第6話 景色
差し出した書類に目を通し、サインと押印をした税関局員は和やかな笑顔を浮かべて、こう言った。
「ハイ、問題ありませんネ。ようこそ、他に類を見ない珍しい景観と、旧文明のロマン溢れるトリロビーテへ。」
返された書類を受け取って、私は会釈をし、街へ踏み出した。
まず目に飛び込んできたのは、露天掘りの大穴、その中心から『風車の羽』のように放射状に広がる構造物だった。非常に大きい。
さらに雑多に建ち並ぶ建物が穴の輪郭をぼやかしている。
何度かここには来ているが、来る度に街の輪郭も変化してしていて非常に興味深い。
そしてこの街の[人]の活力。
確かに大都市に比べると、街の規模こそは小さいものだ。
だが、この街には他には無い、何というか、独特の『熱気』のようなものを感じ取る事が出来る。
『
そういう空気が流れている。人々の雰囲気がそう思わせるのだろう。
アンドロイドである私でさえ、そのように思えてしまうのだから、実に度し難い。
不可解で興味深い。
「タカティン、あの中心の建物は何なのです?」
「リヴルはこの街へは初めてだったか。あれは旧人類文明の遺跡だ。」
あの構造物が何なのか、詳しい事は何も解ってはいない。今だに何かしらの発見があり、探索が日々行われていると聞いている。
「タカティンでも知らない事があるのです?」
「私は[人]より長く存在しているが万能ではないのだ。知らない事、解らない事があって当然だ。」
事実、今だに[人]の事は度し難く、理解に苦しむ事は幾らでもある。
[人]は『
それでも、概ね問題無く通用してしまう。
全くもって度し難い、不可解で興味深い。
「寧ろリヴル、お前の記憶が正常だったなら、お前の方が知っていたのではないかな?」
リヴルは少なくとも旧大戦末期には存在していた。私よりも多くの事を知っていてもおかしくはない筈だ。
「むぅ、タカティンは意地悪なのですよ。それは今のリヴルには解らないのですよ。」
拗ねたように否定してきた。
確かに、それは今となってはリヴルにも解らない事だ。リヴルは記憶の4割を失ってしまっているのだから…
「済まない、今のは失言だった。気を悪くしないでくれ。」
「それならお詫びの印に、今日一日この街をリヴルに観せて回ってくれたら許してあげるのです。」
どのみち、宿を探さねばならないし、構造が変わってゆくこの街自体を観察する事も興味深い事なのだ。効率的、合理的であり、利害の一致を見た感じだ。
「解った。今日はこの街を観て回ろう。ついでに宿も探すとしようか。」
「やったのです。リヴルはあの建物を近くで観てみたいのですよ。きっと変わった景色を観れるのですよ。」
声色に喜色をにじませ期待に胸躍らせて、リヴルがはしゃいでいる。自分の気持ちを素直に表現するリヴルを見ていると、微笑ましさと危うさを覚えてしまう。
リヴルは果たしてAIなのか、実は[人]よりも[人]らしいのではないか、そんな錯覚をしてしまう事がある。
そしてそこでハッとする。自分こそ[人]では無い、アンドロイドなのだと…
まるで自分が[人]にでもなった気になっているのではないかと…
度し難い、度し難い、度し難い。
不可解、不可解、不可解。
長く[人]を見ている内に、自分の方が自分を見失っていたのだろうか?
否、そうでは無い。
永く[人]を観ている内に、自分と[人]を同列視していたのだろうか?
否、否、決してそうでは無い。そんな筈は無い。
[人]の観察、データが蓄積され、考察に考察を重ね、[人]に対しての理解が進んでいるのだ。だが、それでも尚、[人]に対して解らない事が多過ぎる。その事で自己矛盾を起こしていたようだ。
私は私だ。
[人]では無い、アンドロイド。
それこそが私だ。
「タカティン、どうしたのです?早くあの建物に連れて行って欲しいのですよ。」
私の一瞬だけ生じた苦悩を知らず、喜色満面なリヴルが催促してくる。
ふっ、バカらしい。私は何を悩んでいるのだ。
リヴルを見ていて、そう思った。
自然と視野が狭くなっていたのだろう。[人]は矛盾の塊なのだ、その事を思い出した。
未だ理解出来ないモノを、無理に理解する必要はない。もっと時間をかけて、データを集めて考察していけば良い。
『答え』を焦る必要など何処にも無いのだ。
「そうだな、あの構造物を穴の底から見上げてみるのも面白いぞ。遺跡の巨大さが良くわかるからな。」
「きっと見た事がない景色が観れるのです。楽しみなのです。」
世界には
全くもって度し難い、不可解で興味深い、この世界の事を…
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