第15話 族長を支えてくれた人たち。

 俺はデリラちゃんが成人するまでの間、族長代理のような役職を務めることになった。

 さて、俺が最初にした仕事は討伐、じゃなく。

 イライザさんにお願いして若人衆と、重鎮と呼ばれる前の若人衆のみんなに集まってもらった。

 俺とナタリアの祝いの翌日。

 場所はうちの食卓でもあり、俺とイライザさんが毎日晩酌してる場所だね。

 夜に集まってもらうように、イライザさんに頼んでおいた。

 鍛冶屋の親父さん、息子のライラットさんもいるね。


「ウェルさん」


 昨日以来、イライザさんは俺のことを『ウェル殿』ではなく『ウェルさん』と呼ぶようになったんだ。

 家族として見てくれてるってことなんだろうね。


「はい」

「ご存知の人もいると思いますが、改めて紹介しますね」

「はい、お願いします」

「左から、この人が──」


 最初に紹介されたのは、武器屋の親父さん、グレインさん。

 おかみさんのマレンさん。

 息子のライラットさん。

 肉屋の旦那さん、ダルケンさん。

 おかみさんのホイットリーさん。

 息子のジョーランさん。


 グレインさんは、鍛冶屋だけあってがっしりとした身体つきをしてるからか、一番年上に見えるんだけど、他のみんなは正直。

 息子の二人とあまり年が変わらなく見えるんだよね。

 みんな若くてイライザさんとあまり変わらない。

 魔族ってどこもこんな感じなんだろうか?

 正直羨ましいよ。


 基本的に、困りごとなどはイライザさんと、グレインさん、マレンさん。

 ダルケンさんとホイットリーさんの五人で相談し合っていたそうだ。

 そこに若人衆のまとめ役のライラットさんとジョーランさん。

 この二人がいずれ嫁さんをもらったら、グレインさん、ダルケンさんの後を継ぐ形になっているそうだね。


 ライラットさんとジョーランさんは、俺が最初にこの集落で魔獣を退治したときに、最前線で食い止めようとしていた。

 魔獣が強すぎて、危険だと察知したグレインさんは、ライラットさんに避難の勧告を出すように報告に来させたらしいね。


「──このふた家族が昔から私の家を支えてくれていたんです。よろしいかしら? ウェルさん」

「はい。ありがとうございます。さて」


 俺は六人を見回した。

 それもかなり真剣な目で。


 若いライラットさんとジョーランさんは、生唾を飲み込んだよ。

 それはそうだろうね。

 二人とも俺が魔獣を駆除する姿を見てるんだ。


 いやそれでも、おかみさん二人は肝が据わってるなぁ。

 全然表情変えやしないで、俺を見て微笑んでるし。

 それはイライザさんも同じ。

 女性って強いもんだわ。


「俺の素性はイライザさんから聞いてますよね?」


 皆軽く頷いた。

 うん、話が早くて助かるよ。


「俺も皆さんのこと。鬼人族のことは、ある程度妻のナタリアから聞きました。もちろん『鬼走おにばしり』のことも」


 その瞬間、おかみさん二人の表情も、若干険しくなる。

 それはそうだろう。

 鬼走は、鬼人族では捨て身の英雄的行動。

 鬼人族の男性は皆、発動させることができるらしい。

 けれどそれを発動させたら、後は死、あるのみなんだ。


「俺はデリラちゃんが成人するまで族長の職を預かることにしました。ならば俺は、集落の皆の命を預かるのと等しいんです。それには情報が足りない。俺は鬼人族を知らなすぎるんです。俺は全てを知ったうえで、皆の命を守りたい。なぜなら、俺は鬼人族を強くすることも考えているからなんです」


 『ほぅ……』とグレインさんが唸った。

 彼は俺の強さを目の前にしてどれだけのものかを知ってるはずだ。

 その俺が皆を強くすると言ったんだ。

 それがどういう意味なのか、興味があるんだろうね。


「鬼人族の皆さんは、俺たち人間より強いとは思っています。人間は戦える者より戦えない、守ってもらう者の方が多いんです。ですが、この集落の皆は違います。自分を犠牲にしても、集落を、家族を守る術を迷わずに選ぶ。勇者じゃなかった俺にはできなかったと思います」


 俺は立ち上がって、壁際に立てかけてある聖剣エルシーを持ってきた。


 俺は剣の柄を指先二本でつまむと、切っ先を下にした状態から上まで軽々と持ち上げた。

 そのまま、風切り音を残して数回ほど軽く左右に振って見せる。

 ぴたっと止めて、聖剣エルシーを傍らに置いてから座り直した。


「ですが、俺は勇者でした。それも、ある一説によると、俺は『人間じゃない』ようです。そうだよね? エルシー」

『……ここでわたしに振るわけね』


 イライザさん以外皆、驚いてしまってるわな。

 俺知ってるんだ。

 たまに、イライザさんとエルシーが女性同士として話をしてるのをね。


「この女性は俺の守護神で、剣に宿って俺の傍にいてくれました。俺を十五の頃から見守ってくれた。俺を鍛えてくれた。人間の国の事件でも、俺を疑わなかったただ一人の、大切な姉のような存在です」

『……嬉しいことを言ってくれるわね。みんな、わたしはエルシー。人間の国の犠牲になって死んだ、ウェルの何代も前の勇者よ。わたしは勇者になって、五年で死んでしまったわ。五十年ほど前にね、偶然目を覚ましたの。そのとき、剣に宿ってたのよ。それから三十年。やっとわたしに気づいてくれたのがウェルだったの。だから、死なせたくなかった』


 皆、エルシーの話を頷きながら聞いてくれている。

 なぜかグレインさんは男泣きしてるし……。


『ちょっとだけね、ウェルの内側からいじくれることに気づいたのね。それでね、ウェル。ごめんね。あなた、人間の範疇を、二十歳くらいで越えちゃったと思うのよねぇ』

「……えっ?」

『だっておかしいと思わない? 今、マナを流さないで、その重たい剣を親指と人差し指だけで、軽々と持ち上げたのよ? その状態で音もなく、振り回して見せたの。そこのお兄さんたち、できて?』


 グレインさん、ライラットさん、ダルケンさん、ジョーランさんは。

 無言で首を『ぶんぶん』と左右に振る。

 あれ?

 『マナを流さないで』って言ったよね?


『グレインさんと言ったかしら? あなたはマナを使えばできるかしら?』

「はい」


「へ?」

『あのね、イライザから聞いてるの。魔族ってね、マナを体内で活用する方法に長けた種族が多いって。もちろん、鬼人族も例外じゃないわ』

「……ということはやっぱり」

『そうね。ウェルが予想した通りよ。訓練は必要かもしれないけど、あの国くらいの魔剣ならば、きっと扱えるわ。ううん、きっとあの魔剣は、魔族が作ったものだと思うの』


 人間には補修しかできなかった魔剣を、ダルケンさんは魔石から打ち上げてみせた。

 もしかしたら、何か人間にはないものを魔族が持ってるんじゃないかって思ったんだよね。

 魔法だってマナを使って発動させるって聞いたから。

 勇者ももしかしたら、魔族のように魔石だけにマナを活用できる人なんじゃないかって。

 エルシーと話したことがあったんだ。

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