第4話 The future ahead (その先の未来)②
俺はここ数日彼に驚かされ続けてきたが、今日の話は今までを超えてきたのだ。
いつもはボディブローだが、今日はアッパー。
とりあえず彼の真意を問うため、静かに尋ねた。
「どうして辞めるんだ……? 」
すると裕翔は柔らかな声で
「野球を続けていくと拓真先輩と一緒にいられない気がして」
裕翔は腰に手を当てながら、ぎこちなく微笑む。
俺のために辞めるのは何か違う。
恋人と野球を天秤にかけたら、大半の人が悩んだ末に結果を出すだろう。
その結果はどちらになっても、決して軽いものでは無いはず。
しかし、裕翔は軽々と口にしたのだ。
「……本気で言ってるのか? 辞めるって」
「…………はい。そのつもりです」
「長年の野球より数日の俺を選ぶのか? 」
「はい。俺、先輩のことが大好きなんです」
真っ直ぐな瞳が彼の意志を代弁している。
彼の気持ちは嬉しい。嬉しいが、彼に野球を辞めて欲しくない。
俺を理由に辞めるのは、俺も嫌だし世間の人も許してはくれないだろう。
だからこそ言わなければならない。
「……ふざけるな」
俺の言葉に、裕翔は顔を
「え? 」
「裕翔が本気でそう言うなら、俺は別れる」
彼は
ありのままの気持ちを拳に変え、彼の気持ちへと打ち込む。
「なんでですか? 」
彼も俺の拳に食らいつく。
だが俺もそれに負けじと、
「二兎追うものは一兎も得ずなんて言葉があるが、俺はこの言葉が嫌いだ。この言葉を作った人は言葉通りの現実になってしまったのかもしれない。だがこの言葉を
本音で返す。
すると彼は、
「ッ!? 」
彼は何かに気づき顔をゆっくりと上げた。
彼の心にあった辛さや悲しみの分厚い壁が、砕けた音が聞こえた。
きっと俺の左ストレートが届いたのだろう。
俺は彼を抱き寄せこう言った。
「大事なふたつを天秤で測るな、自分の手でしっかりと測れ 」
彼は胸の中で涙をこぼしていた。
受験終了直後から高校の練習に参加しに来るほどだ。
そんな奴が野球を簡単に諦められるわけがない。
「俺にも応援させてくれ」
「……先輩、俺頑張るっす」
「あぁ、見てるとも。俺はお前の彼氏なんだから」
しばらくして、彼は落ち着きを取り戻したようだ。
落ち着いてもまだ俺の胸の中にいる。
俺の胸が1番落ち着くらしい。
しかしこうしてもいられない、直に昼休みが終わる。
俺は立ち上がって、
「さてそろそろ教室にかえ————」
「先輩、どうしました? 」
「……教室?……あっ! 」
やらかした。
教室から飛び出したことを思い出した。
だが俺は気づいた。
俺はそもそも教室じゃ未だボッチの身。
1人が好きなのはこういうところだ。
人との面倒事に関わらなくて済む。
俺は勝手に納得し考えるのをやめ、
「次会うときは連絡してくれ、直接会いにこられると困るから」
と軽く注意すると、
「了解です」
と、彼は指先を揃えて敬礼した。
「じゃあ、そろそろ飯食わないと次の授業に遅れちまう」
俺は弁当を食べに戻ろうとすると、彼が俺の手に紐をかけ、
「先輩、……これをどうぞ」
「なんだ? これは」
「弁当です。手作りの」
「いいのか? 」
驚きながらも、本当にいいのか確認すると、
「はい! これも教室に来た目的ですから」
俺は笑顔で見上げる彼の頭を、感謝を込めて撫でた。
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