第3話 プロローグ・2
少し落ち着きを取り戻した俺は一人の刑事に声をかけられた。
刑事が一体何の話だと思ったけれど、彼女は辛辣そうに声を掛けてきたものだからつい俺も話を聞く気になったのかもしれない。
もっともこんな状況で俺様っぽくとか、上から目線でとか話しかけてくる奴がいたら蹴っ飛ばしてやるところだったけど。
看護師がこの部屋をどうぞと案内してくれた。
机が一つと椅子が4つ。
ここは通常医者と患者の家族が話す部屋のようだ。
部屋に着く前に購入していたのか、刑事がペットボトルの水を手渡してくれた。
職務違反とかには当たらないらしい。
一呼吸入れてもう少し落ち着いてという思惑でもあったのだろう。
「これから……とても信じ難い事、気分を害する事を伝えます。現状わかっている事をありのままに。」
刑事はゴクリと唾を飲み込んでから話し始めた。
「まず妹さんは……ふらふらとよろついて歩いている時に気付かず車道に出てしまい、車に轢かれた事で重体となりました。でも……」
「運転手はふらふら歩いていて、急に車道に飛び出てきた彼女を避けるのが間に合わなかったと言ってます。」
「ドライブレコーダーと周囲の証言からもそれは嘘ではないようです。」
「じゃぁ、妹が悪いと言うんですか?」
相手を睨み怒声を浴びせる。俺にはそのくらいしか出来なかった。
大きな声は部屋にに響いて反響している。外に漏れているかもとか考えている余裕はなかった。
「そうではありません。もちろん急に車道に出た事そのものは褒められた事ではありませんが、ご本人はどこを歩いているかの認識は出来ていなかったと思われます。」
「言い方は悪いですが、どちらも被害者で加害者と言っても良いのかも知れません。もちろんだからと言って彼女に何か罰則等を求める事はありませんし。」
「運転手が保証や償いをしなくて良い理由にもなりません。運転手は手術代も入院費も支払うと言ってますし謝罪もさせて欲しいと言っています。」
「問題は、なぜそんな状況になったか……です。」
ここで刑事は目をキッとやって力強く俺を見つめてくる。
決意染みた目をして語り掛けて、いや……訴えかけるかのように。
「彼女がどこを歩いているかの認識が出来なかったと言いましたが、それはレコーダーにも映っておりました。」
「客観的に見ても焦点があっておらず、心此処に在らずというようなフラつき方でした。」
そしてさらなる目力で刑事はその先を口にする。
悪魔の言葉でも語るかのように。
「事故を起こした後救護に向かった運転手と、他に救護に当たってくれた目撃者、駆け付けた救急隊員、治療に当たった医師や看護師全員が確認しています。」
「彼女の身体あちこちからは精液と不自然な血液が付着していたと。そして車と衝突する前の映像からは衣服の乱れ等も……」
目の前の刑事は歯をかみしめているのか歯ぎしりすら聞こえてきている。
美しい顔が台無しだというくらいには、彼女も何かに怒りを覚えているようだった。
「何が……言いたい。」
いや、ここまで聞けば本当は気付いている、理解している。
ただ、俺の口からその先を言いたくないだけだ。認めたくないだけだ。
「彼女は……」
「彼女は、車に轢かれる数十分前に強姦されていた。それも恐らく複数人から1時間以上強姦を受けていたと思われます。」
妹の身体からは事故とは別の怪我が見つかったという。
それは逃げないように着けられたのか、手首足首……そして首を拘束した痕。
そして下腹部からは破瓜の痕。
「妹さんは何者達かに強姦され、逃げられたのか開放されたかはわかりませんが、朦朧として歩いているところに運悪く車に轢かれてしまったというわけです。」
それで妹も運転手もどちらも被害者ということか。
確かに法を守った運転をしていても、急に飛び出てくる歩行者や自転車を轢いてしまえば……
完全加害者というには酷かもしれない。
確かに今の話を聞いて運転手にそこまで苛立ちは感じていない。
ずっと申し訳ないを連呼していたし、謝罪も治療費も出すと最初から言っているからだろうか。
それとも本当の原因がその強姦魔達だと聞かされたからだろうか。
「復讐のような報復行為をして欲しいわけではありません。妹さんにあった真実を伝えるのが私の正義だと思ったから伝えました。」
「本来報復行為に繋がるかも知れない事は、たとえ家族でも伝えられません。運転手は謝罪する気があるからともかく、強姦した者達は赦せません。」
そう言って彼女は俺に妹の衣服の一部を渡してくれた。
他は証拠品として検査してから返却するとの事だった。
テレビドラマの見過ぎかも知れないが、もし強姦魔の中に警察関係者や政治家関係者のような者がいた場合、揉み消される可能性が考えられる。
だからその前に誰の手にも触れられていない状態のものを渡してくれたということらしい。
だが、そんなものを貰ったところで俺に何が出来る、何をしろと言うのか。
「救急隊が辛うじて拾えた妹さんの言葉……「おにいちゃん……ね。」との事です。
その間の言葉が何だったかはわからなかったらしい。
その様子だとごめんねだろうか。他に思いつかない。
☆ ☆ ☆
俺はこの先どうしたらいいのだろう。
妹が目覚めるまで病院に居れば良いのか。
あの刑事が渡してくれた証拠を元に強姦魔を炙り出して罪を償わせれば良いのか。
窓の外には……外の暗さと部屋の明るさから半ば外の景色と同化し、反射して映る怒りなのか悲しみなのか窶れなのかわからない酷い顔をした自分自身だった。
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