第2章
第38話 偶然?
無事相談部に入部したその日、彩人はバイトのため本屋へと向かった。駅前の本屋で、この辺りに本屋がここしかないため、多くの人がこの店を利用する。
バイトがあると由依に告げて部室を出る際、「ふーん私よりバイトが大事なんだ」とめんどくさい彼女みたいなことを由依から言われたが、仕事は仕事なので仕方がない。そもそも美人な先輩と一緒に過ごす選択肢とバイトに行くという選択肢が二つあって、好んで後者を取る人間はいないはずだ。
そんなことを考えながら事務所のドアを開けると、見知った顔が見えた。
「あれ?彩人くんじゃん」
そこにいたのは雨音薫。彩人のクラスメイトで友達の前ではいつも仮面を被ってキャラを演じているが、彩人の前ではそれを取るいわゆる仮面女子だ。本人はそれを気にしているらしい。
「なんでお前がここにいるんだ……」
「バイト探しててさー、そしたらたまたまここの求人見つけてたまたま君がいたってわけ」
「本当に偶然なのか疑わしくなってくるな」
休日の朝家の前にいたり妙に察しが良かったりと、偶然という一言で済まされない出来事がこうも続くと懐疑的にもなる。家が近いということはここの本屋を利用していてもおかしくないはず。彩人の姿を確認するのだってそんなに難しいことではない。
「嫌だなー偶然に決まってるじゃん。君のことが好きなわけでもなんでもないんだし」
「まあ……それもそうか」
薫と言い合っていると、休憩を終えた店長が事務所に戻ってきた。
「店長、なんでこいつ採ったんですか」
「明るいし接客できそうだし人で足りなかったから採らない理由ないかなって……もしかして知り合い?」
「まあ、クラスメイトです」
「そんなつれない言い方しないでよー。親友です♡」
「うざいなあ」
「あ、女子にうざいは禁句なんだよー」
「ま、まあまあ。知り合いってことなら研修もろもろ倉木くんに任せるよ。よろしくね」
本当は嫌だったが断るわけにもいかず、「わかりました」と首を縦に振る。平穏なバイト生活が奪われた上に薫に研修をするという最も面倒であろう仕事まで押し付けられ、いつにも増してテンションが下がる。
「よろしくお願いします、先輩!」
揶揄ってきた薫を無視して、彩人はとりあえずレジに向かうことにした。
客がいないタイミングを見つけて、彩人はブックカバーの付け方や必要最低限の接客などを薫に教えていく。幸い薫は飲み込みが早く、一度教えればそれを完璧にこなしていた。愛想もバッチリで、客受けは良さそうだ。
無事に初日を終え、バイト先を後にするが、家が近いため二人は一緒に帰ることに。もちろん彩人は嫌がったが、薫がその程度の抵抗で諦めるわけもなく、最終的に彩人が折れるしかなかった。
「君、教えるの上手いね」
「お前の飲み込みが早いだけだろ。僕はいつもやってることを言語化しただけだ」
「あ、もしかして照れ隠し?」
「……バイト変えようかな」
「あはは、冗談だって」
そんな会話をしつつ、家までの道のりを二人で歩いていた。
もうすぐ五月。いつの間にか葉桜に変わり、少し前まで寒かったのが嘘みたいに暖かくなってきている。
「そういえば、もうすぐ体育祭だね」
薫は空を見上げながらそんなことを呟いた。
体育祭をやる時期は学校ごとにバラバラだが、彩人たちが通っている都立井荻高校の体育祭は五月だ。
「ああ、炎天下の中一日中校庭に放置される日か」
「……君に友達がいない理由がわかった気がするよ」
「二人もいたら充分だろ」
「二人『も』ねえ……」
秀馬と凛。彩人にとって唯一にしてかけがえのない友人だが、この二人がいてくれれば学校生活は充分だ。
「私を三人目としてカウントしてくれてもいいんだよ?」
「……」
「無視が一番酷いって知ってる?」
「いや、あまりにもうざくて」
「あ、またうざいって言ったー」
薫はそう言ってケラケラ笑った。
薫のことをうざいと感じていたのは事実だが、お互い言いたいことをズバズバ言えるこの関係を彩人は気に入りつつもあった。とはいえ薫にしられると余計面倒なので、口や表情には出さないようにする。
「出る種目とか決めてるの?ちなみに私はそこそこ運動神経良いから百メートル走かな」
「僕はできるだけ目立たないで疲れない種目を狙う」
「……玉入れとか?」
「それがあったら最高だな」
他愛のない話をして十分ほど歩いたところで家に着いた。薫の家はここから近く、本人曰く五分ほどらしい。なので送る必要はないと考え、彩人は別れを切り出す。
「それじゃここで」
「あ、待って!」
薫が大きな声を出し、帰ろうとしていた彩人のことを引き止める。
無視したいところだったが、その必死そうな声を無視するわけにもいかず、彩人は振り返った。
「あの、よかったら今日、泊めてくれない?」
「……は?」
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