが、可能性を疑ってかかるに越したことはないとシュウはおもんぱかる。

白い霧は無くなっており、冷たい肌寒さがホヅミを小刻みに揺らしていた。リリィとシュウは何でもない様で、ホヅミは二人に呆れている。

気づけばそこは昼間に通りかかった場所だ。ソルムが林の奥へと身を潜めていった場所。その証拠に乾いた青血が土面に染み込んでいる


「この先だ」


シュウは言うと、昼間ソルムが消えた林の中へと足を踏み入れていく。月明かりを遮る木々達は林の中に小さな闇を作り出していた。今にも何か幽霊の様なものが出そうも怯えるホヅミだが、リリィはそんなホヅミを、生物の方が怖いよと説き伏せる。

三人はしばらく林の中を進む。リリィが気を利かせて火炎魔法で照らそうとするが、シュウは余計な事はするなと取り上げなかった。


(あそこにいるのは……やはりそうか)


シュウは闇の先にある光を見た。月光に照らされるその一匹と一人は、まるで美女と野獣の様に対照的に幻想的で、思わず恍惚こうこつとさせられるシュウ。ソルムの傷ついた体に包帯を巻き直していくシアは、三人の来訪らいほうに気づき身構える。


「まさかそのソルムを飼い慣らしてる女だったとはな」


そこは洞穴ほらあなの入口前付近。断崖絶壁だんがいぜっぺきにソルムを預けて、その前にシアは立ちはだかる。


「この子を殺すなら……私も殺しなさい」


六十代とは思えぬ気迫に三人は息を呑む。


「別に殺しゃしねぇ……その魔物には敵意はない様だからな」


魔物は静かに息をしていた。物言わぬその態度に、シュウは何かを感じたのだろう。



ホヅミとシュウはリリィに促され、シアのする手当を手伝う事となった。

リリィは最初回復魔法をかけようと思っていた。だが真摯しんしに治療を施すシアとそれを眺めるソルムを見て、自身の魔法は無粋だと感じ、回復魔法の手を下げていた。

シアは三人の行動に少し驚いていた様だが、包帯が巻き終わる頃には腑に落ちた様に警戒心を解いていた。巨体を巻くのは一苦労で、ホヅミに至っては疲れが見えていた。


「さて、これでようやく話せるな。てめぇは何で魔物といやがる? そいつは何なんだ?」


間髪入れずに糾弾するシュウに、シアは疲れも見せずに落ち着いた様子で語り始める。


「以前私が山菜採りに出掛けた頃、林の中で傷だらけになって倒れていた所を見つけたの。この子が言うには、一人の人間と一匹の魔物に襲われたらしいわ。でも戦ったのは人間の方。とてつもなく強かったって」

「ちょっと待て、人間がか?」


Hハイクラスの魔物を一人で倒せる人間など自身以外には考えられない。そういった様子だが、何だか少し嬉しそうな横顔をしている、きっと強い相手と喧嘩が出来るかもしれないとふるい立っているのだろうとホヅミは考察する。


「シュウさんだったかしら、どうかこの子の事は」

「ああ分かってるよ。他言しねぇ。だがよ、あんたも分かってんだろ? そのソルムにここにいられちゃ村の奴らが迷惑なのは」

「それは……」


シアはシュウの正論に返す言葉も見つからなかった。不意にシュウはすっと左掌を虚空に翳す。


亜空の支配者ジオメトリーグリッド!」


ブォォオオン。空間が裂け広がり、別の地と繋がる。


「この先はここよりもずっと離れた場所に繋がってる。そのソルムにこの空間を潜ってもらうんだな」


シアはソルムと共に目をぱちくりとさせながらシュウの神秘な魔法に唖然とする。


「この魔法は……何と奇怪な………いや……ありがとう坊や。でもね、せめて後一日くらいはこの子を見ていてあげないといけないから、明日もう一度お願い出来るかしら。この子ね、放っておくとすぐあちこち動き回るの」

「んあ? ………ちっ……明日までそいつとここにいるのか?」


すると面倒臭そうにシュウは両手を腰に据え、魔法で作り出した空間の歪みは元へと戻っていく。


「ええ。早朝になったら村にこっそり戻ります。家を空けておくと不審に思われますから」


言うとシアとシュウ達はその場で別れる事となる。

魔物と人の絆が今、深く結ばれようとしている。あの形こそこの異世界の正しい在り方なのだと、三人は各々に思いを馳せていた。そんなしんみりとした空気が流れる中、村へと戻り際にリリィが突拍子もない事を発言する。


「シアさんとソルム、何だか恋仲みたいだったよね」

「ぶっ! こ、恋仲?!」


シュウにはそれがゆくりなくも、あまりに唐突で度が過ぎた表現に感じられた様で、たじろいでいた。


「ホヅミんもそう思うでしょ?」

「え? うん、そうだよね。何か良い感じだったかも」


気分上々に盛り上がる二人についていけない様子のシュウは、やれやれといったように両手を広げていた。


「それよりも……ソルムにあそこまでの痛手を負わせた人間って方が気になるけどな」


かしましく騒ぎ立てる二人の話の腰を折る様に言い放つシュウ。


「え? 確かにそれはボクも気になるかな。ちょっと不穏な気配がするよ」

「リリィリリィ、違うよ。シュウさんの気になってるのはそこじゃないと思う」


シュウはがしりと拳を掌にパンパンとぶつけて不敵に笑みを浮かべていた。それを横から覗き見るリリィ。


「あ、ほんとだ」


ホヅミとリリィは互いに頷き、納得の意を示した。

三人は村へと戻ると、村長の御出迎えだ。期待に胸を膨らませて、シュウ達の朗報を今か今かと待っている。


「あー悪ぃ、暗くて見つからなかった。明日になったらまた探すからそれまで待っててくれ」

「な、何と………」


二の句を継げずに肩を落と村長へささやかな謝罪を通り過ぎ様に零していくホヅミとリリィ。三人は村長を置き去りに、村長の家へと戻っていった。






「あぁ、体が重いだべ」


とある村人はあまりの寝苦しさに目を覚ましていた。どうも風邪を引いてしまったらしい。額に手を当てると普通でない熱を出している事は明白だ。

ロックの村で薬師の役割を担っているのはシアだ。ロック周辺で採取出来る薬草について博識はくしきだ。今まで治してきた病は数知れず。怪我をすればシアの元へ。そういった風潮が出来上がる程にシアは薬師として信頼されていた。

外を出ると霧のせいか陽の光が思う様に差し込まず薄暗い。肌を突き刺す様な寒さは、長年ここで暮らしてきた村人には慣れっこだ。


「ありゃシアか? いったいどこ行くだべか」


シアの母屋へ出向く村人は、その母屋からこそこそと出ていくシアの姿を目撃した。村人は声をかけようかと思ったのだが、シアの挙動が普通でなくあまりに不審であったために後をつけようと思い至った。

シアは干し肉を大量に抱えていた。そんな物を持ってどこへ行くのか。シアは何か飼っているのだろうか。そういった考察を立てながら、村人はシアの後を辿る。


「そんな……まさか……こんな事が」


たまげる村人の見たものは、人間のシアが魔物に餌付けをしている光景だった。それには体のだるさも瞬く間に吹き飛び、村人の足取りを軽やかにしてしまう。




「村長! 大変だぁ!」


お年寄り特有の早起きで、村長は井戸の水を汲みにいっていた。気持ちのいい朝を台無しにする喚き声に、機嫌を悪くする。


「何じゃ騒がしい……客人が来ておるのじゃぞ?」


おろおろとする村人は目を泳がせている。


「オラ、見ちまっただ。シアが、シアが裏切ったっぺ!」


村長はとんだ騒ぎで客人達を起こさぬまま動く。

それからあっという間にその二人によって村中へシアの情報が伝わっていった。そして村長の命で村人達は武装。その後何も知らないシアが村へとこっそり戻ろうとする。


「シアよ……いったい外で何をしておったのじゃ」

「……そう……バレて……しまったのね」


シアの前には厳かに佇む村長。その周りには、シアを取り囲む様に槍を手にした村人達が殺気立っている。


「シアよ。結界を通れるという事はお主は魔物ではないのだろう。じゃがいかんせん村の掟じゃ。お主を死刑にする」






夢うつつの中、バタバタと聞こえる多くの足音に、ホヅミは意識を覚醒させる。


「ん? 何だろう」


外の方でザワザワと村人達の気配を察知するホヅミは、気になって体を起こし、藁暖簾を捲り上げる。


「あれは……」


どうやら空き地の方で何かをしているらしい。突き立てられた十字の大きな杭が見える。


「誰? ………!?」


二人がかりで大きな杭に一人の人間が括りつけられていく。その人間は、驚くことにシアだった。


「起きて! 二人共起きて!」


ホヅミに叩き起され特にシュウは鬼の如く不機嫌であったが、ホヅミの説明を受けて二人はすぐに事態を把握。事の起こっている往来まで駆ける。


「おぉ、どうも起こしてしまったみたいで。実は村に裏切り者が出ましてな。今からその者の処刑をするところなんじゃ。見苦しいところは見せまいと思っておったが、少し騒がしくしてしまった様じゃ」


と笑う村長の醸し出す雰囲気には、昨日までの和やかなものとは違い、得体の知れない不気味さを感じられている三人。人の皮を被った何かの様に、淡々と述べるその姿にぞっとしていた。


「どうして! 何でシアさんが殺されなくちゃならないのさ!」


湿り声のリリィはおたおたと色をなす。


「村の掟じゃよ。シアから聞いたじゃろう。過去にあった魔物化の事件についてじゃ。あれ以来この村にはとある掟が出来た。魔物化の可能性は断絶せねばならん。じゃから、魔物に関係する者は皆死刑。シアはソルムという魔物に餌付けをしておった。十分に掟を犯しておる」


シアはされるがままに十字の杭へとはりつけ状態になってしまった。


「だからって……そんな……シアさんは魔物を……助けただけなのに」


か細くなった声を絞り出す様に、リリィは言った。リリィは思う。そんなにも魔物である事はいけないことなのかと。魔物はそれほどに人々に恐怖を与えてしまうのかと。魔物にも心がある、そう言っていたシアさんの気持ちを痛い程分かっていた。リリィ自身にも魔物の血が流れているからだ。けれどそれを理解出来るのは自分。もしかすればホヅミやシュウも、この村人達の様に……そんな妄念もうねんが頭を過ぎる。


「では皆の者。これより処刑を開始する。皆の者構え! 手を汚さぬ者は、この村長の役職において一人として許さぬ」


村の大人達は一斉槍を矛先をシアへと向ける。村の端では固唾かたずを飲んで見守る子供達がいた。


「魔物だぁ! 魔物がやってきたぁ!」

「何!? まさか」


村長に続いて村人達は入口付近にまでやって来ていた魔物を仰ぎ見る。その巨体はソルム。体中に青血の滲んだ包帯を巻いたソルムだった。


「魔物が……人間のシアを助けに来たというのか?」


村長は驚き腰を抜かして尻もちをつく。


「クォォオオン」


ソルムは結界にぶち当たった。バチバチと電気の弾ける様なけたたましい破裂音の連続が辺り一体に鳴り響く。


「止めて! その体じゃ無理よ! 歩くのだって辛いはずよ!」


シアは叫ぶ。


「クォォオオン!!」


ソルムの体に巻かれた包帯はみるみる内に青く染まっていき、隙間を作って青血が噴き出していく。


「ガルルルル!!」


牙を剥き出しに目を血走らせ、足を止めることなく一歩、また一歩と結界に自身の体を捩じ込んでいく。

バチィィイイン。

ソルムの無理矢理な侵入に結界の方が耐えきれずに破砕してしまった様だ。


「うわわわわぁ!?」


それには泡を食って倒れる者や、喫驚きっきょうして尻から転げる者までがいた。だがそれを見たソルムは村人を襲う訳でもなく。青血を滴らせながらゆっくりとシアの方へと歩いていく。


「そ、そうじゃ、遣いの方々! あれを、あれを何とかしてくだされ!」


村人達と一緒になってソルムの訪れに一同傾注けいちゅうしていたが、はっとなったリリィとホヅミは戸惑い始める。シュウはというと、急にお腹を抑え始めてその場でうずくまってしまった。


「あいたたたたた! お腹が、お腹が痛い! クソっ、これじゃ戦えそうもねぇ」


まるで強敵を前に怖気付いたかの様にあらぬ醜態しゅうたいを見せつけるシュウ。


「あの……シュウさん?」


とホヅミが話しかけようとすると、シュウの鋭い眼光がホヅミの身を凍らせる。


「てめぇらも早くやれ」

「あー私もお腹痛い。あまりの恐怖にお腹が」

「ボクもお腹が……昨日食べ過ぎたかも」


怒気に満ちた囁きを聞いて、リリィとホヅミの二人も蹲ってお腹を抑えて悶える演技を村長へと見せつけた。


「……えー……」


村長は言葉を失った様だ。


ソルムが一歩一歩進むごとに、村人達は道を空ける様に仰け反り後退っていく。やがてソルムはシアの元へと辿り着いた。


「シ………ア」


ソルムの低く響く胴間声に、辺りは更に怯えた様子だ。


「ムカエニキタ」


ソルムは大きな鉤爪を器用に扱いながら、杭とシアを縛る縄を断ち切っていく。そしてシアを両手で優しく掬い取る様にして抱え込んだ。


「ええぃこうなったら、お主ら! そのソルムごとシアを処刑じゃ!」


村長が叫ぶ。すると一人の村人がやぶれかぶれに槍を投げつけた。その槍はソルムの脇に突き刺さり青血が噴き出す。一切村人へ興味を示さなかったソルムだが、それには振り向いた。


「ひぃっ!?」


村人は小さく悲鳴を上げる。だがソルムは村人に手をかけなかった。入口へと向き直り、また一歩一歩ゆっくりとした歩調で向かっていく。村人達はその様子に唖然と尽くす他なかった。





下位回復魔法ヒール下位回復魔法ヒール増幅魔法バイリング!」


ソルムとシアは洞穴ほらあなにまで戻ってきていた。ソルムとシアが村を出るに続いてシュウ達も追いかけて、洞穴まで辿り着く。


「凄い……初めて見ました。これが増幅魔法バイリング。感服です」

「えへへー」


ソルムに突き立っていた槍はシュウが無造作に放っておいた。リリィの回復魔法によりドクドクとソルムから流れ出る青血はその速度を遅めて、やがては完全に止まる。更には全身の開いた多数の傷口も残らず塞いだ。それには残るそれには村で薬師の役割を担っているシアも目を白黒させている。


「村には魔法を使える者が、結界士しかおりませんから。いやはや、羨ましい限りです」


シアは薬師だが、シア自身魔法が使えない事を嘆いていた。だが魔法ではなく薬草の知識に長けている事で、魔法では治せない病を治す事が出来るのだ。羨ましいと言われれば、リリィにはシアのその点が羨ましいと思うばかりだ。


「アリ…ガトウ」

「良いの良いの。気にしなくていいんだよ。そういえば名前何て言うの?」


ソルムの名を知らなければ、会話のやり取りがあまり運ばないので、リリィは聞いておきたかった。リリィの中で、ただのソルムという魔物ではないのだから。いや、もしかすれば魔物全てには名前があって、魔物と一括りにするのは安直なのかもしれないとリリィは思う。


「この子ね、記憶喪失で自分が何者かも分からないの。だから私はソルムでソルちゃんって呼んでいるのよ」

「ナ……マエ……」


シアの言葉を他所よそに、何やら思い詰めるソルム。その様子にはシアも不思議な面持ちだ。


「ボクノ……ナマエ……ボクハ………ボクノナマエハ………"ハン"……ソウダ……オモイダシタ……"ハン"ダ」


思い当たった様に、ぱっと顔を晴れやかにするソルムのハン。だがその場にいる誰よりも顕著に表情の変化が現れていたのはシアだった。シアは口元を手で抑えて、涙を溢れさせている。


「ハン……うそ……ハン……あなた、ハンなのね」


ハンという名前にはリリィ達も聞き覚えがあった。昨日シアが話していた、五十年前の話に出てくる登場人物だ。そう、魔物化をした子供の事だ。だが話によれば、ハンは殺されたはずだ。


「ハン……生きててくれたのね……」


シアはハンの腕を抱き締める。ハンは涙を流すシアを心配に思い、大きな手をその背に添える。


「ドウシタシア……ドウシテ……ナイテル」

「そうよね。記憶がないものね。でも良かった。ハン、あなたが生きていて」


困惑した様子のハンに、シアは過去語りする。それをハンは黙って聞いていた。

ハン自身も自分の正体が分かって安心する面もあったが、自身が人間であった事についてはあまりしっくり来ていない様だった。シアは幼なじみで、五十年ぶりの再会である事も、ハンにとっては他人事の様に思えていた。


「ゆっくり……そう、ゆっくり思い出していけばいいわ」


ただハンにはシアが命の恩人である事には変わりない。きっと名前を思い出せたのも、シアの優しい心が届いたからであろう。


亜空の支配者ジオメトリーグリッド!」


シュウは昨日とは違う地へ繋がる、空間の歪みを生み出した。


「この先は俺が昔一人旅をしていた頃に使っていた拠点だ」


歪みの向こう側は森の中で、小屋が一軒建てられている。


「ここを使って良いからよ…………仲良く暮らせや」


頬を掻いて照れ隠しのつもりか、口篭るシュウ。それを見たリリィにホヅミはお互い顔を見合わせてにやけた。


「あの、良いんですか? 大事な家じゃ」

「大事だから、大事に扱えや。家も住まれるのと住まれないのとじゃ、持ちが違ぇだろ」


言うとシアはクスクスと笑う。ハンと共に立ち上がると、シュウの生み出した歪みへ向かって歩き出した。


「優しい坊や。それから優しいお嬢さん達。何から何までありがとう」


穏やかに微笑むシアを見て、シュウは頬を赤く染める。

二人が無事に空間の向こうへ渡り切った所を確認すると、シュウは歪みを閉じた。



三人は洞穴を離れ、次の目的地へと向かう。しばらく歩くと急にリリィがお腹を抱えて蹲り、苦悶している。


「リリィ? 大丈夫? 具合悪いの?」

「お腹……」


先を行くシュウもさすがに心配になって後を引き返す。リリィの元に寄って屈んで様子を窺った。


「おいてめぇ、まさか俺の真似をしているわけじゃねぇだろうな?」

「ちょっと、それは酷いんじゃない? リリィは今苦しんでるのよ?」


二人の喧嘩が始まろうとする直前、リリィはホヅミの手を掴んだ。


「お腹……空いた」


二人はずっこける。そういえば確かに、朝食を取らずに村を出てきてしまっていたと二人は漸く気づいた。

三人はその場で、一旦休憩を取る事にする。休憩と聞くとリリィは飛び起き林の中へと疾走する。それからしばらくしてリリィは戻ってきた。食料を調達してきたに違いない。シュウもホヅミも、リリィの食事に何となく肖ろうという気になっていた。


「キュィィイイイン!」

「二人共ぉ。ほら、朝食だよー。何かねこの辺川もないし木の実もこれしか実ってないんだよね。彩りには欠けるけど、良いよね」


リリィは幾つもの人喰い林檎を抱えていた。


「あれ? どうしたの? もしかしてお腹空いてないの?」


顔を顰める二人を見て問いかけるリリィ。


いや、そうじゃないってば。


心中にて異口同音いくどうおんの二人であった。

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