第40話 その日の夜
二人ともお風呂を終え、時刻は午後十一時過ぎ。健全な高校生が寝るにはまだ少し早い。
「え!?部活入ったの!?」
「そんなに驚くことか?」
「いや驚くよ……あんなに頑なに部活入らなかった人間が急に部活入るなんて……お金でも積まれた?」
「僕のことなんだと思ってるんだ」
「変人?変態?奇人?偏人?」
「一個余計なの入ってないか?」
雑談の中で彩人が部活に入ったと言うと、薫はひどく驚いた様子だった。一年以上入っていなかった上にそれが原因で浮いていたのだから、当然と言えば当然かもしれないが。
薫は「まじかー」などと呟きつつ、クエスチョンマークを浮かべながら彩人にこう問うた。
「でも、なんで?だいぶ急だよね」
こう聞かれるのはわかっていた。だから、答えも用意していた。
「詮索しないでくれると、ありがたいんだが」
由依との話も出てくるので、あまり人に積極的に話す内容ではない。ましてやただのクラスメイトに話すことではなかった。
薫はそれに納得していない様子だったが、
「ふーん。ま、いいや。言いたくなったら言ってね」
と、ウインクをばちこーんとかまし、手に持っていたスマホに目を落としながら会話を続ける。
「なんの部活に入ったかぐらいは聞いてもいい?」
「まあいいけど……つまんないぞ」
「そういうのいいから。で、なに?」
「相談部」
「……君が?」
「僕が」
「相談部?」
「そう」
薫はスマホから目を離し、変なものを見るような目で彩人の方に目を向けた。
「死ぬほど柄じゃないね」
「その自覚はある」
人の相談に乗るなんてキャラじゃないのは彩人にもわかっている。ただあそこまでしてくれた人のもとで働きたい。彩人はそんな動機ぐらいしか持ち合わせていなかった。
「……あの先輩が関係してる?」
聞いていいかわかんないけど、と付け足しながら、薫は上目遣い気味に彩人に聞いた。
彩人は答えるかどうか迷ったが、由依が家に訪ねてきたのを見られて由依が関係していないとは言えない。
「まあ、そうだな」
「そうなんだ」
静か時間が流れていた。会話が盛り上がるわけでもないが、決して居心地が悪いわけでもない。過ごしやすい時間だった。
会話が途切れると、薫は何か言いたげな顔で彩人の方に顔を向けた。
「なんだ?」
「あの、さ、相談があるんだけど。いや、相談部に入ったからとかじゃなくて、元々話そうと思ってたことだったんだけど」
薫は照れ隠しなのか、後半は早口で言い訳をした。
「……僕の家に泊まるって言い出したのは、それを話すためだったのか?」
「えーと、うん……。ごめん」
「謝る必要はないんだが……」
突然泊まると言い出したことも、理由を聞けば納得がいく。泊まる必要があるのかと言われれば、ないと言うこともできなくはないが。
だが、なぜ自分なのか。その疑問が彩人の中に浮かんだ。
「でも、なんで僕なんだ?例の『お友達』でいいじゃないか」
「ほんと嫌な言い方するね……。その『お友達』に関することなの」
「他に友達はいないのか?」
「素を見せてるの友達は君ぐらいだよ」
「……友達になったつもりはないんだが」
「家に泊まらせるくせにクラスメイトを貫くつもり?」
薫は「だから友達だよね?」と言わんばかりの圧をかけてくる。
確かに家に泊めておいて、ただのクラスメイトです、はあまり通用しない。ここはもう、友達と認めざるを得ないのかもしれない。
「じゃあ僕の高校生活3人目の友達、相談ってのはなんだ?」
「なんか言い出しづらいけど、まあいいか」
薫はそう言って目を伏せ、両手をぎゅっと握った。
「……友達の前で素を出したいの。でも、それが受け入れられるのか不安で」
「……なるほどな」
薫は友達の前ではわざと馬鹿っぽく振る舞っている。そういうキャラが受け入れられやすいからだ。発言に責任も伴いにくいし、何より、劣っている人間が近くにいれば周りが安心する。つまり、攻撃の対象になることが少ないのだ。それをわかって薫はわざと愚者を演じている。過去に何かあったかららしいが、詳しくは聞いていない。
「どうすればいいと思う?」
「どうすればって……そりゃお友達に話すしかないだろ」
「それができないから困ってんの!」
一番手っ取り早い方法を提示した彩人だったが、どうやらそれだけはできないらしい。どうしたものかと考えるが、一向に考えがまとまらない。
「とりあえず、明日先輩にも聞いてみる。構わないな?」
「まあ、うん……」
返事の歯切れが悪い。あまり知られたくないことだから、これ以上知る人が増えるのも嫌なのかもしれない。
「あの人のことなら信用しても大丈夫だぞ。お前がどんな奴でも、変わらず接してくれる」
「……ほんとに?」
「ああ、僕が保証する。なんたってこの僕と関わってくれているからな」
「妙に説得力がある……」
自信満々に宣言した彩人に対し若干引いていた薫だったが、少しだけ表情が明るくなる。安心したのかもしれない。
「じゃあ、お願いします」
「ああ、できるだけ力になる」
「……なんか、変わったね、彩人くん」
「僕がか?」
「うん」
確かに、新学期直後では考えられなかったことだ。薫から話を聞く機会はいくらでもあったが、結局聞くことはなかった。それが今こうして話を聞いて真剣に向き合おうとしてる。変わったと言われても仕方のないことかもしれない。
「……もし僕が変われたなら、それは先輩のおかげだよ。全部あの人のおかげなんだ」
「そ、っか。いい出会いだったんだね」
薫は茶化すこともなく、そう返事をした。そしてこれで話はお終いと言わんばかりに手を叩き、
「さて、私はどこで寝ればいいのかな?」
と、明るく言った。少しわざとらしさも感じたが、彩人は特に何も言わずに薫の問いに返答する。
「僕の部屋で一緒に寝るか?」
「は!?何言ってんの馬鹿じゃないの!」
「冗談だ。客用の布団が渡すからそれ使ってリビングで寝てくれ」
「……君もそういう冗談言うんだね」
「本気が良かったか?」
「なわけないでしょ!もう寝る!おやすみ!」
そう言って薫はリビングから彩人を追い出した。そんなにかっかしたら寝るものも寝れないだろうに。そう思いつつも、彩人は明日のことを考えていた。
由依にどう謝るか。それが明日の最大の山場であり何よりも大切なことだ。だが、どう転んでも許してもらえる気がしない。
「土下座かなあ……」
ベッドの上でそう呟き、彩人は深い眠りへと落ちていった。
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