第12話 父母娘(おやこ)三人の部屋にて。
俺は今日、ナタリアさん、デリラちゃんと家族になった。
俺の膝の上で眠るデリラちゃん。
同じく横になってくれているナタリアさん。
俺はデリラちゃんを見て。
この子が俺の娘になったんだな、と。
改めて、その出会いに感謝する。
「デリラちゃんが、俺を見つけてくれたから。俺はこうしてここにいられるんだな、って」
「デリラは、お母さんの跡取りなので、集落の皆から可愛がられているんです」
「だろうね。こんなに可愛いなら」
「ですが、集落の誰が近づいても、あたしの後ろに。お母さんの後ろに隠れてしまうんです。本当に人見知りの激しい子でした」
まだ五歳だからね。
仕方ないっちゃ、仕方ないと思うけど。
それに女の子だし。
俺にはわからない感覚だからなぁ。
「そうだったんだね」
「はい。それで驚いたんです。ウェルさんが倒れてるのを知ったとき。あの子、ウェルさんの傍から動こうとしないんですね。デリラが人に笑いかけるなんて、お母さんとあたし以外はありえなかったんです」
「イライザさんが言ってたこと、本当だったんだ」
ということは、デリラちゃんはかなりの人見知り。
俺、何で懐かれたんだろう。
「デリラが大きくなって、あまり手がかからなったあたりでした。実はあたしも、お母さんから再婚するか聞かれたんですけど。その。怖いんです」
「はいっ?」
「あたし、あまり男性が得意でなくて。ですが、ウェルさん。あなただけは怖くなかったんです」
「そっか。そいつぁ光栄だ」
「うふふ。まるで、あ。勇者様だったんですよね」
勇者様って、ナタリアさんも知ってるんだ。
「そんなに偉いもんじゃなかったよ。結局、勇者って言っても、使い捨ての部品みたいなもんだったんだ。エルシーがいなければ、俺は多分。もう、この世にいない。感謝してもしきれないよ」
「そう、ですね。エルシー様がいてくれたから。こうして、ウェルさんに会うことができました」
『そんなに褒めないでよ。褒めたって何も出ないよ、って言ってるじゃないの。あ、夫婦の会話、遮ってしまってごめんなさいね。わたし、眠ることにするわ。おやすみなさい。ウェル。ナタリアちゃん』
「おやすみ、エルシー」
「おやすみなさいませ。エルシー様」
本当に寝てるのかは怪しいところだけど。
気を使ってくれてるんだよな、きっと。
エルシーは優しいからさ。
「──くしゅん」
「あ」
「あ」
デリラちゃんがくしゃみをしちゃった。
床じゃ冷えるもんなぁ。
「ナタリーさん。寝床、いいかな?」
「はい。今準備します」
俺の膝から頭を上げると、ベッドの敷布と厚手の肌掛けを準備してくれる。
この部屋には大きなベッドが二つ。
小さなベッドが一つある。
「準備できましたよ」
「んじゃ、デリラちゃんの着替えお願いします。俺、いくら父親になったからって、その。慣れてないし。後ろ向いてるから」
「うふふ。わかりました」
俺はデリラちゃんをナタリアさんに預けた。
その場にしゃがんで、胡坐をかく。
「ついでにナタリアさんも着替えちゃって」
「はい……」
布ずれの音が聞こえる。
やべ、えっちくさいわ……。
考えない、考えない。
それにこの部屋。
俺が住んでた部屋より、いい匂いするんだ。
慌てるなよ、我が息子。
いずれお前にも出番がやってくる。
いつになるかは知らないけどな。
今日じゃないことは確かだけど……。
「あの、もういいですよ」
「うん、じゃ。ごめんだけど。後ろ向いててくれるかな?」
「は、はいっ」
俺は今のうちに寝間着に着替えておく。
なんていうのかな。
この集落に来て、初めて見た服なんだけど。
前開きのくるぶしくらいまでの長さの貫頭衣みたいな。
それをまず、右側を脇の下にある紐で結んで、今度は左側を上にして、腰のところで紐で結ぶんだ。
男はそのまま、手のひらくらいの幅の帯をぐるぐるって巻いて、適当なところで折り込んで終わり。
女性は、手のひら二つ分くらいの幅の帯でぐるぐるっとして後ろで器用に結ぶんだよなぁ。
これ、普段から着てる人も多いけど、俺は魔獣討伐時は動きにくいから、いつものを着てるんだよね。
でも、ゆったりしてて、着慣れたらこれでもいいかなって思うんだけど。
なんだか、女性のスカートを穿いてるみたいで、股間が落ち着かないんだ……。
「うん、大丈夫」
「言っていただければ、お着換えお手伝いしますのに……」
「いや、恥ずかしいからさ」
「夫婦なのですよ、もう……」
「あぁ、そうだけど。せめて明日の祝いまで待って。心の準備がね」
『くすくす』とナタリアさんは笑うんだ。
その笑顔は可愛らしくて好きなんだよね。
同じような、茶褐色の寝間着に着替えさせたデリラちゃん。
小さなベッドで静かな寝息を立てて寝てるね。
時折『ぱーぱ……』と寝言を言う。
くぅっ、可愛いじゃないですか。
「良く寝てるね」
「はい。本当に……。こんなに安らかな寝顔、ウェルさんが来てくれてからなんです」
「そうなの?」
「はい。それまでは、あたしもお母さんも、なんだかピリピリしていて。デリラにも伝わっていたんでしょうね……」
子供ってそういうところ鋭いって聞いたことあるからね。
デリラちゃんのベッドの両側に大きなベッドが並べられてる。
俺は左側に寝っ転がった。
うん。
日向の香りってやつなのかな。
ほんわかしてて、いい香り。
ナタリアさん、働き者だから。
一日中、何かの仕事してるんだよね。
その上、魔獣の襲来を恐れてピリピリしてたとしたら。
そりゃ表情や声にも疲れが出ちゃうんだろうな。
ナタリアさん、部屋の明かりを消した後に。
「……あの」
「ん?」
「その、そっち、行ってもいいですか?」
「えっ?」
「大丈夫です。その、何もしませんから」
「いや、それ普通、男のセリフじゃないの?」
「うふふ。そうでしたね」
「なんだかなぁ」
あぁ、緊張してたのが馬鹿みたいだわ。
ナタリアさんも気を使ってくれたのかも。
冗談まで言ってくれて。
「いいよ。俺も何もしないからさ」
「はい……」
寝てる俺の左に、ナタリアさんは座る。
「あの。腕、借りてもいいですか?」
「うん。これでいいかな?」
思い出したわ。
俺も小さいとき、父にこうして腕を借りて、枕みたいにしたっけ。
暗いけどなんとなくわかる。
ナタリアさん、少し微笑んで。
嬉しそうに俺の腕にちょこんと頭を乗せて、仰向けに寝っ転がった。
「こうしてもらうの。亡くなった父以来です」
「そっか」
亡くなった旦那さんにはしてもらわなかったんだな。
それだけ急に亡くなったんだろう。
「あたし、十の歳に両親を亡くしたんです」
「うん」
ナタリアさんの話、しっかり聞いておかないと。
長い夜になりそうな、そんな予感と。
傍らにある、とてもいい香りと温かさに負けそうになりながら。
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