♯22 四季色の街角


 雪で滑らないようにだけ気を付けて、石畳の道を戻っていく。雪解け水が道の脇を流れて、小さな川みたいになっているのが綺麗で好きだ。

 そんな風に、夏では見れなかった景色を楽しみつつ道を進めば、あっさりと図書館にたどり着いた。多少荒れた様子こそあるものの、赤レンガと紅蘭図書館と書かれた看板が醸し出す威容は相変わらず衰えていない。

 扉を開けて中に入れば、そこには変わっていない静寂の空間がある。

 従業員さんも祭りのほうに手を貸しているのかもしれない。照明こそついているものの中に人の気配はなく、呼吸の音が聞こえそうなほど静まり返っている。


「はっ……」


 息が少しだけ曇るのを見て、ひとりで良かった、と思った。

 今人に声を掛けられたらやっぱり身構えてしまうだろうし、もし翼についてなにかを聞かれたら詰まってしまう気もする。どう答えたらいいか分からないというか、どう説明するべきか悩むというか。

 何より、だいぶしばらく一人の時間というものが無かった気がする。自室は用意してもらっているけど、ほとんど寝ているだけで、自分個人の時間を過ごしているわけではない。仕事に出かけて、働いたり島を巡ったりして、帰ってくる。その後は翌日に備えてすぐに布団に入っていた。

 ようは、一息つくとか、趣味をするとか。落ち着く時間がなかったのだと、ようやく気がついた。

 自分の足音さえ気になるほどの静寂のなかで、ようやく私は久しぶりの落ち着く瞬間を味わっていた。


「……別の世界にいるんだなぁ」


 背中には翼。窓の外には変な空とそこに浮かんでいる島たち。

 基本的に和風というか、田舎というか。神社の外観とかも含めて、日本人の私にとってあんまり違和感がない世界だな、なんて思っていたんだけど。

 目の前の景色も、常識も、今起きていることも。十日前の私には全く想像もつかなかったようなことばかりで、思ったより息が詰まっていたのかもしれない。

 大きく息を吐く。思ったより痛む筋肉痛と、それ以上の倦怠感。違和感だらけのなかで、それでも参考になりそうな本を開く。

 久しぶりの勉強みたいな感じ。

 この島に来たばかりの時は、今より焦りとか驚きの方が強かった。調べごとをする時もどこか急いていて、とにかくなにか情報を見つけることに腐心していた気がする。

 あの時はよりはじっくり、有意義な調べ物ができているはず。

 そのまま図書館の中を巡っては本を持ってきて読む、ということを繰り返すこと数時間。昔の言葉で読めないもの以外は、古語翻訳本も、昔話も改めて読み返した。

 もし元の世界の図書館でこんなに積んでいたら白い目で見られるよな、という量の本を読み抜く。隅々まで読めたわけでも、持ってきた全ての本が狙い通り星拾祭について書かれていたわけでもないけど。

 その文献の中に、気になる言葉を、見つけることができた。

 本を借りていく旨をカウンターに書き残して、向かった先は時計塔。

 見つけた内容を誰に話すか悩んで、結局信頼と安心ができる相手は鶴屋しかいないな、って思った。私のことを色眼鏡無しで見て、ちゃんとした判断をしてくれる。普段はちょっとだけイヤだけど、あの無表情は信用できる。

 そう思って、高い時計塔の螺旋階段を登っていく。

 時間はお昼を過ぎたころ、のはず。太陽が真上にあるのに夕日があって、椿と紅葉が同時に見えているから本当はどうなのかは分かんないけど。

 錆びた螺旋階段の隙間から風が吹き込んでくる。暴れる髪の毛を押さえて、風が通り抜ける空洞音に少しだけ怖がりながら登り切った先に、ようやく一番上の部屋への扉があった。

 所々が剥げて穴が開いた木製の扉に、鉄環の取っ手がついているだけ。いかにもボロというか、手入れがされていないというか。


「鶴屋、いる?」


 風で重くなった扉を少しだけ開けて中を覗き込む。

 狭い部屋の中も扉と同じくらい簡素を極めていた。

 魂珠時計に使われているものとは比べ物にならないほどの大きさの歯車がいくつか動いていて、その近くには操作盤のような装置がある。その隣に木の椅子と、上にある鐘の場所に続くのだろう小さな扉があるだけ。

 小さな椅子の上で、寝ているのか起きているのか分からない姿勢で鶴屋が座っている。


「……?」


 薄目で私を見ている。

 微睡みに沈んだその表情は、ここじゃないどこかを見ているようで。


「ごめん、寝てた?」

「……何かあったか」


 姿勢を直し、固まっているだろう体をほぐしながら問いかけてくる。その手には、こんな状況でもしっかりと柚希さんの時計が握られていた。


「これ、図書館で見つけたの。どのくらい信用できるかは、分からないんだけど」


 用意しておいたページを開く。

 小口が少し黄ばんだ古本の中にある一節。たくさんの本を読み漁ってようやく見つけた。

 曰く。

『星は神様への奉納物の化身であり、この世界で過ごした人間の波動が生み出したものである。星拾祭が終わるまでの期間は、星の奉納は有効である』、らしい。

 つまりどういうことかというと。

 昨晩の騒動のせいで回収されず、今もなお島中に散らばっている星を集めて神様に奉納し、再びお願いをするのは有効なのかもしれない。

 星拾祭は準備期間二日を含む五日制。

 初日にみんなで騒ぎ、豊作や神様の加護を喜ぶ。

 二日目に星を奉納し、神様に感謝と変わらない加護、そして小さな願い事をする。

 三日目、つまり明日に、一年の世界の歪みを丸ごと直す儀式をする。

 今日の準備日を含む三日目の儀式完遂までは、星を神様に奉納し願い事をできるのかもしれない。確証はどこにもないけど、可能性としてはある気がする。


「……これでもしどうにかなるとして、だ。なにを願うつもりだ」

「その前になんだけど、一つ頭に入れておいてほしいことがあって。たぶんだけど、この世界の神様はたぶん、かなり疲弊しているんだと思う」


 鶴屋の表情が歪む。自分の世界の神様が疲弊していると知って嬉しい人はいないだろう。


「鶴屋も星拾祭の昔話は知ってるでしょ。あれはたぶん、脚色もかなりされているはずだけど、わりと本当に起きたことが書いてあるんだよ。過去になにかがあって、それからずっと助け続けてくれている。だからこの世界は揺らぎやすいんだよ」

「つまり?」

「たぶん、今の神様にこの世界を元に戻すだけの余力は無いんだと思う」


 昔話では姿を見せていた神様が姿を見せなくなったのも、過去の騒動の後からだったはず。きっとその時から神様はこの世界を支え続けていて、毎年集められた星で力を養っている。

 ギリギリのバランスの上で成り立っているからこその不安定さ。一年周期で揺らぎやすくなるのは、星の供給がされないと神様の力が抜けていくばかりだからだ。

 そんなギリギリのバランスの中で小さな願いを叶えてくれていた神様に、私はきっととても重いお願いをしたんだと思う。この世界の住人の柚希さんだけならともかく、私や室谷さんみたいな他の世界の人間の翼まで願ってしまった。

 その結果、神様の力がとても弱まり、バランスが崩れてしまったんだと思う。抑えられていたナニカが暴れだしてしまった。


「……っていうところまでは考えたというか、調べられたんだけど。結局どうしたらいいのかは分かってなくて、鶴屋に意見を貰おうかなって思ったんだけど……」

「それでここに来たのか」


 明らかに疲れている様子の鶴屋を見て、流石に悪いかなと思ってしまった。

 隙間風のあるボロの部屋の中で、満足に眠ることもできずに働き続けている。それこそ、島の人たちが楽しく星を拾って願い事をしている間もずっと。

 そんな疲れている頭でもちゃんと考えてくれているようで。


「なら少なくとも星を集めることは必須。どういう願い事をするのかも考えないといけないわけだな」

「そう」


 準備期間の今日はたぶん、島中が昨晩の片付けで終わる。

 本来の明日の星拾祭は神社で行われ、篝火も最低限しか焚かれずに厳かに執り行われることになっていたはずだ。

 その儀式までにあらゆる手筈を整えないといけない。


「分かった。何人残っているかは分からないが、神社の関係者には話をつけておく。それ以外の人を集めるのはお前がなんとかしろ」

「なんとか、って」

「星の奉納は簡単な儀式じゃない。たくさんの人手で成り立っているんだ」


 もしもう一度二日目の工程をやるのであれば当然、頭数がいる。

 だいぶ簡略化して、神輿で島を巡る行程とかを無くしたとしてもどれだけ集めなければいけないのだろうか。

 儀式の雅楽演奏や運営をする人に舞いをする人、そして単純に星を集めてくる人は最低限必要だ。

 色々な準備や方々への報告と説得。篝火のための薪はほとんどが雨と雪で濡れていて使い物にならないだろうから、儀式はできるだけお昼の時間帯にやらないといけない。突然の天候や空の時間の変更に備えて最低限の松明も必要だろう。

 ……時間がない。


「今、島の人はたぶん片付けを始めてるだろ。篝火も用意できないし、注連縄なんかもほとんど意味を成さないだろうから今回は捨て置いていい。ただ、星を集めるための人材と、巫女は用意しろ」

「わかった」


 できるかは分からないけど、やらないとなにも始まらない。


「鶴屋はちゃんと休んで。見逃すか迷ったけど、やっぱり寝てないのはダメ」

「仮眠はしてるし、そもそも今回起こしたのはお前だろ」

「そうだけど。でも、ダメ。こんな小さくて硬い椅子で、こんな寒い場所にいちゃダメだよ」


 流石にまずいとは思っているらしく、ばつが悪そうに視線を逸らす。

 言い訳は無し。あっても不許可。

 とりあえず座布団と枕、あと大き目のひざ掛けを持ってこよう。で、なにを言っても押し付ける。小言や文句は言うだろうけど、その程度は遅れでもなんでもないし、鶴屋の自業自得だから無視することに決めた。

 天気の変化に備えて着ておいた上着を鶴屋に押し付けて、また様子が変わっている外に出る。


「行ってくるね」

「こけるなよ」

「……こけないよ」


 座布団とかを取りに行くならまずは旅館に行かないといけない。冷えと疲れで動きの鈍い足を懸命に動かす。

 急ぎ足で慣れた道を行けば思ったよりすぐに旅館までたどり着いた。

 魂珠時計を握って深呼吸をする。これまで何回も助けてくれた時計は、今回も私の緊張を抑えてくれた。夏らしくない冷たい空気を肺一杯吸い込んで、腹を使って息を吐きだした。


「よしっ」


 小さく気合も入れて、従業員用の出入り口を開ける。

 今までのように、宿泊している人も従業員の何割かも祭りの準備に出ているらしい。男衆を中心に人はかなりの数が出ているようで、旅館の中は結構閑散としていた。

 それでもフロアリーダーや板前さんたちのような重要な役職の人たちは残っている。廊下を歩くだけで視線が集まっているのが分かるけど、できるだけ気にしないようにして進む。

 リーダーさんの前にたどり着いて、まず何を言おうか決めていなかったことを思い出した。


「……」

「……どうしたのかしら?」


 警戒し、探るような視線。黙りそうになる口を頑張って動かし、言葉を紡ぐ。


「あの、リーダー……」

「はい」

「柔らかい座布団とひざ掛け、貸してください」

「……え?」


 虚を突かれたというか、意外過ぎて反応が遅れたというか。強張った力が全て抜けた顔になっている。


「だ、ダメですか……? 鶴屋が寒そうだったので持っていってあげたいんですけど……」

「あ、ああ、鳴くんね。いいわよ、好きなのを持って行っていいわ」


 周りで様子をうかがっていたらしい人まで雰囲気が緩んだような感じになっている。

 従業員用の休む部屋の隅に積まれた座布団の中から、できるだけほつれの少ないものを選んで引っ張り出した。畳まれたひざ掛けの中でも暖かそうなやつを選んで重ねる。

 その様子を、変わらず力が抜けた顔で見ているリーダーに改めて向きなおった。


「お願いします。私に手を貸してください」


 言葉の順番とか、礼儀とか。そんなことを気にしていられる余裕はない。


「この事態が起きたのは私のせいです。みなさんに謝ってどうにかなることでもないです。でも、やっぱりあの二人を助けたいんです」


 怖いから瞼を閉じて、全力で頭を下げる。


「お願いします……!」


 少しの沈黙。私の翼に未だに視線が注がれているのが分かる。


「……小宮さんはお給料、貰っていたっけ?」

「貰っていないですけど……?」

「なら、助けて貰った分を返さないといけないわねぇ」


 よっこいしょ、とリーダーが腰を上げる。いつもリーダーさんの近くで補佐をしている人や、それぞれの小さなチームのリーダーの人たちも次々と散っていく。


「あ、あの! ここで住まわせてもらう代わりに働くのが柚希さんとの約束で……!」

「それはあくまで柚希ちゃんとの約束でしょう? 私たちだって助けて貰ってありがたい気持ちは当然あるのよ」


 小宮さんはちゃんと働いてくれるいい子だしね、と続く。


「酔って暴れる人は一定数いるし、私たちとしてももう慣れたっていうか、嵐が過ぎ去るのを待つしかない感じなのよね。そうやってるとやっぱり食器の損害とかも大きいのよ。だからあの日はとても助かったわ」

「あの時暴れた者たちは見つけ出して手伝わせる。酒癖が悪いだけで普段はちゃんとしているから安心しろ」


 どんどん手筈が整い、話が進む。

 旅館の中にいた人たちが極々一部を残して外に出ていった。足りないはずだった人手がどんどん補われていく。


「他は?」

「えっと、神社の人に連絡と、星を集める人と……舞いができる人も必要だと思います」

「りょーかい」


 私とリーダーの会話が聞こえたのだろう。柱の陰からひょっこり唯ちゃんが顔を出して、


「あ、じゃあ私が舞いやろっか? 私経験者だよ」

「経験者?」

「実は二年前にクジで選ばれた巫女は私なのです」


 どや、と胸を張る。かわいい。

 巫女は毎年クジで選ばれていて、今年は偶然柚希さんだった。つまり、これまでの年には別の巫女が選ばれていたはず。

 なら、唯ちゃんのように経験者もいるのだろう。


「じゃあ、お願いしてもいい?」

「オッケー! 任せて!」

「じゃあ小宮さんはいったん、鳴くんにひざ掛けを届けてあげて。戻ってきたくらいまでに人を集めておくからね」

「お願いします!」


 重ねた座布団とひざ掛けを抱え上げる。一瞬でも早く届けてあげるために、小走りで扉から駆け出していく。

 翼が生えたような、なんて言葉があるけど。比喩じゃなく生えている私にも今ならその意味が分かる。鶴屋が言っていた通り練習不足で空は飛べないけど、飛べそうな気さえするんだ。

 時計塔までの道を駆け抜けて、相変わらず変な姿勢で固まっていた鶴屋に押し付けてから同じ道を走って戻っていく。

 従業員の部屋に戻れば、旅館の役職者と神社の関係者の人たちが集っていた。

 装束姿の人たちの、この子が、という視線。

 隅っこではあの日に酔っ払っていた人たちが小さくなっているけど、今は気にしないことにする。


「戻りました!」

「よし。とりあえずはこの人たちの話を聞いてくれ」


 よろしくお願いします、と下げられた頭に、反射的に一礼を返す。

 神社の関係者の人たちは、言いにくそうというか、困ったような顔をしていた。


「あの後、我々も色々調べ物をしていたんです。流石にここまでの事態が起こったことは無いんですが……こちらの書庫に今の状況をどうにかできるかもしれない文献がありました。まずはそれを見て欲しいのです」


 街の図書館にはない本があるのかもしれない。紐で綴じられた古い本を広げ、中を見せてくれた。


「小宮さんも調べて分かっている通り、おそらく今の神様にこの世界を元に戻すだけの力はありません。星を捧げることでいくらかの時間は稼げるでしょうが、あくまで稼ぐことができるだけでしょう」


 やらないよりは当然やった方がいい。というよりはやるべきだろう。


「なので、事態の完全解消には別の儀式が必要です。例年やっている安定化の儀式だけでは足りません。今島中に転がっている星が無くなったら、この世界は崩壊してしまうでしょう」

「そうならないための儀式がこれですか」

「はい。端的に言うのなら原因となったものの棄却と逆行の儀式です」


 棄却と逆行。その二つの単語で、なんとなく意味が伝わる。


「原因の特異点の中心というか、原因と言いますか。それがやったことを疑似的に反転させて行うことでそれをなかったことにするというものですね」


 視線が私の方に向けられる。間違いなく、その原因は私だ。


「とりあえず今日は夜になるまでに昨夜の儀式の準備と再演が必要です。今、私たちの指示で儀式の準備は進んでいます。小宮さんには私たちについて来て貰いたいのですが……」


 大丈夫か探る視線。とりあえず鶴屋に掛け布団を届けられた私には外せない用事は無い。旅館の人たちも特に用事は無いはず。

 そこまで話が進んだところで、唯ちゃんがおずおずと手を挙げる。


「あの、舞いはどうなるんでしょう……?」

「他の方を用意しないといけないですね。唯さんは確か……」

「経験者です!」

「ではお願いします」


 瞬く間に準備が進んでいく。

 集まっていた人たちが今度は一気に部屋を出ていった。

 さっきまであった緊迫感が一気に緩む。装束の人が正座でいる空間はやっぱり気まずいというか、圧迫感があった。姿勢が良いからなんだろうけど、一緒の空間にいるのが怖い。

 部屋に残ったのは、リーダーと酔っていた三人組だけ。


「……」

「……」

「……えっと、なんでしょう……?」

「すいませんでしたぁー!」


 えっと、なんだろう。困る。リーダーもため息なんかついていないでどうにかしてほしい。大の大人が集まって高校生に土下座するのは、傍から見ても変な光景だと思う。なんて言ったら良いかわかんない。


「土下座はいいから説明したらどうなのよ」


 げしっとリーダーが戦闘の人を軽く足で小突く。温和な人だと思っていただけに違和感が凄い。

 気にしないでね、知り合いなのよ、って微笑まれても。


「酒癖が悪いのは分かっていたんだがお祭り前で気分が高揚してました。迷惑をかけて本当にすみませんでした」

「え、ああ、いいですけど……どちらかと言えば柚希さんに謝ってほしいと言いますか」


 私はあくまで柚希さんが酷い目に遭っているのが見過ごせなくて飛び込んだだけ。正直、今思い出しても恥ずかしいという感情の方が強い。

 翼が無い人や不完全な人に偏見や差別のようなものがあるのはもう仕方ないのだろう。私の感覚からするとおかしいとしか思えないけど、ここまで根付いているものに文句をいうのも難しい。なにより、柚希さんたちが大丈夫だっていうのならそれを信じたい気持ちがある。

 つまりは、すまない気持ちがあるなら、暴言を言われたり迷惑を被った柚希さんに謝ってほしいのだ。


「あのね、小宮さん。嫌な時や怒りたいときは怒っていいのよ?」

「それはそうだと思いますけど。でも、たぶんリーダーさんが怒った後ですよね? なら、私は本当に柚希さんに謝ってもらえたら大丈夫です」

「……アンタら、この子に謝る気持ちが本当にあるならこの後死ぬ気で働きな」


 はい! と三人が声を合わせる。

 小さな窓から外を見れば、星拾祭の初日ほどではないにせよ、街が活気づいているのが分かる。千切れたり踏み荒らされた茂みと注連縄はすっかり撤去され、篝火台は残った薪をかき集めた後は放置されていた。

 すっかり歪んだ天候や季節に消沈し、お通夜のような雰囲気になっていたはずなのに。少しの可能性が見えればみんなで一丸となって協力しているのが素晴らしい。


「私も頑張らなきゃ」

「気を張り過ぎたらダメよ。今後の予定は分かっているし一人ではどうにもならないことの方が多いわ。ここまで色々決まった後なんだから、ゆっくり先の方まで準備するくらいの気持ちでいなさいな」


 リーダーの役職と年齢なりの落ち着きのようなものを感じて足を止める。異常が重なって焦っていた気持ちが少しだけおさまった。

 何回か落ち着く時間は作っていたんだけど。


「じゃあ、一つお願いしてもいいですか?」

「いいわよ。なにかしら?」


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