第10話 一緒に歩いていくための不安要素。
俺が鬼人族の集落に来てから
俺が討伐を行っているからなのか、魔獣から襲われる心配もなくなって。
集落全体の生活が安定してきたと、族長のイライザさんが喜んでたよ。
その晩。
俺はイライザさんの晩酌に付き合ってた。
「いや、相変わらず美味い酒ですね」
「えぇ。まさかこうして家族と一緒に飲むことができるなんてね。あら、まだウェルさんは家族じゃないんでしたっけ」
「あははは」
「そうよ。ウェルさん、いっそのこと家族になっちゃわない?」
「へ?」
俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
それって養子?
「ウェルさんはここに来た当初からデリラちゃんに懐かれているわよね? 今でもそうじゃないかしら?」
「えぇ。可愛くて仕方ないです」
「それにね、ナタリアも満更じゃないように見えるのよ。ナタリアのこと嫌い? 夫を亡くしたあの子じゃ駄目かしらね?」
「いやいや。そんなことはないです。可愛くて、綺麗で、その。俺なんかに世話を焼いてくれて。料理も美味いですし。……ですが、俺と十三も離れてるんですよ?」
「大丈夫よ。亡くなったあの子。私の息子だけど、あの子とも十五離れてたのよね」
まじですか。
それって常識なんかい?
魔族領すげぇ……。
「確かにナタリアさんは優しくて、いつも世話になってます。俺も好ましくは思っています。それでも、彼女とゆっくり、腹を割って話してみないとわかりません。ときに、ナタリアさんが旦那さんを亡くしたのっていつ頃ですか?」
「そうね。デリラちゃんが生まれた年だから、もう五年になるかしら。あの子とうちの旦那ったら、デリラちゃんがナタリアのお腹にいるってわかった次の日に無理をしちゃって……」
家族を守ろうとしたんだね。
うん。
立派だと思う。
「わかりました。ナタリアさんがその気持ちがあるのでしたら、この後俺の部屋で話があると伝えてもらえませんか? あ、そのときデリラちゃんお願いします。ナタリアさんと二人で話したいので」
「大丈夫よ、デリラちゃん。もう寝ちゃってますからね」
俺は酒瓶とグラスを二つだけ持って、俺の部屋に戻らせてもらった。
もし、ナタリアさんが俺と一緒になりたいのなら。
イライザさんに俺を引き留めるだけのためにそうするように言われたのなら。
その辺は聞きださなきゃ駄目だ。
コンコン
俺の部屋のドアがノックされた。
「あの、ナタリアです。入ってもよろしいですか?」
最初に会ったときからずっと、丁寧な言葉づかいなんだよね。
「うん。入ってくれるかな?」
「失礼します」
あ、猪の肉。
それもあばらの部分のやつだ。
これ美味いんだよな。
それをオーブンで焼いて、岩塩をまぶしたやつ。
俺の好物なんだよね。
俺が酒を持ってきてるのをイライザさんに聞いたんだろう。
ほんとに、気配りができるというか。
気を使いすぎるというか。
「座って。ナタリアさんも飲めるんでしょう?」
「はい。あまり強くはありませんけど」
「んじゃ、一緒に飲もう。その方が話しやすいでしょう?」
「はい。ではいただきます」
俺が果実酒のボトルをナタリアさんに向ける。
彼女は両手でグラスを持ってるから、ゆっくりと注いでいく。
「はい。それじゃ乾杯」
「いただきます」
チンッ
「……ふぅ。美味しいです。あ、あの。冷めてしまうので、先にどうぞ」
「うん。じゃ、いただきます」
うん。
美味いわー。
この脂身が甘く感じる。
きっちり筋を切ってあって、柔らかいんだ。
口の中がじゅわーって、もう幸せになっちまう。
……いや、そうじゃないんだ。
「あの、さ」
「はいっ」
「俺、イライザさんに聞いたんだけど。いや、勧められたって言うのかな?」
「はいっ」
「それでね。聞きたいんだ」
「はい」
「ナタリアさんは俺のことをどう思ってるのか。俺はね、デリラちゃんにぱぱって呼ばれたいって思ってる」
「ほ、本当ですかっ?」
今まで見たことのないナタリアさんの笑顔。
テーブル越しに俺の手を握ってくれるんだけど。
「あ、うん。それでね、ナタリアさんを嫁にもらってくれって、イライザさんから言われたんだ」
「はいっ」
「ただね、不安なんだ。デリラちゃんが俺のことをぱぱって呼んでくれるか」
「……あの、それ、あたしがデリラに『ぱぱじゃないでしょ? おじちゃんでしょ?』って直させてるんです……」
「へ?」
「あの子、父親を知らないんです。そのせいでしょうか。『いつぱぱになるの?』って毎日のように言うんです……」
まじか。
嬉しい。
「そう、なんだ」
やばいわ。
顔がにやける。
誤魔化す訳じゃないけど、肉をかぶりつく。
「はいっ。それに、あたしも。その、」
「──五年、だって聞いた」
『っ!』とその先を言おうとしたナタリアさんが息をのんだ。
そりゃそうだろう。
これは俺が知りたかったもうひとつの判断材料。
謙遜。
遠慮。
ここだけは引いたら駄目だと思ったんだ。
「俺はさ、ナタリアさんの亡くなった旦那さんより駄目な男かもしれない。俺はさ、男だから。亡くなった旦那さんをさ、超えられるとは思えないんだ」
男として、誰かと競うことがなかった。
誰かを好きになって押しのけてでも手に入れようという機会もなかった。
だってほら。
十五の歳から、俺は勇者だった。
『普通の人』じゃなかったんだよ。
「だい、じょうぶです。あたし、確かに嫁いできました。あの人はとてもいい人、でした。あのとき、あの人も、お父さんも亡くなってしまって」
「うん、聞いたよ」
「あたしの。……あたしの父と母も。魔獣に殺されたんです」
嘘、だろう?
俺と、同じなのか……。
「なので、残されたあたしと、お母さんで、この集落をまとめていかないと駄目だったんです。あの子が、デリラがいて。悲しんでる暇がないくらいに忙しい毎日でした。あの人を忘れたわけじゃありませんが。ただ、優しかったという印象しか、残っていないんです。あの人を好きになってから、嫁いできた訳ではなかったので。一緒にいたのも、ほんのひと月程でしたので……」
「うん」
「あたし、酷い女かもしれませんね。亡くなったあの人より、ウェルさんと一緒にいる時間の方が長いんです。ウェルさんをお慕いしてしまっているんです。デリラを、お母さんを、集落の皆を。今、身体を張って助けてくれる。遠慮がちで、優しくて。いつの日からか、そんなあなたを目で追うようになってしまった。そんなあなたを好きになってしまったんです。……駄目ですか? 駄目かもしれませんね。でも、あたしは『
あー、うん。
俺が駄目な子だわ。
普段控えめな性格の彼女に。
ここまで語らせてしまったんだから。
「うん。俺もナタリアさんを嫁さんにしたい。デリラちゃんを俺の娘にしたい。……でもね。ひとつだけ。ひとつだけひっかかってることがあるんだ」
「……それは、何ですか? あたしが努力しても、叶わないことですか?」
そうじゃない。
そうじゃないんだ。
もっと、物理的なもの。
俺が歳を取って、ナタリアさんが、デリラちゃんが歳をとって。
いつか、追い越されてしまうその事実。
「俺ね、人間なんだ。だからきっと、皆を残して、先に死んじゃう。ナタリアさんを、また悲しませることになるかもしれない」
「──あ……」
彼女も俺の言っている意味がわかってしまったのだろう。
そう。
彼女は長命種。
俺は短命種なんだ。
そんな均衡を破ったのは、もちろん、彼女だった。
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