親子
今回の作戦を企て、総統の役目を担っていたロウシュが消え、
「
人間の身でありながら、その特異な能力で通常出し得る回数を超えて上位魔法を片腕で唱え続ける女マリィ。
「
中身は魔物だが、人間の体であるにも関わらず
「おらおらおらおら!! もっと俺に殴らせろぉ!!」
「
中身は人間であるが、魔物の血が混ざった体を
「「「「「ぬおおおおおお!!!!」」」」」
兵士達は為す術なく、敵前逃亡を強いられる。あっという間に兵士達を追い返してしまった四人。一箇所に集まってルノーラの情けない背中を見送る。
「けっ! 口程にもねぇ……つかおめぇら……特にてめぇとてめぇ、人間だろ。化け物か」
「なっ、それなら君だって」
シュウは相も変わらずといった態度でリリィとマリィにつっかかる。リリィは言い返そうとすると、それをいなす様に制すマリィが笑顔でシュウの前に出て、視線の高さを合わせた。
「ちょっと勇者ちゃん? 初対面の人にてめぇだとか化け物だとか言っちゃだめよ?」
丸みのある言い方で、人差し指を優しくシュウの鼻先に触れる。シュウはその母性溢れる温和な微笑みに頬を赤く染めた。
「う、うるせっ」
「こーら?」
「……はい……」
シュウの態度の変化にリリィ、ホヅミ、そしてシュウの背後からやって来たアリスは特に、皆して驚いていた。三人の間には雷の様な衝撃が走り、驚天動地を招いた様な顔をしてシュウを見つめる。それに気づいたシュウは、三人の
「な、何だてめぇら! 文句あんのかコラ!」
「「「別にぃ?」」」
白を切る三人にシュウはますますぷんすか腹を立ててついにはムスッと黙る。
「あ、ねぇシュウ。あのロウシュっていう男の人はどこへ行ったの?」
ホヅミは聞くが、怒って口も開かなくなったシュウはそっぽを向いてしまう。するとシュウの横から出たアリスが代わりに説明をしようとする。
「シュウは固有魔法で時空間魔法の使い手なんじゃ。さっきの
アリスの介入にシュウ以外の皆がきょとんとする。初対面であるからだ。三人はとても綺麗な女戦士だと思っていたが、その実は違う。
「おおそうじゃった。申し遅れた。妾はアルストロメリアの女王。アリス=アルストロメリアと申す。苦しゅうないぞよ?」
それを聞くとマリィは慌てて小腰を屈めて平伏する。ぽかんとする娘のリリィにも膝を折らせて礼をする。ホヅミもそれを見て習い、アリス女王に向けて頭を下げた。
「この度はご
「よいよい、よいのじゃよ。堅苦しいのは嫌いなのじゃ。そなたもシュウくらいの言葉遣いくらいでも良いのじゃよ」
と三人はシュウを見る。
「あん?」
三人は苦笑いをするしかなかった。あそこまで酷い言葉遣いなのは恐らくシュウくらいで、それを許す王もこのアリス女王だけだろうと三人は共通して思う。
「して今回の件じゃが……」
アリスが事の
「リリィ!」「えわっ!?」
マリィに突き飛ばされるリリィ。リリィの目の前にいてそれに気づかなかったアリスは気づいてから
ズクッ。
その不快な音にその場にいる誰もが開いた口が塞がらない。バタリと横たわるマリィ。マリィの背中からは、矢先が赤く突き出ていた。
「……ママ? ママぁっ!?」
血相を変えて焦燥するリリィはすぐさまマリィの元に駆け寄る。
「だ、誰か回復魔法を使える者はおらぬか! ええぃ何を固まっておるお主ら! 早く! 早くこの者の治療をするのだ!」
アリスが振り返ってアルストロメリアの兵士達に呼びかける。突然の出来事に動転していたが、すぐに奥から回復魔法担当の兵士達が駆けてきた。
「待って! 回復ならボクに。ボクなら回復魔法で
「何じゃと!? その様な真似が出来る兵士はアルストロメリアにはおらん」
リリィは急いで矢の刺さったマリィの体と刺さり具合を見る。矢は
(そんな……ううん、間に合う。今から回復すれば)
「
リリィの両手からは緑色の光が眩く溢れる。リリィの指示に従ってホヅミや、怒っていたシュウもマリィの元へと駆け寄った。シュウは矢の刃先部分を綺麗に折り、マリィに声をかける。
「おい、今から矢を抜くからな。抜くと同時に息を吐けよ!」
ホヅミは横に力が逸れないようにシュウの合図に合わせて一気に矢を抜く。同時に血液が溢れ出して地面に血溜まりを作り出す。
(ここで一気に血管修復と臓器修復を行う。間に合って! お願い!)
リリィの両手の光は想いに反応して強まっていく、けれどマリィから流れ出る血は一向に止まらない。修復が追いつかず、溢れ出る血流によって血管が裂けていっているのだ。
「こうなったら……
ガシッ。
その時マリィの左手がリリィの左手を強く掴む。マリィは優しい笑顔で、首を横に振った。
「何で! 今からかければ絶対! 絶対に間に合う!」
「リ……リィ」
リリィの目から涙が溢れる。リリィは知っていた。傷の状態を見た時に理解してしまっていた。マリィはいくら回復魔法をかけた所でもう助からない事を。それほどの傷を運悪く受けてしまったのだと。傷は治せる回復魔法。でも致命傷は治せない。
「ママ……嫌だ……」
「リリィ……聞いて……」
リリィの涙がぽたぽたとマリィの手に、顔に滴る。
「幸せを……ありがとう……」
「ママ……嫌だよ。やだやだやだ! せっかくまた生きて会えたのに……こんな…………こんな…………」
リリィの両手の中で冷たくなっていくマリィの左手。マリィはその手に残る僅かな温もりで、リリィの頬をそっと撫でた。
「リリィ……愛してる」
マリィの瞳からは光が失われていく。柔らかい優しい笑顔のままで、いつか見た父親と同じ様に、遠い遠い空へと旅立っていった。
リリィはマリィの冷たくなった左手を抱きしめる。まだ残っているかもと期待する温もりは、強く握りしめても一切感じられず。
「ママぁ、ママぁ……そうだ! 確かあの魔法があった!」
リリィは再びマリィに向けて両手を翳す。その魔法は今の今まで一度も使った事がない。試した事はあった。可愛がっていた野良猫が死んでしまった時、リリィは独学でとある魔法をかけたが失敗した。それは
「蘇生魔法、
…………」
だが何も起こる事はなかった。
「そんな……ううん。諦めちゃだめ。
リリィは何度も何度も叫び続けた。本で読んで理論は分かっている。この魔法の発動する仕組みも分かっている。けれど何度やっても何かが起きる事も、何かが起きる
「何で! 何で! 何でなのぉ!!!」
百回以上は唱えていただろう。命は
「ホヅ……ミん……そうだホヅミん! ボクと! ボクと入れ替わってよ! そうすれば魔力が戻って蘇生魔法も使える様になるよ!」
きらきらと目を輝かせてホヅミを見上げるリリィ。期待の乗った目を向けられてホヅミは困惑をする。ホヅミは入れ替わりの能力を自在に使えないのだ。
「分かった……やってみる」
それからホヅミはありとあらゆる手を使って入れ替わりを試した。色んな力の入れ方をしたり、入れ替わった時の出来事をよく思い出して、頭をぶつけていたなと、その時を再現したり、二人の心持ちを変えてみたりなど実験を繰り返した。けれど入れ替わる気配はなく終いにはリリィが強い頭突きを繰り出してお互いに頭から血を流す
「返して……返してよボクの体! 返して返して返して!」
リリィはやるせなくホヅミの肩を揺さぶった。ホヅミはそんなリリィに憐憫し、目を逸らして無抵抗でいる。
「ええぃ! みっともない! 止めんか!」
「うるさい! 女王様にはボクの気持ちなんて分からないよ!」
泣きじゃくりながら叫ぶリリィの言葉にムッとしたアリスはリリィの元へと寄る。
ペチン。
アリスはリリィの頬を平手打ちした。
「分かる……分かるとも。妾も、この手の中で母上を
それにはリリィもはっとした。リリィは自我を取り戻して周りを見回す。皆が
「ママ…………ママ…………うあああんっ!!」
リリィはアリスに抱きついて
アリスが気を利かせて、このアルストロメリアの地でマリィの追悼をホヅミ達や兵士達と共に行う事となる。シュウの姿は見当たらなく、やはりしんみりとした空気は苦手なのだろうとホヅミやリリィは勝手に思っていた。マリィのいれられた黒い
アルストロメリア
「ママ……それにパパ……ボクも……愛してる。幸せをありがとう…………
リリィの魔法によって着火され、大きな炎に包まれる棺桶が燃え尽きるまでの間、リリィはじっと噛み締めて、涙を流し続けた。
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