第44話 種目決め

 金曜日、彩人たちのクラスは体育祭の種目決めをしていた。三時間目の国語が急遽自習になり、その時間を使って決めていいということになったのだ。ちなみに国語の教師は我らが顧問、そしてこのクラスの担任の小竹瞳。どうやらマジでやばい仕事があるらしい。

 結局昨日終わらなかったのかよ、と心の中で毒づいたが、授業がなくなったことは素直に嬉しい。そんなことを考えていると、体育祭の実行委員から声をかけられる。いかにもスポーツをやっていそうな黒髪ポニテの女子だ。


「倉木くんは種目どうする?」

「ん?あー、余ったやつで」

「はーい了解」


 また自分から言い出さなきゃいけないのかと思っていたが、どうやら杞憂に終わったようだ。話し合いの場で普通に話しかけてこられるあたり、一年生の時に比べればはるかに風当たりがマシになっていると言える。

 それが部活に入ったからなのか、由依と一緒にいるところを見られたからなのか、彩人には判断つかなかったが、少しでもクラスでの居心地が改善されるのは悪いことではない。

 

「話しかけてもらえてよかったね」


 そうニヤニヤしながら声をかけてきたのは、隣の席の雨音薫だった。


「お前は種目どうするんだ?」

「無視すんな。まあ一応三人四脚にしようかなって思ってるよ」

「そりゃまた大変だな」

「大変?」

「大して仲良くもない人間と密着して肩組んで長い距離走ってしかも男女でとか、最悪だろ」

「そういう考えしかできない君の方が最悪だよ……」

「ああいうのはキラキラしてる人たちがやるもんなんだよ」

「キラキラしてる人?」

「世間で言う陽キャ。陽キャ陰キャって言い方が好きじゃないから勝手にそう呼んでる。そんな簡単に二分できるものじゃないだろって」

「あーそれわかるかも」


 何でもかんでも二つに分けられたら楽だろうが、世の中はそう甘くない。にも関わらず、こと学校においては、陽キャ陰キャなる言葉がいつの間にか浸透し、使われている。その枠組みに当てはまらない人だっているはずなのに。


「だから僕はキラキラしている層、静かな層、その中間ぐらいにいる層の三つに勝手に分けて勝手に呼んでる」

「それ、君も大概じゃない?」

「分けると色々と楽なんだよ。それに、バカにされてる感もないだろ」

「それは、まあ……」


 体育祭や文化祭などの行事はキラキラしている層が張り切って物事を進め、実行委員は大体キラキラしている人たちで埋まる。中間ぐらいにいる層はキラキラしている層と関わりながら事を進め、静かな層はその二つの層の流れに乗る。その他の学校生活もこんな感じだろう。

 三つの層に優劣があるわけではないが、自然とそういう形になる。それが『学校』というものだ。目立つ人間は目立つし、目立たない人間は目立たない。キラキラしている人たちはキラキラしている同士で絡むし、静かな人達は静かな人同士で絡む。そうして、誰が決めたわけでもないのに、いつの間にか層ができてしまうのだ。一度自分の定位置が決まって仕舞えば、そこから動くことはほぼない。卒業するまでそこに属することになる。

 学校という狭い環境だからこそ、人との違いが如実に出てしまう。合わない人間とは関わらなければいいだけの話かもしれないが、学校という環境がそれを許してくれない。人と違ってもいいはずなのに、違ったら叩かれてしまう。

 彩人の親友である早宮和希もそうだった。確かに和希は人とは違ったかもしれない。だが、それはいじめられていい理由にはならない。結局和希は、一般的な学生生活からフェードアウトすることを余儀なくされた。もし学校が違いを許容できるような場であれば、結果は変わったはずなのに……。

 そんなふうに考えていると、


「なんか難しい顔してるよ」


 薫にそう言われてしまった。


「いや、どうしたら雨音にエロいことできるか考えてた」

「せ、セクハラ!」

「二人三脚立候補しようかな」

「嫌だ!絶対やめて!」


 薫が両手で自分の体を隠しつつ彩人を警戒する視線を送っている。変質者扱いされるのは御免だが、薫相手ならこういうノリも悪くないと思ってしまう。

 きっと、薫は彩人が違う考えを巡らせたことに気づいていたであろう。だが、あえて気づいていないフリをしてくれている。普段から人を観察していなければできないことだ。こういうところはさすがというか、本当に鋭いと思う。


「さすが僕の友達、こんなウィットに富んだ会話もできるなんてな」

「友達やめようかな……」


 薫は「はあ」とため息をつくと、黒板に目をやった。体育祭の種目が書かれ、次々と担当が決まっていく。


「……私は、どこの層になるのかな」

「比較的大きい方の部類に入るんじゃないのか?」

「誰も胸の話はしてない!」

 

 てっきりサイズの話かと思ったが、どうやら違うらしい。


「君、わかって言ってるよね……」

「さあ」

「ほんとムカつく……。君が言ってた層の話だよ」

「ああ、そっちか。まあ、仮面被ってる時はキラキラしてる方でそうじゃない時は中間ぐらいじゃないのか?」

「……」

「なんで黙るんだよ」

「少しはオブラートに包むとか、ないわけ?」

「お前が言えって言ったんだろ」

「今1番デリケートな部分なんだけど」

「そんなの、知ったことか」

「はあ?」

「逃げてたって、どうしようもないだろ」

「……今は正論なんかいらない」


 薫はそう言うと、スマホをいじり始めてしまった。

 他人に正論を言われて行動起こすぐらいなら、薫はもうとっくにこの問題を解決したはずだ。彩人もそのくらいはわかっている。

 だがそれと同時に、正論を言ってくれる人間は意外と少ないと言うことも彩人は知っていた。正しいことを正しいと、間違っていることを間違っていると面と向かって言うには、互いの関係の深さが必要不可欠だ。薫との関係が深いはわからないが、仮面を被ってない彼女を知っている分、それを言う権利ぐらいはあるだろう。


「ま、焦る必要はないだろ。急いではほしいが」

「一言余計」

「僕はさっさと先輩とのゆったりのんびり部活動生活を送りたいんだよ」

「なんで彩人くんのために頑張らないといけないのさ」

「そりゃ、友達だからだろ」

「うぜえ……」


 そんな他愛もない会話を繰り広げていると、話し合いを進めていた黒髪ポニテの実行委員が彩人のもとに駆け寄って来た。


「借り物競争に決まったから、よろしくね!」


 彼女はそう告げるだけ告げて、反論する隙を見せずに一瞬で教壇へと戻ってしまった。


「よかったね彩人くん」


 先程の仕返しだと言わんばかりに、薫はそう嫌味っぽく告げ、ケラケラと笑っている。


「よりによって……。というか、人限定とか書いてないか?」

「ほんとだ。借り人競争的な?」

「人望の欠片もないのによくやらせる気になったな」

「君がなんでもいいって言ったんでしょ」


 確かに余ったのでいいとは言ったが、こちらから話しかけられる知人が四人しかいない人間に任せる種目ではない。

 そんな彩人を横目に、隣では薫が未だケラケラと笑っていた。


「1番向いてない種目なのマジで面白い」


 そんな薫の元に、またもや黒髪ポニテの実行委員が駆け寄って来た。


「ごめん薫ちゃん!三人四脚から二人三脚の方に移動お願いできないかな?どうしてもって子がいてさ……」


 黒髪ポニテは申し訳なさそうに薫に伝え、お願い、と手を合わせた。薫は一瞬表情が曇ったが、持ち前の猫被りスキルですぐに笑顔を作り、


「わかった!全然大丈夫だよ!」


 と元気良く答えた。


「それで、相手は?」


 薫としても、一番気になるところだろう。彩人の通う井荻高校の二人三脚は男女で行われるため、ペアの相手は色々な意味で非常に大事になってくる。そう思って耳を傾けていると、衝撃的な単語が飛び込んできた。


「倉木くん」

「……え?」


 当然彩人も驚いたが、薫の方が何倍も驚いている。仮面を被ることも忘れてしまっている。


「余ってるのでいいって言うから、二種目やってもらうことにしたんだ!倉木くんもいいよね!じゃ、よろしく!」


 黒髪ポニテは一方的に二人にそう伝え、またも一瞬にして教壇に戻ってしまう。ゴリ押しなのに嫌味がないため、見事に押し切られてしまった。見かけによらず神経が図太い。それも体育会系たる所以なのだろうか。


「それにしても、なかなか強引だったな」

「私と……君が……二人三脚……」

「そんな落ち込むなよ、僕でよかっただろ」

「さっきの発言忘れてないからね」

「安心しろ、雨音には興味ないから」

「それはそれでムカつくけど……なんかあったら有る事無い事羽沢先輩に言いつけるからね」

「こってり絞られるからやめてく……いや、それもありだな」

「彩人くん……」

「ん?」

「マジでキモい」


 初っ端から災難続きだが、少なくとも去年より楽しい体育祭になるかもしれないという希望を抱きつつ、彩人は薫との会話を楽しんだ。





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