第11話 夢幻

 「お兄ちゃん……」


 夢の中で見た那由多と違い、鏡に映る彼女は多くを語らない。

 それどころか邪な考えに至りそうな真誉に対して悲しそうな顔をしている。


 その幻影?は言葉こそ短いものの口は動いてはいなかった。

 まるで那由多のシルエットに画面の外からセリフを当て込んだような。

 映画やドラマの中のシーンの一コマのような。


 真誉はそこに恐怖は感じなかったものの、夢と現在の那由多の言葉に言いようのない戸惑いを感じていた。

 那由多は自分にどうして欲しいのか。

 あの人達とは誰なのか。

 


 水の叩きつけられる音で我に返る真誉。

 ごしごしと手の甲で目をこすってもう一度鏡を見てみるがそこに映るは自らの姿のみ。


 鼓動の早くなった心臓を意識しながら、ベッドを見て那由多の姿を確認して少し安堵を得る。

 ごくりと唾を飲み込み、再び鏡を見るがそこにはやはり自分の姿しか映し出されていない。

 

 本来それで正解であるのだけれど、他におかしなものが何か映っていくて安心していた。



 先程の幻影といい、夢の中といい、恐らくは自らが魅せた妄想に過ぎない。

 そう思う事にすれば、それらが希望だったり願望だったりとした不確かなものが夢や幻となって現れたとする事が出来る。


 真誉は顔をもう一度洗うが今度は鏡には何も映っていない事を確認して安堵した。

 そのまま歩き出し、那由多のおでこに軽く手を添える。


 痛々しいその姿は包帯や機器が取り付けられていても、可愛さを放っていた。

 

 そして手を離すと、簡易ベッドを用意しそのまま布団へ潜る。

 部屋の構造上、L字に置くしかなく那由多の足の当たりに真誉の頭がくる感じだった。


 天井を見つめ、あの言葉が意味するものを考えて……答えは出ないままいつの間にか真誉は眠りについた。


 真っ暗な部屋に灯す機器の灯りだけが、部屋を照らす光源となって怪しく那由多を照らしていた。



☆ ☆ ☆


 翌日目が覚めた真誉は再び夢の中の那由多が、あの人たちを壊してと言うのを目の当たりにした。

 那由多が赦さないからなのか、自分自身が赦さないからなのか。

 その答えの欠片は持っていた。

 真誉自身、那由多をは赦さない。

 許さないではなく赦さない。


 轢いた運転手に関しては然るべき罰が下るだろうし、命を落としたり一生目覚めないという事がなければ赦そうと思っていた。

 それは最初から謝罪を口にしていたというのもある。

 これが弁護士を通じて無罪を主張したり、行き過ぎた減刑を求めたりしなければという条件は持っているけれど。


 「何はともあれ情報収集が必要か。」


 一番情報を持っているのはあの時の刑事、春夏冬刑事だ。

 彼女ならば何か情報を持っているに違いない。


 問題は相手が未成年だった場合だ。その場合には恐らく名前は一切教えてくれないだろう。

 成人していても教えてはくれない可能性の方が大だと思っているが、そこは一縷の望み。


 仇討ちが認められていない現行の法律では、ほぼ間違いなく教えてはもらえないと承知はしていても納得出来ないのが被害者家族の心情だとも真誉は考えている。

 相手はその道のプロとはいえ人間であることに変わりはない。

 思わぬ拍子にぽろっと重要な、最低でも何か繋がるような事を漏らしてしまうかもしれない。

 言葉の端からそのヒントだけでも得られればとりあえずは充分と……


 朝の回心が終わった後、真誉は一度病室を出る。

 今晩も泊まると告げ、名刺を片手に病院へと向かう。

 暫く歩いていると、前方に見覚えのある人物の後ろ姿を発見する。


 「先生、五月七日つゆり先生!」

 真誉は3メートルくらいまで距離を詰め、前方の女性に声をかけた。

 

 なぜ後ろ姿で特定出来たのか。

 それは彼女が、五月七日つゆり八月一日ほずみが、那由多の担任であるからだ。

 


 「あら、真誉さん。」

 彼女は声に反応し、その正体を確認するため振り返ると真誉を下の名前で呼んだ。 


 「その……妹さんの事は、那由多さんの事はお気の毒です。」

 先生なのに那由多の事を苗字の福圓ではなく名前で呼ぶ。

 真誉も那由多も同じ福圓という苗字なのだから不思議な事ではない。

 別の人間と捉えるならば下の名前でわけても不思議な事ではない。


 しかし彼女の呼び方にはが感じられる。


 「として早くすべきではありましたが、伺いも出来ず申し訳ありません。」

 正面を向くと深々と頭を下げる担任の五月七日。


 「いや、事情もあるだろうしそこに関して文句も苦情もありませんよ。」

 そして真誉の返答も担任と生徒の兄というには慣れた話し方といえた。


 「今日は午後には学校へ行かなければなりませんが、これも縁ですし午前中お見舞いに行ってもよろしいでしょうか。」

 

 

 「これから用事があるんだけど……そうだな。その前に少し話がしたい。そこの喫茶店で少し話しませんか。」

 真誉は偶然目に入った昭和からあるような喫茶店を指さした。


 五月七日は頷き、二人はそのまま並んで喫茶店へと入っていった。




―――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。

 何だかんだで先生も登場です。


 ウマ娘中毒……怖い。 

 


  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る