第47話 友人

 翌日の水曜日、体育祭の放課後練習を終えた彩人、秀馬、凛の三人は、石神井公園駅にあるカフェに来ていた。店内は多少混んでいたが、四人掛けが空いているのを見つけそこに座る。

 注文をするために荷物だけ置いてすぐ離れ、レジに向かう。彩人はアイスティーを頼んだ。秀馬と凛もそれぞれ飲み物を頼み、「あとでそっちも飲ませて」などといちゃついている。

 支払いを終えた三人は席に戻り、しばらく談笑に興じていた。体育祭の練習のこと、薫のこと、ここ最近忙しくて話せていなかったことを、話した。

 だが、本当に話したかったことをまだ話せていない。この二人には話さなければいけないのに、どうしても言葉が出てこない。きっかけが掴めない。


「てか倉木、今日も薫ちゃんにセクハラしてないでしょうね」


 どう切り出すべきか悩んでいると、凛がジトッと睨みながらそう言ってきた。


「……してないな」

「それ、してる人の間なんだけど」

「でも、まさか彩人に俺ら以外の友達ができるなんてな」


 彩人と凛の会話を聞いてケラケラと笑った秀馬がそう言って、頼んだアイスカフェラテを口に含む。


「ねーほんとびっくり。というか、倉木変わったよね」

「そうだな、変わったな」


 秀馬と凛がうんうんと頷き合っている。


「1年生の時だったら、絶対邪魔者扱いしてるもんね薫ちゃんのこと」

「間違いないな」

「お前らな……」


 なかなか酷い言われようだが、否定できないところでもあった。薫と出会ったのが去年だったら、間違いなく友達にはなれていない。よくてクラスメイト止まりだ。

 だからこそ今の状況には、彩人自身少し驚いている。意識的に何か変えようとしたわけではない。結果的にそうなったのだ。そう意味では、「変わった」のかもしれない。


「その変わったことと、今日話したいことは、何か関係あるんだろ?」


 彩人を促すように、諭すように、優しくそう言ったのは秀馬だった。彩人が話しやすいように、切り出すきっかけをくれるように。


「……ったく、敵わないな、ほんと」

「何年友達やってると思ってんだ」

「まだ1年だろ」

「これから一生続くんだから、1年も10年も変わんないって」

「ちょっと倉木、秀馬のこと取らないでよね」

「いらないから、やるよ」

「おいおい酷いな」


 そんなやりとりをして、三人で声を出して笑った。

 本当に、いい友達を持ったと思う。この二人に出会ってなければ、きっと学校を辞めていた。もしそうなっていたら、由依に会うこともできなかったし、和希とまた会うこともなかっただろう。この二人の存在が自分にどれだけの影響を与えていたか、彩人は今更のように実感した。

 そしてひと段落ついた頃で、本題を切り出した。


「……和希とのことは、話したよな」

「うん、聞いた」


 秀馬が返事をし、凛が相槌を打つ。

 氷が溶けかけていたアイスティーを飲んで、ふっと息を吐く。


「それで、あの後は……」

 

◆ ◆ ◆


「……なるほどね、そんなことがあったんだ」


 彩人が話を終えて最初に口を開いたのは凛だった。腕を組み、何やら難しい顔をしている。秀馬も同様に、納得したようなしていないような、微妙な表情をして、


「というか、色々ありすぎだな」


 そう呟いた。

 由依と同じ部屋に泊まったとか由依の寝起きが悪いとか、そういう話はしていないが、彩人は話せる限りのことは全て話した。自分でもあの一連の出来事は色々ありすぎたと思っているのだから、話をされた方もそう思うのはなんら不思議なことではない。


「そうだな、色々あった」


 本当に、ありすぎるくらいに。


「にしても、彩人が部活に入るとはねえ……」

「あんなに頑なに入らなかったくせに、美人な先輩がいるからってねえ……」

「……貰った恩を返さなきゃなんだよ」


 事実、由依には感謝してもしきれない。その気持ちに嘘はないし、これから先変わることもない。由依と同じ部活に入ることが恩返しになるのかは、今でもわからない。だからこそ、続けていくしかないのだ。続ける中で、見つけるしかない。


「それで、何部なの?」


 凛にそう言われ、彩人は部活に入ったことしか伝えていないことを思い出した。


「相談部」

「……倉木が?」

「僕が」

「……彩人が?」

「相談部」


 二人は互いに顔を合わせ、そして綺麗に重なった声でこう言った。


「「死ぬほど柄じゃないね」」

「毎回このやりとりしなきゃいけないのか?」


 どこかの仮面女子にも同じことを言われた気がする。一言一句違わずに。


「まあ、柄じゃないのはちゃんと自覚あるから安心してくれ」

「「そっか、よかった……」」

「今2人とも本気で安心しただろ」


 安心しろとは言ったが、ここまで露骨に安心されるのは話が違う。さすがにもっとオブラートに包むべきではないだろうか。


「だって、あの、倉木が、相談部だよ?」


 凛がそう力説すると、秀馬も「うんうん」とうなづく。この二人が今までどんな目で彩人を見ていたか窺える反応だ。


「お前らな」

「まあでも、彩人がそう決めたなら俺らは応援するよ。なあ凛?」


 秀馬が凛に問うと、


「もちろんよ!」


 と、凛は笑顔で答えた。


「だから、頑張れよ、彩人」

「がんばれ、倉木」

「……」


 頑張れという言葉は、和希と和解した今でも嫌いだ。気張ることを他人に強要する言葉としか思えない。

 だが、信頼している人間からの「頑張れ」はとても暖かく感じられた。お前ならできると、そう言ってもらえてるような気さえする。


「ああ、頑張るよ」


 応援してくれている二人に報いるためにも、今抱えている相談を解決しなければならない。ただ、どうすればいいか、正直手詰まりだ。

 どうすればいいかと頭を悩ませていると、凛が声をかけてきた。


「ところで倉木」

「なんだ?」

「由依先輩のことどう思ってるの?」

「……」


 凛の隣に座っている秀馬も、「あー、それ俺も気になるな」などと言っている。

 正直この手の質問は来るとは思っていたが、こうしてストレートに飛んでくると面食らってしまう。

 だが、どう質問されようと、答える方向性は定まっていた。適当に誤魔化したところで、この二人は見破ってしまうのだ。隠し事はできない。


「まあ、好きだな」


 そう答えると二人は目をパチクリさせていたが、やがて口を開いたの凛だった。


「へー、意外、誤魔化すかと思ってた」

「俺も思った」

「だから、お前らな……」


 この二人は自分のことを舐めきっている。舐め腐っている。彩人は今のやりとりで確信した。


「今までの彩人だったら、確実に適当ぶっこいて逃げてたよ」

「間違いないね。素直になったじゃん、倉木」


 強く否定したいところだが、そうもいかないのが焦ったい。自分でも、前なら逃げていたと思うからだ。それもまた由依、そして和希のおかげなのだと実感する。色々な人の支えがあって今の自分があるんだと、彩人は改めて感じた。


「それで、いつ告白するんですか?」


 そうニヤニヤしながら問うてきたのは凛だ。氷が溶けて薄くなっただろうアイスティーをストローで吸い上げている。

 この質問も予想していた故に、答えはすぐ返せた。


「恩を返し終わったら、だな」

「うっわ、めんどくさ。倉木めんどくさ」

「なんでこう、彩人は変な方に突っ走るのかな……」


 凛は露骨に顔を顰め、秀馬はため息をついた。真面目に答えたはずなのに、二人には大不評だ。だが、彩人がこう思うにはそれ相応の理由がある。


「あの人にはたくさん貰ったんだよ。何もかも。だからこっちが何も返せてないのに告白するのは筋違いだろ。恩を返せてやっと言えるんだ」


 恩返しができていないのに、一方的に気持ちを伝える気にはならない。どの口が言ってるんだと思ってしまうから。それで振り向いてもらえるとは、思わないから。

 だからこそ、相談部に入って由依の隣で、少しずつでも恩を返していくと決めたのだ。


「なんか、変に真面目っていうか、不器用っていうか、馬鹿っていうか……」

「言い換えるたびに言葉が悪くなってるぞ」


 なんだかなあ、とぼやいてる凛を横目に、秀馬は爽やかな笑顔と共に、


「彩人らしいと言えばらしいけどな」


 と言った。


「秀馬もこう言ってるぞ、凛」

「秀馬は倉木に甘すぎるのー!」

「別に甘くしてるつもりはないけど……彩人だって思うところがあるんだろ」

「そういうとこだよー」

「どういうとこだよ」


 凛の絡みに対してケラケラと笑っている秀馬を見て、この二人は本当にお似合いだと彩人は素直に思った。二人でいる時も三人でいるときもクラスでいるときも、この二人の距離感は変わらない。ベタベタするわけでもなく、避けるわけでもなく、とても自然な形でその場に収まっている。この二人にしか出せない空気があるのだ。

 そんな二人を眺めていると、ふと凛が口を開く。


「てか、由依先輩も満更じゃないと思うけどね」

「……は?」


 突然の発言に思わず間抜けな声が出てしまう。


「凛に同意です」

「……僕が先輩を好きになる理由はあっても先輩が僕を好きになる理由はないだろ」

「女心がわかってないねえ倉木くん」


 凛は腕を組み、心底馬鹿にしたような顔でこちらを見てくる。


「ま、その辺は自分で考えないと意味ないから。私たちはこの辺で帰るよ。行こ、秀馬」

「おう。まあ、なんだ、女心は難しいぞ」


 秀馬のその言葉は、妙に実感がこもっていた。

 二人は立ち上がり、「じゃあね」と飲み終わったグラスを手に出口の方へと向かって行ってしまう。

 一人取り残された彩人は、少し騒つく店内でしばしそのことについて考えてみた。だが、十分、二十分と時間が過ぎるだけで、由依が自分を好きになる理由など見つかるはずもなかった。


「……ないな」


 そもそも、こんなことを考えるの自体烏滸がましい。由依の気持ちがどうであれ、いつかはこの気持ちを伝えるのだ。その時に由依の気持ちが自分に向いているとするならば喜ばしいことだが、そうでなくても伝えられたらそれで十分だ。

 だが、なぜか引っかかる。人の気持ちを読むのに長けている二人の発言だからだろうか。そんなことを聞いて仕舞えば、意識せずにはいられない。


「はあ……バイト行くか」


 店を出ると、今の彩人の心境を表すような曇り空が広がっていた。切れ目もなく、どこまでも続いている。

 この気持ちにも、いつか区切りがつくのだろうか。そんな悶々とした感情を抱きつつ、彩人はバイト先に向かった。

 

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倉木くんは相談に乗る。 結城ユウキ @yukiyuki0816

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