再会

ホヅミは動かなくなったキマイラを見る。激戦の中で精悍せいかんに大空洞を駆け抜けていたそのたくましい胴体は今や覇気を失い、果敢無かかんなく横たわる。後味の悪い断末魔が体の中で木霊こだまする最中、背後の空間が揺らいだ。


「ホヅミん!」


溜飲りゅういんの下がった晴れやかな声で叫ぶリリィは、転移早々いの一番にホヅミの元へと駆ける。


「リリィ……私……何とか倒せたよ」

「うん! ……あれ、ホヅミん泣いてる? そうだよね。怖かったよね」


涙ぐんで気遣きづかうリリィの言葉で、ホヅミは自身の目から流れ出る涙に気づいた。怖かった? そう推し量るリリィは正しいのだろう。けれどホヅミにはその涙が、別の事柄によるものだと何となく感じられていた。それはキマイラへの追悼ついとう。キマイラと会話をした訳では無い。ただ一方的に襲われていた自分自身。だけど自身の体に流れる血潮ちしおはその涙と情を生み出していた。


「良くぞやってくれた、混血よ」


愁眉しゅうびを開いてふんぞり返るロウシュが、淡々とした口調でホヅミに語りかける。その恬然てんぜんとした態度に癇に障るホヅミとリリィは、平静をよそおって聞き置いた。


「合格だ。今日は牢で体を休めておけ。明日、存分に役立ってもらうぞ」


ロウシュが指示を出すと、幾人かの兵士達はキマイラの周りを取り囲み火炎魔法を詠唱。遺体をみるみる内に燃やしていく。そして一人の兵士はホヅミに封魔錠スペルオフをかけ、回復魔法にて治療。キマイラの遺体が消し炭になる頃には、ホヅミの体中の傷は跡形あとかたもなく消える。


「では戻るとするか。空間魔法を」


ロウシュの合図あいずで兵士二人が空間魔法の詠唱を始めた。一行は一点に固まり、やがて空間魔法の準備が整う。


「「転移!」」


兵士二人が息を揃えると、魔法数式のドームに包まれた一行は圧縮されて消えた。

そしてルノーラ帝国門外へと転移が完了する一行。巨大な鋼の吊り橋を通り往来を行き、ルノーラ兵の集う砦へと戻る。ホヅミ、リリィ、マリィの三人は再び地下牢へと収監しゅうかんされ、今日の残りを過ごす事になる。

三人は明日やって来る戦いについて話し合っていた。もちろん三人ははなから戦争などという危険な行事に参加するつもりはない。戦争へと出向いた直後が、三人のする戦いである。


「リリィ、あなたが作戦の肝なの。お願いね」

「分かってる、ボクを誰だと思ってるの? トト塾一の天才にして、ママの娘だよ?」


他の牢屋に声が届かない様に三人で肩を組んで話す。



自由の身になった時。そんな末々すえずえ議題ぎだいをリリィがぽつりとらした。


「ボク達三人で、一緒に暮らしたいな。いつまでも。仲良く三人で」


気が滅入めいってしまいそうになる様な陰鬱いんうつな空間で、リリィは明るい未来図を描いて談笑に持ち込もうとする。


「そうよね。まず旅をして、遠い遠い大地で住みやすい所を見つけなくちゃね」


マリィも娘に相槌あいづちを打つ様に返す。


「私も……いていいの?」


ホヅミは思う。親子水入らずという言葉が存在しているというのに、自身がこの二人の間に割って入るのは無粋ぶすいではないのかと。


「良いに決まってるじゃん! ホヅミんがいなきゃボク嫌だよ?」

「ふふふ、そうよ。遠慮えんりょなんてしなくていいわ。こういうえんですもの。それにホヅミちゃんは私の弟子でしの一人なんだから」

「あはは」


弟子でしという言葉に苦笑するホヅミ。三人で暮らす事になったら日々扱しごかれそうだと気怖じする。

それから三人の想像語りは続いた。話がはずんで陰鬱いんうつとした空気は一転、晴れやかなものへと変わる。途中で食事を持ってきた兵士に気づいて慌てて話を止めるが、洋々と朗らかな雰囲気を露呈ろていする三人に気づいた兵士はそれを見て鼻で笑った。ホヅミは思う。兵士は恐らく自身らを、安穏あんのうとして楽天的な惚け者と思ったに違いないと。

湿気しけた食事でも、三人で楽しく話しながら食べる事で美味しく感じられる。いつの間にか消灯時間が来て、三人は希望に胸を膨らませて眠りについた。






明朝。肌寒い中で辺りは騒がしく。地下牢の奥にまで響き渡る声に、ホヅミは薄らと目を開けた。その時丁度よくランプが奥から順に灯されていき、カチャリカチャリと音を立ててぞろぞろとやって来た。ホヅミは飛び起きてリリィとマリィを起こす。


「おはよう諸君。合戦かっせんの時だ。準備は良いかね?」


ロウシュは相も変わらず傲慢ごうまんな態度で三人を見下す。ホヅミとマリィはそんなロウシュを睨みつけるようにして、リリィは目を擦ってまだ眠そうな様子だ。

ロウシュによって牢屋の扉はきしみ音を立てて開かれる。三人は連れ出され、牢屋を後にする。



地下牢から出ると、砦の広場には槍を片手に持った大勢の兵士達が敷き詰められていた。白い息を吐いて何かを待つ様に立ち尽くしている。ホヅミが寝起きに耳にしていたのはこの兵士達の喊声かんせいだろう。端から端までの一列目を数えようとするホヅミだが、四分の一も数えずに止めた。四十人は数えただろうか。横幅と同じくらいに縦にも兵士の列が伸びている。とんでもない数だ。


「驚いたかね。これでも全兵士の四分の一だ。我が帝国には四つの砦があり、それぞれに同等の数兵がいるのだ」


ロウシュは誇らしげに前を歩く。しばらく歩いて兵士達の並ぶ最前列中央に着くと、ロウシュは足を止めた。後ろで手を組み背筋を伸ばして兵士達を一瞥いちべつすると、迫力のある声で高らかに弁じる。


諸君しょくん! 我々がこれより戦う敵アルストロメリアは、我々の描く未来を阻むものである! 敵は用心棒を用意した! そこでこの度、我々も用心棒に代わる戦力を見つけた! これがその戦力である!」


大勢の兵士達は、一人の少女を見てざわつく。その様子から全員が、ロウシュのした行いを知る訳ではない様だ。対し一人の少女ホヅミは、ロウシュの発言したアルストロメリアという言葉に聞き覚えがあった。しかしすぐには思い出せずにそのまま記憶に仕舞い込む事となる。


「皆も存じていよう。ハイシエンス王都の滅亡めつぼうを。そう、王都を滅亡めつぼうさせた者こそが、この魔物と人間の混血である!!」


それには兵士達も動揺を隠しきれない様子だ。


「だが安心をしろ! 我々が年月を経て開発に至った魔力形状記憶合金まりょくけいじょうきおくごうきんからなる、絞輪錠ストレンジオフによって支配した! この混血兵器は、我が手中しゅちゅうだ!」

「「「「「おおおおおおお!!!!」」」」」


ロウシュの言葉に不安が掻き消えていく兵士達は色めき立つ。


「敵の用心棒と、この混血をぶつける! 諸君しょくんらには敵の殲滅せんめつを命ずる! ルノーラ帝国に栄光あれ!!!」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」」


ロウシュの熱弁ねつべんはこれにて終了。ロウシュは大勢の兵士達を引き連れて往来を埋め尽くす。門外へ出ると、門外を大きく囲む様に兵士が配列されていた。赤いガウンを着た服装を見る限り、空間魔法を担当する兵士の様だ。


移門ゲートを作動しろ!!」


ロウシュの合図により赤いガウンの兵士達がブツブツと詠唱を始める。すると以前よりホヅミ達が経験していた空間魔法とは変わって、魔法数式の羅列が大きく横広に楕円だえんかたどっていく。楕円だえんは人が横に十人以上並んで通れる程の大きさだった。楕円の内側には光が溢れ、やがて周りの景色とは全く別の景色が映る。それを確認したロウシュは再び歩を進める。別の景色が映る楕円を潜り、ホヅミ達や兵士達もそれに着いていく。



そこはとある舗道。両端に林が並び一本の道筋が前に前にと伸びている。周りにいた動物達も急な大勢な武装集団の登場に小さく悲鳴を上げてその気配を次々に絶っていく。この分だと魔物も寄り付かないだろう。先頭を歩くロウシュは数分歩いただろう所で足を止める。


「もうすぐで戦地となる場所へ辿り着く訳だが、その前に貴様らの封魔錠スペルオフを外しておこう」


三人はその発言にはっとした。とうとうやって来た脱出の機会に気を引き締める。ロウシュの指示で三人は別々の兵士に封魔錠スペルオフの解錠がなされる。


「ふんっ!」

「がはっ!?」


リリィは封魔錠スペルオフの鍵が離れる瞬間、封魔錠スペルオフを手に取り兵士の金的を蹴り上げた。悶える兵士に構わず、すかさずロウシュに向けて掌を翳す。


下位封印魔法スペリングオフ!!」


リリィの唱えた魔法は、封魔錠スペルオフもととなった魔法。効果は封魔錠スペルオフそのものだ。


「ほう。封印魔法が使えるとはな」


ロウシュにはあらかじめ、リリィは火炎魔法と回復魔法しか使えないと思い込ませておいた。案の定、上手く下位封印魔法スペリングオフをかける事に成功したみたいだ。これでロウシュは魔力を行使出来ない。よってホヅミ達三人に嵌められた絞輪錠ストレンジオフも作動しない。


「おっと、動かないでね」


ロウシュは動こうとすると、マリィが左手でロウシュに魔法の構えを取る。そしてホヅミは背後に誰も置かない様に後退。周りの兵士がリリィとマリィに何かをしようとしたら魔法で抑圧する態勢を取る。


「言ってなかったけどさ、ボクはどんな魔法でも一通り使えるんだよ。残念だったね」


兵士達は中隊長が人質に取られてどよめいている。ロウシュは顔を下げて、意気消沈したかとホヅミ達には思われた。


「ふ、ふふふ……ふはははははっ!! ……はっ!」

「「「ぐぁっ!?!?」」」


ロウシュが一声を吐くと、ホヅミ達三人の絞輪錠ストレンジオフは急に締め付けられる。


「残念なのは貴様らの方だ」

「……な……んで」


三人には分からなかった。ホヅミとマリィはリリィを信じていた。そしてそのリリィは、自身の力を信じていた。唱えたはずの魔法が発動しない。使える筈の魔法が発動しない。かつてそんな事があっただろうかとリリィは困惑する。


「ふふふ、貴様らの企みなど読めておるわ。初めからそこの片腕も、この人間の体をした化け物も使うつもりは無い。眠っている間にこちらも下位封印魔法スペリングオフをかけたまでだ」


苦痛に歪む顔の三人の絞輪錠ストレンジオフは停止した。三人は咳き込んで事態の収拾しゅうしゅうに努めるが、同時に膨らむ絶望を抱える事となる。


「ふははははっ!! ……何をしている。片腕と人間化け物に封魔錠スペルオフをかけ直せ」

「「はっ!」」


そして再びリリィとマリィには封魔錠スペルオフがかけられた。

たった一度のチャンスだった。計画に狂いはなかった。ただロウシュの強い猜疑心さいぎしんが一枚上手だった。意気阻喪いきそそうに陥る三人。語り合った未来図はここでついえるのだろうかと諦めかける。だがホヅミは思う。この場のチャンスは逃したが、戦争を無事に潜り抜けてからまた機会を得られれば良いのではと。自身が今出来ることは、この戦争をまず乗り切る事だと悟った。



ロウシュを先頭にルノーラ兵隊の行列は高地に差し掛かる。そこから見下ろすと、一つの国があった。今回ルノーラが敵とする国。一見ルノーラよりも小さい国だった。ホヅミから見ても、なぜ目の敵にするのか。弱い者いじめではないかと思う程だ。いや、弱い者いじめという可能性も有り得るだろうとホヅミは悪感情を持ってロウシュを見やる。


「ぬ?」


ロウシュが疑念の声を漏らす。ロウシュの視線の先にホヅミ達三人も視線を移すと、敵国に立ちはだかる一つの影がぽつんと存在していた。しばらく近づいてくるとその影は具体的になっていき、ホヅミは目を丸くする。


「おやおや、奇襲をかけるつもりが勇者殿には容易に気づかれてしまった様だ。しかし勇者殿。一人で出迎えとは随分な自信ですな」


ロウシュには見知った顔の様で、態とらしく鷹揚おうようとした態度で対話にのぞむ。


「何かやべぇ魔物の気配がしたと思って来てみりゃ大層な人数連れて穏やかじゃねぇな」


その人物はこの世界で二番目にホヅミのよく知る人物だった。


「久しぶりじゃねぇか……ホヅミ。てめぇ……いや、てめぇの友達のリリィってのは……魔物だったのか?」

(しゅ、シュウ……?)


その人物は、ロウシュが危険視していたのは、シュウの事だった。思えばロウシュの言っていたアルストロメリアとはこの世界でのシュウの拠点であったと、ホヅミは不覚を取る。


「通りでてめぇとの旅路は、いささか奇妙な感覚だった訳だ」


ホヅミはシュウとの何日かぶりの再会に嬉しい気持ちが湧いてきて声に出そうとしたが、ホヅミはシュウの様子を見て言葉を飲み込んだ。シュウは怪訝な面持ちで、睨む様に警戒を露わにしていた。


「ともすれば、あの時のラストラビットは同じ魔物だから助け出したのか」


シュウはリリィに鋭い視線を移す。それにはリリィもぐっと息を呑む。シュウの言い分を聞くに、シュウは誤解をしているのだと気づいたホヅミは弁明べんめいの声を上げる。


「待ってシュウ! 誤解しないで! リリィはいい子なの! それに魔物って言っても、半分は人間だよ!」

「あん? つまり魔人か? 魔物化したって事か?」


眉根を顰め更にすがめた目で、言動や挙動から洞察を図る様な厳しい視線がホヅミへと向けられる。


「ち、違う! リリィはお父さんが魔物で、お母さんが魔物なの! だからっていうわけじゃないんだけど……入れ替わりが解けた時だって、リリィはその力を使って私を守ってくれてたの……また入れ替わっちゃったけど……」

「はん?」


上手く説得しようとして、返って取り乱しているように見せてしまったかとホヅミは不安になる。シュウの言動はいちいち感情が読みづらいものであったためだ。


「横から失礼するが、貴様らは知り合いであったのか?」


とロウシュがホヅミの肩に手を乗せる。優しげに置かれた手に、ホヅミは異様な冷たさを感じていた。それは殺気。知り合いだからと手を抜いたら即刻首を潰すと、暗に示唆するロウシュからの警告だろう。


「おう、どっかで見たちび髭じゃねぇか。また吠え面をかきに来たのかよ、ルノーラのおっさん?」

「はたしてそれは、どちらの吠え面であろうな」


ロウシュはシュウの発言にイラついて、角立てた拳でホヅミの背中を強く押した。ホヅミは体勢を崩して転けそうになるが、すぐに持ち直す。じんじんとくる背中の痛みも気にならないほどに緊張がホヅミの全身を硬直させていた。そして動かないでいると徐々に絞輪錠ストレンジオフが縮み始めて、ホヅミ達三人の首は絞まる。


「「「ぐっ?!」」」

(ん? 何だ?)


シュウはその様子に疑問を覚える。奥の二人が人質にされているのは、見れば分かるところだ。けれどそれ以上に何かの負荷がホヅミ達三人にかかっている様に見えたシュウ。


「ごめん、シュウ。私と戦って」

「あん? …………いいぜ。来いよ」


シュウは何かを察したかの様に臨戦態勢に入る。


「ごめん……氷槍の狙撃手アイシクルダーツ!」


ホヅミの手元には自身を上回る大きさの氷柱が顕現し、その尖った先をシュウに向けて発射される。ゴオオと空気を揺るがす程の勢いで向かっていく氷柱を見てシュウは一瞬たじろいだ。けれどすぐに含み笑って、拳を腰に構えて掌で照準を定める。


「いくぜ……唸れ、スーパーパワー金剛力!!」


シュウはホヅミの氷槍の狙撃手ダーツを避けずに正面から拳で迎え撃つ。

ガシャアアン。氷柱は破砕する。

シュウの拳からは血が流れでていた。氷柱の突端に対して真正面に拳を振るったのだ。手の肉が少し抉れてしまっていた。常人であれば腕がもげていたところだろう。それは世に言うところの固有能力のおかげである。


「くぅ〜! 腕がじんじんくるぜ! こういうのを待ってたんだよ! こういうのを!」


自身の拳を見て、嬉声を出してはしゃぐシュウは次のホヅミの攻撃を今か今かと待ち構える。


「ほら来いよ!」

「ア、氷槍の狙撃手アイシクルダーツ!」


再び顕現される氷柱。シュウは飛び上がって宙で一回転。発射された氷柱に対して踵落としを繰り出す。

ガシャアアン!

砕ける氷の中でスタッと着地して見せるシュウの面は何やらつまらなそうにむっつりしている。


「それはもういい。もっとすげぇのあんだろ? ホヅミさんよ」

(あいつ楽しんでる? 何なの? こっちがどんな思いで魔法撃ってると思ってんのよ)


自身の気遣いを無碍むげに、物欲しそうにするシュウを見て、ホヅミは憤る。


氷槍の縷々アイシクルヴァベル!!」


ホヅミの背後には、先程よりは小さくも自身の等身大サイズの氷柱が幾多に顕現される。ホヅミが腕を振りかぶって前へと振り下ろすと、一斉に氷柱が掃射そうしゃ。それにシュウは目を見張り、口元を綻ばせる。


「まじかよ……すげぇ!」


突端を自身に向けて注がれる幾多の巨大な氷柱。普通ならば苦笑いであろうその恐ろしい仕打ちを、シュウは心の底から楽しみ笑っている。


「おらおらおらおらおらぁっ!!」


シュウは避ける事なく全ての氷柱を砕きにかかる。拳に肘に裏拳、足の甲に膝に踵、体の至る所を駆使くしして氷柱を破砕していく。


「「「「「うわわわわぁ!?」」」」」


シュウの背後には大勢の兵士達がこちらに向かってやって来ていた。アルストロメリアの兵士達だ。シュウの砕き切れなかった氷柱が勢いを止めることなく、慌てふためく兵士達に向かって飛んでいく。


「ちっ、撃ち漏らしたか!」


シュウは地面を思い切り蹴ると、地面が少し揺れた。同時にシュウの体は凄まじい速度でホヅミの氷柱を追い越して、兵士達の前で着地。地面に足が埋もれる。


「おらっ!!」


両の拳で挟む様にして氷柱を砕いたシュウ。その背後では何人かの兵士達が腰を抜かして転けている。


「てめぇら何で来た!」

「な、何でって。シュウさん。僕ら、アルストロメリアの兵士ですっ」


シュウの怒声に、素っ頓狂な声で答える一兵士。


「今回は手出しすんな! あれは俺の獲物だぜ」

「しゅ、シュウさん……」


物寂しい声を漏らす一兵士を背に、地面に埋もれた足を引き上げて再びホヅミの元へと向かうシュウ。地面を蹴って、一気に先いた地へと戻った。


「さあ、まだあるだろ?」

(だから何でそんな楽しそうなのよ!)


ホヅミは内心呆れながらも次の魔法の準備をする。氷霧の暗殺者グラスシーカーを使えばシュウだけでなくシュウの背後にいる兵士達までも殺しかねない。もちろん敵を殺さなければロウシュに自身やリリィやマリィが殺されるのだが、ホヅミには人殺しの荷は重過ぎて、一歩踏み出せずにいた。よってあの魔法だけは使ってはいけないと念頭に置いて魔法を唱える。


風の弾丸ブリーズショット!」


ホヅミの前に全身を覆う以上の大きさの空圧が、景色を歪める。そして弾かれた空圧はシュウの元へと向かっていく。


「何だ? おらっ!!」


シュウは迷わずなぐる。しかし空圧は砕ける事も無い。シュウの全身を圧迫し、徐々に後ろへと追いやっていく。


「くっ?!」(……なるほどなっ……空気の塊かっ……これじゃ殴っても無駄だな)


避けるのは容易たやすい。けれど避ければ、その被害は仲間の兵士達やアルストロメリアの国にまで及ぶ。だからシュウは全身で魔法を受け止めていた。そんなシュウの体の皮膚は、少しずつ空圧によって削られていく。至る所に小さな切り傷が出来始めていた。


(これは使いたくなかったんだがな)


シュウは腕を広げて一瞬無防備に体を空圧へと曝(さら)ける。


亜空の支配者ジオメトリーグリッド!」


ブォォオオン。シュウの姿が少しの間消えたかのように思えたがすぐに姿が見える。シュウはぜぇぜぇと息を荒くして立膝をついていた。その体は細かな傷だらけで、それを見たホヅミは心が痛む。


(ちっ……やべぇな……そもそも俺は魔法が得意じゃねぇ。さっきの防ぐためにいちいち魔法なんか唱えてられねぇ……場所を移すか? いや、それよりも)


シュウはすぐ後ろから足音がして、驚き見上げる。そこには赤く長い髪の毛を後ろで束ね、気品溢れる顔立ちに綺麗な化粧を施して、女性用の甲冑を身に纏う者がいた。他の兵士達とは違い、甲冑は軽装で赤いマントをつけており、腰にはレイピアを携えている。


「シュウよ、手こずっておるな。あれはそんなにも強いのか?」


幼い声で上からの物言いをする女。


「アリス! てめ何で来やがった!?」

「妾はこの国の女王ぞ? アルストロメリアの名に、血にかけて、出陣せぬ訳にはいかぬ……それに」


アリスはしゃがみ込んでシュウを後ろから絡め取る様に抱きついて、化粧の乗った頬をシュウの頬に擦り付ける。


「シュウのかっこいい所を間近で見たかったんじゃよぉ〜。それなのにこの様なあられもない姿になってしもうてぇ。ほれほれぇ〜」


じゃれつく二人の姿にその場にいる誰もが呆然としていた。


「おいてめぇ……今すぐその頬をど」

「まぁ聞けシュウよ」


ふざけるために来たのだと思っていたシュウはアリスの真意に気づく。アリスはふざけている様に見せて、何かを伝えるために来たのだと悟った。


「あの者の首にかけられておるのは絞輪錠ストレンジオフという物じゃ。他二名にもかけられておるの。あれは特定の魔力によって反応し、形状を変える魔力形状記憶合金で出来ておる。もしあの者を助けたければ、特定の魔力を発する者を探すのじゃ。特定の魔力は絞輪錠ストレンジオフを作り出す際に媒介として用いた魔力じゃ。安易あんいに人質だけを助けるでないぞ」


誰にも聞かれる事のない様に、シュウに囁き声で耳打ちをするアリス。それを聞いたシュウは落ち着いて一呼吸する。


「良いから離れろ!」

「わわっ!」


アリスは慌ててシュウから離れる。


「ありがとよ。助かったぜ」

「ほほほ。妾のほっぺすりすりで回復したと申すか。さすが妾の未来のおっ「あああんん?? ああーーんんんっ???」」


眉間を吊り上げて、こめかみに青筋を立ててアリスを睨みつけるシュウ。アリスはまあまあとそれを宥めた。

シュウはホヅミへと向き直る。大きく回ってホヅミの横側へと位置をずらす。ホヅミの魔法が町や仲間に及ばないようにするためだ。


「さあ来やがれ!」


ホヅミは風の弾丸ブリーズショットが思っていた以上にシュウへとダメージを与えて、手が震えていた。けれど氷魔法に変更したとすればさすがにロウシュにも戦意のなさを読まれてしまうので、仕方なくもう一度唱えるとする。幸いシュウは背後に誰もいない所へと移動してくれていたためにその点は安心できるホヅミ。


風の弾丸ブリーズショット!」


当てなくてはならないのに、避けて欲しいという反する思いを有しながら放つ魔法。シュウはあっさりとその軽い身のこなし魔法を回避してしまう。


風の弾丸ブリーズショット風の弾丸ブリーズショット風の弾丸ブリーズショット!」


シュウは避けながらホヅミにだんだんと近づいていく。


「おい混血。貴様にはもう一つ魔法があるではないか?」

「それは……でも使ったら……」

「使え」


ロウシュにはホヅミの躊躇がバレてしまっていた。もし使えばシュウは無事では済まないだろう。以前キマイラ戦で使ったあの魔法の凄惨さをホヅミは知っている。だんだんと弱っていくあの悲しい姿を、ホヅミは目に焼き付けている。


「勇者は貴様の知り合いであったな。どちらの命が大事なのだ? 自身の命がしくはないのか?」


もしホヅミ一人の命で済むのであれば、ホヅミは自身の命を差し出したかもしれない。けれど自身の命と同時にかっているのはリリィとマリィの命だった。だからこそ選べない。シュウにも死んで欲しくはない。そんな葛藤がホヅミを硬直させる。


「どうした? 貴様だけでない。貴様の仲間も死ぬのだぞ」

「「「ぐっ!」」」


再び絞まる絞輪錠ストレンジオフ。そうこうしている内にシュウはホヅミとの距離を僅かまで詰めた。


「…………」


ホヅミは何も出来ないでいた。するとシュウは地面を蹴ってホヅミとの距離を一気に詰める。そしてホヅミの首を鷲掴みにしてその勢いのまま飛んでいく。地面に着地する直前ホヅミの背中を取り、ホヅミを羽交はがい締めにしながらシュウは背中で着地を図った。


「混血、何をしている。早く使え!」


一層に強く絞輪錠ストレンジオフが絞まりだす。


「グ……ラス……」

「そうだ。さあ使え!」


絞輪錠(ストレンジオフ)が少し緩み始める。使わなければ苦しくなり、使おうとすれば楽になる。 そんな単純なあめと鞭の繰り返しが、ホヅミの心を侵食していく。


「おいホヅミ。その首輪の主権者は誰だ?」


シュウの小さな囁きを聞いたホヅミは、指を動かしてロウシュを指す。


「他の二人は」

「同じ……」

「何をしている! そんなに潰されたいか!」


ロウシュは顔に筋を立てて、怒りのままに魔力を行使しようとする。


亜空の支配者ジオメトリーグリッド!」


瞬時にシュウは魔法を唱えた。シュウの背にしていた地面には大きな次元の穴が開いて、ホヅミとシュウは落下する様に次元の穴へと姿を消す。それを見ていたその場にいるルノーラ軍勢が驚き、ロウシュも驚いて不意にその怒りと魔力を引っ込める。しかし二人が消えた事に驚いていたのはロウシュだけであった。


亜空の支配者ジオメトリーグリッド! ……これで今日一日分の魔法は終わりだ……」


ルノーラ軍勢が驚いていたのは、ホヅミとシュウがロウシュの真後ろに出来た次元の穴から突然と現れた事にだった。そして再び唱えられる同じ魔法によって、ロウシュの眼前には次元の穴が広がる。ロウシュは気づいて即座に魔力を込めようとするが遅かった。シュウはロウシュを足蹴りして次元の穴の向こうへと飛ばす。そして穴を閉じた。


「良かったぜ。何とかする必要があったのが、あいつ一人だけでよ」


周囲は騒然としていた。ホヅミも何が起こったのか把握するまでに時間がかかる。しばらくして自身は助かったのだと理解した。


「要は魔力が届く範囲よりも遠ざければ良いんだろ? いくら魔力でも、光すら届かない反対側なら何をどうやったって届かねぇだろ」


シュウはリリィとマリィの元に飛び寄る。番人をしていた兵士を蹴散けちらし、スーパーパワー金剛力を用いて二人の封魔錠スペルオフ粉々こなごなに砕いていく。


「ありがとう。さすが勇者様ですね」

「シュウくんだったよね。一度ならず二度もホヅミんを助けてくれてありがとう」

「うるせぇ、礼なら俺よりもこのルノーラのカス共にしな」


ぎらり。三人は各々にルノーラ兵の軍勢を見渡す。ルノーラ兵の多くは息を呑み、一部は身を凍りつかせ、残りは逆走し出していた。その様子を横から見るホヅミは胸を撫で下ろす。


「さあ、ここからが本当の戦争だぜ」







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