第5話 久しぶりの食事と、魔物の襲来。
俺は食べ物を切らして、水も切らして、行き倒れていたところを。
青髪赤い角を持つちっちゃい女の子、デリラちゃんに見つけてもらって。
デリラちゃんのお母さん、ナタリアさんに水を飲ませてもらって。
おまけに食べ物まで分けてもらえるということで、集落へ案内してもらってしまった。
本当に感謝しかないです。
デリラちゃん、見つけてくれてありがとう。
ナタリアさん、こんな怪しい男を助けてくれてありがとう。
俺に何ができるかわからないけど、絶対恩は返すからね。
ナタリアさんは集落だと言っていたけど、ここは家の数で言えば五十はあると思う。
村というより町に近い規模だけど、一種族が集まって暮らしているから集落と呼んでいるのかもしれないね。
何より珍しいと思ったのが、族長の家が集落に入ってすぐの場所にあること。
奥にはまだまだ家が軒を連ねているけれど、ここに踏み入れて一軒目の一番大きな家の前でナタリアさんは足を止めたんだ。
「ここがあたしの家です。どうぞお入りください」
「すみません。では遠慮なく」
「どぞーっ」
「ありがとう、デリラちゃん」
俺は首の上からひょいとデリラちゃんを抱き上げる。
右胸の前で抱えあげるように抱き直し、ナタリアさんに預ける。
「すみません。ほら、いらっしゃい」
「いやーっ」
俺から離れたくないのかな?
なんとも子供に懐かれやすいんだな。
あっちの国でもなぜか、子供たちにはモテてたんだよな。
俺の服をしっかりと握って、離れまいと抵抗してる。
嬉しいんだけど、お母さんを困らせちゃ駄目だろう。
でもここは。
「ナタリアさん、そのままデリラちゃんの靴、脱がせてあげてもらえますか?」
「本当にすみません。デリラ、あとで憶えてらっしゃい」
「しらないもーん」
こりゃ天然というより、確信犯だな。
そこまで好いててくれるのは俺も嬉しいけどね。
ナタリアさんに靴を脱がせてもらい、俺も靴を脱いで上がらせてもらう。
ここも凄く珍しい造りだ。
靴を脱いで上がるように、一段高くなってるんだもんな。
これは習慣がわからなくても、靴を履いてちゃいけないってわかるってもんだよ。
ありゃ、俺の脱いだ靴を丁寧に並べ直してくれる。
凄く気の利く丁寧な人なんだな。
「お母さん。お客さんだけど、いいかしら?」
「えぇ、構わないわ。上がってもらいなさい」
奥から族長さんなんだろう。
ナタリアさんのお母さんの声が聞こえてくる。
「では、こちらにどうぞ」
「どぞーっ」
ありゃりゃ?
奥の間にいた女性。
確かにデリラちゃんともナタリアさんとも似てるんだけど。
おっそろしく若いんだけど。
まるでナタリアさんのお姉さんくらいに。
本当にナタリアさんのお母さんなんだろうか?
「まぁ、人間のお客様だったんですね。私はここの族長をしています。イライザと申します」
「これはご丁寧にありがとうございます。俺はウェルと言います。この先で行き倒れていまして、デリラちゃんとナタリアさんに助けられました」
「どうぞお座りになってください。ナタリア、お茶をお願いできるかしら?」
「はい。お母さん」
俺は低いテーブルの前に胡坐をかいて座らせてもらった。
なんと、デリラちゃんは俺の膝の上にちょこんと座るじゃないか。
「あらまぁ。人見知りするデリラがこんなに懐いて……。それで、行き倒れとは穏やかではありませんね。何か理由があったのでは?」
うん。
こんなところでカッコつけても仕方ないよね。
「はい。実は──」
ぎゅるるる……
「あ……、すみません」
「ふふふ……、ナタリア。何かあったかしら?」
「はい。今持っていきます」
ナタリアさんはすぐに戻ってきてくれた。
トレーのようなものに、人数分のお茶とデリラちゃんのジュースのようなもの。
膝立ちになって、俺の前に丁寧に食器を置いてくれる。
そこに、鍋からとろーりとしたスープを深めの皿に入れてくれた。
豆と細かく砕いた肉のスープみたいだね。
すごくいい匂いがするよ。
それと、柔らかそうなパンを持ってきてくれた。
「何もありませんが、どうぞ」
「よろしいのですか?」
「えぇ。デリラと遊んでいただいたので」
「すみません。では、いただきます」
実に二日ぶりの食事だった。
スプーンに掬ったスープを口に含む。
長い時間煮込んでいると思うくらいに、肉の味が沁みていた。
「──んまい。……あ、すみません」
「いえ」
何やら嬉しそうなナタリアさん。
デリラちゃんも、両手でジュースの入ったコップを、俺の膝の上で傾け。
喉をこくんと鳴らして。
「んまい」
俺の真似をするんだよ。
可愛いったらありゃしない。
その後、一心不乱に食べた。
気が付いたらおかわりをしてて、三杯目のスープを飲み終わってた。
「……ふぅ。ごちそうさまでした」
「いえ、お粗末様です」
「ごちそうさまー」
「いい子だね」
「えへー」
俺はつい、デリラちゃんの頭を撫でてしまったのだが、目を細めて笑顔を向けてくれる。
やばいな。
こんなに幸せに思えたのはいつ以来だろう。
なぜこの人たちは、俺にこんなに優しくしてくれるんだろう?
偶然デリラちゃんに懐かれたからといって、どこの者ともわからない俺を。
食後のまったりとした空気の中、さてさっきの話をと思ってた時。
……おや?
外が何やら騒がしい。
「何かあったんですかね?」
そこに駆け込んでくる男性が一人。
「族長、魔獣がっ。魔獣が暴れていて、俺たちでは抑えきれません。すぐに逃げてくださいっ」
「なんですってっ! ナタリア、デリラを連れて奥へ。私は──」
その時俺は、屋敷の出口を見据えて、右手でイライザさんを制していた。
「俺が行きま──」
全部言い切らないうちに、身体が動いた。
優しくしてくれた人たちを守らなくちゃならない。
それだけが俺の頭の中でいっぱいになっていた。
この集落の出入り口にあたる、柵が閉められている。
そこには数人の男性が槍のようなものを持って応戦している姿が。
その先には俺よりもでかい身の丈の、真っ黒い毛の狼に似た魔物の姿が。
魔獣って、俺たちの言うところの魔物なんだな。
俺は一言だけ叫んだ。
「いいから離れてっ。俺がなんとかする」
なんとかできるかはわからない。
だが、俺は腰の短剣を抜いた。
「(エルシー。あの手の魔物は首元が弱点だったよね)」
『そうね。でも、あなたにできるのかしら?』
「(やらなきゃならないだろう? 斬れるまで何度でもやってみるさ)」
俺は迷わず魔物の懐に飛び込んだ。
すれ違いざまに、魔物の首元へ一閃。
着地して振り向いたとき。
「あ、あれっ?」
まるで滑り落ちるように、魔物の首はその場に落ちていた。
その切り口は、聖剣いや、魔剣で斬ったときのように鋭かった。
『だから言ったじゃないの。ウェル? わたしが何年鍛え上げたと思ってるのよ? あなたは十分強かったの。それにあの魔剣はね、マナを吸って、曲がらない、折れない、鋭さを増す。それだけだったのよ』
「(うっそだろう……)」
「「「「「うぉおおおおおっ!」」」」」
その場で歓声が上がった。
俺の手首から肘くらいまでの短い短剣で、あんな魔物の首をあっさりと落としちまった。
俺が握っていた短剣は真ん中あたりが少し欠けていた。
こんなこしらえの弱いものでも、あんなことができたんだな……。
「(ごめん、エルシー。俺、謙遜し過ぎてたわ。夢でも見てる気分だよ)」
『気を付けなさいね。あなたは自分を低く評価し過ぎだったのよ』
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