第29話 過去⑤

 それからも二人は、週一回以上のペースで会っていた。

 時には出かけたり、時には桜の家にお邪魔したり、時には図書館で勉強をしたりと、二人は予定さえ合えば会って遊んだ。

 そんな調子で夏休みが終わり、二学期を迎える。

 夏休みでより仲を深めた二人は、一学期よりはるかに一緒にいる頻度が増えた。ペアやグループはもちろん、食事を共にしたり一緒に帰ったりする回数も確実に多くなっている。

そしてそれを、快く思わない人たちがいたのだ。

ある日の昼休み、由依が用事で職員室に行き席を外すところを見計らって、ある女子グループが桜の下へ集まった。


「え、え?」


突然のことに動揺する桜。桜のところへ来たグループは、以前由依が属していたグループだった。


「あんたさあ、最近調子乗ってない?」


そのグループのリーダー格である折本里香が、クラス全体に聴こえるような声で発言する。これを聞いている周りのクラスメイトにも牽制の意を込めて。


「そんなつもりはないけど……」


桜としては、調子に乗っているなど微塵も思っていない。由依にとって桜といることが幸福であるように、桜としても由依といる時間はかけがえのないものなのである。


「あんたがどう思ってようと関係ないの。わかる?」


里香は誰の目にも明らかな暴論を桜に対して振り翳すが、周りの人間は誰も止めようとしない。誰もそのグループの敵になりたくないのだ。

そんな中、桜だけが口を開く。


「わ、私は由依ちゃんと一緒にいたくて一緒にいるだけ。だから、何かを変える気は、ない、です」


その声はか細くも、意思のある声音だった。辿々しながらも、桜は里香の目を見てそう言った。


「ふーん、あっそ」


里香は興味を失ったのか、どうでもいいと言わんばかりの冷たさでそう言い、桜の下を去っていく。

桜とその女子のやりとりが終わると、クラスの空気が一気に弛緩する。あの女子に逆らったら自分が標的にされる。そんな空気が、二人のクラスに流れているのだ。

五分ほど経つと、由依がクラスに戻ってきた。

クラスの雰囲気はすでにいつも通り。唯一、桜だけが少し浮かない顔をしていた。

そんな桜に気づいた由依は、声をかける。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもない」


桜は極めていつも通り元気に、そう答えた。ただそんな反応に、由依は違和感を覚える。


「……」


由依が何か言いたげな顔で桜の顔を見る。

その視線に気づいた桜が、


「ほんとになんでもないの!ごめんね」


そう慌てたように言い、にこっと笑った。


「そう……ならいいのだけれど……」


桜がなんでもないと言うのなら、由依はそれを信じるしかない。もし本当に困ったことになったら、桜は自分に言ってくれるだろう。そのくらいの信頼は築いているはずだと、由依はそう思っていた。

それから桜は、由依にそういう顔を見せなくなっていった。由依に心配をかけないというところに重きを置き、自分の感情を押し殺す。

由依も桜の暗い顔を見ないようになり、少し安心するようになっていた。そんなことがありながらも、二人は仲を深め、日々を過ごしていく。

二年生になりクラス替えがあったが、二人は運良く同じクラスになることができた。


「やったね!由依ちゃん!」

「ええ、そうね」


嬉しさを存分に含んだ声音で元気良く言った桜に、由依は微笑みながらそう返した。また楽しい一年を送ることができる。そう思うと、自然と口角が上がってしまう。

由依はそれを誤魔化すように咳払いをして、


「それより、勉強の方は大丈夫なのかしら」


そう話題を逸らす。


「う……テスト前はお願いします……」


桜は図星を突かれたのか急に元気をなくし、情けない声を出した。


「構わないけれど、テスト前になって苦労しないよう復習はしっかりするのよ」

「……前向きに検討します」

「それはやらないやつじゃない……」


桜に難癖をつけてきた女子グループともクラスを離れることができ、桜も由依も安心して今まで通り過ごすことができると、この時はそう思っていた。



 

 クラス内では相変わらず由依は腫れ物扱いで、一年生の時と同じように桜と行動することが多かった。

 だが、委員会活動やその他諸々の学校生活で、お互い一人で行動することが少しづつ増えていく。

 そしてその一人の状況を狙って桜にちょっかいを出すのがあの女子グループだった。リーダーの里香は新しいクラスでも前のクラスと同じようなグループを作り、そこのトップに君臨していたのだ。

 クラスが離れてもなお、桜に難癖つけることをやめない。トイレでも教室でも廊下でも、桜が一人でいるとすかさず声をかける。

 内容はその都度変わっていった。髪型、背丈、成績、しまいには容姿と、批判できるようなところは全て批判し、徐々に桜の心を削っていく。

 どんなに心が強い人間でも、面と向かって悪口を浴びせられれば傷つくものだ。無視をすればするほど、気にしないと思えば思うほど、ドツボにハマっていく。

 それでも桜は、耐えた。由依と一緒にいられるなら、この関係がずっと続けられるのなら、こんなものは痛くも痒くもない。傷ついた心も、由依と過ごせば癒される。

 しかし、そんな状況を当然よく思わないのが里香たちのグループだった。


「なんなのあいつ」


 放課後の教室で、里香が苛立ちを大いに含む声音でそう呟く。

 その言葉に取り巻きも、


「いやほんとそれ」

「まじきもい」


 と、里香に同調する。

 そこに一人の女子が割り込んだ。


「てかなんであの子にそんな入れ込むの?無視すればよくね?」


 それは至極真っ当な意見だった。ただ、里香に正論なんてものが通じるわけもなく、


「あいつが私を差し置いて羽沢由依と仲良さそうにしてんのがムカつくの」


 酷く利己的な理由でそう返され、正論を言った女子はごめんと言わんばかりに肩を竦めた。

 里香は由依個人を恨んでいるわけでも、桜個人を恨んでいるわけでもない。ただ、自分が仲良くできなかった由依が、クラスの地味な女子と仲良くしているという状況に腹を立てているのだ。

 かといって里香が由依にどうこうしようという気は更々ない。

 何をやっても勝てないと、勝負をする前からわかりきっているからだ。

 だから、桜を狙う。自分より立場が下で弱い人間を標的にする。そうすれば、こっちが負けることはない。今のこの立場も失わなくて済む。自分が好き勝手できる環境を手放さないでいられる。

 そんな傲慢で卑しい考えで里香は動いていた。

 沈黙の中、一人の女子が口を開く。


「そういえばこの前、お揃いのストラップつけてるの見た」

「ストラップ?」

「そう、クラゲの」

「いやだっさ」

「それなウケる」


 里香は取り巻きたちのその会話を聞き、


「ふーん……ストラップね……」


 と、何かを謀るようにそう呟いた。



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