第3話 The future ahead (その先の未来)①

 眠気をとばし、食欲を増幅させる香ばしい香り。

 昨日買った作り立てのベビーブレッド。

 我が家の朝食はパンオンリーだ。

 両親は共に海外で仕事をしていて、弟と2人暮し。

 米を炊くという面倒な作業はお断りさせて頂いてる。

 やはりパンには挽きたてのコーヒーに限る。

 挽くのも面倒だって? 好物に妥協はする馬鹿がとこにいるのだ。


「「いただきます」」


 食べ始めはコーヒーを飲むと相場そうばが決まっている。

 まずは香りをしっかり味わい、ひと回ししてから飲み始める、これが俺のルールだ。

 そんなとき、弟が朝のひとときを楽しむ俺に声をかけた。


「ねぇねぇ、兄貴。あれみろよ」

「なんだ克哉? 」


 克哉かつやがテレビに指を向けている。

 コーヒーを飲みながらテレビに視線をやると、そこには見覚えのある人が映っていた。


「次のニュースです。次期野球界の宝と称される、青木 裕翔選手が神尾高校に入学したとのことです。」


 空いた口が塞がらない。

 弟は、部屋に色んな選手のポスターを全面に貼る程の熱烈な野球ファンだ。

 その中でも裕翔のポスターが大半を占めており、毎日1回は彼の話を聞かされる。

 だから俺も彼のことは知ってるつもりだったが、まさか昨日告白してきた彼だったとは……

 けして軽い気持ちで付き合った訳ではないが、ボッチ、いやいつも1人でいる俺とはたして釣り合うのだろうか。

 美女と野獣、いや、月とすっぽんぐらい違うだろう。

 そんなことをボーッと考えていると、耳が食器の接触音を拾う。


「兄貴、早く食べないと遅刻するぜ」

「あっ、やべぇ! 朝の補習に遅れる」


 全て綺麗に食べ終え、歯を磨く。

 着替える速さは列車の如し。

 白地ベースで差し色の赤がなんともかっこいいスニーカーを、素早く手に取り履こうとすると弟が、


「裕翔選手のサインよろしく」


 と強請ねだって来たので仕方なく、


「はいはい、行ってきます。」


 と声を響かせ家を出る。



 朝の補習に疲れた俺は、突っつっぷしていた。

 英語をチョイスしてしまったことに後悔しているところへ、


「「おはよう」」


 俺は顔を伏せていたが、誰が来たのか想像はつく。

 俺のもとに来るのは、大抵この2人だ。

 1人は左隣に住んでいる、スポーツ万能でイケボ野球男児の大原おおはら げん

 もう1人は右隣に住んでいる、読モで明朗快活めいろうかいかつな完璧美少女の茨垣いがき 理恵りえ

 こいつらとは幼なじみだが、まさか高校まで付いてくるとは。

 こいつらがいなければ1人ライフを充実できたものを。

 まぁ迷惑なヤツらだが、居て楽しいから嫌ではない。


「聞いたか? この学校に青木 裕翔が来たんだって」


 弦の言葉に体がピクッと反応した。


「……有名くんだろ? 今朝のニュースで見た」


 と、平然を装いすました表情で返してみせた。

 すると彼女はスマホを見ながら、


「顔可愛いよね。背も低いし可愛い」


 と笑顔で言った。


「お前のタイプなんか? 」


 弦は弦で、スマホを厳つい顔で見下ろしながら尋ねた。


「さぁ〜どうでしょう」


 理恵もまた、わざとらしく言い放つ。


「なんやねん、教えろや」


 キレのあるツッコミは弦のアイデンティティだ。

 そこに理恵のあざとさと天然が加わればもはや最強。

 弦と理恵のコンビは世界一だと、自分のことではないが自負している。

 こんなボッチみたいな俺と一緒にいていいのかと、毎度思う。

 こいつらの元気に救われている部分もコンマ何ミリかはある。



 そして四限が終わり昼休みに入った。

 ガラガラガラッ————


「すいません、拓真先輩っていますか? 」


 透き通る声に、俺の体が即座に反応した。

 クラスのみんなも一斉に後方の扉を見る。

 そこに居たのは、ドアの近くでキョロキョロする裕翔が居た。


「裕翔っ 」


 思わず名前を呼んでしまった。

 すると、彼に向かっていた視線が、今度は俺に照準を合わせてくる。

 全身レーザーサイトに当てられている感覚だ。

 やばい、怪しまれてる。

 俺は裕翔の元へ駆け寄り手を握り、教室を飛び出す。

 廊下に響く俺の足音は何度も跳ねた。

 胸の中には何かザワつくものが蠢いていた。



 体育館裏に着くと裕翔は息を上げ立ち止まり、俺も木にもたれ掛かり雲ひとつない空を見上げた。


「急に走って、どうしたんですか? 」


 息を整えるため深呼吸をし、潮風から塩味を感じながら、


「裕翔お前、有名人だったんだな。びっくりしたぜ」


 と驚きを伝えると、


「それで逃げたんですか? すいません言ってなくて」


 頭を下げて律儀に謝罪する。


「謝るのはこっちの方だ。無知を許してくれ」


 頭を下げる俺に今度は裕翔が驚いて、


「謝らないでくださいよ。嬉しかったんです、俺の事をただの男としてみてくれて」


 と、恥ずかしそうに言った。


「まぁその分有名って知った時の驚きは凄かったけどな」


 俺の言葉に彼は頭をかいた。

 俺はふと彼が教室に来たことを思い出し、何用か訊ねた。


「そう言えばさっき何の用事で教室に来たんだ? 」


 すると裕翔は小さく息を吸い、真剣な眼差しで俺を見る。


「俺、実は…………野球を辞めようと思っているんです」

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