第4話 つんつん、つんつん。

 つんつん


 ……ん?


 つんつん


「──おーじーちゃん」


 つんつん


「おーじーちゃーん」


 ……おじちゃん?

 あぁ、俺の事?


 やべぇ。

 声を出そうにも、喉が張り付いて上手く出せないわ。


『──ウェル。ウェルってば。あ、ようやく起きたみたいね。あなた、人里手前で倒れちゃったのよ』

「(あぁ、そうみたいだね。てか、あたまを何かでつんつんされてるみたいなんだけどさ)」

『そうね。小さな女の子。見ない種族ね。青い髪赤い瞳。右側のこめかみから赤くてキラキラした短い角が生えてる可愛い子よ』

「(解説ありがとう。……って、状況はわかったんだけどさ。俺、動けないんだけど……)」

『あら、わたしだって何もできないわよ』

「(どうしろってんだよ)」

『何とかしなさいよ。あなた勇者でしょう?』

「(元、だってばさ)」


 つんつん


「おーじーちゃん。いきてる?」


 やっと気力を振り絞って寝返りをうてた。

 どっこいしょと重たい瞼を開けると。

 あ、確かに可愛い子だね。

 なんの種族だろう?

 人間じゃないのは間違いないけど。


「あ、うごいた?」


「……み、」

「み?」

「み、みず……」

「みみず? にんげんさんって、みみずさん、たべるの?」


 いや、ちがうから。

 みみずさんってなんだよ。


「──デリラ。デリラ、どこいったの?」

「あ、ままー。おじちゃん、しんでるー」


 いや、死んでないって。

 生きてるから返事したんでしょ?


「みみずーっていってるよー」


 みみずってなんだってばさ。


「デリラ、何訳の分からないこと──」


 あ、ママって呼んでるから、この子のお母さんかな?

 同じ青い髪の、若くて可愛い感じの女性だねぇ。

 お母さんだから?

 それとも大人だからか。

 角の部分が青いね。


 あ、目が合った。


「だ、」


 だ?


「大丈夫ですかっ? デリラ、みみずじゃなく、水でしょっ! あぁ、すみません。今、水をお持ちしますので……」


 あ、戻って行っちゃった。

 デリラちゃんって言うんだ、この子。

 みみず、ってなんだろうね?


 つんつん


「おじちゃん、いきてるの?」


 いや、生きてますって。

 本当に木の棒の先でつついてたのね……。


『よかったわね。これで何とか生きられそうじゃないの。見つけてくれたその子に感謝しないと駄目よ?』

「(わかってるって)」


 足音が聞こえてくる。

 小走りで慌ててる感じだ。


 俺の頭の上に音が鳴りやむ。

 くいっと頭が持ち上げられた。

 後頭部が柔らかい。

 膝の上に乗せてくれたのかな。

 すみませんね、本当に。

 デリラちゃんのお母さんの顔が、あれ?

 見えない。

 ……って、おっぱいが邪魔で見えないのか。

 すげぇ……。


「どうぞ。水をお持ちしました。ゆっくり飲んでください」


 俺は力なく頷くと、口にあてられた木製の器から水をゆっくりと飲まされた。

 あぁ。

 張り付いた喉が潤っていく……。

 うまい。

 水ってこんなに美味かったんだ。


 ぎゅるるる……


 あ、空気読まない俺のお腹。


「す、すみません。助かりました」

「いえ。その、うちのデリラがすみませんでしたっ」

「いえいえ。可愛いお子さんですね」

「もうやんちゃなだけで。大変なんです……、ってあたしったら何を」

「俺、ウェルって言います。その、あやしいものではないので」

「はい。あたし、ナタリアと申します。もちろんわかりますよ。人見知りなこの子が懐くくらいですもの」

「懐く? あ……」


 気が付いたら俺のお腹の上にデリラちゃんが乗ってる。

 こっちを見て、こてんと首を傾げてる。


「おじちゃん。いきてる?」

「あ、うん。生きてるよ」


 力を振り絞って、デリラちゃんの頭を撫でた。


「よかったね」

「うん。ありがとう、デリラちゃん」

「えへーっ」


 何その無敵感。

 女の子の笑顔って怖いねー。


『可愛いって正義よね』

「(だね)」


 俺はやっと身体を起すことができたんだ。

 辺りを見回すと、ここは町はずれみたいだった。

 少し先には木で組まれた柵が見える。


 ぐぎゅるるるる……


 やばい。

 はらへった。

 二日程まともに喰ってないからなぁ。


「あの。ナタリアさん」

「はいっ」


 何やらえらい緊張してるっぽいな。

 やっぱり人間が怖いのかな?


「大丈夫です。何もしませんから。それでですね、その。何か食べ物をわけてもらえないかな、と思いまして」

「あ、さっきの音。お腹が鳴ってたんですね。あの、歩けますか? この先があたしの住んでる集落になりますので」

「はい、なんとか歩けま、……あれ?」

「おぉおおおお。たかいたかい」


 立ち上がると、首の後ろに違和感が。

 気が付けば、デリラちゃんが俺の首の後ろに座ってる。

 いわゆる肩車?


「これ、デリラったら……」

「いいんですよ。デリラちゃん。落ちないようにつかまってるんだよ?」

「あいっ!」


 あぁ、髪は引っ張らないでね。

 最近気になってるんだよ、なんて言えないわな。


 ぎゅるるる……


 だから待てってば。

 もう少しで何か食べられるんだから。


 歩いて五十メートルくらいだろうか。

 俺の腰より高い位の柵がぐるっと囲んでるところを抜ける。

 クレンラード王国の城下と違って、石造りの建物が少ないね。

 道は石がはめ込んであるけど、これは雨が降ったときの馬車がぬかるみにはまらない様になってるんだろうな。

 それにしては、規則正しい建材を使ってる感じがする。

 ちょっとした工芸品なみの完成度だよね。

 あっちの町とは違って、なんだか温かみが感じられていいと思うな。


 おや?

 ナタリアさんとすれ違う人々が足を止めて会釈していくよ。

 もしかして、偉い人?


「ナタリアさん」

「はい。なんでしょうか?」

「行き交う人たち、皆ナタリアさんに会釈してるように見えますけど」

「やめてくださいって言ってるんですけどね。あたし、ここの族長の娘で、デリラは孫なんです」

「そうだったんですね。これは知らずとはいえ、申し訳ありませんでした」

「いえ、やめてください。あたしが偉いんじゃないんです。偉いのは皆をまとめてる母ですので」


『なんともまぁ、ウェルそっくりの女性だねぇ。謙虚さは美徳だけど、やりすぎは駄目でしょうに』

「(あぁ、こういうことを言ってたんだね。うん。俺も気を付けることにするよ)」


 ありがとうに対して、謙虚さで返されると困るってことなんだ。

 まじめに気を付けないと駄目だわ。

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