第28話 過去④
休憩を終えた二人は、鶴岡八幡宮へと向かった。せっかくだからと盛り土になっている参道である段葛を通り、参拝のために本殿へと足を進める。
由依は長く続く階段に悪戦苦闘していたが、桜はすいすい上へと登っていく。
その姿を見た由依は、
「私も運動しないとダメね……」
と、密かにそう誓う。
それぞれお参りを済ませ、二人は本殿すぐ側にある授与所でおみくじを引くことになった。
「おみくじってあまり引いたことないわね」
由依は記憶を掘り起こしてみたが、思い出せる限りでは数回しかおみくじを引いたことがない。
「ええ!それはもったいないよ!私神社行くたびに引いてるよ?」
「それは引きすぎじゃないかしら……」
二人はおみくじを買い、一緒に中身を見ることにした。
「せーの」
桜の掛け声でおみくじを広げると、
「凶だ……」
「凶……」
由依と桜の眼前には、二つの凶が並んだ。
「とんでもなく不吉ね……」
「なんでー!」
項垂れながらも、二人は中身を詳しく見ることにしたが、
「……全体的に酷いわね」
恋人ができなければ待人は来ない、病気も治らなければお金も貯まらない、そこには何一つとして良いことは書かれていなかった。
「……」
「……」
しばらく無言が続いたが、その沈黙を桜が破る。
「……結ぼう」
「そうね……」
都合の悪いおみくじを置いていくしかない。二人は結び所に向かい、なるべく上の方に凶のおみくじを結ぶ。
「これで大丈夫!」
「大丈夫だといいけれど……」
何とも言い難い気持ちになった二人は、逃げるように鶴岡八幡宮から離れた。
二人とも凶という、中々ない経験をした由依と桜は、江ノ島方面に向かうため鎌倉駅に戻っていた。
駅のホームはすでに人でいっぱいで、電車内が満員になることは容易に想像でき、二人とも少しげんなりしている。
「すごい人だね……」
「今日はあと何回その言葉を聞くことになるのかしら……」
案の定満員電車で、二人は人の圧で潰されそうになる。最早窓の外を見る余裕もない。
「本当は見てもらいたい景色あったのに……」
桜が残念そうにそう言った。
「じゃあそれは今度の機会にしましょう」
ここにはあと何回も来られるのだ。今日見ることができなくても、また今度がある。
「……うん!また来ようね!」
人混みに揉まれながらも、二人はなんとか耐えて江ノ島駅に辿り着いた。移動で休むことができなかったため、由依の体力は底をつきかけている。
「ふう……」
思わず由依が息を漏らすと、すかさず桜が声をかけてきた。
「大丈夫?」
その言葉に由依は微笑みながら、
「ええ、大丈夫よ」
と、答えた。ここまで楽しめているのだ。最後まで楽しみたい。
「そっか、辛かったら言ってね。じゃあ行こう!」
「ありがとう。行きましょうか」
最後の目的地である江ノ島に向かいながら、由依と桜は他愛のない話に花を咲かせていると、江ノ島と本土を結ぶ江ノ島弁天橋が見えてきた。
時刻は三時すぎ。多くの観光客が行き交っており、江ノ島の人気具合が伺える。
二人も流れに任せつつ長さ三百六十九メートルの橋を歩くと、五分ほどで江ノ島に到着した。
「着いたね!」
桜は江ノ島に着いたことでテンションが上がっているのか、元気よく由依にそう告げる。
「江ノ島、本当に好きなのね」
彼女の反応から、そのことがひしひしと伝わってくる。江ノ島に着いてからの桜は先程よりも目を輝かせ、ありとあらゆるものに反応していた。
「うん、昔お父さんとお母さんに連れて行ってもらってね。その時まだ小さかったけど、こんな素敵なところがあるんだって、そう思ったんだ」
少し遠くを見ながら、昔を懐かしむように桜はそう語った。
「それから毎年欠かさず来てるんだ。今年は間はまだ来れてなかったから、由依ちゃんと来れて嬉しい」
桜は恥ずかしがる様子もなく、少し笑って由依の目を見て、ただ真っ直ぐに伝えた。
由依は気恥ずかしさを感じつつも、桜に応えるように柔らかく、
「それじゃあ、案内してくれるかしら」
と微笑んだ。
「もちろん!」
桜は自身満々にそう言い、由依の手を取って歩き始める。
桜の案内した場所はどこも素晴らしく、目に焼き付けたいと思うような場所ばかりだった。
湘南海岸が見渡せる高台。
細い道の先に悠然と広がる澄んだ空と藍色の海。
波を間近に感じられる稚児ケ淵。
そして由依が何より心奪われたのは、展望台から見える夕焼けだ。
雲は朱色に染まり、橙色の夕日が海に反射し、本当に宝石かのような輝きを放っていた。
もし江ノ島を知らない人と一緒に来るとしたらここは絶対に紹介したい。そう思えるほどに、由依は眼前に広がる景色に圧倒されていた。
「ここが一番お気に入りの場所なんだ」
由依は隣で桜がそう言っていたことを思い出す。
一回行った行ったぐらいでは好きになることはないだろう。ここに来るまでの由依はそう思っていた。
しかし、気づけば江ノ島の魅力に取り憑かれ、無我夢中で楽しんでいる自分がいたのだ。
それは間違いなく、桜のおかげだ。その場所の魅力を楽しそうに語り、そして自分も全力で楽しむ。その様子を間近で見ていると、こちらまでそういう気分になってくる。
桜のそれは一種の才能だろう。何でも持っている由依が持っていない、桜だけの特別なものだ。
楽しませようと思って人を楽しませるのさえ難しいのに、桜はまず自分が楽しんでそれを相手に伝染させる。そこに嫌な態度や押し付けがましいところは一切なく、純粋な気持ちだけが存在している。
そんな桜を、由依はますます好きになった。
日も暮れて少し暑さが和らいできたが、由依は疲労がピークに達していた。
「そろそろ帰ろっか」
そんな由依を見兼ねて、桜がそう切り出す。
「情けないわ……」
由依が日頃の運動不足を痛感していると、
「あ、最後にあそこ寄っていい?」
と、桜がお土産屋さんを指差しながらそう言った。
「折角だし、お揃いで何か買わない?」
「お揃い……」
当然、由依に人と何かをお揃いにする文化などない。
だが、由依も年頃の女の子だ。多少の憧れはある。
「じゃ、じゃあ、ぜひ」
由依が少し照れながらそう言うと、
「うん!」
と、桜が満足そうににこっと笑った。
お店の中に入ると、様々な江ノ島や鎌倉のお土産が売られていた。お菓子を中心に、雑貨やぬいぐるみなどが並んでいる。
バラバラに店内を物色していると、桜が声をかけてきた。
「これどう?」
そう言って桜が見せてきたのはクラゲのストラップ。色鮮やかで、何とも愛くるしい表情をしている。
「可愛い……」
「だよね!じゃあこれにしよう!」
そうして二人はお揃いのストラップを買い、名残惜しくも江ノ島を後にした。
最寄り駅に着くまでも、話は絶えない。今日のこと、今後のこと、話すことはいくらでもあったが、いつの間にか保谷駅に着いてしまっていた。
話に夢中になるなんてことが今まであっただろうか。これも桜と関わるようになっての変化だと思うと、心が暖かくなる。
「じゃあまたね!」
「ええ、また会いましょう」
足は鉛のように重く、家に帰るのも一苦労。
だが、この旅の思い出が、この疲労さえも心地の良いものにしていた。
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