第16話 本当の意味で、夫婦になった。
魔族はマナを体内で活用して、魔法以外の現象を生み出すことができるみたいだ。
人間はそれができなかったため、魔法を開発したんじゃないかと思ってるんだ。
いや、魔法は開発じゃなく、魔族の模倣かもしれない。
魔剣も人間が生み出したものじゃなく、魔族から奪ったものなのかもしれない。
俺はエルシーと話して、そういう結論に至ったんだ。
そうすれば、エルシーから聞いた『その昔。人は魔石のために、魔族に攻め入ったことがある』というのも納得がいく。
俺がこっちに来て、魔獣の強さを肌で感じてわかったことがあった。
あっちの国に出る魔物なんかより、こっちにいる魔獣のが数段手強い。
「あと一ついいですか? 親父さん、いや、グレインさん」
「親父でいいって」
「あははは。グレインさん。……その角。魔石じゃないですよね?」
俺はストレートに聞いてみた。
「あぁ、魔石と同じ成分だと思う。ウェルさん。いや、族長、気づいてたんだね?」
「ウェルでいいですよ。えぇ。ナタリアから聞いた鬼走。それとデリラちゃんの綺麗な角。どう見ても魔石としか思えなかった。エルシー。もしや昔。人に襲われた種族って」
『ええ。きっと鬼人族も入ってると思うわ。人間が手に入れた、そうね。マナの増幅率が物凄く高い。門外不出の国宝とされてた物に、聖なる魔石、聖魔石。……青白く光る魔石があるって……』
そうだったんだ。
おかみさん二人は互いの角を見て、ぞっとするような表情をしてた。
イライザさんはとても沈んだ顔をしてる。
きっと言い伝えで聞いていたのかもしれない。
「そんな心配しないでください。もし『それ』が知れ渡って、人間が再び攻めてきたとしても。俺は人間ではなく、鬼人族を取ります。俺の愛する人は鬼人族で、愛する娘もまた、鬼人族なんです。俺の帰る場所はここしかないんですから。それにね」
俺は精一杯の笑顔でこう言ったんだ。
「俺は既に人間じゃないんです。人間とは一緒に生きていけないでしょう。そうだよね? エルシー」
『ごめんなさい。ウェルを死なさないために、ちょっとだけ無理しちゃったのよね。大丈夫よ。普通の人より、マナを上手く扱えて、マナの回復が早くて。長生きするだけだからねっ』
ねっ、って。
それもう、本当に人間じゃないよね?
『魔族でもない、人間でもない。んー、名づけるなら、魔人。かしら? ……ウェル、泣きそうな顔しないの。大丈夫だってば、見た目は人間だから。ほら、デリラちゃんだって懐いてくれるでしょ? ナタリアちゃんだって、怖がらなかったでしょ?』
それ、慰めになってないから……。
その後、俺は若人衆を中心として、武器の扱いを一から教えることを伝えた。
俺が教えるかって?
そりゃそうだよ。
なにせ俺の先生がエルシーだよ?
エルシーは剣の達人だったらしい。
彼女が魔剣を抜くまで、俺よりも数年遅かったんだって。
それまで騎士団で剣を磨いたらしい。
それでも魔剣を扱う勇者には敵わなかった。
ある日偶然、鍛錬で疲れ切った帰りに『抜けそうな気』がして、駄目元で抜いたら抜けたらしいんだ。
数日前に、そんな話を少し前にしてくれたんだ。
俺の剣術は、騎士の間で伝わってる正統な剣術なんだってさ。
どうりで『無駄のない動作』をと、叩き込まれたもんだったね。
俺が守るべき鬼人族のことは、今宵、おおよその事は掴めた。
皆、俺の提案に乗ってくれるらしい。
まずは、俺が指示してグレインさんに剣を打ってもらうことからかな。
それともう一つ。
集落の柵を強化しないと駄目だ。
俺が少し遠くに討伐に出ているとき、他の魔獣が襲ってきたとしたら今の柵ではもたない。
これは明日、ゆっくり対策を考えることになったんだ。
こうして、俺の初の族長としての会議が終わったんだ。
部屋に戻るといつものご挨拶。
「ぱーぱ、おしごとおわった?」
俺はデリラちゃんを抱き上げる。
デリラちゃんが頬にキスをしてくれる。
俺はお返しとデリラちゃんの額にキス。
「えへーっ」
あぁ、蕩けるわ。
あ、ナタリアが恨めしそうにこっち見てる。
おれはちょいちょいと手招き。
すると、犬が尻尾を振って近づいてくるような表情で俺に寄り添って。
「おかえりなさい、あなた」
ちゅっと頬に。
俺もお返しと頬にキス。
ありゃ?
デリラちゃんが、だらーんと垂れてる。
あぁ。
よく見ると、俺の腕の中で気持ちよさそうに寝息をたててるわ。
「遅くまで起きててくれたんだ。寝ててくれて、よかったんだけどねぇ」
「あなたをお迎えするんだって、利かなかったんですよ」
「うん。ぱぱ冥利に尽きるわ。よっと」
俺はデリラちゃんをベッドに寝かせた。
「んにゅ。ぱーぱ、えへへ……」
寝言で俺のことを呼んでくれる。
嬉しいったらありゃしないね。
さて。
困った。
すっごく気まずい空気。
とりあえず、部屋の明かりを消して。
俺はナタリアの手を引いて、前にいた俺の部屋に連れてきたんだ。
部屋のドアを閉める。
あ、こっちも綺麗に掃除してくれてるんだね。
俺がここに来たときそのままに残してあるんだ。
「いずれここは、デリラちゃんの部屋になるんだろうね」
「そう、ですね」
俺はベッドに腰を下ろした。
部屋は暖炉が付いていないからひんやりと肌寒いな。
俺がぽんぽんとベッドを叩くと、ナタリアは横にちょこんと座ってくれる。
俺の不器用な願いを察してくれたのか、俺の胸に額を当てて。
俺は彼女の両肩を包み込むように、そっと。
壊してしまわないかと、おっかなびっくり、なるべく優しく抱き寄せたつもりだ。
「あのさ、ナタリアさん」
「……んもう。また、その呼び方ですか?」
「ごめん。ナタリア、って呼びたいんだけど。緊張しちゃってさ」
「安心してください。あたしはどこにもいきません。あたしだって、その。……緊張してますから」
座った状態でも、ナタリアは俺より頭一つ低い。
俺を見上げるその瞳。
その表情は、デリラちゃんと同じように、俺を信じ切ってるような。
そんな感じだった。
やっぱり母娘なんだね。
よく似てる。
「俺ね、さっきみたいに。デリラちゃんがそうしてくれるから、真似してキスできてたけどさ。実を言うと、女性とそうした経験。全くないんだよね」
「あたしだって、経験、ほとんどないです。デリラがお腹にいるのがわかる前。その、あの人と肌を合わせたの。一度だけですから……」
「……そう、だったんだ」
「はい。男の人、怖かったんです。それでも、家族に向かえてくれたあの人のためにって。目をぎゅっと瞑って、そうしている間に。気が付いたら、終わっていました。あの人もあなたと同じだったのかもしれませんね」
同じだった、ね。
うん。
真面目ないい人だったんだろうな。
「うん」
「それで、その。すっかり忘れてたことがあるんです」
「なに?」
ナタリアは俺の首の後ろに手を回して。
目を閉じた可愛らしい顔が、俺に迫ってくる。
あと少しで。
あ。
彼女の唇が、俺の唇に重なった。
ちゅ
「……多分なんですけど。あなたにキスしたのが。生まれて初めてだと思います」
「えっ?」
今のが?
まじで?
「この家に嫁いできたあの夜、あたし。顔を手で覆って、我慢してたんです」
「あぁ。それでなのね……。その、ナタリアさんの初めて。ありがとう。俺、一生忘れない」
「んもう、そんなところだけ男らしいんですから……。でも、愛してます。あなた」
やっと吹っ切れた。
ナタリアにリードされて、緊張がほぐれるなんて。
俺も大概だよなぁ。
こうしてやっと、ナタリアと家族になって。
集落の皆に認めてもらって。
彼女と肌を合わせることができたんだ。
やっぱりナタリアのおっぱい大きかった……。
あたたかくて、柔らかくて。
細い腰も、抱きしめると折れてしまいそうで。
結ばれた気恥ずかしさと、通じ合ったお互いの心。
俺もナタリアも慣れていなかったから、余韻に浸る暇もなく。
あたふたしている間に、デリラちゃんが半べそで俺たちを探しに来て。
その声で慌ただしく服を着て。
ナタリアがなだめている間にベッドを直して空気の入れ替え。
この部屋で、三人で眠ることになるとは、思ってなかったんだけどね。
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