第11話 似た者同士。
俺はナタリアさんを残して寿命で死んでしまう。
そう言ったときだった。
『あぁもうっ。なにぐじぐじぐじぐじ悩んでんのよ男らしくないっ。ウェルっ! あんたとっくに人間じゃないわよっ!』
「「えっ?」」
あれ?
俺、ナタリアさんと大切な話をしてて、エルシーに声を出して反応しちゃったけど。
俺と同時に、あれ?
声の方向。
聖剣エルシーをナタリアさんも見てる。
「ウェル、さん。今の……、声。誰、ですか? そこから……」
ナタリアさん。
エルシーを指差してるよ。
『ほんっと、いつまで経っても子供なんだからっ! ……って、あれれ? もしかして、ナタリアちゃんにも聞こえちゃってる?』
「……はい、聞こえちゃってます、けれど」
『…………』
「…………」
「…………」
微妙な沈黙がその場を支配しちゃったよ。
『──なによっ、この静けさは? ほら、ウェル。ナタリアちゃんにここまで言わせたのよ? どうするの? お嫁さんにもらうの? もらわないの?』
「いや、でもさ。俺、ナタリアさんよりも先にし──」
『だから、ウェルはもう人間の枠超えてるのよっ! どこにあの大狼の首を、あんな弱い短剣で簡単にすっ飛ばせる人間がいると思ってるの? わたしが、長年。あなたが死なないように。勇者たちが剣と槍に残した残滓を植え込んで──。あ……』
「えっ?」
『──おほほほ。な、なんでもないのよ。とーにーかーく。ウェルは長生きすると思うわ。ほら、どうするの? もらうの? もらわないの?』
俺、人間の枠を超えてる?
言われてみれば確かに。
人より速く走れるし。
人より高く跳躍できる。
全部聖剣のおかげだと思ってたんだ。
……そういえば、十六のときにエルシーに『手加減』するように教えられたっけ?
『あのね、勇者は力が強いの。小さな子たちに慕われてるでしょう? 頭を撫でたら痛い、って言われたくないでしょう?』だったな。
好きな人たちには手加減できるように、魔物に対しては最大限の力を出せるように。
意識的に切り替える訓練もさせられたっけ。
「ナタリアさん、本当に俺でいいのかな?」
「はいっ。ウェルさんじゃないと、嫌ですっ」
いや、そんなに。
両手をぎゅっと握って力説しなくてもさ……。
『ウェルの先輩勇者で、守護者のエルシーが見届けるわ。わたしはあなたたち二人を祝福する。……ウェル。あんなひどいのに捕まらなくてよかったわね。見なさい。こんなにいい子があなたを慕ってくれるのよ。あなたはどう応えていくのかしら?』
ひどいのって、あぁ。
聖女さんと王女さんのことね。
「うん。全力でナタリアさんを、デリラちゃんを。この集落の皆を守るよ」
『うん、よく言ったわ。……ナタリアちゃん。ウェルはね、今まで苦労してきたの。仕事以外で女性とまともに話をしたこともないくらい、不器用な男の子よ。言葉足らずなところもあるけど、幸せにしてあげてちょうだいね。わからないことはわたしに聞いてくれたらいいわ』
「はいっ。エルシー様」
『んー、そこはエルシーちゃんって呼んでくれると嬉しいわ』
「はいっ。エルシーちゃん」
『ほんと、素直な子ね。ウェルみたいに擦れてなくて』
「ひどい言いようだなぁ……」
こうして俺はナタリアさんを嫁に、デリラちゃんを娘にもらうことになったんだ。
▼▼
昨日はナタリアさんには部屋に戻ってもらった。
さすがにイライザさんに報告するまで、一緒にいてもらうのもまずいと思ったんだよね。
朝食のとき、気恥ずかしいけど『さて報告するか』と背筋を正したとき。
胡坐をかいた俺の膝の上に、デリラちゃんが飛び乗って俺のお腹にひしっと抱き着いてきたんだ。
俺のお腹に顔を埋めて。
「ぱぱー」
へ?
ぱぱ?
どういうことよ?
おじちゃんじゃなく?
あれ?
「えっ? えっ? えぇええええっ!」
「おめでとう。ウェル殿。ナタリアとデリラちゃんを、お願いしますね」
「えっ? あ、はいっ。……って、どういうことですか、これ?」
お茶を持ってきてくれたナタリアさん。
頬を赤く染めて。
「ごめんなさい。今朝、デリラに話しちゃいました。昨夜のうちに、お母さんにも……」
「悩んでたの俺だけですかっ!」
お腹をぎゅっとしてたデリラちゃん。
俺を見上げてにっこりして。
「ぱぱー」
「ん?」
「だいすきーっ」
うわ。
やばい。
幸せ過ぎるかも。
「うん、俺もデリラちゃん、大好きだよ」
「うんーっ」
デリラちゃんの柔らかい青い髪を撫でる。
いいのかな。
こんなに幸せで。
俺はこの日。
久しぶりに家族の温かさを再び手に入れたんだ。
▼▼
その晩。
俺とナタリアさん、デリラちゃんはひとつ大きな部屋に移った。
元々客間としていた部屋らしいんだけど、俺の身体がでかいからということもあって、この部屋で暮らすことになったんだ。
明日には集落をあげて俺たちの祝いをしてくれるらしい。
実にありがたいと思うよ。
さっきまでじゃれついててくれたけど、俺の膝の上で寝ちゃってるデリラちゃん。
「ぱぁぱ……」
寝言でも俺を『ぱぱ』と呼んでくれてる。
ナタリアさんを疑う訳じゃないけど、前々から俺の事、そう思ってくれてたんだね。
俺は遠慮してか、少し離れたところで座ってるナタリアさんを手招きして呼んだ。
「こっちおいで」
「……はい」
「俺ね、勇者のお勤め以外でさ、十五の時からは女性と話したことってあまりないんだよね。だからこうして、ナタリアさんと話すのも、ちょっとだけ緊張するんだ」
「そうだったんですね」
「うん。俺を可愛がってくれたのは、前にいた国の国王閣下と王妃様だけだった。もちろんエルシーもだけど」
「はい」
「二人はね、俺より二つくらい年上でね。弟のように可愛がってくれたんだ。俺にはさ、兄弟はいなかったし、父も母も、俺が十四の時に魔獣にやられちゃってさ。俺は魔獣を倒したかった。偶然勇者になれた。毎日が忙しくて、女性とか気にしてる余裕なかったんだ」
「はい」
「俺は女性と交際したことがないんだ。だからね、ナタリアさん」
「はい」
「俺にどうして欲しいか、言ってくれないかな? 優しくしたい。守りたいという気持ちはあるんだけど。女性にどうしてあげたらいいかが、わからないんだよね」
「その」
「うん」
「大丈夫だと思います。あたしも、男性。よくわかりません。父と母が亡くなって。あの人に嫁いできて、ふた月絶たない間だったんです。あの人に抱かれたのも、一度だけだったんです。優しくしてくれたような記憶はありますけど。毎日忙しくて。ウェルさんが来てくれる前は、魔獣も頻繁にきて、余計なことを考えている余裕がありませんでした。お母さんの助けにならなきゃいけない。デリラに寂しい思いをさせちゃいけないって……」
「そっか。俺たち似てるんだね」
「はい……」
「よくわからないけどさ、こっちおいで」
「はいっ」
壁に背をもたれて。
デリラちゃんは俺の右太ももに乗って寝てるから。
左太ももにナタリアさんを寝かせる。
暖炉に火は灯ってるけど。
冬が近いこともあって肌寒かろうと思って。
肌掛けを、二人にかかるように被せる。
デリラちゃんと同じ、青い髪の毛。
さらさらとした手触り。
ゆっくりと頭を撫でると。
『んぅ』と、ナタリアさんは喉を鳴らした。
「俺はさ、器用じゃないと思う。父が、母が生前、俺にしてくれた。こんなことしか思いつかないんだ」
「嬉しいです」
「魔獣は俺が退治するから。今までしてた心配はいらないよ」
「はい」
「ちょっとずつ、集落の収益も上がってるって話だし。俺も役にたってる実感が湧いてきてるんだ。ここに俺がいてもいいんだよな、って」
「いてくれないと困ります」
「ありがとう」
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