第9話 聖剣であり、魔剣でもある。
俺が鍛冶屋の親父さんのところに魔石を持ち込んでから、半月くらいが経ったある日。
あちこち欠けた愛用の剣を研ぎなおしてもらおうと寄ったんだ。
すると。
「ウェルさん、いいところに。例のやつ、打ちあがったんだ」
親父さん、すっごくいい笑顔。
なんか『やりきった』という表情が伝わってくるんだ。
「おぉ。本当ですか?」
「これを見てくれ」
鍛冶屋の親父さんが、カウンターの上に置いたそれは。
シルエットは今使ってる剣そっくりだが、色味が違う。
それはまるで、あのとき使っていた聖剣と似た感じの刀身。
いやそれ以上かもしれない。
この透明感のある赤く透き通った宝石のような刀身。
「ただな。これ以上鋭く研ぐことができないんだよ。細かい屑魔石を使った砥石を使ってるんだけど、これがまた刀身が硬くてさ……」
「いや、十分だと思うよ。手間賃だけど」
「いらないよ。魔石も余ったからそれだけで十分さ。いい仕事させてもらった。まるで夢のような数日だったよ。俺にもこんなものが打てるんだなって、まだまだだけどな」
そう言って、にかっと笑う親父さん。
「ありがとう。ありがたく使わせてもらうよ」
「あぁ、何か不都合なことがあったら持ってきてくれ。できる限りのことはさせてもらうよ」
「すまない。助かるよ」
今まで使ってた剣は親父さんに預けて、俺は鍛冶屋を出た。
『ウェル』
「(うん)」
俺とエルシーはそのまま集落の外へ。
「(エルシー)」
『うん。これね。あの国の魔剣よりも凄い物よ』
「(やっぱりそう思う?)」
『そりゃそうよ。何年見てきたと思ってるのよ。この居心地のよさ。凄いわ。でも、うまく制御しないと。ウェル、倒れちゃうわね……』
「(ちょっと待て。それって)」
『えぇ。ちょっと両手で握ってみて。それでマナを込めるつもりで、わたしが教えたでしょう? 薄く、硬く、しなやかになるように念じるの』
「(うん。やってみる)」
俺は剣の柄を両手で持つ。
目を閉じて、腹のあたりから感じるマナを、両手の指の先まで循環させてみた。
うわっ。
なんだこれ。
体力がごそっと持っていかれそうな感じがするよ……。
『これは凄いわ。高純度の、それも魔石だけで打たれたものだからかしら。あの鍛冶屋の店主さんの腕も、とんでもないわよ。ほら、目を開けてごらんなさい』
確かに。
俺が使ってた聖剣と呼ばれたやつは、中央が鋼鉄のようで。
刃に近い部分が指一本分だけ赤い、この色になっていた。
こいつは前に使ってたやつより凄いかもしれないな。
「(うん。……あ、最初見たときより刃が薄くなってる。これ、斬れそうだ……)」
軽い。
重さを感じないほどに。
それこそ片手の人差し指と親指でつまんだだけでも、振り回せるかもしれないというくらいに。
ただそのとき、俺は急激な脱力感を感じて、その場にしゃがみ込んでしまった。
「(うぁ、なんだこれ……)」
『ごめんなさい。久しぶりだから制御が難しいわ。……ウェルのマナだけに反応するように、して。これを、こう。抑えて。うん。どうかしら?』
「(あぁ、いくらか楽になったような気がするよ)」
『これで何とか制御できると思うわ。……でも気を付けてね?』
「(何を?)」
『この剣は、それこそ聖剣にも魔剣にもなると思うの。あなたが込めた気持ちがそのままマナを通して爆発するかもしれない。それだけマナの伝わりが良すぎるのよ』
「(なるほどね。使い過ぎたら、命を縮める。そういうことだね)」
『使ったらしっかり休むこと。そうすれば、マナは回復するわ。わたしのときみたいに、休まずにただひたすらマナが枯渇した状態にならなければいいだけよ。魔剣はね、マナが切れると命を吸い始めるの。それでわたしは……。いいえ。そんなこと、わたしが絶対にさせない。そのために今こうしてウェルの傍にいるんだからね』
「(ありがとう。エルシーと出会えてよかったと思ってるよ)」
『褒めたって何も出ないわよ。知ってるでしょう?』
「(うん、何度言われたっけな……)」
親父さんの打ってくれたこの剣は凄かった。
マナを込めなければ、その刃は鈍く。
デリラちゃんが間違って触っても指先すら切れることはないだろう。
だが、ひとたび俺がマナを込めた瞬間。
その刃は髪の毛よりも薄く、硬く、しなやかになるんだろう。
俺は守るための、それこそ本物の『聖剣』を手に入れたのかもしれない。
▼▼
数日後。
いつものように集落へ向かってくる魔獣を待ち受ける俺。
今日は前とは違う。
魔石だけで打たれたこの剣。
初めて握ったときのような脱力感は感じない。
軽い。
ひたすら軽い。
魔獣ってさ、匂いで寄ってくるのか。
それとも鬼人族の人たちの中にあるかもしれない、魔石に引き寄せられるのかは知らない。
それでも俺は、ここにいる皆を守るために剣を奮うだけ。
「さて、今日も一仕事おっぱじめますか」
肩に担いだ俺のための聖剣。
名前はない。
だが、勇者のときに握っていたあの魔剣よりも頼もしく感じる。
そうだ、名前をつけようか。
うん、あれがいいね。
『熊ね。それも、かなり大きいわ』
「(うへぇ。まじかいな。でもこの聖剣エルシーがあれば、別に難しくなんてないだろうね)」
『やめてよ。もう名前つけちゃったの? それも、わたしの名前とか、んもう……』
「(うん。今つけた)」
『ほんと、いつまで経っても子供なんだから……』
それでもエルシーは嬉しそうにしてる感じがする。
おぉ。
なんつーでかさ。
俺の倍はありそうなこんなの。
普通ならおしっこちびっちゃうところだけど。
俺はこの程度なら前に相手をしたことがある。
お、
俺を視認したのか。
そいつは四つ足で俺に向かって走り始めやがった。
さぁ、試し斬りだ。
錆はしないが、刀の錆になってちょうだい。
あ、これ剣か。
刀と剣の違いってなんだろうね。
元が魔石だから錆びたりはしないんだろうけど。
……ってつまらないことを考えてたら。
ガァアアアアッ!
身の丈三メートルはある大熊が、俺に向けて爪を剥いて右腕を振り下ろしてくる。
『ガリッ』っと音をたてて、俺の剣でいなされる、その爪先。
そのまま俺は軽く振り抜いた。
ひゅっと風を切る音がしたかと思うと、何の手ごたえもなく振り抜けてしまった。
さすがに首までは届かないかなとは思ってたけど、そいつは四つ足の高さから爪を振り抜いたものだったから。
余裕で届いていた。
俺を睨んだまま、そいつの首がずり落ちていく。
『やばいわね』
「(あぁ、やばいね)」
斬った手ごたえが全くなかった。
それなのに、大熊の首から上はなくなっていた。
『ずしん』と音をたてて倒れるその巨躯。
俺は聖剣エルシーを見た。
そこには血の一滴もこびりついていない。
とんでもない代物だった。
鋭い鋼でできた糸で引いたかのような、そんな切れ味。
これ、斬られたことに気づかないで終ったんだろうな。
はい、お肉屋さん行き。
決定。
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