第13話 宴の前の日。
俺の腕に頭を乗せて、ナタリアさんはぽつりぽつりと話をしてくれた。
そういえば彼女は俺と同じで、魔獣に両親を殺されたんだっけ。
俺と同じ境遇だからこそ、わかってあげられる痛みもあるんだな。
俺は彼女の話を自分のことのように聞いて、ただ頷くだけ。
「──畑仕事から帰ってこなくて、父は母をかばうように亡くなったと聞いています。母はその前に受けた傷が原因だったのではないかと言われました」
「うん」
「五年と少し前に、義理の父とあの人を亡くしました」
「うん」
「亡くなった姿は父と同じでした」
「うん」
「鬼人族の男は、『
鬼走、そんなものが……。
「うん」
「父も、義理の父も、あの人も。大切な人を守って、亡くなりました。亡くなった後、全身が魔石のように硬くなったと聞いています。鬼人族の女にはその力はないと言われています。それが凄く悔しかったです……」
「……そっか」
「共同の墓地に、魔石みたいになって亡くなった人も、そのまま埋葬されたと聞いています。女は埋葬するとき、見ることができないので。最後まで見送ることはできませんでしたが……」
「そっか……」
「何もできなかったんです。母もあたしも……」
「あのさ」
「はい」
「俺の父も母も。抵抗する術すらなくて、魔獣に襲われて死んだんだ。形見も何も、残らなかったんだ……」
「……はい」
「ナタリアさんの気持ちは俺もわかるつもりだよ」
「はい。あの」
「ん?」
「ナタリア、と呼んでもらえますか?」
「あ、あぁ。そうだね。ナタリア」
「はい……」
『さん』をつけないだけで、こんなに恥ずかしいものかね。
ナタリアは俺の方を向いて、俺の寝間着の襟元をぎゅっと握った。
「俺はね、魔獣を殺したかった。だから、どうしても勇者になりたかった。その気持ちが何かに伝わったのかもしれない」
「はい」
「俺は勇者になった。力を手に入れた。魔獣を殺しまくった。数を忘れるくらいに。ひたすら、十九年の間。わき目も振らず、殺しまくった」
「はい」
「あんなにあっさり勇者を辞めることになるとは思わなかった。けどね、途方に暮れそうになった俺に、『魔族領に行ってみない?』ってエルシーが言ってくれたんだ。それがなかったら。ナタリアにも、デリラ。……デリラちゃんのがしっくりくるな。二人に会えなかったんだな、と」
「うふふ、無理なさらなくてもいいです。呼びやすいようにお呼びいただければ。……エルシー様はあたしたちにとって『女神様』のようなお方なんですね」
「うん。俺が生きていられたのもエルシーのおかげだよ。きっと『女神様』だったのかもしれないね。本人は否定するかもしれないけど」
エルシーの名誉のため、男だったことは黙っておこう。
▼▼
俺もナタリアも、話し疲れちゃったんだろうな。
気が付いたら寝てたみたいだ。
「……ぱぱ、まま。ずるいっ」
ん?
何やらお腹のあたりが押されてるような感じがする。
「えへー。あったかー」
あ、なるほど。
俺とナタリアの間に潜り込んできたんだね。
うん。
寝たふりしてよっか。
うん。
あ、デリラちゃん。
気持ちよさそうな寝息立てて、もう寝ちゃった。
俺ももう一回寝よう……。
▼▼
朝になって、朝食を家族で取るんだけど。
本当の家族になった朝だから、雰囲気が妙にくすぐったく感じる。
終始ニコニコしてるイライザさん。
ナタリアさんはいつも以上に俺の世話をやいてくれる。
デリラちゃんは俺の隣でいつもどおりに朝ごはん。
ただいつもと違っていたのは。
イライザさんは『ウェルさん』と。
デリラちゃんは『ぱぱ』と。
ナタリアさんに至っては、すっごく恥ずかしそうに『あなた』と呼んでくれちゃったりする。
いやー、恥ずかしいのなんのって……。
食事が終わって、イライザさんが俺の前まで歩いてくる。
そのまま膝立ちになって腰を下ろすと、両手を前について、深々と頭を下げて。
「ウェルさん。ナタリアとデリラをよろしくお願いいたします」
俺は慌てて、イライザさんと同じようにして。
「はい。精一杯この二人を、集落を守っていければと思ってます」
イライザさんは頭をあげると。
「ありがとう、ウェルさん。今やこの集落の生活は、ウェルさんのおかげで魔獣に怯えることのないものになりました。族長としてお礼言わせていただきますね。ありがとう」
「いえ。俺はできることをしたまでです。俺は十九年も魔獣だけを狩り続けた。ただそれだけのつまらない男を受け入れてもらった。それに、こんな可愛い嫁と可愛い娘ができたんです。旦那が、ぱぱが頑張らなくては駄目じゃないですか」
「ウェルさん。無理はしないでくださいね?」
「ナタリアから聞いたんです。俺、誰にも、『鬼走』を使わせたくない。いくら守るためだからといって、それは悲しいですよ……」
「……知ってしまったんですね」
「はい。俺には角はありません。ですが、心だけでも鬼人族と同じになりたいです。俺を捨てた人の国には、もう。戻る場所はありません。それに戻ったとしても。ナタリアとデリラちゃんはいませんからね」
俺はデリラちゃんを膝に抱いて、青い柔らかな髪に左手の指を絡める。
うん。
こんなに可愛い娘、他にはいないからね。
ナタリアは横に座って、俺の右手を遠慮がちに握ってくれる。
俺は彼女の目を見て、ちょっと強めに握り返す。
毎朝起きると、これが夢だったんじゃないかと思うことがある。
今でもあの国でただ魔物を狩る毎日が続いているかもしれないと。
ただ今朝起きたとき、俺とナタリアの間で大の字になって寝てるデリラちゃんを見て、安心したね。
俺はここにいていいんだ、って。
▼▼
昼になろうとしたときに、お呼びがかかったよ。
「族長、ウェルさん。宴の準備ができました」
玄関には、俺が最初に来たとき、魔獣の報告をしにきた男性。
この集落の若人衆のひとり、鍛冶屋の親父さんの息子のライラットさんが来ていた。
「ウェルさん、ナタリア。デリラちゃん。行きましょうか」
「ぱぱー」
「あなた」
「うん。せっかく祝ってもらえるんだ。今日は甘えさせてもらおうか」
俺はナタリアの手を握り、デリラちゃんを抱いたまま。
集落の中央にある、宴席の会場へ向かったんだ。
『おめでとう。ウェル。やっと幸せになれるわね。でも、これからよ。あなたにはやることが沢山あるんですからね』
エルシーは背負った聖剣エルシーから小声で語り掛けてくれる。
「(うん。ありがとう。俺、頑張るよ)」
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