第7話 三日月の夜

 聖華暦830年 初夏の頃


 トリロビーテからマギアディールへの道中、私はキャラバンに同行するでもなく、気ままな二人旅を続けている。

 正確には一人と一冊になるのだが…

 いや、もっと言えば一人二人と数えるのは違っている。私はアンドロイドなのだから、一機二機、あるいは一台二台と数えた方が正確であろう。

 だが、かつて製造された時でも正確な単位は決められておらず、人間社会に紛れている以上、一人二人と数えた方が齟齬がなく、トラブルに発展する事はない。

 だから便宜上、一人二人と数えるようにしている。[人]に成りたい訳では無い。

 アンドロイドとして、[人]を観察し、データ収集し、考察する。この目的に変わりはない。


 今はそれはどうでも良い事だ。今現在、ちょっとしたトラブルが発生している。

 いや、すでに予見出来ていた事なので『発生しないように予防措置を行わなかった』と言う方が、この場合は正しい。


『よう、お兄さん、今一人かい?』


 下卑たニュアンスを含みながら、私を見下ろしている機兵リャグーシカが言った。


「ああ、今日は綺麗な三日月がかかっている。こっちで焚火にあたって行くかね?」


 森に面した開けた場所で、私はLEVワールウィンドを背に焚火の前で腰を下ろし、夜の月を見上げて、盗賊の頭目と思しき機兵リャグーシカへそう言った。

 夜の闇が辺りを覆い尽くし、三日月の僅かな光と焚火が周囲の輪郭を朧げに浮き上がらせている。

 暗い森の中から足音を響かせながら現れた、4機の武装した機兵リャグーシカに囲まれ、私はなおのこと、焚火の前から動かなかった。


『ふぁっはっはァ!そいつぁは良い冗談だ。』


 他の機兵リャグーシカからも下品な笑い声が漏れる。


『命は惜しいだろう?持ってるもんを全部置いてけ。そしたら見逃してやるよ。』


 頭目の隣の機兵リャグーシカがそう言ってきた。全くもって信用は出来ない。

 ここはトリロビーテからもマギアディールからも遠過ぎる。何処から魔獣が出てくるかもわかったものではない。

 こんな場所で身ぐるみ剥がされ放り出されたら、生き残る事など到底出来ない。

 すぐに殺す気は無いようだが、生かしておく気も最初から無いのだ。

 度し難い。


 私はゆっくりと立ち上がると、私の動きを警戒する盗賊達を尻目にゆっくりと、回り込むようにLEVワールウィンドから離れて、盗賊達の機兵リャグーシカが焚火を背にする位置まで移動する。

 盗賊達が私に注目する中、私は懐から拳銃を取り出して真っ直ぐに、頭目の乗る機兵リャグーシカへ構えて見せた。


『おいおい、そんなもんで何をする気かな?』


『抵抗するだけ無駄だぁぜ、やめときな。』


 彼等は自分達の絶対的優位を信じて疑わない。

 呆れ、侮蔑のニュアンスを込めて盗賊達は口々に言葉を吐く。

 機兵リャグーシカ相手に拳銃一丁で何が出来る?

 悔し紛れのパフォーマンスと映っているのだろう。


「お前達こそ、命が惜しいだろう?ここから消えれば見逃してやるぞ?」


 私の一言に怒りを覚えたらしく、頭目が苛ついた声で怒鳴った。


『調子に乗るなよ!殺されたいのか?こぉのイカれ野郎がっ!』


 魔導砲を2発、私の左右へ向けて撃ってくる。轟音と共に土が大きく抉れ、土埃が舞う。


「警告はしたぞ。」


 私は真っ直ぐに機兵リャグーシカを見据え、

 閃光が走り、頭目の機兵リャグーシカの胸部装甲に赤熱する穴が開き、操手もろとも沈黙する。

 他の盗賊達は何が起きたのか、理解が追いついていない。

 私は立て続けに引金を引き、残りの3機の機兵リャグーシカも同様に、胸に赤熱した穴を開けて沈黙した。


 私の手に持った拳銃から放たれた弾によってこうなったのでは無い。当然、魔法でも無い。私は魔法を使えない。

 沈黙して立ち尽くす4機の機兵リャグーシカの背後、私のLEVワールウィンドがエーテリックライフルを構え、銃口から過熱による湯気を漂わせている。


 私はLEVワールウィンドが遠隔操作でその砲口を盗賊達へ向けている事を気取られないよう、盗賊達の気を引く為にあのように振る舞ったのである。

 私は野営をするしばらく前から、この盗賊達がこちらの動きを窺っていた事に気付いており、油断を誘って処分する事にしたのだ。

 永く旅を続けている為、このような事は幾度となく経験している。


[人]は、自身の優位が立証されている状況では、自信過剰になり、周囲への警戒が散漫にはなる。警戒が必要では無いと勝手に判断してしまう。

 全くもって度し難い。


「リヴル、終わったぞ。」


 LEVワールウィンドのコクピットへ近付き、予め中へ入れておいたリヴルに声を掛ける。


「…タカティン、酷いのです、理不尽なのですよ。何も殺す事は無い筈なのです。」


 人死にを、ましては殺人を間近で見るのは初めてだったのだろう。幾分、声が震えている。


「リヴル…」


「………」


 それきり、リヴルは話さなくなった。


 私はLEVワールウィンドを操縦し、盗賊達の後始末を始める。科学で造られた武器の存在を隠蔽する必要があるのだ。


 天高く、嫌らしい笑みを浮かべた三日月が、そんな私と事の成り行きを静かに見下ろしていた。


 *


 それから丸一日、リヴルは口を聞かなかった。ショックを受けたのだろう。こちらから話しかけても反応をしなかった。


 マギアディールが遠目に見え始めた時に、ようやくリヴルは話しかけて来た。


「…タカティン、ごめんなのです。でも…もうあんな事はして欲しく無いのです…」


「…あぁ、済まなかった。」


 相棒へ向け、一言だけ謝罪した。

 降り掛かる火の粉を払っただけの事である。だが、その事がを傷つけた事実を、私は深く後悔していた。

 今まで感じた事のない、この感情はなんだ?


 全くもって度し難い、全くもって不可解だ。

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