国に捨てられた烙印勇者、幼女に拾われて幸せなスローライフを始める

はらくろ

第1話 プロローグ。

『ねぇウェル。あと一年であなたもお役御免になるのね……』


 今、俺に話しかけてるのは長年連れ添った相棒だ。


「(あぁ、そうだね。エルスリング。今年一年よろしく頼むね)」


 彼女の名前はエルスリング。

 とても世話焼きで、いつも俺の心配をしてくれる。

 俺の剣の師匠でもあり、人生の良きパートナーでもあったね。


『エルシーって呼んでって言ってるじゃないの? ほんと、可愛くないんだから』

「(はいはい。エルシーは美人さんですよ。こんなに美しい人はそういないだろうからね)」

『わかればいいのよ。素直な子は大好きよ』


 訂正、俺の相棒はエルシー。

 とても優しい人なんだ。


 俺の名はウェル。

 勇者歴十九年、独身。

 エルシーとは俺が成人したときの『勇者選別の義』以来だから。

 十五歳からの付き合いで、もう十九年になるんだな。

 俺は今三十四歳になる。

 ぱっと見冴えないおっさんだけど、こう見えても聖剣の勇者やってます。


『そう? そんなに褒めても何も出ないわよ。ウェル、あなただっていい男よ。そりゃ、今の流行りからはちょっと外れてるかもしれない、けどね』


 確かに俺の見た目は普通だ。

 女性にモテるわけではないけど、モテないわけでもない。

 そんな普通の見た目なんだよな。

 身長百八十手前くらいで、アッシュブロンドの短い髪。

 よくある濃いブラウンの瞳に普通の顔つき。

 それなりにがっちりとした鍛え込んだ身体。

 勇者様と慕ってくれる国の小さな子たちには『ゆうしゃのおじちゃん』と呼ばれて、結構人気あるんだぞ?


 エルシーは歯に衣を着せないストレートな物言いで。

 何気にフォローしてくれるとても優しい相棒だ。

 無口だけど、俺にいつも話しかけてくれる。

 剣士として修業を積んでこなかった俺が、十五のときから聖剣の扱いが上手かったのも、エルシーのおかげだったりする。


 ちなみにエルシーは、そのなんだ。

 世間一般的に言われるかどうかわからないが、『おねえ』だ。

 初めて出会ったときのあの驚きは忘れない。

 女性だと思ってたんだけどな。


 ▼▼


 今日のお相手はいわゆるオークってやつだな。

 俺の身体よりもでかいやつ。

 褐色の肌に豚の鼻、短い豚の耳。

 獣の皮でできた服のようなものを身にまとい、こん棒や鉄製の剣を持って人を襲ってくる。

 腕は俺の太ももよりも太く、足に至ってはもっと太い。

 こんな奴らに力任せてぶん殴られたら、ひとたまりもないわな。

 そんなオークが五十体程。


『ウェル。後ろ』

「はいよ」


 俺は幅がニ十センチ程、厚さが一センチくらい。

 刃渡り一メートル六十程の、両刃の柄の長い両手持ち、バスタードソードタイプ。

 そんな聖剣エルスリングを片手で軽々と奮う。

 目の前にいた体長二メートルはあるオークを横一閃。

 すれ違った瞬間、奴らの胴体は真っ二つ。


 あ、言わなかったっけか?

 エルシーは聖剣なんだ。

 彼女(一応こう言わないと怒られそうだから)は聖剣に宿る精霊みたいなもんなんだとさ。


 この大陸には七つの国があって。

 その国々には聖剣と聖槍の二振りが伝わってるらしいね。

 聖槍ヴェンニルは今はお休み中。

 だってほら、勇者の俺が在位中だからさ。


 聖剣と聖槍は勇者の生命力とも言われるマナを吸い上げ、それを大きな力に変えると言われている。

 俺が無双できるのも、聖剣エルスリング、エルシーのおかげだと思ってるんだ。


「よしっ、これで最後っと!」


 掬い上げるように足元からエルスリングを奮い、最後の一匹のオーク屠って今日の討伐は完了。


『お疲れ様。ウェル』

「(ほいほい、助かったよ。エルシー)」

『あなたの力よ。謙遜するのは悪い癖』

「(そうかな。エルシーあっての勇者だとおもうんだけどね)」


「勇者様、お疲れ様でございました」


 俺にタオルを手渡してくれるこの女性。

 今の聖女様、マリシエールさんだ。

 ゆるふわの長い金髪。

 美しい垂れ目の碧眼。

 ちょっと控えめのおっぱい。

 俺より頭一つ低い身長。

 細身でとても可愛らしい女性だよね。


「あ、すみません。助かります」

「いえ。本当にお強いですね。本来であれば、わたくしが援護しなければならないのでしょうけど……」


 彼女はこの国、クレンラード屈指の治癒魔法使い。

 本名をマリシエール・ラドラ・クレンラード。

 クレンラード王国の第一王女様なんだそうだ。


「マリシエール様に後ろに控えていただいてるだけで、十分に心強いです。安心して魔物に突っ込んでいけるというものですよ」

「そう言っていただけると、わたくしとしても助かりますわ」


 勇者の援護として、数名の騎士と聖女のマリシエールさんが討伐に参加してくれている。

 彼女が後衛で援護してくれて、騎士たちは俺が獲り逃した獲物を排除してくれる。

 精鋭ぞろいで安心して見ていられるからこそ、俺も魔物の群れに突っ込んでいけるんだよ。


 彼女は確か、今年で二十歳になったらしい。

 聖女として任命されてから、俺の援護を初めてもう五年になるな。

 怪我をした騎士たちの治癒の手際は見事なものだと認識してる。

 俺は滅多に怪我をしないから、治癒してもらったことってないんだよね。

 それでも後ろにいるだけで、安心できるのは、その存在はとても大きい。


 今回倒したオークの群れには、将軍ジェネラルクラスになろうとしていた個体が存在していた。

 これを放置するとキングにまで進化してしまうこともあるらしい。

 だから俺はこうして見つけ次第討伐するような、予防策を取ってきたんだ。


 俺の前の勇者はある程度進化した個体を倒すようにしてたらしいけど、俺はそんな被害のでるようなことは見過ごせなかったんだ。

 確かにキングクラスを倒したとあっては、名声も上がるだろうよ。

 だが俺は、そんなものは欲しくない。

 国の人々が安心して暮らせるなら、それでいいじゃないか。

 そのためには、ほぼ毎週ニ三日は討伐に出ていることが多いな。

 ほとんどは午前中に終わっちゃうことが多いよ。

 それでも騎士団の皆や、聖女のマリシエールさんには負担をかけてるのは申し訳なく思ってる。

 でもね、この方法が一番安全で村や町にも被害を出さない方法だと思っているんだ。


 ▼▼


 今年も新年を祝う宴に呼ばれた。

 国王陛下も王妃様も自分の弟のようによくしてくれる。


「ウェル殿。昨年も民の安全のため尽力してくれて助かった」

「いえ。勿体なきお言葉にございます。私は使命を果たしたまでに過ぎません」

「本当に謙虚ですこと。ですが、あなたのお力で民たちも安心して暮らしていけるのですよ」


 国王陛下、ロードヴァット様。

 王妃様、フェリアシエル様。

 お二人とも同い年で、俺より二つ年上だ。

 ロードヴァット様は、俺が成人する少し前に即位された現国王陛下。

 民ありきの考えの持ち主で『私は民たちの扶養家族だからね』が口癖のお優しい人だ。


 そのお優しい陛下を裏から支える、少し気の強いフェリアット様。

 良き父、良き母の見本として国民からの信頼も厚い。

 俺が勇者になってから十九年。

 兄のように姉のように接してくれて、誕生日のように毎年こうして祝ってくれる。


 新年を祝う宴は、勇者への感謝の宴でもあると、十八年前に教えてくれたんだよな。

 お二人とも酒が大好きで、酔うと絡んでくる。

 顔を真っ赤にしながら『ウェルはしっかりものだけど、女っ気がないのが駄目だよな』と普段と違う振舞を見せるロードヴァット様。

 そんな彼を酔いながらもしばき倒すフェリアシエル様は、この国の隠れた名物だったりする。

 こんなお二人に見守られているんだ。

 俺が頑張らないわけにはいかないだろうよ。


 勇者との縁も深いお二方だ。

 俺が勇者だから優しいこともあるのだろうけど、お二人の優しさは生まれ持ったものなんだろうね。

 フェリアシエル様は公爵家の出で、彼女の義理のお姉さんが何を隠そう、先代の聖槍の勇者だからというのもある。

 フェリアシエル様の横に座られている可愛らしい女性。

 第二王女でマリシエール様の妹君のエリシエール様。

 父と母の言葉に微笑んで頷いていらっしゃる。

 癒されるねー。


「ウェル殿。朗報があるんだ」

「何でしょう? 国王陛下」

「ロードと気楽に呼んでくれと、頼んでるんだがなぁ……」

「いえ。私のような庶民の出には勿体ないことですので」


 俺は元々、庶民の父と母の間に生まれた生粋の庶民だ。


「まぁいい。話を戻そう。つい先日だが、次代の聖槍の勇者が見つかったのだ」

「それは本当ですか?」


 聖剣の勇者と聖槍の勇者が同一時期に存在するのは珍しい。

 俺が知っている(教えられたんだけどね)限りでは、実に百数十年ぶりだろう。


「あぁ。あのときの君と同じ、十五歳の少年なんだ」

「それは安心しました。これで私も、あと一年。頑張っていけるというものですね」

「ウェル。君だけに負担をかけてしまい、心苦しく思っていたんだ。そうだ。決めてくれたか?」

「何をですか?」

「マリがいいか? それともエリがいいか? そろそろ其方も身を固めて、引退後は後進の指導にあたってくれると助かるんだが。ウェルには王国騎士団顧問の座を用意してるからね」

「いえ。お二方とも、私には勿体ないです。それにこれ親子程に年が離れているのです。私からしてもお二人は姪のような感じですので」


 そう。

 マリシエール様は今年二十になられたばかり。

 エリシエール様十六歳だ。

 父親と娘くらい年が離れている。

 そんなお二人は、俺にとって姪っ子みたいなものだったんだ。

 俺の相手として考えられる訳がないじゃないか。


「私は、今年の末にいただける恩賞だけで十分でございます。間を開けずに聖槍の勇者殿が第一線で活躍できるよう。指導もしなければならないでしょう。どちらにしても、年を終えないと一息つけませんからね」

「本当に真面目過ぎるよ、ウェルは」

「そうねぇ……」


 俺は宴が終わろうとしてから、ロードヴァット様とフェリアシエル様。

 お二人の酒の席に付き合わされた。

 年に一度だけ、この日だけはお二人の酒に付き合うようにしている。

 俺は酒が嫌いじゃないんだが、勇者という役職があるから深酒はしないようにしていたんだ。

 それをロードヴァット様は『俺の酒が飲めないのか?』と絡み、フェリアシエル様が『このアホたれがっ』と、ワンパンでのしてしまうのが通例だったんだ。

 毎年楽しみにしているこの日。

 俺は最後の宴席だということもあり、少しだけ気が緩んでしまったのかもしれないな。

 ロードヴァット様の薦める酒を断れなかったんだ。


 ▼▼


「──いやぁあああああっ! お姉さまっ!」


 そんな金切り声で目を覚ました。


 俺はその日、勇者の任を解かれたんだ。

 まったく記憶にない。

 未遂に終わったらしいけど、俺は聖女のマリシエール様を襲ったらしい。


「私は信じない。ウェルがそんなことをするなんて考えられないから、な……。だがな、エリシエールが騒いでしまって、城中騒ぎになってしまっている。こうなってしまうと、私にはどうすることもできないんだ。ウェル、本当にすまなかった……」

「ウェル。私も信じませんよ。あなたを長年見てきました。可愛い弟のように、自分の生活を犠牲にしてまで、長い年月国に尽くしてくれたというのに。ごめんなさいね、かばってあげられなくて……」

「いえ、お二人のお心使い。ありがたく思います……」


 俺はこれまでの功績もあったのと、ロードヴァット様とフェリアシエル様は弁護してくれたらしいからこそ。

 比較的緩い、国外退去処分になったんだ。

 当のマリシエール様は部屋に引きこもってしまい、出てこなくなってしまったそうだ。

 俺も浴びるほど酒を飲んでしまったから、そのときの記憶が全くないんだ。

 未遂だからこそ、やってないという証明は難しいし、それにやってしまったことを言い訳するわけにはいかない。

 俺の左肩には入国の際に感知される『邪竜の刻印』と呼ばれるものが刻まれてしまった。

 これがあると、過去に罪を犯したものとして、国によっては入国を拒否される。

 もちろん、変装してもバレるらしい。


 とはいっても、十年ほどで消えるらしい期限付きらしいけどね。

 十年後って俺、よんじゅうよんさい……。


 どっちにしても、この国での勇者としての役割は終わってしまったんだ……。

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