第30話 過去⑥
里香たちの嫌がらせが続いていたが、大きな問題は起こらずに日々は過ぎていく。
体育祭や文化祭、そして二年生のメインイベントであるスキー教室を終えて、季節は冬を迎えていた。
「スキー教室楽しかったねえ」
スキー教室後の帰り道、桜が呑気な声で由依に話しかける。
「そうね」
「というか由依ちゃん、スキーもできるんだね……」
「ええ、昔両親に仕込まれたから」
「仕込まれたって……」
由依のぶっきらぼうな言い方に、由依は苦笑まじりに返す。
「でもほんと、なんでもできるよね」
桜は改めて感心した様子で由依のことを褒めた。
由依は少し照れながらも、
「なんでもはできないわ。できることだけ」
などと宣う。
「似たようなセリフどっかで聞いたことあるんだよなあ……」
知り合ってからの二年間で、二人はかなり砕けた会話ができるようになった。最初由依に異常なほど畏怖の念を感じていた桜も、今ではフラットに会話をしている。
ただただ楽しかった。
いつまでもこんな日々が続けばいいと、二人は心の底から思っていた。
三年生に進級し、最後のクラス替えがあった。
三年連続同じクラスとはいかず、二人はバラバラのクラスになり、教室の位置もかなり離れてしまいなかなか会いづらくなる。
「ついに離れちゃったかあ……」
桜は残念そうにそう言って、わかりやすく落ち込んでいた。
「残念だけれど、仕方ないわね」
「友達できるかなあ……」
「……そこが一番心配ね」
ずっと二人でいたため、交友関係を広げる機会がなかった。おかげで二人はお互い以外の友達はゼロだ。
三年生ともなれば、他のクラスメイトは部活やその他の活動である程度面識がある。きっとすぐにグループを作り打ち解けるだろう。
そこに飛び込んで行くことは二人にとって自殺行為である。
そもそも友達作りが苦手なのだ。すでに存在しているグループに自ら行く勇気はどこにもない。
「……一人でいようかな」
「それが賢明かもね……」
愚痴を言い合えばキリがなかったので、二人はお互いの教室に向かうことにした。
由依は自分のクラスの前に着き、ガラッと教室の戸を開ける。
するとクラス中の視線が一気に由依に向かい、こそこそと小さく話す声が聞こえてくる。
予想していたよりも緩い反応だったので、由依はそのまま自席に向かい座った。
前後左右のクラスメイトに話しかけられることもなく、ただただ時間が過ぎる。
桜と仲良くなっても、周りの人たちとの今日は一向に縮まらない。
わかっていたことではあった。
けれど、この二年間で何かが変わったんじゃないかと思う部分も少しだけあった。
それでも結果は変わっていない。
由依のことを腫れ物みたいに扱い、自ら関わろうとしてくる人は誰一人としていなかった。
新しい担任の話もろくに入ってこなかった由依は、早く桜に会いたいと強く思った。
一方桜は、一番避けたかった人物と一緒のクラスになってしまっていた。
「あれ、同じクラスなんだよろしくね〜」
嘲笑と共に桜にそう言ってきたのは折本里香だ。相変わらず取り巻きを多く従え、早速クラスのトップに君臨している。
「う、うん……」
桜はそれだけ言い、自分の先に座った。
「何あの子、感じ悪」
取り巻きの一人がそんなことを言い、周りも同調する。
「それな」
「つか地味すぎだろ」
ケラケラと下品な声で笑い、桜を馬鹿にする。
そんな様子を、クラスメイトは見て見ぬ振りをする。
誰も関心を持たず、問題にしようとさえしていない。
それがクラスの情景だと受け入れ、当たり前のことだと認識しようとしている。
そうしていれば、自分に矛先が向かうことはないから。標的にされないで済むから。
だから、その役目を人に押し付ける。
押し付けられた人間がどんな思いをするのかを考えようともせず、ただ自分の保身に走るのだ。
このクラスに手を差し伸べてくれる人はいない。桜のクラスへの第一印象はそれだった。
新学期早々クラスに絶望を感じた桜は、強くこう思った。由依に早く会いたい、と。
ホームルームが終わり、いつも通りを装った二人は帰路についていた。
「クラス替えしたいなー……」
桜はいつものトーンを心がけ、そう発言する。
由依もいつも通りに、
「今日したばっかりよ……」
と呆れた声を出していた。
「一年我慢すればいいんだよね」
「ええ、そうね」
一年。短いようで長く、長いようで短い。
その曖昧な一年の中で、さまざまな出来事が起こる。
一年で綺麗さっぱり忘れてしまう出来事もあれば、一年経っても深く心に残り続ける出来事もある。
きっとこの出来事は前者になる。一年後には笑って話せる話になっているはずだ。
そう願って、二人は四月の明るく鮮やかな陽が差したアスファルトの上をゆっくりと歩いていた。
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