第3話 そして、放逐された勇者は各国を彷徨う。
俺多分、何もやってないと思うんだけどさ。
聖女さんを酒の勢いで襲っちゃって、その罪で勇者の任を解かれて。
見たことない場所に放逐された、というわけなんだ。
それと、別れを告げたはずの、十九年連れ添った相棒が。
なんでここにいるのさ?
道なき道を歩いてる俺を、叱咤激励してくれてるし。
『なに黄昏ちゃってるのよ。ほら、きりきり歩きなさい』
「いや、だってさ。何でいるのさ?」
『あんな国、捨てちゃったわよ。あの新しい子に気を付けなさいって言ってあげようと思ったのだけれど、わたしと話せないみたいだから可哀想だけど諦めたわ。それとね、ウェル』
「なんだ?」
『あなた、
「へ?」
どういうことだ?
嵌められた?
「誰にさ?」
『あの王女と聖女にね。ロードヴァットとフェリアシエルも駄目な子ね。娘たちが何をしたか、あとで嘆くことになるわ……』
国王陛下と王妃様のことだね。
エルシーは別に、国に仕えてるわけじゃないってことか。
義理なんてないはずなのに、先代さんを、俺をずっと見守ってくれてたんだよな。
「どういうこと?」
『あの娘たちはね、新しく決まった勇者の男の子に入れ込んじゃったのよ。確かに可愛らしい顔してたわね。わたしは好みじゃなかったけど。それできっと、ウェルのお嫁さんになりたくなかったんじゃないかしらね』
「いや俺別にそんなつもりは全くなかったんだって。ロードヴァット様とフェリアシエル様にも言ったんだよ。二人は姪っ子にしか思えないから無理だよってさ」
『聞いてたからわたしも知ってるわ。薬を盛られたのね』
「薬?」
『あの王女。真っ黒いわよ……。あのあとね、わたしも調べたの。あの二人が話してたのを聞いたわ。ロードヴァットとフェリアシエル。ウェル、あなたたちがいい感じに酔ったとき。下の王女がグラスにそっと薬を盛ったって。誰が聞いてるかわかったもんじゃないのに。……ほんと、馬鹿な娘たちねぇ……』
「あぁ。だから聖剣を戻したと、エルシーにごめんって言ったのに。聞いてなかったんだね」
『そうよ。あなたが剣を台座に刺したとわかったの。気持ちが楽になったからわかったわ。もうあの国にもいる理由ないし。もう勇者なんて知ったこっちゃないわ。わたしが制御してたからあの魔剣と魔槍。使えてたようなものだからね』
「魔剣と魔槍? 聖剣と聖槍じゃないのか?」
『そんなわけないでしょ? 聖なる力なんてこれっぽっちもないわよ。人のマナを吸い取って力に変えるなんて、どんな呪いだってのよ! わたしが制御してなかったら、前の勇者ちゃんもね。早死にしてたかもしれないわよ』
そんなに危ない剣と槍だったんだ……。
呪いか。
確かにそう言えなくもないわ。
「それって国王も知ってるの?」
『知らないわね。知ってるの、わたしだけだもの。わたしがそうやって死んじゃったからね』
「えっ? エルシーって勇者だったの?」
『そうよ。もう三百年くらい前だったかしら。あのときはね。魔物が多くて。毎日のように戦ってたのよ。休まる暇もなかったわ──』
エルシーの話ではこうだった。
勇者になって、人々を守るのに全力だったんだって。
日に日に体力が落ちて行き、治癒魔法で無理やり身体を動かしてもらって。
キングクラスの魔物を倒して、その場で崩れ落ちてしまったらしい。
俺みたいにエルシーが死角を見てくれてるわけじゃないから。
身体中常に怪我だらけ。
彼女が亡くなってから、聖剣に彼女の名前がつけられたんだそうだ。
聖槍には名前がないと釣り合わないということで、過去の勇者の名前がつけられたんだとさ。
『──わたしがね。目を覚ましたとき。ウェルの前の勇者ちゃんがね、槍を握ってたの。優しい子だったのよ。泣きながら、強がりを言いながらね。それでも、献身的に国に尽くしてたわ』
「(そうだったんだ。あの勇者様が……)」
公爵様の奥さんになった勇者様のことだね。
そっか。
あの人も苦労したんだな。
『えぇ。だからわたしもね、力を貸してあげようと思ったの。わたしだって努力したのよ? 半年くらいかかったかしら。マナを吸い上げる量を調整できるようになってね、少ない力でそれを増幅して。そうやって、二人三脚で頑張ったわ』
「(マナを吸い上げる量?)」
『あのね。わたしね、五年しかもたなかったの』
「(えぇっ……)」
『驚くのも無理はないわ。あの魔剣も魔槍もね、奮えば奮う程、無尽蔵にマナを吸い上げ続けるわ。わたしの前の勇者もね、十年そこそこで動けなくなっちゃったみたい。もしかしたらだけどね、二十年勤めあげることができたのって、ウェルの前の勇者ちゃんだけかもしれないわ。……考えても見て。わたしが勇者ちゃんを心配しなければ。マナを吸い上げる調整ができていなければ。彼女は引退まで勤め上げることはできなかったと思うの。もちろん、ウェル。あなたもよ』
「(……そっかぁ)」
『彼女をね、死なせないようにすることができて、ウェルを守ってあげられることもできたの。彼女には感謝してるわ。でもね、ウェルみたいに話はできなかったの。それでもね、毎日話しかけてくれたわ。ありがとう、感謝してます、って……。だから何とかしてあげようと思ったの。わたし、あなたに話しかけて、気づいてくれたときは、それはもう、嬉しかったわよ』
「うん、長い間、本当にありがとう。俺もエルシーがいてくれたから頑張れたようなものだったからね」
『んもう。褒めても何も出ないって、言ったでしょう?』
「あははは。ところで、今どこにいるの?」
『あなたのその腰の短剣よ』
「えっ? 聖剣、いや、魔剣じゃなくてもいいの?」
『わたしはほら、魔槍にも宿ることができたの。その短剣はウェルが勇者になる前から身に着けてるんでしょう? だからかもしれないわね』
うん。
これは俺の父の形見みたいなものだ。
戦いのために使うものじゃないけど。
刃渡りだって腕の長さより短いし。
勇者になる前は綺麗に磨いてて、パンを切ったりするときに使ってたっけ。
「とにかく、今日の宿を探さないと。それに食い物もないと死ぬ」
『その辺が人間って不便よねぇ。わたし、おなか空かないから。たまーに、ウェルからマナをもらえばいいだけだし』
「そっか。勇者ってエルシーがいないと、早死にするんだね」
『そうね。前の勇者ちゃんも危なかったのよ。だから頑張ったんだからねっ』
俺はその後、闇雲に歩き回った訳じゃないんだ。
『こっちから人の気配がするわね』と、エルシーが教えてくれたから。
それでもぎりぎり歩いていける距離で、やっと小さな村を見つけて。
そこで食料を分けてもらったんだ。
金貨で買い物しても、おつりを用意できないからって言われて。
仕方なく、村長さんのところで金貨一枚置いて食料を売ってもらった。
食料だけじゃ申し訳ないからって言われて、馬を一頭譲ってもらったんだ。
しばらくは食べていけるくらいの荷物を持って、大きな町を目指したんだけどさ。
一つ目の国が見えてきて、国境の関所で門前払い……。
『邪竜の刻印』って半端ないわ……。
左肩に触られて、簡単な詠唱のあと、光やがったんだ。
ちょっと待てよ。
『国家反逆罪』ってどういうことだってば……。
そりゃ、入国断られるよ。
大きな町でも同じように調べられるのな。
もちろん入れてもらえない。
小さい村で買い物するんだってさ、金貨じゃ駄目なんだよ。
おつりが用意できないって……。
そうこうしてる間に、お金はあるのに買い物ができないという。
訳の分からない状態になりましたよっ。
小さい村では俺みたいなのを雇ってくれるところはなくてね。
あちこち彷徨って、理解しましたよ。
人間の国のあるところには、俺の居場所がないってことをね。
『邪竜の刻印』ってひど過ぎるだろう……。
『あの姉妹、今度見つけたら呪ってあげようかしら……』
「まぁ、仕方ないって。なっちゃったものをぐだぐだ言ってもね。どうすっかなー。かといって盗賊をやるわけにもいかないからね」
『冗談でも言っちゃ駄目よ。仮にもあなたは勇者だったんですからね』
「わかってるって。愚痴くらいいいでしょうに……」
『そうね。……いい方法があるわ。魔族領に行ってみない?』
「魔族領?」
『えぇ。人間以外の種族が治めてる場所があるのよ。ここから遥か西にね』
「俺みたいな人間でも大丈夫なのかなぁ」
『あの国みたいに人間以外を排他的に扱うことは逆にないって聞いてたわ』
「そっか。じゃ、行ってみますかね」
とにかく遠かった。
ひたすら西へ。
西へ。
人間のいる地域は勇者がいるから魔物を討伐しているけど。
魔族領に近くなると、そうはいかないようだ。
誰も好き好んで自分の国以外の魔物を討伐しようなんて、酔狂なやつはいないってことなんだね。
聖剣、いや、魔剣じゃないから簡単じゃないけど。
エルシーのおかげで難なく倒すことができる。
勇者だった頃とは違って、無双する程じゃないけどね。
ただ、倒した魔物は食べられるものじゃない。
そう簡単に、都合よく食べられる魔物が現れることはないんだね。
出てきたからってさ、それを切り分けて料理するような腕は持ってないし。
野営してる間に馬を襲われて、持っていかれちまうし……。
人間のいる地域からひと月位彷徨ったかな。
やっと村らしき場所を見つけた、と思った矢先。
俺は予定通り?
空腹で動けなくなって。
喉が渇いて。
行き倒れましたとさ。
ちーん。
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