第41話 謝罪

「昨日は大変申し訳ございませんでした」


 放課後の部室、彩人は入室と同時に由依の目の前に行ってカバンを置き、地面に頭を擦り付けた。所謂土下座である。言い訳したいところではあったが、まずは誠意を見せることが大切だ。言い訳はその後に聞いてもらおう。

しばらく土下座を続けていると、彩人は頭に何かが乗せられるのを感じた。


「……なんで踏むんですか」

「そこに頭があったから?」


頭があったら踏むのかこの人は……と思いつつも由依に頭を踏まれる悦びを密かに感じていた。


「喜ぶな」

「喜んでません」

「じゃあ悦ぶな」


そう言ってぐっと強く踏み込んでから由依は彩人の頭から足を離した。名残惜しさを感じつつ、もう頭を上げていい合図だと思い頭を上げようとすると、再度頭を踏まれる。


「誰が頭上げていいって言ったのよ。そのまま言い訳しなさい」


どうやら相当怒っているらしい。



彩人はそのままの姿勢で昨日の出来事を話した。泊まることになった経緯から、薫のこと、薫が今抱えている悩みなど、全て話し合えるのにそれなりの時間がかかったが、結局頭から足が離れることはなかった。


「ふーん、なるほどね」


由依はそう言って彩人の頭から足をどかした。また怒られるのは嫌だと思いそのままの姿勢でいると、


「いつまで土下座してるの。面を上げなさい」


そう怒られた。


「リアルでその台詞がしっくりくる人に初めて会いましたよ」


彩人は軽口を叩きつつ体を起こし、由依と向かい合わせに置いてある椅子に座る。これから定位置になるはずの椅子だ。丁重に扱おう。


「まさか入部して最初にすることが土下座だとは思いませんでした」

「自業自得よ」


若干薫のせいである気もしないでもないが、彩人を信じて相談してくれたので邪険に扱うことはできない。


「それで、どうすればいいと思います?」

「友達に直接話すしかないんじゃない?」

「ですよねー……。でも雨音がそれを嫌がってるんです」


今までひた隠しにしてきたことを公にするのは勇気がいるし、何よりも猫を被った自分だから気に入られてるのであって本当の自分を見せたら離れていくかもしれないという思いは彩人にだってわかる。だが、本人以外がその友達に伝えても意味がないし、回りくどく伝えたって結果は同じである。当事者同士のやりとりこそ意味があり意義があるのだ。


「一度雨音さんに直接話を聞かないとね」

「そうですね。明日あたり来てもらえないか話してみます」


すると由依は「じゃあ今日は終わり」と言って帰る準備を始める。彩人は片付けるほど荷物を出していないためそれを眺めて待っていると、由依が「あ、それと」と切り出した。


「わ、私も今度泊めてくれるかしら」


突然の可愛すぎる発言に面食らい、彩人は「もちろんです」としか返せなかった。



翌日、薫に部室に来て話をもっと聞かせてほしいと伝え、彼女と共に部室に向かった。


「先輩怒ってた?」


怒ってた、というのはこの前のお泊まりのことだろう。薫なりに心配してくれているらしい。


「怒りの矛先は僕だから雨音は心配しなくて大丈夫だ」

「怒ってたんだね……」


部室に着くと、すでに由依が椅子に座っていた。


「いらっしゃい、雨音さん。今飲み物入れるけど、紅茶でいいかしら?」

「あ、はい」


由依はそう言って紅茶を淹れ始めたが、彩人は自分がこのもてなしを受けてないことに気づく。


「……僕の時は何もなかった気がするんですが」

「それはあなただもの」


どうやら彩人は由依のもてなす対象になってないらしい。今日はついでに淹れてくれるみたいだが、今後二度とないことは頭に入れておいた方がいいだろう。

由依が紅茶を淹れ終え、彩人の目の前に置かれたのは紙コップ。当然由依と薫はティーカップだが、突っ込むのはもう諦めた。中身は一緒なのだ。そう自分に言い聞かせた彩人は、ずずと紅茶を啜った。


「それで、雨音さん。あなたの口からもう一度話を聞かせてもらえるかしら」


はっきりとした口調だが、由依は優しさを含んだ声音で薫に問いかけた。


「……はい。私、中学の時はこんなんじゃなかったんです。もっとはっきりものを言って、端的に言えば建前と本音を使い分けない人間でした。言いたいことを言ってやりたいことをやる、そんな感じです」

「まるでどこかの先輩みたいだ」

「余計なことを言うな」


由依は隣に座っている彩人の足を思いきり踏んだ。いい加減慣れたものだが、痛いものは痛いので白旗をあげる。


「もうなにも言いません」

「それでいいのよ。ごめんね雨音さん、それで?」

「あ、はい……。最初はみんな受け入れてくれてたんですけど、段々ウザがられてきて、最終的には学年中の女子を敵に回しました」


許容できなくなったから見放す。薫にも悪いところがあるにせよ、勝手な話だなと彩人は思う。


「結局卒業までそのままで、運良く遠くに引っ越すことが決まっていたので知り合いが誰もいない高校を選びました。それで、中学と同じことは繰り返さないと思っていたら、こんなことに……」

「なるほどね……」


由依にも薫の気持ちはわかるのか、自分に起こったことのように相槌をうち、真摯に話を聞いていた。


「その、今の友達とは一緒にいて辛いというか、無理はしてないのか?」


話が一段落ついたところを見計らって、彩人は聞きたいと思っていたことを薫に聞いた。


「確かに自分を偽ってはいるけど、辛いとか無理してるとかはないよ。あの子たちのことが好きだからこそ、ちゃんと向き合いたいんだ。でも、それが怖いの」

「そうか……」


薫も、解決にはその友達に話すしかないということがわかっているのだろう。だが、打ち明けて幻滅されたら、とか、友達じゃなくなったら、とか、そういう不安が最後の一歩を踏み出せない原因となっている。打ち明けて友達じゃなくなるような関係ならそれまでの関係だっただけのことだと薫は理解しているだろうが、怖いものは怖いのだ。「そこは頑張れよ」などと無責任な言葉を投げかけることはできない。


「その友達とはどこで知り合ったの?」


 今度は由依が薫に問いかけた。


「部活が一緒なんです。吹奏楽部に体験入部に行った初日、私含めて四人しかいなかったんです。でもみんな不安だったのかその日のうちに意気投合しちゃって。クラスはバラバラだけど何をするのも一緒で、すっごい楽しいんです!」


 友達のことを話す薫は表情豊かで、本当に仲が良いことが伝わってくる。由依もそう感じたのか、微笑んで「そう」と返していた。


「ま、どうなるかわからんけど僕らで考えてみるよ。いいですよね、先輩」

「倉木くんが決めるのは癪に触るけど……まあ、そうね。私たちにも協力させてくれるかしら」

「も、もちろんです!よろしくお願いします!」


 薫は「それじゃあ部活なので」と相談部の部室を去り、教室には彩人と由依の二人が残された。


「それで、どうします?」

「そうね、まずは雨音さんの友達に色々聞きたいわね」

「そうですね」

「任せたわよ」

「……今なんて?」

「だって、私が行ったら本当のこと言ってくれないじゃない」

「それは、まあ」


 学校一目立っている人間に交友関係を聞かれたら、さぞビビるだろう。それほど圧倒的なオーラを由依は放っている。


「てことで、頑張りなさい」


 女王様の命令に、彩人は従うしかなかった。

 









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お久しぶりです。大学の課題やらテストやらでこっちは気づいたら一ヶ月更新してなかったです。びっくりです。

ということで今後はぼちぼち書いてく予定ですので少しでもいいなと思ったらいいねやフォロー、レビューをよろしくお願いいたします!

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