第42話 友人たち
三人で話した後、由依との時間を過ごし、彩人はバイトへと向かった。直前との落差に心が折れそうになるが、これもお金のため。そう思い込むことで、なんとかモチベーションを保たせる。
「おはようございます」
事務所のドアを開けると、店長の姿はなく、制服にエプロン姿の薫がいるだけだった。
「あ、彩人くんおはよー。さっきぶりだね」
「そうか……今日もいるのか……」
「店長に『しばらく倉木くんと同じシフトでお願いします』って言っといたから♡」
そんな地獄のような宣言に、
「あー美少女JKとシフトが被って嬉しいなー」
と、棒読みで返しておく。
「び、美少女じゃないし……」などと言っている薫を横目に、彩人は自分のエプロンを取り制服の上に羽織った。制服というものがないため、着てきた服の上にエプロンをつけるだけで支度は完了だ。準備する時間を考慮して早めに来なくてもいいため、彩人にとってはありがたい話である。
貴重品をロッカーの中に入れ、日誌を読んでいると開始の時間になった。
「さて、今日もほどほどに頑張りますか」
◆ ◆ ◆
薫は今日で二回目のバイトだが、持ち前の猫被りスキルで接客はほぼ完璧、レジを見事に回していた。覇気のない接客の彩人と違い、ハキハキと元気に笑顔を振りまいている。
特にミスもなく、その日のバイトを終えた二人は、もはや恒例となりつつある「一緒に帰る」ということをしていた。もちろん彩人は嫌がったが、薫が諦めるはずもなく、泣く泣く一緒に帰る羽目になっている。
「改めて、ありがとうね」
夜道をのんびり歩いていると、薫がそんなことを言い出した。
「ん?なんのことだ?」
「相談のこと」
「ああ。まあ、部活だからな」
「……そっか」
会話が途切れる。彩人はもともと話す方ではないし、仮面を被っていない薫はおとなしい。決して会話は多くないが、なんだか心地いい。
「……私のこと、馬鹿だって思ってるでしょ」
なんの脈絡もなく、そんな発言が飛び出した。
「どうした。急に」
「だって……どうすればいいかなんて誰にでもわかる状況なのに、それができないから君を頼って先輩にも迷惑かけて……」
薫がなぜ今まで誰にも打ち上げず、こうなるまで我慢してきたのかがわからないでいたが、今ようやく腑に落ちた気がする。
彼女が今抱えている問題を解決するには、友達に打ち明け、真正面から話すしかない。これは薫自身にもわかっていることだし、十人中十人が同じことを思うだろう。だからこそ、なのだ。誰かに相談しても同じ答えしか返ってこない。それができないと伝えれば、「なんで?」とか、「簡単じゃん」などと言った言葉が返ってくる。自分の抱えている問題を他人と共有できないどころか、否定までされかねないし、馬鹿にされるかもしれない。薫はそうなることが怖かったから、誰にも相談できずにいた。
今の彩人には、薫の気持ちが痛いほどわかった。相談部に入っていなくとも、手を差し伸べたかもしれない。そう思わざるを得なかった。
「まあ、馬鹿だとは思うが、馬鹿にはしてない」
「……意味わかんないんだけど」
「仮面を被りすぎたこと自体は馬鹿だと思うけど、それを言い出せなくて誰にも打ち明けられなかったことは馬鹿にはできないってことだ」
「……」
「人間、そんな丈夫にできてないんだよ」
人は誰しも弱い面を持っているものだ。どんなに強そうな人がいても、実は傷だらけなんてことはざらにある。だが、人は弱い面を必死に隠し、取り繕うとする。隠せば隠すほど、そこが浮き彫りになっていくのに……。
「……学校で浮きまくっている人に言われてもな」
「僕は丈夫なんじゃなくて無頓着なだけだ。他人にどう思われようとどうでもいいからな」
「……君は、強いんだね」
「強い、ね……」
自分が強いなどとは、彩人は一切思えなかった。弱いところだらけで、強いところなんて一つもない。憧れの人に追いつくために必死の、ただの男子高校生だ。
「ま、そういうことにしとくよ」
「なにそれ」
薫は「ふふ」と笑い頬を緩めた。その人懐っこい笑顔は、その場の雰囲気を柔らかくする。素でこんな笑顔ができるのだから、友達とも絶対にうまくいくはずだ。
「今日も泊まっていくか?」
「な、馬鹿じゃないの!?」
「そうか、じゃあ送るだけ送る」
「え、あ、うん……ありがとう……」
下心も何もなく言ったつもりなのになぜか訝しげな視線を送られつつ薫を家まで送り、自分の家に戻ると時刻は九時半を指していた。
誰もいない家には慣れているはずなのに、何故か今日は静けさを感じる。いつもは気にならないのに、床を鳴らすスリッパの音が妙に響く。
「最近騒がしかったからかな」
学校一の美少女が泊まりに来たり、隣の席の仮面女子が泊まりに来たりと、二年生になってからというもの落ち着いた日々がなかなか来ない。だが、それを悪いものだとは思っていない。その騒がしさが日常になる日もそう遠くないのかもしれないとさえ、彩人は思うのだ。
◆ ◆ ◆
翌日の水曜日、彩人は由依に命じられた指令をこなそうとしていたが、どうこなせばいいのかに頭を悩ませていた。
当然薫がいるタイミングで話しかけるわけにもいかないし、かと言って薫が他の三人と離れるタイミングもわからない。由依もなかなかきついミッションを与えたものだ。
一時間目から六時間目までみっちり考えたが特にこれといった案は思いつかず放課後になり、とりあえず吹奏楽部の活動場所、音楽室に向かうことにした。彩人の中では、一度音楽室に集まってからそれぞれ分かれてパート練習をするというイメージだったが、それは間違いではなかったらしい。音楽室から大小様々の楽器を持った部員がぞろぞろと出てきた。
薫の姿を探していると、小さめのケースを抱えた彼女を発見することができたが、彩人が見た光景は到底安心できるものではなかった。
「おいおい勘弁してくれよ」
薫は例の友達三人と一緒におり、全員同じような大きさのケースを抱えていた。そして、全員同じ方向へ進み、同じ教室に入っていった。つまり、四人とも同じパートということだ。ますます話を聞きにくい状況になっている。どうしたものか。
「……仕方ない」
そう呟いて、スマホを取り出す。メッセージアプリを開いて、数少ないトーク履歴から由依とのトークを開く。
『すみません、お願い事があるんですが』
そう送るとすぐに既読が付き、
『断る』
その二文字だけ返ってきた。引き下がるわけにもいかないので、なんとか粘る。
『そこをなんとか』
『はあ……。どうせ例の友達に話を聞くために雨音さんを足止めしといてくれ、とかでしょ』
『先輩、天才ですか?』
『あなたが単純すぎるのよ。それで、何分足止めすればいいの?』
『十分でお願いします』
『五分ね、わかった』
『トーク画面ちゃんと見てます?』
『見てるわよ。五分でしょ』
どうやら彩人がなんと言おうが五分で方を付けないといけないらしい。
『……じゃあ、五分だけお願いします』
『今日はやけに素直ね』
『先輩に逆らってもいいことないですから』
『はいはい。じゃ、頑張りなさい』
由依に感謝のスタンプを送り、今度は薫とのトーク画面を開く。トーク自体は泊まらせた際にお礼のメッセージが届いたのみだが、知り合った時に無理矢理交換させられたのがこんなところで生きるとは。薫の強引さに幾許かの感謝をしつつ、彼女宛にメッセージを送る。
『先輩が昨日のことでまだ聞きたいことがあるらしいから相談部の部室向かってくれるか?』
するとこちらもすぐに既読が付き、了解というスタンプが届く。薫が教室から出て行ったのを見計らって、彩人は彼女がいた教室へと足を踏み入れた。
「ちょっといいか?」
そう声をかけると、談笑していた三人が一斉にこちらを向いた。真ん中に座っているのはいかにも気の強そうな、おそらくこのグループのリーダー的な存在であろう金髪ロングの美人。その左隣に座っているのはおっとりしているが品のある眼鏡おさげの美人。右隣に座っているのは元気がありそうな茶髪ボブの美人だった。
これは目立つだろうな、などと考えていると、金髪ロングが声をかけてきた。
「なに?というか、誰?」
金髪ロングが至極真っ当な疑問を口にすると、彩人の代わりに眼鏡おさげが答えた。
「あれだよ、部活に入らないでうちらの学年で浮きまくってる人」
「ああ、あのいつも一人でいる」
「僕って意外と有名人なんだな」
「ねえ、この人変だよ」
茶髪ボブがそう言うと、周りの二人も「そうね」「間違いない」と同調した。
「それで、何の用?」
つかみは最悪だったが、どうやら金髪ロングが代表して話を聞いてくれるらしい。由依から与えられた時間は五分。この教室から相談部の部室まで遠いとはいえ、残された時間は依然として少ない。
「単刀直入に聞くが、雨音のことはどう思ってる?」
「どうって言われても……面白いくて優しいし、馬鹿っぽいけど良い子だから好きだけど……」
金髪ロングがそう答えると、眼鏡おさげも茶髪ボブも「そうそう」「めっちゃ良い子」と、肯定する。ここに嘘や偽りはなさそうだ。それを確認すると、彩人は次の質問を彼女たちにぶつけた。
「そうか。じゃあもし、今の雨音は仮面を被ってて、本当の雨音は全然違うって言ったら、どうする?」
「なにそれ……」
周りの二人も「意味わかんない」「頭おかしいのかな」と口に出しはしないが、明らかにそう思っている視線を容赦なく向けてくる。この役目を任せた由依を軽く恨んだが、それでも答えを聞くまで帰れない。
「答えてくれ」
「……そんな仮定に意味はないと思うけど、仮にそうだったとしても、薫の見方は何も変わらない。どんな面でも受け入れる。全部ひっくるめて、私たちは薫のことが好きなの」
「もう一年以上、ほぼ毎日一緒にいるしね。今更違う面見せられても驚かないよ」
「そうそう。というか、逆に気になるまである」
三人はそう言って楽しそうに笑った。その様子を見て、彩人は薫の憂慮が完全に杞憂であることを確信した。この三人は、薫が仮面を取ったところで簡単に離れたり嫌ったりしない。それほど、薫を含めた四人は強い絆で結ばれているのだ。
「……そうか。それなら良いんだ。時間取らせて悪かった、じゃ」
「ちょっと、待ちなさいよ」
立ち去ろうとしたところで、金髪ロングに引き止められた。
「なんだ?」
「あんた、なんだってそんなこと聞いたのよ」
「あいつの友人として、お前らがどんな人間なのか知りたかったんだ」
「はあ?なにそれ。というか、あんたが薫の友達?」
「三人目の友達だ」
「……あんたが友達いない理由、わかった気がする……」
「あ、このことは雨音に内緒でな」
「言えるかってのこんなこと」
「そうか、じゃあまた」
「二度と来んな!」
金髪ロングに怒られながらドアを開け、ふうと息をつく。慣れないことをしたせいか、脳も体も妙に疲れている。とはいえ先輩に報告しないわけにもいかないので、薫に遭遇しないようなルートを選択しつつ部室に向かうことにした。
結局、薫が心配しているようなことが起きるような人たちではなかった。金髪ロングは口は多少なりとも悪いが、薫を想う気持ちは十分に伝わってきた。他の二人も発言こそ少なかったが、気持ちは金髪ロングと同じだろう。
「あとはあいつが勇気を出せるかだな」
窓から差し込む橙色の夕日は、楽器の音色が鳴り響く廊下を真っ赤に照らしていた。
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