第2話 勇者になった経緯、そして現在。
どの国も魔物と呼ばれる存在の脅威に晒されていたんだ。
マナと呼ばれる大気中と人々の身体の中にある生命力の源ともいえるもの。
それは白いマナと黒いマナというものがあり、黒いマナに悪影響を受けた生き物を魔物と呼んでいた。
魔物は人に害をなし、弱い魔物でも田畑を荒らし、強い魔物は人を襲うことがある。
その魔物を狩るもの。
先陣を切って、魔物を狩り続けるものを勇者と呼んだ。
この世界の国々には聖剣、聖槍と呼ばれる一対の聖なる武器が存在する。
それは担い手を選び、勇者と呼ばれるものにしか制御できないものだと言われている。
聖剣と聖槍は、勇者の生命力ともいえるマナを吸い上げ、それを強大な力に変えて、民を、国を脅威から守ることができる。
その消費するマナの量は半端ではなく、いくら勇者だったとしても二十年が限界だとされていた。
国では二十年に一度、勇者の任が解かれ。
次代の勇者の選別が行われる。
聖剣と聖槍の担い手である勇者が引退する方法。
それは簡単だった。
王宮前に設けられた『休眠の台座』に、聖剣、聖槍を突き立てる。
こうすることで勇者はその役目を終えるのだ。
聖剣の勇者が在位してるときは、聖槍が眠っていることが多いらしい。
その昔、聖剣の勇者と聖槍の勇者、二人が存在したこともあったそうだ。
ただそれは稀なことで、先代の勇者は聖槍の担い手だった。
俺も先代の勇者様を知っている。
綺麗な女性の勇者様だったな。
彼女は勇者になって数年後、公爵家の当主に見初められて公爵家夫人になったそうだ。
それからも勇者を続け、二十年の間国を守った英雄だったんだ。
引退の式典で彼女のその表情は、何かをやり遂げたような、幸せなものだったのを憶えてる。
新しく担い手を選ぶ年は、盛大なお祭りになる。
我先にと『休眠の台座』から聖剣、聖槍を抜こうと挑戦するものが列をなすのだ。
それだけではなく、沢山の催しも行われたり、美味しいものを沢山振舞われたり。
本当のお祭り騒ぎになるんだよね。
俺は十五歳を迎えた新年の日。
成人の義を終えたその日に、勇者への挑戦を許された。
勇者になるのは男の子だけでなく、女の子の憧れでもあったりしたんだよね。
それは何故かって?
男の勇者は王女や聖女、貴族の令嬢と結ばれることがあり。
女性の勇者は貴族の当主や王太子と結ばれたことがあったという。
勇者はその功績として、国から恩賞と領地を与えられ、豊かで穏やかな生活が保障されるとされていた。
『休眠の台座』と呼ばれる、王宮の前の広場に設置された地面にめりこんだ大岩のモニュメントがあるんだ。
聖剣と聖槍はそこに刺さっていて、主が現れるのを待っている。
成人した男女は、聖剣と聖槍を抜く資格が与えられるんだ。
一度の失敗だけでチャンスがなくなるわけではない。
何年経とうが、いつでも抜くチャンスは平等に与えられている。
どのような仕組みかは解明されていないけど、聖剣と聖槍に認められた者が抜こうとすると、力を入れなくてもするっと抜けるんだそうだ。
かといってどんな力自慢でも、一晩かけようか抜くことはできないらしい。
以前、身の丈二メートルを超える騎士団の男が力の限り抜く挑戦をしたらしいけど。
その結果は予想通り。
ぴくりとも反応しなかったんだってさ。
俺は成人の義が終わって、その挑戦者の列に並んだんだ。
ひとり、またひとりと挑戦しては諦めてすごすごと戻っていく。
「駄目に決まってるけど、夢。見ちゃうよなー」
「そうよね。玉の輿だもの」
成人したばかりの若い男女の恒例イベントのようになっていた『勇者選別の義』。
俺は魔物に両親を殺された。
だからこそ、勇者になって敵を討ちたかったんだ。
周りの人よりもその意思は強かったと思う。
俺の番になった。
まずは聖槍を握って力を入れる。
何の反応もない。
もちろん力を入れて抜こうしても、びくともしない。
まぁ無理だよな。
次に聖剣の柄を握ってみた。
なんだろうな。
あのしっくりくる感触って。
言い伝えの通り。
『するっと』抜けてしまったんだ。
「あ、抜けちゃったよ……」
その瞬間、辺りからは歓声とどよめきが起きた。
「勇者様だっ!」
「すげぇ、本当に抜けるんだ……」
「おめでとう!」
皆に祝福されながら。
俺はその日、当代の勇者になったんだ。
▼▼
俺が最後に行った、勇者としての仕事。
それはもちろん、手枷をはめたまま。
『休眠の台座』に聖剣エルスリングを突き立てるだけ。
あっさりしたもんだったね。
十九年も付き添ってくれたエルシーも呆れたんだろうな。
話すらしてくれなくなっちまったよ。
「(不甲斐ない勇者ですまなかったね。今までありがとう。ごめんな……)」
俺はそう、心で呟いて。
聖剣エルスリングに別れを告げたんだ。
この最後の仕事を見守ってた人の中に、聖槍の勇者様の姿があったね。
可愛らしいというか、かっこいいというか。
俺とは正反対の、いかにも勇者。
という感じの少年だったよ。
訝し気な目で俺を睨んでた。
すまないね。
情けない先代でさ。
でも俺、やってないからな。
信じちゃくれないだろうけど……。
……俺の十九年ってなんだったんだろうな。
手元に残ったのは、腰にある短剣。
それと数枚の金貨だけだったよ。
国を出るまで、どうやって広まったのか。
俺は『極悪人』として石を投げつけられながら、城壁の外へと追いやられたんだ。
そりゃ鍛えまくったからさ。
石が当たったくらいじゃ、多少痛いだけ。
あーうん。
勇者って頑丈なんだね。
それでも、今まで勇者様と尊敬されるために頑張ったのに。
『死ね』とか『女の敵』とか。
誰が広めたんだか知らないけど、立派な性犯罪者だったわ。
勇者として尊敬された俺が、こうして罵声を浴びせられるとは、さ……。
昨日まで思っていなかったよ。
俺は王宮の一室を与えられてたから、荷物というものは持ってなかったんだ。
だからってなぁ。
鞄ひとつで放り出されるとは思わなかったよ。
城門を抜けると目隠しをされた。
しばらく馬車に乗せられて、半日程経ったあたりで馬車から放り投げられたよ。
手枷が外されて、目隠しが解かれた。
「どこにでも行くがいい。この犯罪者が」
見たことがある男の騎士から、俺に投げられた最後の言葉だったよ。
街道でも何でもない場所で置き去りにされた俺。
夜空を見上げて。
星だけが綺麗で。
涙がこぼれてきたよ。
「あぁ。俺、何してんだろうな……」
ひとりっきりの寒い夜だった。
『ごめんね。助けてあげられなくて悪いと思ってるわ』
「えっ? あれ? エルシー?」
『そうよ。誰だと思ったの?』
「いや、だって。俺、台座に聖剣、突き立ててきたんだぞ?」
『あれね。あれはもうただの魔剣よ。あんな国に操を立ててきたわたしが馬鹿だったわ』
俺の頭にエルシーが語り掛けてくれていた。
あれ?
どうなってんだ?
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