第24話 報告
夢中になって話し込んでいると、家を出なければ新幹線に間に合わない時間になっていた。
「もうこんな時間か」
彩人が時計を見ながら言った。
「時間経つの早いね」
楽しい時間は過ぎるのが早い。こんな経験はいつぶりだろうか。そして何より、この経験をまた和希と過ごすことができたことが彩人にとって何より嬉しい。
「夏休み入ったら、うち泊まりに来いよ」
「え、いいの?」
「誰もいないしな、いつでも来てくれ」
「……うん、ありがとう!」
こうしてまた会う約束をして、和希の部屋を出た。
階段を降りてリビングに戻ると、智子が彩人のことを心配そうな目で見た。
彩人はその心配を緩和させるような優しい声音で、
「もう大丈夫ですよ、和希は」
その言葉を聞いた途端、智子がその場に座り込んでしまう。
「!」
彩人は急いで智子の元へと駆け寄り、「大丈夫ですか」と声をかける。
「ごめんね……。安心したら力抜けちゃって」
その様子を見て、智子の和希に対する心配は計り知れないものだったのだと、彩人は改めて感じた。
親になったことはないのでわからないが、自分の子供が二年もの間学校に行けない状況は、親としてかなり精神的にきついものがあったのではないだろうか。
それでも和希を見守り続け、いつか立ち直ってくるとと信じていた智子はすごいと、彩人は思った。もし自分が親になるような機会があれば、こんな親になりたいとも思う。
智子は「もう大丈夫」と言って、その場に立ち上がった。
「全部彩人くんのおかげ、ありがとう」
面と向かって礼をされ、少し照れ臭かったが、決して自分のおかげではないと彩人は思っていた。
「自分はきっかけを作ったに過ぎません。そのきっかけも、ある人がいなければ起こせませんでした。そして何より、立ち直れたのは和希の意思です。和希が自分で、どうにかしたんです」
「そっか……。そうなのね……」
智子はそう言って、涙を流した。
「ええ、だからもう、大丈夫です」
「うん……。ありがとう……」
きっと和希は、きっかけがあれば立ち直れるところまで来ていたんだろう。もしかしたらそのきっかけすら、自分で作ってしまったかもしれない。
ただ、そのきっかけが自分であることが彩人は嬉しかったし、誇らしかった。由依がいなければ動くことができなかったが、それでも和希の力になれたことが喜ばしかったのだ。
智子と和希に見送られ家を出ると、夕日が沈み夜の空気が街を覆っていた。
起きた出来事一つ一つを噛み締めながら、彩人は家に帰った。
月曜日の放課後、彩人は報告するため、紙を一枚をリュックに入れ、部室の前に来ていた。彩人が行く部室といえば、一つだ。
コンコン、とドアをノックすると、
「どうぞ」
と、中から澄んだ声が聞こえてくる。
「失礼します」
そう言って中に入ると、いつもと変わらず文庫本を開いている由依がいた。その姿は冬に咲く寒菊のようで、強く美しかった。
「和希とのこと報告に来ました」
彩人は由依の目を見てそうはっきりと言った。
それを見た由依は少し微笑んで、
「聞かせてくれるかしら?」
と、優しい声色で言った。
彩人は和希との間にあったことは一つ一つ話した。その場にいなかった由依にできるだけ伝わるように丁寧に。
全て話し終える頃には三十分経っていた。
「とりあえず、よかったわね」
「はい、本当に」
由依は静かに、時折相槌を混ぜながら、彩人が話しやすいように話を聞いてくれていた。
そのおかげで彩人は伸び伸びと落ち着いて話すことができ、一つの出来事を丁寧に伝えられた。
「ひとまずこれで解決かしら」
「そうですね。本当にいろいろとありがとうございました。先輩がいなかったら僕何もできなかったと思います」
今回の一番の功労者は間違いなく由依だ。由依が彩人にきっかけをくれ、様々な形でサポートしてくれた。
優しく、時には厳しい言葉で、彩人を叱咤激励してくれた。そのおかげで、今の彩人があると言っても過言ではない。
「……急に素直になるのね」
「何言ってるんですか、僕は最初からずっと素直ですよ」
「よく言うわ」
由依がふふと笑いながらそう言った。
由依との会話もだいぶ自然になってきた。この会話をずっと続けたい。そう思えるほどに、由依との会話は楽しい。
今彩人が持っている紙を由依に出せば、きっとこれからもこんな会話を続けられるのだろう。
だが、由依にはまだ聞かなければならないことがある。
「あの、先輩」
「なに?」
「先輩はどうしてここまでしてくれたんですか?前にも聞きましたけど、それだけじゃ弱いというか、もっとある気がしたので」
あの時聞いた理由だけじゃ何か足りない。彩人の中でずっと引っかかっていたのだ。全てが落ち着いた今、聞くしかないと彩人は思った。
由依は少し考え、やがて口を開いた。
「あなたのことばっかり知ってるのは、フェアじゃないわね」
彼女は椅子に座り直し、こう続けた。
「私の話を聞いてくれるかしら」
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